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第56話 幕間 天から見下ろすもの

 空の果ての「座」には魔人(ジーディアン)の女王がいる。


 彼女は魔人という種の王だ。魔人の国、禍津国ファスファラスの王ではない。


 彼女の両親の代までは国の王でもあったが、彼女は代替わりする際に王位を返上し、国政を代理人や魔大公たちに任せた。あれから500年以上になる。


 通常の魔人の寿命は300年に満たず、長命な吸血種の魔人でも500年には届かないため、当時を知る者達の殆どは既に亡い。魔人王という存在は魔の国においてさえ歴史上の人物になりかけている。


 そしてその実態は、種の王ですらない。星の文明そのものを見守り、目的とする方向に導くもの。即ち、世界によっては神と呼ばれる類いの存在、世界の守護者だ。


 守護者はその背景が科学であれ魔術であれ異能であれ、いずれも一つ以上の文明を支配する力を持つ。そしてこの銀河においては、文明の発言力は概ね守護者の強さに比例する。守護者を持たない文明は、人権ならぬ文明権がない。


 人類発祥の星に守護者がいたかどうかは分からない。全球凍結による文明崩壊危機にあっても人々の前に姿を現さなかったようなので、少なくともその時点ではいなかったのだろう。


 守護者がいなかったとしたらよく無事に宇宙に出られるまで文明が進んだものだ。もしたちの悪い他文明に見つかっていたら、星ごと奪われていただろう。液体の水が豊富な惑星は貴重なのだから。


 魔人王という存在が、最初から守護者たりえる力を持っていたわけではない。初代魔人王アーサーは異能こそあれ、人間の範疇だった。彼から幾つもの世代を重ねて秘儀を積み上げ、彼女の代になってようやく至ったのだ。


 ではそれまでは誰が守護者だったのかというと、人類が来るまで守護者だった者、初代魔人王が打ち倒した龍の末裔白龍ナギが、そのまま継続して守護者をやっていたのである。


 ナギは神としては弱い部類だ……なにせ、異能持ちとはいえ脆弱、短命な人間たちに負けを認め、臣属するくらいであるからして。力の規模こそ莫大だが、その性質や性格が余り戦闘に向いていないのだ。


 臣下のほうが内包する力が強く、対外的にはそちらが代表、という歪な状態は数千年続いたのち彼女の両親の代で解消され、彼女の代で完全に追い抜いた。


 そのため守護者としての立場も含めて交代した。守護者としての彼女は若輩で実績もないため、他の世界からはナギ同様に軽く見られていたようだ。


 しかし少し前、外つ神と呼ばれ幾多の世界を滅ぼした狂える魔神を仕留めたことで、多少発言力が上がっている。


 舐められなくなったのはいいのだが……興味をもたれたことで、面倒は増えた。かの魔神が本来若輩者に勝てるような弱い神ではなかったため、他世界の者がその理由を探りに来るようになったのだ。


 建前上は太古の龍族全盛期の遺産を利用し、それを半壊させる犠牲を払ったことで倒せたと他の世界の連中には説明している。


 事実とは若干異なるが、遺産が半壊しそれに依存していた「魔術」が衰退したのは事実だから問題あるまい。手の内はできるだけ晒さないほうがいい。


 それでも疑い深かったり好奇心にあふれた面倒な奴らはいるものだ。今も、先日やってきていた『観光客』を自称する高位の神がもたらした被害対策に追われている。正直疲れる。


 神様業は忙しいし、地上のことを差配する暇など正直ないのだが、完全に放置するわけにもいかない。守るべき民と『縁』が切れてしまうと、それはそれで神としての弱体化に繋がるのだ。


 白龍ナギが弱かった理由の一端でもある。彼女が面倒臭がって民である竜人たちをろくに統治しなかったから、世界から引き出せる力の上限が低かったのだ。


 そんなわけで彼女としては、時々は地上に関わる仕事をせざるを得ない。魔の国だけでなく惑星全体に関わる仕事だ。原則各国の内政や戦争には不介入だが、技術や文明の進捗を把握し、破滅的な状況が発生しそうなら警告や裏工作を行う。




 そして今、座の空間に作り出された多数の画面の一つ一つに、分体たちからの映像が映し出され始めた。


 分体達は彼女が力を分けて造った亜神だ。容姿性別などは彼女とは必ずしも一致しない。中には人間形態でないやつまでいる。


 今から始まるは、当代の神と亜神たちの定例会議。

 なおこれに彼女以前の神によって創造された亜神たちは含まれていない。


 まだ多くが存命中の彼らの中には今も彼女を守護者と認めない者もいるし、いまだに一部地域だけのローカルな神や神獣、邪神などとして君臨している者もいたりする。まあ敢えて敵対しない限りは放置だ。


