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第37話 幕間 ばか。ばか。人の気持ちも知らないで。

 夢。

 夢だとどこかで分かっている。


 人々が異形の魔性と戦う夢。

 

 例えば獅子、例えば剣牙虎、例えば巨鳥。

 あるいは蜥蜴、多頭蛇。竜人に人狼、古代の兵士らまで含んだ異形の兵団。

 そして、巨大な黒い鱗の竜のような何か。

 

 やがて、鱗の隙間が緋色でなく金色に輝く。

 そして黒い鱗は人々の攻撃を受けるたびに徐々に剥げていき……別の何かに変じる。


 その何かは、あらゆる攻撃を弾いた。少しばかりの仙力など意味はなく、魔術など歯牙にもかけず、光り輝く剣すらそれの前には通らず。


 やがて黒い鱗の残滓を振り払い、『それ』が顕現する。

 その咆哮は天を割く。その吐息は地を薙ぎ払う。その力は人を蹂躙する。


 城壁が砕かれる。砦が崩れ落ちる。神なる威の前に人は砂上の楼閣の何たるかを知る。


 砂。砂になる。

 木々も石も鋼も全て、砕け果てて地に還る。

 人の文明など一時の幻に過ぎないと宣するように。


 そんな圧倒的な神威を放つそれの前に、殆どの者が蹴散らされ、地に斃れ、逃げ去って、それでも僅かな者たちが立ち向かう。


 その手に輝くものは……。


──────────────────



「!!」


 リェンファは悲鳴と共に飛び起きた。瞳が熱い。勝手に蒼く励起しているのが分かる。


「……夢?」

 

 目が醒めると急速に何を見たのか思い出せなくなっていく。だが瞳がこうなった時のそれがただの夢でないことは知っていたから、必死に薄れていく記憶を留めようとした。


 何かと皆が戦っていた。おそらくは幻妖とやらと、あの業魔とかいう魔性……そのはずだ、だが視えたものは、過去の映像として見せられたものとはかなり違っていたような気がする。そして最後に顕れた何か。禍々しさなどない、むしろ神々しいあれは……?


 そして、最後に残ったのは……分からない……ぼんやりとしていて……。


 この瞳は、稀に知らないものを見せる。幻のような光景の断片だけで説明も何もない。だがそれの意味するところは……これから起こる何かの啓示。


 これは未来予知のようなもの。これで視えた未来はいずれ来るらしい。らしいというのは、その瞬間を見たことがないから。


 何故なら、これで視えるところに私はいない。自分が関わらないことしか、この瞳の啓示は映したことがない。何か事件が起こった後で話に聞いて、あの時視えたのはそれだったか、と得心するような、そんな今一つ役に立たない予知なのだ。


 だから。もしあんな場のどこにも自分がいないのなら。戦いの中にいないのなら。もしかしたら。


 ……私はもう、そのときには……?


──────────────────


 どうにも、この仙力という力には色々と振り回されている。こんなものもって生まれなければ良かったと何度も思ったものだ。

 今回こんなことに巻き込まれているのも、この力のせいだ。

 未来なんて見えないほうが良かったのに。人の心なんて分からないほうが良かったのに。

 もう一つの力だって……。


 それでも、もし本当に私の命が余り残されていないとしたら? 実感はないが、自分がいつ死ぬかなんて分からないのが人間というものだろう。


「……リェンファ?」


 まして私は護衛の職に付くことと目指していた。そうであれば、普通の人より死に近いのは当たり前でもあった。その覚悟が足りなかったのかもしれない。


「聞こえてるか?」


 もしそういうことなら、今のうちに自分の身辺を整理しておくべきなのだろうか。とはいえ整理すべきことなんて……せめて、死ぬ前に恋の一つくらいはしてみたかったかな……いやいや、何考えてるの私。


「……おーい」


 うるさい。大切な考え事してるのに、邪魔をしないで。そうだ、変な考えが混じるのはこいつのせいだ。


「なんか今日変だぞ、訓練続きで疲れてるのか? 場合によっては、教官に言って……」


 ばか。ばか。人の気持ちも知らないで。

 にぶちん。何で今更優しいの。つい最近までそんなそぶり欠片もなかったくせに。


 そりゃあ、道場で二回目に出会った頃の私は可愛くなかった、男になんて負けたくなかったもの。あんたは最初の時のこと覚えてなかったし。


 自分が山賊から守ったのが家族だけじゃなかったこと、格好いい同い年の子の背中を見た私が、いつかあんな風に人を守れる子になろうなんて思ったのが誰のせいか、あんた覚えてなかったし!


 ……大体、あんたの好みはフィアちゃんのほうでしょ。私に構わないでよ、変に気を持たせないでよ。


 最近のあんたの霊気こそ、少し思い詰めたみたいに強くなりたいって気持ちでいっぱいで。しかも時々私とフィアちゃん意識してて、情欲の色が混じってるのを理性で抑えてる感じがする。


 今までそんな色で私を見たことなかったでしょ、意識させないでよ、私の方はとっくの昔にそんな対象に見ないようにって……にぶちん。ばか。


「なんかバカって心の声が聞こえた気がする」

「気のせいでしょバカ」

「心の声じゃなかった」

「私はいいのよあんたこそバカの癖に、なんかやる気になりすぎじゃないの」

「俺はみんなを守らんといかんからな」

「はあ? 自意識過剰じゃない?」

「俺の力はそういう性質らしいし、ニンフィアの力は何回使えるかも分からないようなものだし、沢山の魔物と戦うとなったら、やっぱ俺が前に出なきゃだろ。それで武功をあげたら、そうしたら……」


 え……何よその真剣な目。なんで私を真っ直ぐ見るの。純粋な、求める意志を示す色の霊気……なんで……? 心臓が高鳴る。ロイが? 私を? なんで……?


 バカが頭を軽くふると、その色は霧散した。


「……まあそのためにもまずこの訓練のうちに強くならんといかんのだけどさ、まだ霊気の動かし方のコツがつかめない」

「……そのうちできるようになるでしょ、あんたなら」

「ロイ、レンファ、もう時間。集マル! 早く!」

「あ、悪いニンフィア。ありがとうな」


 ……あ、フィアちゃんのほうを見たときにも一瞬あの色が。


 ……もしかして。

 ……もしかしてまさか、あのバカ、私たち、二人とも欲しいなんて思ってたりしないでしょうね? 


 ああ、高位の将軍たちとか、二号囲ってる人多いもんね? フーシェン様もそうだって聞くし。……まさか、武功あげたら自分も堂々とそれができるって思ってるとか!?


 はあ……馬鹿らしくなってきた。いいや、くよくよするのも私らしくないし。まだ、あの予知がそういうことだと決まったわけでもないし。バカのバカな考えがそうだとも限らないし。


 ……もし本当に欲しいのなら。本当にみんなを守れるなら。もう一回考えてあげないこともないんだから。それらしい格好いいところ、見せてみなさいよ……バカ。


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