第36話 魔人の血を引く者たち
ある日午前の訓練が一通り終わっての昼食休みの時間。ロイとレダ、リェンファとニンフィアの四人が弁当をもって学校敷地内の噴水前広場のほうに向かっていた。ウーハンとエイドルフは人気食奪取のため戦場に赴いている。
そうして噴水前広場にきたところで、珍しい先客がいた。臨時教官の助手の女性が、ぼけーっと疲労を滲ませ、空を眺めながら座りこんでいる。
あまりまじまじと見る機会はなかったが、こうしてみるとだいたい30歳前後くらいだろうか……。ただ、向こうの国の魔人は寿命も長いらしい。見た目と中身が同じとは限らない。
この人だいぶ疲れているはずなのだ。魔物を再現できるという力を聞きつけて、訓練には最適じゃないかと他の科の教官ら生徒らが押しかけてきている。さすがに契約外だとはなったものの、何らかの事情で無碍にはできないらしく、少しは対応するとのことで順番待ちをしている状態らしい。
どうしたものかとロイが考えているうちに、レダが先に声をかけた。
「リディアさん?」
「? ……チョット、アルヨ、マツコト!」
……何か今、下手するとニンフィア以上にカタコトな喋りだったような。そして彼女は何かの魔術を使って……。
「……ごめんねー、まだこっちの言葉は魔術の補助がないとうまく話せなくてね」
「そんな魔術があるんですか」
「うろ覚え状態のを一時的にはっきり思い出させてくれる術があるんだ」
「是非教えてください」
あなたが神か。これで座学の問題が解決し……。
「普通の人なら魔導具無しには使えないし、そんなもん試験の場に持ち込むなんて無理っしょ、つーか魔術使ってる時点でバレるって」
神はいなかった。
「読むほうはともかく、話す言葉覚えるの苦手なんだよねえ……これでも東方語はまだマシなほうなんだ、私はメルキスタンに長く住んでたからね」
メルキスタンは帝国の北西、中央山脈にある国で、そのあたりは山脈が比較的低い。そして山脈の西側の平らな台地になっているところを中心に国土が広がっている。昔から東西の交易拠点の一つではあるが、このところ政情不安定と聞く。
「西の島じゃないんですか?」
「生まれは大陸だよ。北西のほうのオストラント王国ってとこだ。ただ、何代か前の先祖は西の島出身でね、私は先祖返りみたいな感じで魔術については才能があった。それでまあ、色々あって調子に乗ってやらかしたのが、島の本家の人達に見つかって……向こうに連れて行かれて……修行させられて……今は連れ回されてるのさ……」
目が濁った。ロイとしても何があったのかは聞かないことにした。
「こっちに移住する人とかいたんですか」
「たまにいるよ、あんたのとこもそうじゃないか」
「え?」
「あんたのとこ、血はだいぶ遠いようだけど、帝国のシャノン家の分家でしょ?」
「確かに6代か7代くらい前の先祖はシャノン出身らしいですが、分家なんて大層なものじゃないですよ」
帝国においてシャノンといえば、東方方面の武の名門。鎮東大将軍も何人か出している家柄だ。ロイのカノン家は最初に大将軍になった人の庶子から続く家で、姓もそれにあやかったものらしいが、分家扱いすらされていない遠い家である。ここ数代は爵位も官位もなく、軍人としても士官級以上を輩出したこともない平民の家だ。
帝国では軍人も士官から上なら貴族に準じる扱いを受けるが、爵位と違って世襲できない。カノン家となっての初代は士官だったが、その子の代では下士官どまりで、そのまま盛り返せず落ちぶれて本家との縁も切れた。
そのため本家は正直遠すぎるし、本家の者に会ったこともない。学校の座学の戦術論では、本家のご先祖様考案の戦法や戦訓が教科書にのってたりするが、大規模な用兵論はロイには今一つ実感がない。
「その東方のシャノン家は、さらに千年以上前に西の島のシャノン家の血を引いた人が大陸に行って勝手に名乗ったものなんだよ、つまりあんたもびみょーに魔人の末裔ってこと」
「ええ……」
「あー、アノ人、子孫? やっぱり? ロイ」
「知ってるの?」
「うん。アノ……ソノ……。……殴られテタ人。アノ映像デ。味方ニ」
「………………」
ロイは絶句する。ええ? あっちもご先祖様でございましたとですか? おお、もう……何の因果なんだ……。
「うちもルーティ大姉の魔眼からすると、どこかで魔人の血を引いてるはずなんだよね」
「魔眼持ちは確実にそうだね、魔眼は初代の円卓のうち特定の数人由来の遺伝子持ってないと決して発現しないらしいから」
「エンタク? イデンシ?」
「あー……つまり最古の魔人の貴族の血を引いてるってこと」
「マクナルドの家は元は北方だそうだからそっちの頃に混ざったんじゃない? うちのガルフストラの家は元は南方系らしいけど、私の霊眼は仙力だから違うか」
「いやあんたもでしょ」
「え?」
「自覚ない?」
「この目は仙力だと思うんですが」
「それ凄く希少っつーか、魔眼が仙力で変質してる類らしいよ。西の島でも千年に一人くらいしかいないって」
「えええ……初耳だわ……」
「結構魔人の子孫って、いるものなんですね……」
「私以外、ミンナ、そうだったんだ……不思議?」
「……そうかなー」
リディアが知らされている範囲では、むしろ魔人としての血の濃さではニンフィアがこの場にいる中では一番濃いはずなのだが、本人は知らない。