『定時報告。北方大陸組、愚者(シューニャ)から』

『南区域、特には……あ、ラグナディアが霊威持ちを集め始めました。東の冥穴(ネザーゲート)に気がついたようです』

『あそこの女王姉妹にその件で働いてもらう必要があるかもしれません。接触してください』

『妹……いえ娘のほうは身重ですけど?』

『それがなにか? どうせ事態が動く頃には産まれているでしょう』

『鬼?』

『また縫い止められたいですか?』

『接触します』

『お願いしますね。詳細は後で送ります』


『次、魔術師(エーカム)

『北方区域。オストラント王国で発生したクーデターの続報ですが、鎮圧されました。主謀者のヴェステンベルク公は投降ののち投獄。このままいけばほどなく処刑となりましょう』

『何か特記事項は?』

降神猟兵(ラグナイェーガー)が初めて公に実戦投入されました。クーデターが失敗したのは概ねそのせいですね』

『例の新規部隊ですね。どの程度の力量ですか?』


 かつて地上において最も魔術に長けた国だったオストラント王国が、魔術衰退に対して出した答えの一つ……降神猟兵。


 人ならぬ存在を人間に降ろす人身改造術だ。かの王国が存在自体を秘匿している機密だが、亜神である分体たちの目は欺けない。


『素体が地人(ナーシィアン)であることを考慮するとかなり優秀ですね。10人足らずで1000の兵を双方死者を出さずに潰走させていました』

『データだけだと、島の護法騎士には及ばずとも五色騎士の上位に匹敵するね、魔人でもないのに。これ普通に周辺国には脅威じゃない?』

『隣のラベンドラには七色の精霊騎士が揃っているし、機甲(ブローニャ・)猟兵(ストレローク)も残っている。聖山には聖魔獣に『天使』も健在。対抗はできよう』

『個としては対抗できるでしょうが、彼らはこれ以上数を増やせませんからね』


『では、降神猟兵は今後増員されると?』

『ふむ……いえ、さすがにただでさえ貴重な魔導師(マーギア)魔導騎士(マギアリッター)に施術し成功率が一桁、失敗するとほぼ廃人になるものを簡単には増員できますまい。……それに成功例とされる者達も人格的変容はありますし、個体差が大き過ぎます』

『人工的に幻魔(ゲシュペンスト)を作るようなものでしょ? いやむしろデヴィルマンとかマスクドライダー? そりゃ成功率悲惨なのも当たり前だし、しかもリセマラ不可でキャラロスト賭けた天井無しガチャ状態じゃねえ』

『言葉の意味が分からんのだが、愚者(シューニャ)よ』

『最近ちょっとジブリルから発掘された古代の動画記録鑑賞にはまってて、そこでの言葉』

『くだらん。あまり妙なものにかぶれるな』

隠者(ナヴァ)、経緯情報を死者の書から抽出し、西の島に送るように』

『拝承しました』

『……それにしても、皮肉なものね。遺伝子操作すら嫌悪した人々の子孫がやることがこれだなんて』

『仕方あるまいよ。もう大陸の者の殆どは、あの頃一体何を、何故守っていたかも覚えていないのだから』



女教皇(ドヴェー)

『北西区域。聖山アナト、平常運転ですわ』

『オストラントのクーデターは聖王が裏にいたはずでは?』

『それはもう綺麗さっぱり、清々しいほどに白を切っていますわ。ゆえに必要以上に平常運転しています』

『北海冥穴は?』

『こちらの封が緩む気配はありませんわ。門番のリヴァイアサンも暇そうですわよ』

『構うのもたいがいにするのだな、ジズが南方(こっち)にまで飛んできて愚痴ってくる』

『あんたのほうこそ他国(ひとんち)聖魔獣(ペット)餌付けしてるんじゃない(エーカーダシャ)



女帝(トリーニ)

『東方区域。三日前、崑崙の仙人の一部が帝都を襲撃。リュースらが退けた。詳報は別途送る。さらに幻妖具現化宝貝の影響で東方第一冥穴から星霊掃体……子爵級幻魔(ゲシュペンスト)が顕現した。(エンシェント)(ドレイク)も何体か出たようだ。上位幻魔や幻聖が出てくるも時間の問題であろう』

『『冥宮(ダイダロス)計画』『盤古眼計画』向けのそちら担当の進捗は?』

『各四割程度だ。状況の進行が速いため加速させる』

『了解しました。できるだけ急ぎなさい。……それで、例の子供達は?』

『霊輪は開いた。気功も最低限は使えるようになったかと』

『最低限、では足りませんね』

『わかっている。しかし……』

『崑崙が試作していた「刀」があったでしょう。あれの借用も視野に入れなさい』

(ウー)はともかく(ホァン)が受け入れると?』

『するでしょう。相手が相手ですから』



(エーカーダシャ)

