第40話 闖入者たち
あと数日で特別講座も終わるという頃になって、やっと将軍らから今後についての説明があった。
講座修了後は、独自に今度は星衛尉部からの教育が半月ほどあり、その後新設される『仙霊機兵部隊』の特務兵として冥穴対策の任務にあたることになるとのこと。
仙霊科の面々は学徒動員なので原則としては負担を減らしつつ学業もやりたい、らしいが、ロイからすると正直無理じゃないのと思う。
ただでさえ、こうしている間にも穴の近くの謎の領域が徐々に広がっているほか、領域の外に魔物が出てくる頻度が増えているらしい。
それらの魔物と戦う際に仙力、仙術が有効なのは確認できたようで、魔物たちが本格的に漏れてこないうちに防衛体制を確立したいようだ。そんな状態で学業などろくにやってはいられまい。
まあ、自分達はいいが、ニンフィアまで頭数に入っているのは気にかかる。確かに彼女の仙力は凄いが、肉体的にはほぼ素人だし、魔術についても基礎知識からして皆無だ。見た目に反して運動神経はいいようだが、体力はかなり低い。
どういう風の吹き回しか、本人としては体術や魔術も学ぶ意欲はあるようだ。とはいえ、体作りからだと年単位で時間はかかりそうだ。
ここのところは、修了試験ということで、数人単位の班を作り、連携しての複数の眩魔獣と戦う訓練をしていた。霊気を操る訓練も同時に行う。
「君達は既に対人についてはある程度できている者が多い。だが幻妖は人型から竜まで様々だ。対魔物用の戦法と戦術は対人とは異なる」
実践訓練の合間の休憩時間に、説明が加わる。
「また、幻妖は同時に複数沸くことも多く、種類も一様ではない。特に穴が目視できるほどに近づくと、生命の気配に誘われて同時に多数発生する。幸い連中はお互いに仲間意識などなく、連携することはほぼない。ただ、相手は人型であっても中身は怪物。防御の意識が薄く攻撃一辺倒になりがちで、味方を巻き込む攻撃や、時には自爆すら躊躇わない連中だ。そこは理解しておかねばならん」
戦い方そのものは教える時間がないとのことで、指針だけを教授していた。
基本的には役割分担が肝らしい。壁役は大仰な動きで攻撃を引きつけ、攻撃役には戦士というよりも、斥候や暗殺者のような無駄なく急所を狙う戦い方が求められる。対人の幻惑や駆け引きの技は、有効でないことが多いらしい。
「帝国が君たちをどのような方針で運用するのかは知らんが、対魔物で複数で戦う連携訓練は必要だろう。自分たちが倒せる相手か、倒せないならいかに時間を稼ぐか、いかに逃げるか、そのあたりの感覚を体得するのが望ましい」
そんなわけで、複数の魔物との模擬戦をやっているわけだが……以前よりはずっとマシにはなってはいる。霊撃は腰の入った物理打撃である必要がなく、撫でるような接触でもある程度効く。ただ、そんな接触でもうまく当てることができる面子は限られている。
何せ、まだ誰も武器越しでは十分な霊気を叩き込むことができず、素手でないと打撃にならないのだ。そして素手の間合いで怪物と戦えるのは、ロイを含めて数人しかいない。
「武器越しや遠当てで霊撃や霊刃を叩き込めるようになるには、普通は早くとも三ヶ月はかかるところだ。半年を目処に、実戦の中で磨け」
上では、先日将軍の発見した布や、以前入手した仙人の宝貝の残骸を解析し、霊気を通し霊撃を増幅する武器を試作しようとしているそうだが、ものになるのはもう少し先だろう。
それでも甲科一期生のグァオ先輩らの班と、二期生のロイたちの班は、単体の敵は何とかなるようになった。そして自分らと同数相手くらいまで持ちこたえられる感じだ。ここはまあいいだろう。
乙科の班はまだ霊操を素早く使えない者が多い。もともと力が戦闘向けでないせいもあるのだろう。あと特に二期生はシンイーが猪突猛進すぎて複数敵相手だと敵中で孤立する傾向がある。
「くそー、なんだよついてこいよ! 怖がんじゃねえよこのくらいてめえら男だろ、ついてんだろうが! あっ、しまっ、あぎゃあっ!!」
あれは士官学校生としては失格じゃないのかな……。煌星帝国が東方で覇権を得られたのは、それまでの個人の技量に頼った戦でなく、規律に厳しく戦術に長け、兵科を分担した集団軍制をいち早く構築できたのが主因とされていて、士官候補生たる本校の学生たちはそのあたりを口酸っぱく指導される。今では他国にもかなり真似されているが、規模において帝国に比肩する国はない。
