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第34話 過去からの呼び声

「あの娘、どう思うフレディ」


 誰かが問いかけていた。あの娘……誰のことだろ‥…ぼんやりして思考がまとまらない。


「危ないっすね、【境界(バウンダリ)】の力は俺らにもよく分かってないじゃないですか」


 別の誰かが問いかけに答えた。


「とんでもない博打(ばくち)をうったものだとは思う。私達が前線に出ている間にこんなことになっていたとはな」

「ずっと戦ばかりですしね……」

「あの大統領(ハゲ)にサンプルを渡すのではなかったか……こんなところにまで流していたとは」

「渡さんわけにもいかんかったでしょう、あんなんでもうちらのトップですし。渡さなかったら痛くもない腹を探られるだけっす」

「分かっているが、げに度し難い……過ぎたことは仕方ない、問題はあの娘だ」

「前に会ったときはまだハイハイもできない赤ちゃんでしたが……俺に読める範囲じゃ霊気はそこまで変でもないし、せいぜいティナ姉似の可愛い娘になってきたなってくらいっす。……兄貴の『眼』にはどう見えたんです?」

「霊気面では表面だけ取り繕ったハリボテ、中身はドロドロだ、どれだけ『融けて』いるか私にも分からん」

「やっぱりヤバいじゃないっすか」

「成長するに従って安定する可能性もないとはいわん」

「チャールズ義兄(にい)さんも、ティナ姉を止めてくれないと……」

「母親というのは子供の事になると人格が変わる。桜佳もそうなったしな……プラナスが産まれた時からそりゃあもう、な……。男が止められるようなものじゃない」

「そんなもんですかねえ‥…」

「ティナはジーディアンであることを隠してこっちに嫁いだんだ、それなりに覚悟もあっただろうし、やるときはやるさ」

「それでもああいう子が生まれるのは想定外だったでしょう、俺らのほうでもあれは初めてのケースだ」

「そうだな……他ならぬティナの頼みだ、私としても何かできないかもう少し考えててみるさ」

「俺にとっても姪ですし、気になります。このまま何事もなく幸せになって欲しいっすけど」

「……フレディ。もし、あの娘に何かがあるとすれば、その時は私でも龍一郎でもなく、お前の『力』が重要になるだろう」

「【救世(メサイア)】が? ……【啓示】(レヴェレイター)で何か見えたっすか?」

「そうだ。だからその時その場に私はいないことになる。……そのうえにだ……やたら遠い感じがあるな……あるいは、お前ですらないのか。……そうだ、そこの君は……」


──────────────────


「……?……」


 ロイは寝ぼけ眼をこする。

 なんか変な夢を見た気がする。どこかで見たことある感じの野郎が二人いたような、何か話してたような、最後に片方がこっちに呼びかけたような……。


 まあいっか。どうせ野郎だ、刹那で忘れてもいいはず。脳の容量は有限だ。


 せめてこれが女の子二人なら……リェンファとニンフィアが……いかん別の意味で脳に血がいかなくなる、やめよう。


 それにしても体が重い。この半月ほど、ひたすら訓練が続いているせいだ。これが肉体的鍛錬ならロイは慣れているが、霊気の修行というのは筋肉は余り使わないくせに疲れる。


 何とか筋肉でなく意志を動かす感じで少しずつ操作はできるようになってきたが、ロイの場合元々の筋肉の動きが速すぎるのだ。その感覚からすると重い、遅い、(つたな)いと三拍子揃っている。


 体と連動しないので、うまく相手に打撃と同時に伝えられていない。素手でその始末なので、武器ごしなどさっぱりだ。遠くに放出するやりかたがよく分からない。


 速さ以外のこと、つまり圧縮などの操作自体は何とか覚えてきているが、うまく相手に伝わらないのでは意味がない。これはまだ少し時間がかかりそうだった。


 なお客観的にはロイの習熟は異様に早いほうだ。単に彼が目安としている臨時教官の水準が異常なのである。

 

