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第49話 己を錬り上げて


「何故だ!」


 宝貝に指示を送っても思うように起動しない。集光動作に入り光が降り注ぎかけるが、収束する前に、再び初期状態に戻ってやり直しになってしまう。


 あたかも操作画面にまでたどり着けず、永遠に再起動を繰り返す電算機のようだ。


「あいつら、まさかここまでやるとはねえ」

「あいつら? 誰が、何を……」

「お前が迂闊だったんだよ。せめて待機じゃなく休止にしとくべきだったな。上の主要経路を補正不可段階まで破壊された状態で起動しようとしたから致命的損傷が構造式に発生している。一度全部回収して分解再調整しないと直らんぞ」

「馬鹿な。上空の経路を破壊だと、どうやって……そうか!」


 ……宝貝の回路は通常の魔導具のそれとは似て非なるもの。その詳細を事前知識無しに見破るなど一流の魔導師でも難しい。そして仮に認識できたとして、山より高い上空に破壊を届かせるなどそれこそ事前準備無しには不可能だ。


 だが、あの霊眼なる目を持つ娘なら、そして破壊の仙力を持つ娘なら、空の見えざる回路を認識し、さらに破壊することができてもおかしくはない……!


 ランドーは悔いた。その可能性が脳裏から完全に抜け落ちていた。


 主要回路を退避させる指示自体は、やろうと思えば簡単にできたのに、念のために即座に再開できるようにすることと、そして目の前の男たちに気を取られ過ぎていた。


「さて、そろそろ悔い改める時だ」


 ランドーは唇を噛み締めた。さすがにこの場を脱する手段は、もう……。


「……ランドー」

「スンウェン?」

「フェイロンも、厳しい、ようだ。お前だけでも、行け。俺が、機会を作る」

「何を言う!」

「俺は、もう、保たん」

「!」


 こふっ……。


 スンウェンが吐血する。衣装に、袈裟斬りされたかのような血の筋が走っていた。機甲童子が斬られたところと同じだ。


 機甲童子が倒された際に、その衝撃が逆流し操作者の彼に流れ込んだ。単なる損傷だけなら精神的に朦朧とするだけで済んだだろうが、悪条件が重なった。


 かつての魔導聖鎧と同様の機動性を確保するために、機甲童子は魔力だけでなく霊力を援用していた。そうしてただでさえ使い手との霊的繋がりが強いところに、大技を使用して経路が全開になっていた。


 そこをたったの一撃で両断されたうえ、かの光剣は魂を破壊できる神器でもあった。その上『斬甲怜剣(フラガラッハ)』による傷は、普通の手段では癒やすことができない。


 そうして魂に回復不能の損傷を受けてしまい、それが肉体にまで反映されつつある。仮にも鋼の躯体をそんな攻撃で一瞬で破壊される状況などは想定していなかった。


「……済まぬ、済まぬ。これは俺の……」

「よい、俺の、せいでも、ある、行け」

「だが!」

「行け!」

「……済まぬ」


「そう簡単に逃がすかよ」

「させぬ」


 霊気の盾を構築しつつ、逃走用の鏡を展開しようとするランドーにリュースが迫ろうとした時、スンウェンから突風がわき起こり、リュースを打ちつける。それはただの風でなく、麻痺の毒が含まれていた。


「むっ……」


 スンウェンが纏う宝貝「大風鳴衣」の力。伝説の魔鳥「大風」の名を宿すそれは、風を操る力を持つ。普段は彼が作り出す薬などを気流制御し、相手にだけ叩きつける用途に用いる。


