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第32話 特別講座その肆 不都合な真実

 兵の中から勇気ある希望者が出たことで、まず特急版を試してみることになった。まず臨時教官が彼に対して霊撃を当てて、感覚をみる。


「どうだ?」

「なんか、腹の底が揺さぶられたような感じがありました。微妙に気持ち悪いですね」

「それが、霊撃を受けたときの感覚だ。戦闘の高揚状態だとあまり気にならないが、意外に霊気に打撃を受けていて、積もっていくと段々動きに影響してくる。それで……」


 今度は掌を兵の前にかざす。すると兵がたたらを踏んだ。


「……何か、押された感覚がありました」

「まだ霊気と肉体が連動しているということだ。これを個別に動かせるようにしなくてはならない。そのために、今から霊輪を直接刺激し、魂と脳みそに霊気と肉体はくくりが違うものであることを認識させる」

「どうすればいいですか」

「今から正確な場所を読み取りそこに私の霊気を打ち込む。その瞬間はそれなりの痛みと、その後霊気が増え肉体の枠を超えることによる開放感のようなものが訪れるはずだ。できるだけじっとしておいて欲しい」

「はい」


 そして臨時教官は、兵を睨みつけながらゆっくりと彼の周りを何周か歩く。相当に集中しているのがわかる。しばらくして教官は「ここか」と軽く頷くと、兵の前で止まり、手を伸ばし、ゆっくりと狙いを定めながら………その額を指で弾いた。ロイには針のような研ぎ澄まされた霊気が撃ち込まれたのが分かった。


 端から見るだけだと、いわゆるデコピンという奴だ。大した威力があったようには見えない。だがそれを食らった直後の兵の変貌は劇的だった。崩れ落ちて座り込み、悶絶し、頭を抱えながら絶叫。


「あがああああっ!? ひらぐ!! あたまあっ!? われ? しぬふっ たす け……」

「おい!?」

「大丈夫だ、これはこうなるものだ」


 恐怖に歪んだ顔でだんだん言葉が虚ろになっていき。


「……あ あっ? あへっ!? あべし すごっ いふっ、いふぅっ! うっ! ふう……」


 今度は逆に、危ない薬でも飲んで高揚したかのようになり。喜悦の顔で痙攣しながら仰向けに反り返って……あー……これ人前で見せてはいかんやつじゃない?


 そして……彼はふらぁっと立ち上がる。目の焦点が合わないまま、全能感を覚えているが如き不気味な笑顔になって。両腕を広げながら天井を見上げ……。


「……おお、わかる、わかるぞ……そうか……そうだったのか……仙力とは……魂とは……そして生命とは……」


 宇宙の真理と同化したようなことを言い始め、その笑顔のまま白目を剥いて、ばったりと倒れた。

 ……息はあるようだ。


「「………………」」


「霊輪がまずまず広がったな。起きたら初歩的な霊気の認識操作はできるようになっているだろう、次の希望者は?」


 将軍が引きつった顔で笑いかける。


「ちょっといいかね?」

「なにか?」

「全員にこれをやっていくのかな?」

「うむ。こいつの反応はそこそこ派手なほうだったな」

「その言い方だともっと派手な反応があるように聞こえるが?」

「そういうこともある」

「そんなやり方で大丈夫か?」

「大丈夫だ問題ない」

「他のやり方は?」

「通常版ならあるぞ」

「一番いいやり方は?」

「それが今のだ。魔人の騎士団では素質あるやつは老若男女関係なくここからだ」

「貴教官は魔人ゆえいささか分かっていただけないのかもしれんが、もう少しこう、人間の尊厳を尊重してもらえまいか?」

「尊厳なぞ真の怪異の前には糞の役に立たんぞ、むしろこれに比べればあんなもの大した事がないという心理的経験のほうが後々有用に」

「つまり危ない負荷がかかっているのは理解されているのだな?」

「醜態を衆目に晒したくないならば個室でやってもいいが」

「そういう問題でもない」


 尊い犠牲者のおかげで次からは通常版が試されることになった。通常版は地道に霊気のツボみたいなところを刺激していくもので、覚醒まで平均数日かかるらしい。


「ところで霊撃は人間にはちょっと疲れるだけ、くらいではなかったのか? 立派な攻撃では?」

「今の君たちにはむしろ弱点だと言っただろう。それにさっきのは急所の中の急所に適切な規模と性質で当てる、針に糸を通すような作業だ。私でもそこを打ち抜くのは、動いて気を張り詰めている人間相手には無理だ。特急版は、普通はじっくり半刻(約1時間)はかけて解析してからやることだからな」