まあその成功体験が原因で、仙力などという属人能力が軽視されてきたのだろうけど。異常者は制度の中に組み込みにくい。そして小規模特殊部隊として運用するにも、質がバラバラすぎた。
今回の仙術気功の導入によって、非戦闘向け仙力の持ち主でも対魔物要員になりえるなら、今後は皇帝の代替わりがあっても安定的に制度の中に生き残れるかもしれない。
少しアレなシンイーだが、現状では貴重な戦力には違いない。このままだと乙科は全体の10人ほどで一つの班扱いになりそうな感じだ。全部で兵士の班2つ、学生の班3つというところか。
兵士の皆は、武芸の練度は学生より高いものの、仙力はさほど強くない人が多い。さらに完全に連携不足だ。なにぶん元々は全く違う部隊や兵科から仙力の素質だけで引き抜いて来られた人々なので色々と噛み合っていない。ただこれは時間が解決する問題だろう、その時間は……実地で磨くことになりそうだが。
それと、少し気になることはあった。
ロイが見るに、なんとなく、仙力使いの皆がこのところ好戦的になっているような気がする。訓練とはいえ、やや軽率な判断に傾きがちというか……力が強くなったことで気が大きくなったのかと思ったが、どうも違う感じがする。
……それは、崑崙の双仙や禍津国の者が殺戒と呼ぶ、龍脈の活性化に伴う精神汚染の一種だったが、この時点ではロイには分からなかった。彼やニンフィアにはその手の影響がなかったからだ。
とりあえず、ロイたちの班としては大体形ができつつあった。まずリェンファが相手の性質を読み取りつつ、ロイの仙力を励起する。
具体的には張り手で。
………いたしかたない。
味方を守って攻撃を貰うことで強くなるという仙力の性質上、そのままでは後手に回ってしまう。予め味方に殴られておけば強化された仙力で先制できる。
そしてエイドルフが前に出て盾となり相手を引きつけ、ウーハンが転移で攪乱。ロイが主力となって攻撃、レダが適宜仙力や魔術でそれを補助する。
相手が強い場合、さらにみんなで殴って出力を上げる。
……誰を?
無論。ロイを。
……何故こうなったのか?
なぜこうなったのか!? そこが知りたい。
誰だよこんな裏技思いついたクソッタレは!
あとニンフィアの力は使用すると本人が疲労困憊になるので、現状では敵が強い場合の切り札として温存。これでも霊操に目覚めたことで効率がよくなったのか、意識を失わなくなっただけマシだろう。
現在はもっと絞って力を温存する使い方ができないか、また、別の使い方ができないかに挑戦している。
しかし何故ロイが班長役なのだろう? 分担や実家の地位的にリェンファやレダのほうが適役では? と思うのだが……。やれと言われればやるが、上の人の考えは分からない。
そうして少ない残り時間の中、必死に訓練していたところで、闖入者たちがやってきたのだった。
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「あれは?」
修行場となっている学校の第二武道場の前に、十数人の男たちが来ていた。十人ほどの武装した兵士、三人ほどの明らかに魔導師風の男ら、そしてそれらを率いる将らしい大男。
全体的に畿内方面軍の人達よりも雰囲気が荒々しく、装備の風体も異なる。
「西方方面軍の軍装だな」
「あれは万卒長の階級章……ということは」
万卒長……数千から万の兵からなる師団を任される武官。方面軍だと大将軍と将軍に次ぐお偉方、各方面軍に十人といない幹部だ。その割にはこの将らしき男は若く、まだ40前に見える。
男たちに気がついたフーシェン将軍らが応対しはじめたが、歓迎している雰囲気ではない。
「……アラティヤ万卒長。お久しぶりですね」
「フーシェン将軍もご健勝のようで何より。しかし……」
万卒長はわざとらしげに周りを見回す。
「ここに来るのも学生時代以来ですが、だいぶ様変わりしたようですなあ」
「我々の頃とは、それは色々と変わりましょうぞ」
ロイにもだいたいわかった。これはあれか。この二人、ここで同期か先輩後輩かだったのだろう。帝国の士官学校はここ烈星だけではないが、ここが一番格が高いとされているし、若くして万卒長になるようなら、家柄と実力、両方があったのに違いない。そういう人なら地方出身でもここに通うはず。