「ま、……太古からの直系の血筋は島から出るのは禁じられてるけど、私の先祖みたいに古の血が弱くなった人らはそこまでの縛りないし、見かけがこっちの人と変わらん人も多いし、出てくるのもたまにいる。それが数千年も続けば塵も積もるよ。そして血の弱い人らでも、魔力や戦闘力とかは相対的にこっちの人らより高めだから、武勲あげたりお偉方になって、結果的にうすーく血を引いた子孫が増える、みたいな」
「なるほど……」
「向こうはどんな国なんですか?」
「こっちよりは技術も制度も進んでて、いろいろ便利で快適だよ。ただ……やっぱり狭いからね、記憶や力を封印されて親類縁者と断絶することになってもこっちに来たがる人は、そりゃでてくるなって感じだね」
「悪魔に魂を売った、とかのは言われなきことなんですかね」
「レダ」
ロイはレダを止めた。ニンフィアが泣きそうな顔をしたからだ。言葉を完全には理解できなくても、だいたいの事は察したらしい。
あの禍津国の使者の女は、道を違え、相争った、と言った。太古の昔、おそらくはニンフィアがいた時代に何かあったのだろう。彼女は何かを知っているのだろうが、自分から話さない限りは踏み込むべきでないと思う。
「まあ大昔は、いろいろあったようだし……一般人はこっちと大差ないけどさ、怪物じみた人らもそれなりにいるし、やっぱ分かれて生きるのは悪くない話だと思うよ」
「臨時教官は相当強そうですしね……」
仙術をやり始めて改めてわかるが、制御の速さと精度が半端ない。体術も凄いがその体術と同期できている。何とかいるうちにコツを盗みたい。
「というか、あの人並みのがそれなりにいるんですか?」
「さすがにあの人はうちの国の中でもさらに上のほうだよ。私には仙力とやらの素質は皆無だから、そっち方面でどんだけなのかはよくわかんないけど、少なくとも魔導師としても戦士としても異常」
「戦士としては分かりますが、魔導師としても?」
「眩魔獣ね、あれ私が作るよりあの人が作った方が強いからね? 私が勝ってるのは作れる回数くらいしかない」
「マジで?」
「そもそも、私は現物見たことがないのが多いから作り込みが甘いらしいんだよね。動き方も図鑑に乗ってる習性をそのまま張り付けてるだけだから、実際はもっと脅威だと思うんで気をつけてね?」
「それはまた、戦い甲斐がありそうですね」
「おや、意気軒昂だね?」
「強いのはともかく相手が人間でないというのは、気楽ですから。単純に倒すことに集中できます」
「なるほど、それは確かにそうだね。人間相手はいろいろ後を引く……私なんかも行きたくない国もあるしね……下手に知り合いにあったら申し訳ない……」
……ロイたちは知る由もないが、彼女はかつて若い頃ホウミンのロベルトの父親であるガルザスの叛乱に加わって、少なからぬ人間を殺し、地形が変わるほどの魔術を使ったりもした黒歴史があった。
万象の魔眼と呼ばれる魔術の実施権限を最大級に引き上げる魔眼を宿す彼女は、魔術の素質において世界的にも一、二を争う存在だ。本来数百人を要するような超大規模魔術さえ単独で行使できる。ただその頃は、その素質の真の力も知らず、雑な使い方しかしていなかった。
そして魔眼の力を濫用していたのが西の島の本家筋に見つかって……素質を使いこなせていなかった彼女は、ボコボコにされて敗北し、島に連れていかれ、根性を叩き直されたのだった。
なお叛乱に加わっていたのは、ガルザスの仙力の影響を受けて洗脳されていたせいである。洗脳のせいとはいえ、さすがに気まずい。二十年以上過ぎた今もあの国には立ち入っていない。
「それに実際あんたたちももう危ないからねえ」
「と言いますと」
「この前うちの主に簀巻きにされたやつとか、あんたにボコられた仙人とか、借りを返す機会を伺ってるみたいだよ。近いうちに何かやってくるんじゃない?」
「ああ、なるほど……あいつらか」
「結局僕は顔すら見てないんだ……今度は眠らされたりしないようにしないと」
「そのためには気配を集中しなくても霊気を読み取れるようにならんといかんのじゃない? まあ魔術でも読み取れるんだけど、これはどうも精度低いらしいから、素質あるならそっちで訓練しないと」
「遊んでる時間なさそうだな」
「遊ぶどころか、みんなそろそろご飯終わらないと残り時間ないわよ」
「いっけねー」(もぐもぐ)
「それじゃあ、すいません休んでいるところお邪魔しました」
「いやいやこっちもいい気分転換になったよ」
そうして手早く弁当を食べ終わり、立ち去ろうとした時。
「ああ、ちょっと待って、そこの君」
助手の人がロイを呼び止めた。
「なんですか?」
「まあ少年よ。ちょっとだけ長く生きてるお姉さんからの忠告だよ。あんたの力は背負うものが多くなってこそ意味をなすものだとね。ならまず、最初に背負うべきものを大切にすることだ。見失わないようにね」
「背負うべきものですか……」
「人間って奴は言わないとなかなか伝わらない。そしていつでも言えると思うな、朝には紅顔ありて、夕には白骨となるもありうる、覆水盆に返らずさ……」
ああ。この人には何か、間に合わなかったこと、できなかったことがあるのだな、とわかった。それも恐らくは、親しい人に対して、だ。
「……ご忠告、ありがとうございます」
リディアの過去については前作のお話になります