 とりあえず筋肉の方の朝練はやっておかねばならない。今は霊力を目覚めさせるほうだけをやっているが、その次は筋肉と霊力の流れを同調させるのが気功においては重要らしい。


 どちらか片方だけでは不十分なのだそうだが、そこのやり方の詳細は臨時教官は教えなかった。最初は地道に霊操で霊気を回しコツを掴めと、それだけ。詳しくは自分たちで見いだせとのことらしい。いいだろう、やってやろうじゃないか。


 顔を洗って中庭にいくと、このところよく見る先客達がいた。


「閣下、おはようございます」

「うむ、貴様も精が出るな」


 フーシェン将軍とその側近らだった。側近らは仙力持ちでない者ばかりだが、皆、武術については一流だ。


「私は未だ学生なれば、当然やらねばならぬことかと。むしろ閣下のようなお忙しくも既に高みにあられる方がこのような早朝から武を磨いておられること、感服いたします」

「はは、私も普段であればこういったことはできんよ。ただ今は、急ぎ新たな技を身につけることが主命であるからな、鍛え直すよい機会である」


「陛下もご憂慮されておられるのでしょうか」

「うむ、余り余裕はないようだ。徐々に、魔物が増えてきているらしいからな。ないのだが…………正直なところ状況からすると不謹慎ながら……楽しくてな」

「楽しい、ですか?」

「私も30も半ばを過ぎてな、このまま少しずつ衰えていくものだと思っていた。いくら経験や技を積み上げようと、年をとれば長くは戦えぬようになっていく」

「人であらば避けられぬことかと」

「しかしここに新たな技を身につける機会を得た。しかもこれは、肉体の老いほどには衰えぬというではないか。つまりは私が求めていた力だよ」

「なるほど、そういう側面もございましたか」


「カノンよ、見たところ今この学校にいる仙力使いとして、さらに戦士として貴様は随一の素質がある。是非ともその力を磨き、我らの助けとなってもらいたい」

「未熟の身には勿体ないお言葉にございます」

「貴様なら、次かその次くらいになれば、闘技大会で勝ち上がれるのではないか?」

「いえ、とてもとても……。未だに私は至らぬところ多く。心身ともにまだまだ磨かねば、かつてのパク殿にも到底及びませぬ」


 現在の闘技大会優勝者枠であるところの七剣星は、南方方面軍に所属しているパク上百卒長だ。南方方面軍枠七剣星のバチスタ将軍(正直、昔は強かったけど今は微妙な名誉枠)よりも遥かに強かった、実質帝国最強とされた武人である。


 ただ、まさに二年前の闘技大会で優勝しつつも負傷し、片方の肘がうまく曲がらなくなるという後遺症を負ったため、現時点では往年の力はないとみなされている。


 魔術衰退以前の治療術なら何とかなったのかもしれないが……今となっては闘技大会は往々にしてそうなりやすいため、ここ四半世紀ほどは、実力者はむしろ大会を敬遠しがちになっている。


 そして闘技大会は巨額の金が動く代物でもある。出場者の何割かは、借金で首が回らない破落戸(ごろつき)で、上位者に授けられる賞金目当てに出場しているとも言われる。


 そのために無実から陥れられた者もいるとか。見世物としての要素を盛り上げ、賭博とするために、犯罪組織がそういう者を用意するのだと。


 つまり単なる腕試しならともかく、本気で勝つつもりであれに出るということ自体が、脳筋や闘争中毒、ないし一発逆転を狙わざるを得ない背景がある証ということだ。なおパク上百卒長は自他共に認める脳筋である。怪我をしてなお変わらない豪気な人らしい。


 仮にも星衛尉部の将軍がそれを知らないわけもないだろうし……ロイとしてはごく自然に脳筋の仲間扱いされることには異を唱えたい。そりゃ座学の成績はアレだとしても。出世と名誉を狙うなら武功を上げての皇帝推薦枠がやはり一番よい。