「当然あるべき時代ゆえの変わり様ではありませんぞ。さにあらず、ありうべからざる違いがそこにあるのが問題なのです」
「……皆様がお越しになるとは聞いておりませんでしたが、いかなるご要件ですか」
「魔物と仙人対策に苦しまれておられるとか。まず我々に声を掛けるべきでありましょうぞ。畿内よりは我らのほうが経験を有しておりますれば」
「陛下が熟慮なされた末のご決断なれば、臣は従うのみ」
「佞臣ならざれば諫言も星衛尉部の務めたらんや、いざとなれぱ諫死を賭しての直言……せめて諷諭の一つや二つ語らずしてどうして直臣でいられましょうや? 他国の徒などに力を借りる前にやるべきことがありましょうぞ?」
やることあると言ってもなあ……とロイは思う。四方方面軍と畿内や帝城、さらに兵部省の間で権力闘争があることは、ロイですら察するところだ。今のアラティヤ万卒長の言い回しからして、嫌みと無礼に溢れているではないか。
というか帝国の抱えている問題の多くが四方方面軍の所行によるところが大きいのだから、皇帝としてはできるだけ借りを作りたくなかったのだろう。それこそ禍津国に借りを作る方がマシだと判断するほどに。
それに何より、今回の幻妖や業魔対策、そして仙力の強化という命題に対し、方面軍の人びとに臨時教官ほどの経験があるとも思えない。こうしてざっと後ろの人々を見ただけでも、臨時教官に感じるほどの底知れなさはないのだから。
そう思うのはロイ自体がかなり規格外なせいもあるのだが、本人にその自覚は余りない。臨時教官の宿す力の本質を理解しえるのは、ここには彼とリェンファしかいなかったし、リェンファのほうはまだ自分の目で視えるものの意味を計りかねていた。
「……もしそのように思われるならば、貴殿より陛下に奏上されるべきでしょう」
「無論。我らとしても、事は帝国の大事なれば、蚊帳の外ではいられようはずもありますまい。我らの試みを陛下に奏上する前にまずは貴殿らにと思いましてな」
そうして問答がしばらく続いたが、どうやら、魔物や仙人に対して、自分たちでも戦えると主張、そしてできるだけ禍津国などの影響は排するべきだと言いたいらしい。そのために、臨時教官がいるうちに押し掛けて、力を披露したいとのこと。
「我々は今、時が惜しい状況にあります。いかに貴殿らの希望といえど受け入れることは難しい。日を改められるべきかと存じます」
「時が惜しいのは貴殿らだけに非ず」
「この事、ローラン大将軍は了解されておられるのですか」
「無論」
「…………」
将軍の表情は余り変わらないものの、嫌がっているのは明白だった。感じからすると学校時代は万卒長のほうが先輩だったのだろう。
現在の立場だけなら将軍のほうが上のはずだし、予定外の行動を取っているのは向こうなのだから、素気なく追い返してもいいはずだが、色々な政治的な要素も考慮せざるを得ないのだろう。
そうして会話が一瞬途切れたところで、臨時教官から助け船が入った。
「披露したいというならばさせればよい、私のほうは構わんよ」
「リュース殿」
「真に幻妖に通じる力ならばよし、そうでないならば現状を知って貰うことになる。いささか時間を使うことになるのは残念であるにしろ、貴国にとって悪い話ではないだろう。ここを無碍にすれば、貴殿が後々苦労されよう」
「……かたじけない」
そして。結局どうするかというと、まずは先方の兵とこちらの講座受講者の兵とで模擬戦を行う、ということになった。
わからない。なぜ人間相手から? なぜまず眩魔獣と戦わない? ロイの脳裏が疑問符で溢れる。
……もしかして、意図しているのは対魔物より対仙人か? 西方方面軍は仙力使いを止められる力を得たとでも言いたいのか? だから関係者が一同に集まっている今を狙った?
となると……ここでやってることを魔物対策を名目とした対仙人の訓練だと思っている? 対仙人なら従来は西方方面軍が主担当……自分たちへの挑戦とでも受け取ったか?
うーん、まさか。……冥穴については箝口令がしかれているそうだけど、西方軍の幹部が知らないということもあるまい。……いや、知っていても軽視し、建前でしかないと見なしたというのはありえる話か?
もやもやするが、ロイ達学生が口出しできるものでもない。先方が準備をするのを遠巻きに見守ることになった。




