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第51話 跳梁の果て

 闘仙の渾身の一撃がロイを捉えようとしたその時。


「惜しい」


 届かなかった。

 リュースが、フェイロンの連刃鞭を掴んで受け止めていた。並みの鋼よりも硬いはずの宝貝の刃は、だが手袋を斬るにも至らない。


「よく保たせたな」

「………ええ、何とか」


 ロイには彼がこちらに来ようとするのが見えていた。だからそちらにフェイロンを誘導しつつ、敢えて即死にならないところを貫かせて、【金剛】で肉を固めて刃を止め、時間稼ぎをしようとしたのだが……。


 見えなかった。まだもう少し距離があったのに、どうやって70シャルク(約50m)は先から一瞬でここに? まさか【転移】か? しかし霊気らしきものは……。


「むうっ…」


 フェイロンは刃を引き抜こうとしたが、連刃鞭は全く動かない。


「くそがっ……ランドー達は、どうした?」

「ひとりは逃げ、ひとりは死んだ」

「おのれ……!」

「それにしても惜しい。お前もそうだが、あの二人も惜しかった。ウーダオたちも相変わらずだ。あいつらなりに合理なのかもしれんが、心を縛り、あまつさえこんな道具で堕落させるとは」

「縛る? 堕落? 何を言っている……」

「だがそれでも、力についてはもっと自分で磨きえたはずだ。お前たち、それほどの才がありなから、なぜそんなところで止まった」

「偉そうな口を叩く……その口引き裂いてくれよう!」


 フェイロンの霊力が跳ね上がり、何かをしようとしたが、リュースの霊穿がそれを阻止し、そして。


「【(フェアリー)(ステップ)】どまりでは、それ以上は難しい。だがうちの国にかつていたそれの使い手は、磨き上げて【重界(オーバーバース)】に至ったぞ」

「なんだ、それは……」

「貴様らは修行が足りない。霊気の速さが、世界を曲げる意志が足りない。渇望が足りない」


 リュースの顔はフェイロンに向いている。だがロイには、それがロイたちに教えているように聞こえた。

 

 リュースが連刃鞭を離し、フェイロンを蹴り飛ばす。その時一瞬だけ、ロイはリュースの霊気の隠蔽がとけるのを感じた。


「……っ!」


 単純な霊気の量だけならさほどでもない。今のロイより少し多いくらいだろうか。だが質が全く違う。リュースの霊気はロイより遥かに重く強固で、錬鉄のように感じられた。


 先日見たトリーニなる幻像の女や、過去の映像で出ていた魔人たちよりもさらに重厚な霊気。


 そして何となく分かった。ここで重さのように感じられるものは、霊気自体の密度だけではない。無論密度も高いのだろうが、それ以上に違うのは霊気の圧、循環の速さだ。


 そしてそれが意味するものは……行使する奇跡の深度。


 仙力が魂に宿る原初の願いを実現する奇跡だというなら、その奇跡をより強くするために何をすべきか?


 今までロイ達は単に霊気を消費して能力を使っていた。そして先日からは霊輪を開き、霊気を認識し、霊気を動かす訓練をした。それは短期的には冥穴の魔物と戦う力を得るためだ。


 だが今この男が見せた霊圧は、その先にあるものを教えている。

 霊気の激流を以て世界の法を押し流し、塗り替える事が仙力の本質であると。そうであるなら……。


「何を馬鹿な、仙力は仙骨の素質が全て。修行で決まるはそれをどこまで引き出せるか否かだ。力そのものが変わるなどない」

「お前は基礎は出来ている、だがそこどまりだ。魂に宿る願いの果てはお前が思うより広く深い。人間のままではその限界には届かんが、それでも力の次元が変わる程度には極められる。ウーダオやユンインにしても、最初から今の力だったわけではない」

「知った風な口を叩く」

「冥土の土産に見せてやろう。俺の模倣ではいささか本物より劣るが」

「舐めるな。貴様も道連れよ。……我は『闘仙』、その名は血肉を踊らせる者なればなり!」


 フェイロンが叫んだ瞬間、彼の霊力が爆発的に膨れ上がり……!


 シュッ!


 リュースとフェイロンの姿が同時に消える。一瞬の後、少し前方でフェイロンは血煙と共に崩れ落ち、リュースはその背後で刀の血糊を払った。


「……え」


 ……同時だった。

 フェイロンは、仙力による移動の途中を捉えられて斬られた。条件次第とはいえ、そこまではまだロイにもできたことだ。だが今のはそれだけでなかった。


 ロイの感覚で認識できたのは、リュースがほんの一瞬、6人に分裂し、それぞれ別の方向から同時にフェイロンを斬った、ということだった。


 しかも分裂したそれぞれは障害物を透過し、重なっている部分もあり……そして斬りたいものだけを斬り伏せた。


 ただの分身ではない、これは……おそらくフェイロンの仙力が辿り着きえた、より上位の可能性の一つ。


 今のフェイロンのように同時には一つだけ、ありえる過程を跳ばすにとどまらず。複数のあり得ざるものすら含む攻撃をその結果まで呼び出した。


 時を超越し。異なる結末を重ね。それらが既に起こって「いた」と世界に誤認させる。それは妖精の跳梁などではない、真に不可避な絶技。


 ……どうやってこれを破ればいい? 冷や汗とともに、無意識のうちにどうすれば勝てるのかを思考した。


 ──どうやった?