『南方大陸北部。ンガァ・ルディラ帝国、当代の赤竜帝ディンディル二十四世の病篤く、一年以内に崩御する可能性が高い』

『病? 老衰だろう?』

『本人等は呪われて病になったと認識している。実態は老衰なので通常手段では治しようがないのだが』

『本来千年を軽く超える寿命の竜人が200歳と少しで老衰死するなど思ってもいない、か』

『結局アレをまともに食らって老化したの、どうにもならなかったのね? 親征のうえに余裕ぶっこいて最前線に出たりするから……』

『南方大陸の地下で眠る神焔竜や奈落竜は? かの亜神どもなら治せよう』

『未だ目覚める気配は無い』

『人類種の天下など万の時ももつはずがない! とかいって不貞寝しやがったんだろ。まだ六千年だ、あと四千年は寝るつもりじゃねえの』


『そういや現グリュリュラグガントス皇家は直系後継者がいなかったのでは?』

『ああ。今のどの継承候補者も本家に繋がるには数代遡る。継承順位通りにはいかんだろう、既にお家騒動が始まっている』

『寿命長いし、卵は多いくせに、意外に生き残る数が少ないよねあいつら』

『闘争本能が強いせいか身内で争ってばかりだからな。さらに今のこの世界は気候に人間種向け調整(テラフォーミング)が入っててあいつらにとっては涼し過ぎる。まして南方大陸は大半が北方以上に寒い。竜人向きの土地じゃない』


『ではルディラ帝国の北方大陸奪還計画はまたしても頓挫ですか?』

『七年前のヴァンドール侵攻失敗からの痛手もまだ回復していない。当面は頓挫の可能性が高いが、後継者次第だろう』

『今のヴァンドールにはあの娘(アイシャ)もいませんし、全力なら落とせそうなものですが』

『無理だな。ヴァンドール王とルディラ皇帝のどちらもあの娘の仕業だとわかっていないのだから。未だに原因不明の呪い扱いだ、再侵攻なぞ心理的にできまい』

『プラナス様の頃からエグかったけど、やっぱり【(Life )(snatching)】からの【勤勉(Diligence)】【怠惰(Sloth)】のコンボは反則ねー、実質抵抗不能の強制老化くらったら、定命の生き物じゃ耐えられないか』



節制(チャトルダシャ)

『本星北方大陸北東部だが、界渡り(プレインウォーキング)を確認』

『現在位置は?』

『見失っている』

『形態は?』

『不明だ』

『規模は?』

『現出時の計測命数値は百万アニマ程度』

『となると前回よりかなり小粒だな』

『前回は粒自体はもっと小粒だった、数が異常だっただけだ』

『またどこかの世界のスパイ?』

『最近多いね』

『前回のは稀神の手先だったでしょ? そっちの後始末は?』

『兵士どもは発見次第破壊したが、全てを捕捉できたかはわからん。何せ多すぎた』

『計測できた限りの霊紋を提出してください。世界エーカーヴィムシャティヒ、捕捉したならば連絡を』

『承知』

(サプタダシャ)

『星系外。自称観光客の稀神と大宙鯨ご一行様の状況。予定通りM10D03T1321Y6651付けで転舵。天河星系方面に移動中。現座標X13DY-58FZ65C。現速度0.42C、時間圧縮率1.102。超光速遷移まであと地上時間で76時間』

『引き続き監視を。もし約定を違え当星系降着円盤外縁帯(カイパーベルト)以内に近づいてくる事があれば再度私が出ます』


(アシュターダシャ)

『星系内。『盤古眼計画』向けの地殻材料のアステロイドは八割がた確保したよー』

『残り二割、一年以内に確保してください』

『無理』

『無理ではないでしょう』

『無理というのは嘘つきの言葉なん』

『黙れ愚者(シューニャ)。ハビタブルゾーンから内側のめぼしいのはもう確保してるしー、残ってるのスカスカのばっかだよ? 外縁に探しにいくと時間が……』

『スカスカでも圧縮や抽出すればいいでしょう。有効利用しなさい』


『もう少し待てば勝手に材料から飛んでくると……』

『それこそ無理です。それらが飛んでくる前にこそ、やらねばならないのは分かっているでしょう?』

『なら命数融通してくださーい、現状じゃ足りません』

『都度送りますから、足りなくなってからいいなさい』

『ちょっと休みもくださーい』

『無理です。惑星爆散の影響回避のためには休んでる暇なんぞありませんよ、少なくともここ数年は』

『ほんとあのバカ鯨ーっ!!』

 ……神の座で何が話されているか、人々は知らない。そもそも神自体についても、魔人王がそうなっていることも知らない。たぶんその方が、幸福というものだろう。

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