第52話 霹靂の人形
武道場に籠もっていた者たちが外に出てくる。周辺には学校の他の生徒や教官たちが遠巻きに集まってにており、さらには近くの詰所から出動した兵士たちがやってきていた。
重体のアラティヤ万卒長とフォンヤァ百卒長らは兵たちに担架で運ばれていき、西方兵と魔導師らはそれについていった。
応急処理を受けているフーシェン将軍が、早く医師の手当てを、と勧める側近たちの声を遮り、武道場から出てきた皆に声をかける。
「……貴様たちに死人がでなかったのは不幸中の幸いであった。また、あれほどの難敵を退けるために戦い、あるいは宝貝を無効化したものどもも、見事。誇りに思うぞ」
手当てを受けているロイやウーハン、そしてリェンファたちに目を向ける。
「率直に言ってこれは我らの油断もあった。この度の襲撃は予測していなかった、そして奴らがたった数名でこれほどの事がなせることもだ。それにいかに対するか、後始末の後、我が身を含めいかに処すかは陛下の沙汰を待つことになろう」
「閣下!?」
側近らが将軍の余りに直裁的なものいいに驚き、何かを言おうとしたが、将軍はそのまま続けた。
「控えよ。……さしあたり負傷者にはできるだけの治療を施すゆえ、これより医師のもとに案内する。そしてリュース殿、リディア殿、貴殿ら無しにこの撃退は無かった。心より御礼申し上げる」
「降りかかった火の粉を払ったまで。それに、だ」
「何か?」
「まだ、終わりきってはいない」
「……まさか、仙人どもが性懲りもなくまた?」
「さて? おそらくは回収しにきたのだろうが……来たぞ」
「!」
ゴロゴロ…。
依然晴天である空に、またしても霹靂が鳴る。そして……学校から少し離れた八方位にあたる周囲から不自然にかつゆっくりと、空に向かって八つの稲光が駆け上がった。
「!?」
雷は武道場の上空にて交差し、雷の網目となり、収束し、そして近くの空き地に落ちてくる。
「ひっ……!」
生徒たちの一部が逃げ出そうとするが、間に合うはずもない。
ただその雷は、先の幻妖が呼び出した落雷と異なり、人に害を与えぬよう細く制御されていた。雷が落ちたその後に、バチバチと光る雷電からなる、人塊の塊が残った。
「これは……」
『我らが弟子どもがとんだ迷惑をかけたようだの。……まったく、予定が狂ってしもうたわ』
雷でできた針金細工の人形のような何かが、少年の声、老人の口調で喋った。
「幻妖でなく当代のお出ましだ。分身だが」
「当代……まさか」
『そこの男はともかく、諸兄らには挨拶せねばならんな。儂はユンイン、崑崙にて『雷仙』と呼ばるる者よ。この度は分身にて失礼する』
フーシェン将軍が低い声で応対した。
「私はフーシェン・グァオ・オースティン、煌星帝国星衛尉部将軍である。……崑崙の長老よ、如何なる要件か?」
『一つは遺憾の意ゆえよ』
「遺憾だと」
『我ら崑崙は独立独歩を望む者なれど、帝国を打ち倒さんとするものではなく、帝都に手を出すような事は望んでおらん。しかしこの度跳ねっ返りどもが秘宝を勝手に持ち出し、いささかやり過ぎたようでな。正式には改めて使者を出すが、まずはこの場にて、そなたらに崑崙としては此度のこと誠に遺憾であり、侵攻の意志はないことを伝えておきたい』
「そのような言葉が今更容れられると思うか」
『思わんな。だがそれでも言わねば先に進まんゆえのう』
どう聞いても悪いと思っている声音ではなかった。
「謝罪する者の態度ではない。それに、仮に神妙な態度であったとしても……そも貴様らは国でなく、貴様とて王や大臣などでなく、長老というだけであろう。そんな者の言葉を鵜呑みにできようか? いつ他の仙人が暴れるか知れたものではない事が、この度明らかになった」
『そなたらにとっては意味がないと言われれば確かに。だが我等の中では意味があるのでな、話をさせてもらわねばならん』
雷人形が腕らしきものを降ると、彼の周囲に八つの、八角形の鏡のようなものが浮かび上がった。あれが、空から大地を灼いた宝貝? そうか、さっき空に逆上った雷は、これを回収していたのか。
そして臨時教官がユンインに声をかける。
「それもとりに来たか」
『さすがにこれを只でくれてやるわけにはいかん』
知り合い……なのだろうか。あまり友好的ではないが。
「【合鏡】の使い手の行方は?」
『今追っておるところよ、ただあやつは逃げ足は速い』
「その気になれば、万里を『看』て、風の声を『聞』き、世界を『輪』に閉じて『雷』速に至る貴様らならば、捉えられよう?」
「リュース殿、それは崑崙四仙のことか?」
「そうだ。こいつらは元々情報収集能力には長けているが、特にそれが味方の仙人の動向なら、崑崙にいながらに、見聞きできるはずだ」
崑崙首脳の四仙のうち、看仙と聞仙の2人は、太古の頃からその力の持ち主がウーダオたちの側近であったため、リュースは力の性質を知っていた。
ただ、こちらの初代の2人はウーダオとユンインとは異なり、記憶と経験の継承に必要な素養がなかった。そのため当代は初代とは同じ仙力を使うだけの比較的若い別人だ。若いといっても既に常人の寿命は超えており、長老格と見なされてはいる。
崑崙には他にも何人か、そういった記憶なしに主要な力だけを継いだ仙人がいる。今回襲ってきた三人も、彼らは実際に見かけ並みに若いとはいえ、その類であった。
『儂の雷は奴の力とは相性が悪くてな。生かして捕らえるのは難しい。此度は封神せざるをえんと思っているところよ』
「封神?」
「こいつらは、死者の魂から仙力を司る部位を取り出す術を知っている。封神とは、使い手本人を殺して仙力だけを封じることだ」
「!!」
「まさか、我々も仙人に殺されると、力を抜き取られると……」
『……心配せんでも貴様らには関係はない』
「大昔うちの国の連中を闇討ちして力を写し取ろうとしていただろうに」
『そのやり方で成功せんかったのも知っていようが。結局今も変わらん、封神できるものは限られておる』
リェンファの視線が、雷の男の上、何も見えないところに向いた。
「……それじゃあ、その浮いてるのは……まさか、それ……」
『ほう? そうか見えるか、神意の瞳持つ娘よ』
「………さっき死んだ仙人のものなんですね?」
『左様』
言われてみれば、雷身の上あたりに、小さな霊気があるような。それがスンウェンとフェイロンの力、か?