   オレ(・・)

    あの時(・・・)

     どうやって

      ()を  倒した  ?


 ありえない記憶の断片が脳を軋ませ、痛みが走った。


「くっ…」


 不可解な痛みに顔を歪ませたロイに、それを読み取ったかのように声がかかる。


「こいつは、人が使うにはなかなか無茶な仙力だからな、発動にはいくつかの条件がある。それを満たさないようにすれば何とかなる。……例えばお前、俺の霊穿盗んだだろ? あれでもうまくやれば止められるし、他にもやりようはある」

「……模倣と言いましたが、つまりあなた本来の力ではないんですね? どうして使えるんですか?」


 ……仙力は基本的には属人的な、本人にしか使えない力と聞いていた。だがフェイロンが宝貝で異常な回復の力を使ったように、禍津国にも自分本来のものでない仙力を起動させる技術があるのだろうか。


「前に少し言ったか、仙力を共有する仙力っつーものがあってな。そいつの力を借りて、その上で俺の力を加えての再現、といったところか。だがそれをやると、ただでさえ酷い燃費がさらにな……今のもひどく疲れた」


 見かけの霊圧がまた抑えられてしまっていたので、真偽の判断がつかない。とりあえず息も切らしていないから、余力がないわけではないのだろう。


「後付けで仙力を付与する道具もある。崑崙の宝貝にはそういうものも多いな。今日襲ってきた連中もその手のを持っていた」

「作れるものなんですね……手に入るなら便利なんですが」

「良いことばかりじゃない。本来の自分のものでない仙力は、使う際に相応の制約や副作用がある。その点、自前で多彩な能力を起動できるお前は有利だな」

「多彩と言われても……今ひとつ自分でも分かってないんですが」


「そこは自分で会得していけ。お前はさっきの俺の力を見たな? 何が起こったかは分かっただろう?」

「分かっても俺にはできないです」

「意味はある。今は分からなくても覚えておけ、餞別だ。お前のその力は伊達に救世と名付けられたわけじゃない。そして初代(フレディ)の頃に足りなかったものがお前にはある」

「………そうですか」


 よく分からないが、何らかの意味があるのだろう。

 いつの間にか、脳の軋みは収まっていた。


 ……フェイロンに近づいて確認する。闘仙と呼ばれた男は、瀕死の重体だった。


 ロイの目には、先ほど彼が叫んだ際に身体能力が凄まじく強化されたように見えた。仙術による切り札の一つだったのだろう。ロイ相手に使われていたら、危なかった。


「……う……ぅ……」


 ごほっ


 フェイロンは血の塊を吐き出した。

 宝貝は衣装も連刃鞭も先程の一瞬で破壊され、再生も始まっていない。瀕死だが、まだ今は生きてはいる。


 わざと、か?

 リュースのほうを見る。


「お前が納得いくようにしてみるといい」


 なるほど。ロイが決めろというのか。


 ………このまま将軍たちに捕まれば、この男は生き残れても地獄を見ることになるだろう。だが、ロイ個人としては彼が嫌いなわけではない。


 彼の最初の仕掛けはあくまで導師だけを狙っていたし、怪我をしたウーハンに追撃もしなかった。これ以上ないほど不意打ち向けの能力なのに、律儀に事前に覚悟を問うてから攻撃してきた。


 それは「闘仙」の矜持のゆえか。そもそも彼の能力からすれば、ロイと闘う必要はなかったはず。仙力を使って周囲の皆を奇襲しながら逃げていけば、おそらく彼だけなら逃げられたはずだ。だが先にロイと闘いで決着をつけることに拘った。


 その愚かしくも戦士なりの矜持ゆえに後ろの皆は助かったのだ。そこは敬意を表すべきと思った。この男には、獄死よりも、実験台よりも、相応しい終わりがあるべきだと。


「……殺せ……」

「……何か言い残すことは?」

「……先に地獄で、待つ……お前たちは、せいぜい、生き足掻き、やがれ……」

「そうしよう。このロイ・ウー・カノン、お前の事は忘れない。『闘仙』フェイロン」

「………ふん」


『震破勁』


 雷公掌とならぶ、もう一つのロイの奥の手。拳や武器に振動波を纏わせ、螺旋の回転も加えながら急所を撃ち抜く技。心臓に放てば例え無傷でも心停止しかねない。


 人に対して放つのは初めてであり、満身創痍の身ではもはや腕を動かすだけでもきつかったが、それでも正確にうち放つ。


「………………」


 終わった。


 ……動物や魔物相手はともかく、実際に人間に手を下したのは初めてだ。心がざわつく。だが、英雄たらんとするなら、守るべき皆を守るためなら、これは今回だけのことにはなるまい。せめて心に刻み前に進むことが、闘い、結果的に生き残った者の責任か。