 なお同期の皆からは、ロイは頭が悪いわけではないが判断基準や選択肢が力押しや戦闘続行を選びがちで、かつ他人に任せず自分でやってしまう性格だと見なされており、さらに強くなるためなら苦行を厭わない筋肉礼讃主義者だと思われている。


「ふむ。それはそうと、先日面白いものを見つけてな。貴様は仙人どもの宝貝(バオベイ)については知っているか?」

「話だけならば……」

「仙力を高める不思議な道具。中には魔術にも似た特別な効果を仙力にて作り出せるという。今までどういうことか、よく分かっていなかったが、このたびの講義で少し分かってきた。宝貝とは魔力と霊力、両方を糧にして、その本人の持つ仙力の効果を補助したり弱点を補う道具なのだとな、それで……」

 

 将軍が周囲を少し確認しながら続ける。


「……霊力を高める素材を、別の叛乱軍からの接収物に見つけたのだよ。おそらくは宝貝もそのような素材を組み合わせて作っているのであろう」

「霊力を道具で高められるのですか?」

「そのようだ。接収したそれは一見ただの綺麗な布だったのだが、偶然私が触れると、【念腕】が少し強くなってな。さらに先日、この訓練がはじまってから改めて確認したが、霊力自体が少し増えることでそうなるようなのだ。しかも素材自体に霊気の名残があるのが、今なら分かってな」

「そのようなものが」

「おそらくは自覚してかどうかは分からんが、仙力使いが作ったものなのであろう。今はそれがもっと手に入らないか、他にも同じような素材がないか、調べているところだ。貴様らにも霊気の気配のある素材に気がついたら教えてもらいたい、案外身近なところにあるのかもしれん」

「わかりました」


「ある程度数が入手できれば貴様らの部隊にも支給することになるだろう」

「支給していただけるなら大変有り難い話であると存じますが……部隊、とは?」

「魔物対策の部隊が近々新設されることになっておる。その中核は我々や貴様ら、仙力使いであり、それに歩兵や魔導師を組み合わせることになるだろう」

「早々に、実戦となりますか」

「確かに学生の貴様らを動員するのは如何なものかと思うが、幻妖とやらを相手どるとなると人手が足らん」

「私個人としましては、実戦にて腕を磨く機会をいただけることは歓迎いたします」

「うむ。ただ学生でなくなるわけではない、座学を学ぶ機会は別途用意されるだろう」

「……(げんなり)……」

「学ぶことこそ学生の本分。学び自体は生涯の話であろうが、学生のうちほど時間を割けるわけでなし、身にもつかん。そう……余計で面倒な仕事が上から割り込んできたりもせん……本当に……」


 この将軍の上というと数人しかいないはずだが……余程苦労しているのだろうか。


「………部隊ができればしばらくはタンガン峡谷付近で魔物と戦うことになるのでしょうか」

「そうなるな、近くに拠点となる砦を作り始めたところだ」


 あのあたりの温泉宿を接収して拠点にしたりしないのかなあ、というロイのささやかな希望はあえなく打ち砕かれた。まあ建物に防御力も必要だろうし、仕方ない。


 しかし、魔物か……。時々、訓練ということであの助手の人が眩魔獣を作ってくれるのだが、正直手強い。従来の魔術や武術だけでは倒すどころか撃退も困難だ。


 一撃が防御不可能なうえに必殺と、別格の仙力があるニンフィアは別として、現時点の学生では複数かがりで仙力を使っても霊撃無しでは負けかねない相手ばかり。一番反則に思ったのは、魔獣じゃない古代の改生体(サイボーグ)電機兵(ソルジャー)とかいうのを再現された時だ。特に武装が酷かった。


 銃を使ってくるのだが、ロイたちの知る魔導銃(弱い投射魔術を撃ち出す魔導具)や火薬の銃とは全く違う。自動追尾機能とやらでどんなに速く動いても銃口がこちらを向く。そこから光の速さで飛んでくる光線など避けようがないうえに、奇怪な鎧らしきものの堅いことといったら。