『……しかし片方、やや小さいのう……小僧。貴様喰わなんだか?』
「!」
雷身はじろりとロイのほうに顔らしき部位を向け……一瞬だけ霊圧の桁が跳ね上がる。
こいつもリュースのように恐るべき密度感の霊気を隠している……。伊達にクンルンの首脳ではないということか。
『……まあよい、血を以て勝ち取った対価なれば、その程度のつまみ食いは許そう。……ふむ。場合によっては……その力が必要な事態もありえるか……?』
……表情のない雷人形のため分かりにくいが、ロイの力に対して何か知っているような口振りだった。
将軍がかすれた声でつぶやいた。
「……抜き取った仙力はどうなるのだ」
『さて、それを聞いてなんとする』
「以前、仙力に目覚めるための骰子を減らせるやつがいたと言ったろう、こいつらだ。封じた力を素質のある奴に埋め込む。だから崑崙には時折同じ力の使い手が代替わりして現れる。それとてそれなりに素質がないといかんが、自然に任せるよりは高確率に仙力に目覚められたり、あるいは力を強化できるというわけだ」
「そういうことだったか」
仙力は非常に稀な素質のはずだ。しかし過去に崑崙の仙人が絶えたという話は聞かない。これは単に周辺地域から集めていただけでなく、作り出してもいたのか。
『さっきから五月蠅いぞ、護法騎士。余り我らの秘奥を喋らないで貰いたいものだな』
「この程度、貴様らには秘奥ではあるまい。そもそも封神も力の移植も余人には真似できん貴様らの仙力が要。知られたところで何ほどのことがある」
「護法騎士。あなたはそうだったか……」
(護法騎士?)
(……禍津国の伝説。一騎当千の人外魔境からなる少数精鋭、魔人王直属の騎士団っていう、ヨタ話……じゃなさげよね、これ)
(マジで千人力ありそう)
『この男を無闇に信じるでないぞ、若き将軍よ。こやつは必要とあらば、子供すら斬り捨てんとする外道ぞ』
「ほざけ、子供なのは見かけだけの妖怪が。いつぞやの続きをやりたいか? もう一度死合ってもいいぞ」
『ほう、貴様にもまだそんな闘争心が残っておったか?』
言っている中身はともかく、お互いに口調は抑制されていて、本気かどうかはわからない。少なくとも戦ったことはある仲なのか。
「……話が逸れている、戻すとしよう。まず遺憾であるといったが、雷仙よ。貴様らが帝都に手を出すつもりがないというなら、何故かの仙人らは先日帝都にてこの娘たちを襲った。そして此度の襲撃。なぜそのような仕儀に至った?」
『あやつらと直接はこの所話せておらんでな。おそらくは、その娘の力がおぬしらのものになることを恐れたゆえ、いささか強引な勧誘にいたったのであろうが、拙速であったな』
「誘拐などしようとするから罰があたったのさ」
罰をあてた本人が何か言っている。
『仙力持ちを山に連れて行くは別に珍しいことではないが……あやつらは自分らを過信していたのであろうな、失敗によりいたく誇りが傷ついたか。そして再びの機会を窺っておったところに、西方軍の者共が合流し、もはや猶予がないと見たのであろうな』
「猶予だと?」
『ランドー達は、そなたらがそこの禍津国の者すら取り込んで性急に仙力を鍛えんとしている姿を見た。そしてそなたらが崑崙に攻め込む用意をしておると判じたのであろう。そこに西方軍のものが合流した、ならば準備は着々と進んでおり、そなたら得意の物量戦が始まる前に潰さねばならん……と、妄想にとらわれたのであろうよ』
「我らが急いて仙力を鍛えんとするは、龍脈の淵より現れし魔物どもに備えんがため。今は貴様たちと長々と戦っていられる程暇でない」
ついでに言えば西方軍の人らは、別に合流したわけではない。
『今は、な。龍脈の穴の事など、儂ですらついこの間まで忘れておったわ。我々のほうでも最近周知はしたが、ランドーも含め山を離れていた者どもは、まだ理解しておらん者が多かろう。それはそなた達帝国とてそうであろうが? どれほどの者が、今東方に迫っておる事態を知っておる? 知らん者からすれば、今のそなたらの動きはいかに見えるかの?』
「………さて、余人がどの程度知るかは我らの関知するところにあらず」
どれだけ知っているやら……ロイが聞く限りでは、冥穴関連って世間向けには箝口令しいてるそうだし……一応は身内のアラティヤ万卒長にしてから、ここの訓練を対クンルン向けだと思ってたっぽいし……。
ついで雷人形は、ニンフィアのほうに顔らしきものを向けた。




