第42話 天から降り注ぐもの
臨時教官の解説が続く。
「そして最大の欠点だ。この手の霊気撹乱技は、単純に十分な強度の霊鎧を構築できる使い手には効果がない。そういった相手に対してむしろ霊気の半端な変動は……」
そしてロイは試しに呪符に対して霊気を飛ばそうとしてみる。ぱしっ、と小さな音をたてて呪符の魔術回路が揺らぎ、霊気放出が止まる。
「へえ……」
事前にいわれていた通り、届いた。これが霊気を遠方に放出する感覚か。呪符による霊気の揺らぎに合わせ、逆流するような形で力を飛ばすことができたのだ。
これまで強く霊気を飛ばそうとすると凄まじい抵抗のようなものがあってできなかったのだが、なるほど、こうであれば………。
今のロイでも、まず空間に薄く、調べものをするかのように霊気を振るわせながら通し、それから出力を上げれば、強い威力で遠くに届くようになりそうだ。武器ごしに放つのもその応用か。あとはそれをいかに素早くやるか。
「……相手の仙力の効果範囲を高めてしまう。だから訓練用の域を出ないんだ。かといってそれを逆手にとって仙力を増幅するには消費魔力からすると効率が悪すぎる」
「……ハンセル殿、これはどうしたことか」
「いや、待ってくれアラティヤ殿、まだこれだけではない」
「これだけでも充分だと言ったのは貴殿で……」
「それは以前の実験の時の話であって、今回は……」
万卒長、導師、ちょっと見苦しいです。
「この手の術が悪いと言っているわけではない。直接戦闘には向かないだけだ。素直に霊気探知技術として開発を進めることをお勧めするね。そのほうがおいおい役立つだろう。仙力行使の検出や、霊的な弱点の看破とか、色々な発展がありえるからな」
「貴様は……仙力使いではないのか」
「昔はうちの国では仙力使いだろうが魔術理論は必修だった。どちらも有用な道具、排他関係ではない。今回の冥穴の事態が魔術で対応できる状況なら私は魔術を教えただろう。仙力の指導を行っているのはそれが最適だからだ。力には向き不向きというものがある」
「……我々が開発したのは『崩仙』だけではないぞ。まさかこちらを見せることになるとは……」
そうして今度は、三人がかりで何かを始めようとした。
さすがにロイとしても慌てる。いやちょっと待ってください導師殿、さっきよりも出力高い何かをやろうとしてるのは分かりますが、その術の矛先、こちらに向けないでいただけます?
どうせなら教官のほうで試していただけませんか? というか根本的に、戦場でそんな悠長に複数人が固まって術を使う余裕があるとお思いか? やっぱり開発方針間違ってませんか?
ロイが念のため霊鎧をさらに強化しつつ、逃げる準備をしていたところで、リュースの声が投げかけられた。
「何かあるなら、今からの戦いで使ってくれんか? ちょうどよい実戦になるかもしれんぞ、そんな悠長なのが使えるかどうかは相手次第ではあるが」
「どういう意味だ?」
「大元に釘は刺したが、いくらかは大殺界に影響され殺戒の衝動を抑えきれんらしい。中途半端に霊気に敏感であるがための弊害だな……しばらく躊躇していたようだが、標的が集まったことで踏み切ったようだな」
「なんだ、何を言っている。殺戒? 標的?」
そこでリェンファが呟く。
「何か、周りに薄く霊気が広がってる…………これは、どこから? 上?」
「何か、モワっとしてマス」
「言われて見れば……」
霊輪の開いた生徒や兵たちにはなんとなく周辺の霊気が違うのが分かった。しかしそれが何を意味するのかを分かっているのは、この場ではリュースと、人ならぬ存在たちだけだった。
「我々はこの講習が始まってから光り物を身につけず、使わないようにしていた。また、探査を阻害する結界を構築していた」
そういえばそうだった。光り物は鏡になるからと、例の仙人の探知を避けるためにしばらくは身につけないようにしていたのだ。それに結界? そんなものも構築していたのか?
「だが貴殿らはそのようにジャラジャラと光り物の勲章をぶら下げている。しかも、身内の管理も杜撰だ。ほら、一人いなくなっているだろう?」
「……まさか」
「……万卒長、ウージュンがいません!」
「今日は晴天だ。だが外が暗くなったのは何故だろうな?」
そうだ、今日は雲も殆どない晴天だったのに、窓からのぞく外の空が……暗い、そしてこの武道場の周りだけ明るい、ような。
その時。
『警告します』
何者かの、どこか棒読みの声がした。……フーシェン将軍? いや、将軍の懐あたりから?
『戦術級宝貝の展開を検知しました。97%以上の確率で当武道場が攻撃対象です』
「なんだと!?」
「将軍、今の声は!?」
「宝貝だと? ……仙人の襲撃か!? くそがっ」
何人かの者が外に出ようとするのを。
「待て」
リュースが一喝する。腹の底に響く声だった。
「皆、ここから出るな。死ぬぞ。……リディア」
「分かってます!」
既にリディアが大規模魔術の構築を始めていた。密度が高すぎて、ただの円盤にすら見えるほどの魔法陣が多数展開され始める。
ハンセル導師らが驚愕に立ちつくす。彼らの知識からすると、彼女が次々に作り出す術式の規模と展開速度は一人の術師でできるとされるものを遥かに超えていた。
「あ、ありえん、なんだこれは!」
「何をやろうとしている!?」
「説明しろ!」
「さっきそこの『剣』が言っただろ、大規模な宝貝の一撃が来る。仕事だから生徒は守ってやるが、防御結界から出たら責任は持てん。貴殿らも死にたくないならそうすべきだ」
「『剣』!? それにこれが防御結界だと、こんなものは見たことが……」
そして次の瞬間、聞き覚えのある男の声が響いた。
「……さらばだ。燃え尽きるがいい。宝貝『萃照天睨鏡』!!」
『映仙』ランドーの声。対してリディアの魔術が起動する。
「現は幻に。幽明境を入れ換えよ『神隠遷』!」
その瞬間、初秋の帝都は大半が昼ながら日蝕時のような暗がりに覆われた。天から降り注ぐべき光が、ある一点に奪われたのだ。映仙ランドーの宝貝の展開によって上空の空間が歪み、巨大かつ精密な透鏡状構造体になったがために。
帝都上空の大半の陽光を萃めた太陽炉。その熱量は一瞬だけで、かつてとある世界において全ての爆弾の母と呼ばれた爆弾の放つそれに匹敵する。
爆弾と違ってこの宝貝による熱量供給は化学反応からの爆風は無い。しかし最高温度では遥かに上回る。さらに瞬間でなく長時間持続し、焦点を動かすことも可能。天に睨まれた熱線の中心は、炎上どころか金属すら蒸発する灼熱地獄。
萃照天睨鏡。崑崙の仙人たちが有する無数の宝貝の中でも、戦術級宝貝に分類され、戦の行方を左右すると言われる秘宝の一つ。武道場など丸ごと蒸発させられる一撃がロイたちの頭上から放たれた。