 リュースが対処のためわずかに足が止まった、その間に。


「命ずる、我が無念、我が血潮、其は奈落を焦がす劫火ならん! 我は『錬仙』、その名は万性を()る者なればなり!」


 仙術奥義の一つ。潜在能力を開放する『令咒術』による『宣名』により、仙力が爆発的に励起。


 そして。


 『錬仙』スンウェンは自爆した。


 自身の血液を【錬成】の対象とし、傷口から体の前面に大量に放出。さらに大風鳴衣の力を最大限に起動しつつ血を猛毒の爆薬に変じ、指向性もつ致死の爆風と為す。


 吹き出す血と生じた爆風の圧力に、スンウェンの身体も引きちぎれる。だがそれと引き換えに、まともに受ければひとたまりもない末期の一撃を作り出した。


 迫り来る爆風に向けリュースの刃が走る。


「はぁあっ!!」


『天神器・瀬織津比売・励起駆動・構成『妙音淨界』』


 リュースの刀は浄化、そして水を司る神器。それが死者の変じた猛毒の怨炎なれば、彼女の権能の範囲内だ。聖なる水を纏った刃が爆風を割り、その指向性をねじ曲げる。


 そしてその隙に鏡から逃れようとしたランドーに対し、さらに二の太刀がうち放たれ、ランドーを両断した。


 両断した、はずだった。

 

「なに?」


 爆煙が晴れたあと、そこにあったのは両断された鏡。ランドー本人の体は既になかった。


「奴の霊気はそこに……」


 爆発により視界が遮られたが、そもランドーのいる位置が見かけとは異なる(・・・・・・・・)のは分かっていた。だから霊気を頼りに放ち、確かにそこにはいたはず……。


 そうか。……奴の衣装に描かれていた、霞を吐き出す巨大な貝。その意味する真価を見誤ったか。


「……蜃蛤(しんこう)。幻を作り出す、回避機能が本領の宝貝。見かけだけでなく霊気も幻だったか。しかも実体とも虚像とも別の位置に。これは一本取られたな……」


 ランドーの宝貝「蜃蛤眩衣」の力。それは極めて精巧な幻を作り出しつつ本体の姿を隠し、僅かに、実体の位置と見かけの位置をずらすもの。


 近接戦に巻き込まれた場合の保険となり、さらに霊気の位置すら誤魔化す二段重ねゆえ、直接作用するような魔術や仙力を誤動作させることもできる。


 リュースの仙力は燃費が悪いために、通常最低限の範囲……今の場合、風刃の一撃の幅にとどめており、そのため少しでもずれると効かない。


 先日会った際にはランドー本人が霊気を隠す霊絶を会得しておらず、かつ仙力の都合上光学的隠蔽手段には優れていると見て、今回原則としてリュースは視覚よりも霊気で相手を認識していたのだが、本人はできずとも道具でできる可能性を失念していた。 


 そしてあの真珠色の蛤の刺繍。貝を表すためにその色かと思ったが、素材自体が特殊だとすれば、リュースには心当たりがあった。


「霊気すら誤魔化す……。あの衣、幻霞(ファントム)(ドレイク)の体毛を縫い込んでいたか。崑崙に残っていたとは」


 幻装迷彩と呼ばれる極めて優れたステルス能力を持っていた竜種。前世では彼も苦しめられた魔物だ。使役していた竜人と共に南方に去りもはや大陸にいない古竜種だが……あれを利用していれば、こんな異常な能力の付与もあるいは可能か。


「……リュース殿、あの仙人は……」


 フーシェンが槍を杖に近寄ってきた。血だらけだが、重傷ではない。


「一人逃げられた。相手もさるものだ」

「致し方ないな……。宝貝持ちの仙人……直接対峙したは初めてだが、あれほどとは。神器なくば私もああなっていた」


 フーシェンの目が近くにあったものに向く。……西方軍の兵、ウージュンだったものだ。彼は薬で操られたまま、ユンインの落雷の術の際に巻き込まれ、息絶えていた。神器によってフーシェンから逸れた雷が直撃したのだ。


「……将軍殿、気をつけられよ。この辺りは奴の屍毒が散らばっている。浄化の魔術を使える者を呼び、手当たり次第に消毒したほうがいい」

「そうか、ご忠告感謝する」


 そう言っている間にリュースは刀を振り、倒れている二人については刀の権能で周りの毒を浄化した。そしてロイたちの方に目を向け……。


「向こうがまだ決着がついていないようだ。向かわせてもらうがよいかね」

「こちらこそ頼む。……大地の消毒およびアラティヤたちについては、こちらで人を呼ぶゆえ」

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