 光線を非殺傷設定状態とやらにしてくれなければ普通に死人続出だったろう。魔術で光線を散らして弱めるやり方を教えてもらってようやく何とかなった。そして鎧を撃ち抜くにも物理だけでは厳しい。


 単に堅いだけなら、ロイにはいくつか奥の手がないでもない。だがそれらにはヴェンゲル師匠直伝の奥義も含まれていてあまり人前で見せたくはないし、どのみちまだ霊撃と連動してもいないので、対人向けだ。幻妖相手にはやはり早めに霊撃を修めないと使えない。


 なお光線銃と鎧について将軍らはいたく興味を持ち、眩魔獣を止めて調べさせてくれと言ったが、臨時教官が拒否した。


 今相手しているのは全体的に本来よりも弱体化しているそうだし、湧いてくるのが今判明している奴だけとも限らない。業魔とやらもどうなっているか。もし他にもっと手強いのがいたら……。


 ……Gruaaaaaaooooo……


「??……今、何か唸り声のような音がしませんでしたか?」

「いや……何も聞こえなかったが」

「……すいません、気のせいだったようです


──────────────────


 それらは、冥き穴の奥で蠢動していた。


 龍脈と呼ばれる星に宿る霊気の循環。物質次元とは少し異なる位相にて巡る流れ。その世界、その星の全ての生命の持つ霊気は、死すればそこに溶ける。融け合い、個の形を無くす。


 そしてさらなる高次元にて輪廻する星幽界の魂は、この龍脈の循環から(はく)と霊気を得て、新たに肉の体に宿り生命として再臨する。それを悠久の時間続けてきていた。


 だが時々、その循環に異物や異常が生じる。


 例えば業魔なる異形が逃げ込んできたり。

 例えば時々は地表に通じる穴が封じられたり。

 例えば知恵をもって霊気を操る存在の増加であったり。


 そしてつい数十年前──星の水準ではほんの一瞬──魔神という数多の世界で魂魄を食い尽くしてきた存在がこの世界で滅び、それが内包していた巨大なエネルギーが放出された。


 これは龍脈にとっては霊気の釣り合いが、突如流入側に大きく偏ったことを意味した。一方で霊気を適度に消費し循環させていた、魔術を実現するシステム『魔導機構』が機能不全を起こす。


 天秤が傾き過ぎたならば、(おもり)は取り除かれねばならない。溜まりすぎたのならば、散らされねばならない。如何にしてそれを為すか。この星においてそれは太古から、霊気を消費して仮初めの過去を呼び出し、物質次元にて暴れさせることで行われてきた。


 そもそもこの世界を維持するためには、上質な魂自体がある程度必要だ。エネルギーと質のバランスが悪いなら、それを補うぶんも余計に必要になる。


 そのように造られたシステムは、設計者である旧文明の支配者……『龍』達の殆どが滅びてもなお生きている。彼ら自身の文明と命が循環に加わることすらも組み込んだ悠久の霊気の循環と脈動……龍脈。


 そうした循環は、かつて人類がいた星では非常に小さく、人類を含めそこにいた生命が霊気の取扱いに目覚めることは殆どなかった。


 だがこの星では違う。常時霊気は大量に星の内部を巡り、地上で生きる命には、霊威、あるいは仙力と呼ばれる霊気の操作術に目覚めるものが、稀なれど少なからず産まれてくる。それらの霊気を常時飲み込み回り続ける坩堝(るつぼ)から顕れるものは。


 すなわち、過去を再現した幻の怪異。

 すなわち、過去に潜り込みし魔性。

 すなわち、過去の……


 虚ろなる幻影の揺らめき。

 緋色を帯びた黒き鱗。

 それらよりも遥かに荘厳な金色……。


 GRUAAAAAOOOOO……


 地鳴りのように、異形の呼び声が響く。

 その声は多くの仙力使いの無意識に届き、彼らの一部を狂わせはじめていた。

第三章終了

次の第四章の内容を経て、第一話(時間軸は第五章の一部抜粋)につながります


次章後半にて、ようやく仙術というか、宝貝バトルの季節です


12/29 表現微修正

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