 ……ああ。霊気が、きらきらと。天に、大地に還っていく。……? いくらかは、ロイに……。


【救世: 派生・暴食(グラ)──継がれるべきは戦士の業──【獲(インバイビ)業】(ングカルマ)


 傷が少し治っていく。それ以外にも、何かが自分の中に積み上がっていくのを感じる。 

 そうか。そのためにロイにやらせたのか、この男は。


「せめてお前の糧にならねば、浮かばれんだろう」


 リュースはロイに治癒術を使う。さっきの何かに加え、体がぽかぽかと、治っていくのが心地よい。これだけの傷、普通なら入院ものだろうに……わかってはいたが、リディアだけでなくこちらも治癒術師として一流か。


 そしてロイは、先ほど、自分に少し流れこんできた感触を思う。


「これが仙力使いを倒すということですか?」

「普通はそんなことはない。それがお前の力の一端であり、そして正しく闘いという縁を結んだがための救済(けっか)だ」

「……縁」

「その仙力は単独ならば食べる事を極めるもの。25年前の魔神も広義でいえば同じ力があったな、魂も含めた全てを食らう権能だ」


 魔神と同じ?


「だが原霊の願いは混ざり具合によって、異なる現象を引き起こし、同じ仙力でも別の側面を見せる。お前は特にそうだな、混ざり方が普通じゃない。そのせいであいつの時は解明できなかった」

「あいつ……?」

「お前の場合、食らえるものは条件が限られる。しかし代わりにただ腹が満ちるだけではない。そして単なる虐殺や暗殺では、力を得るどころかむしろ低下するだろう。覚えておけ」


 よく分からんが、堂々と戦えということか?


「……残りのあれは、どこに行くんですか」

「魂は輪廻に、魄は大地に、想いは空の果ての座(・・・・・・)に。そして大地に染み込んだ魄の向かう先が、龍脈だ。幻妖はそれを糧に顕れる」


「ならば、こうなったらまずいのでは? 力ある者なら特に」

「遅かれ早かれだ。一度この世に生を受け、滅せぬ者のあるべきか。重要なのは流れが滞らない程度に発散すること。循環を維持し、世界を維持する。冥穴と幻妖とはそのために、気の遠くなるほど太古の賢者が世界に遺した機構、必要悪だ」


 太古の賢者。……あの映像よりも以前だとしたら、それはおそらく人間ではないのだろう。


 周辺が騒がしくなってきた。闘いが終わったことに、武道場や学校の皆が気づいたのだろう。


「いずれお前らの前に、業魔と、もしかしたらアレが顕れるだろう」

「アレってなんですか?」

「俺ではアレらに届かん。デカブツは苦手だ。だがお前らには見込みがある。だから色々と見せた」

「だからアレとは?」

「デカブツだ。今はそれしか言えんが……」


 リュースは告げる。


「頭を使え。組み合わせと使い方を考えろ。そこに勝機がある。お前の力は、励起していくのが少々手間だが……」

「やっぱり今こうなってるの、また普段に戻るんですか?」

「そうだ。そして自分だけじゃ励起できん」

「そこが一番何とかならないですかね……」


 それが無かったらとても使い勝手がいいのに。あと心理的負担も少ない。


「修行を続けていけば、ある程度励起したところが基礎値になるだろう」

「それはいいですね。でも時間がかかりますか?」

「そうだな。それには地道な訓練が必要だろう。だが……」


「お前はそこまで自身が至らずとも、普通の仙力使いの届かぬ先に辿り着ける。絆を紡げ。そして『傲慢』にも願え。全てを救うと」

「……みんなに殴られながら?」

「……」

「…………」

「…………そうだな」

「……………………はい」


「……昔どこぞの救世主(メサイア)は、悪なる者に右の頬を殴られたら、左の頬をも差し出せと言ったそうだ」


 意味が分からない。被虐趣味かな?


「無茶苦茶な話かもしれんが、その視点がお前の力を引き出すには必要だ」


 どうして!?


「お前の力の本質が何か、ということだ。そこを悟れば、お前はあり得ない霊気を世界から汲み上げ、本来人間では届かない魂魄樹の枝葉の全てに意図的に霊気を送り込むことができる。そして辿り着いたならば……お前の望みは叶うはずだ。仮にその過程で何があったとしてもだ」


 俺の望み? 俺の望みなんて、割と自分でも俗物な代物だと思うんだが……。どういうこと?


 ……後ろから、ガヤガヤと声がする。彼女たちと、レダがロイのほうに走ってきていた。また心配をかけてしまった。

 ……その後ろから干物が歩いてくるような? 気のせいか……。


 そして将軍らも合流し、負傷の治療や片付けなどが行われる中、それは現れた。


12/30 表現微修正

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