「なんで貴官はそれをあんな短時間でできたのかね?」

「それは私の仙力に由来する特技だ。しかし特急版のほうがだいたい予後はいいんだが。本当だぞ」

「希望者だけにしてくれ」


 誰も希望する者はいなかった。


 余談として悪魔の特急デコピンを食らった兵は、翌日には目覚め、そして確かにいち早く霊気を認識し動かすことができるようになっていた。……ただ気絶する直前にあったことは忘れていたし、少し性格が変わったという事を同僚の兵が言っていた。何事にも動じないようになり、よく言えば不動、悪く言えば鈍くなったと……。


 また、通常版を選ぼうとしたロイとニンフィアは、教官に個別で言われたのだった。


「お前とニンフィア嬢の場合少し面倒だ。後で専用の対策をとるから待っていろ。……だから俺が派遣されたんだろうな。他のやつじゃ、お前たちには教えられんだろうからな」

「それは俺たちの仙力のせいですか?」

「そうだ。まずお前のほう。自分でも薄々わかっているかもしれんが、お前の力【救世】は状況や修行の度合いに応じて能力の性質が変化する。その変化度は既知の仙力の中でも一際高い」


 ……あー、やっぱり。


「そして特に今回の状況には向いている。お前単体でも霊撃に対して大幅な耐性があるはずだからな。それだけで霊的存在に対して有利だろう。しかもある状況では無効化や吸収に変わるし、さらに修行を積めばそれ以上のこともできる潜在能力の高い仙力だ。だがまずは、その耐性のせいで、他の奴よりも霊気修行のとっかかりに苦労する」

「苦労というと」

「さっきの奴ほど優しくはできんかもな」

「……あれが優しいんですか?」

「別に後遺症は残らん程度だ、優しいものだろ」


 肉体的にはともかく精神的にはどうなんですか?


「とりあえずなんとか霊輪を動かしてやるから、できるだけ仙力を切ることを意識しろ。無意識にやっているぶんは切れないし切るべきでもないから、多少強引になるが仕方ない。仙術気功から上の、自分の能力の詳細は自分で見つけろ」

「自分が強くなるために必要な状況の仮説はありますが、聞いていただけますか?」

「とりあえず言ってみろ」



「俺が一番強くなれるのは、守るべき味方に殴られるときですか?」



「効率だけならそれが一番速い」

「できれば否定して欲しかったんですが」

「現実とは非情なものだ」

「人生には時々優しい嘘が必要だと思うんです」

「殴られる必要はないぞ。そのほうが大幅に時間短縮になるだけで」

「急ぎで力が必要なときにそんな余裕ありますか?」

「希望は捨てるな」


「……アノ? ロイ?」

「……うん。俺の仙力さ、ある条件が揃うと攻撃や、それにのってる霊力を吸収できるみたいなんだ」

「キュウシュウ? すごい」

「凄いんだけどね、それで………そう、だいたいそうじゃないかと思ってたんだよ。能力の他の条件考えると、敵の攻撃吸収するより、味方に意図的にやってもらったほうが効率いいんだろうなって……過去の映像で」


 そう、過去の映像で。あの男は最後の一撃の前に味方にボコボコに殴られていたのだった。そして殴られるたびに仙力の気配が急上昇していった。


 打撃や霊気を吸収するという特性である以上、意図的に霊気を込めて打撃してくれたほうが有り難いし、守るべき味方がすぐ側にいて応援してくれるならこの力はさらに増幅される。


 つまり。仙力を持つ味方たちに全力で殴られる時に最大効率で強くなる。


 ……神様? おられるかどうか知りませんが、俺は自分の力がそんな被虐趣味なものだったなどとは知りとうなかったとです!!


「文句があるならそれを思いついて実行して有効性を確認してしまった昔の魔人王に言え、ただ今のお前はまだそこに至るにも足りんものが多い。修行することだ」

「修行はしますが、そういう意味で自分だけで引き出せない力であって欲しくなかったです」

「生まれを選べないように素質も選べん。自分で慣れろ。その能力にその名をつけた奴は、救世主とは皆の願いと全ての罪(・・・・)を背負い、耐え難き苦痛を得てもなお世界を救うものだ、と言っていた……そうだ」

「苦痛の原因が皆からの激励なのはどうかと思いますが」

「愛の鞭とは痛いものだ。……だが、お前のその力はいったんそうやって励起しさえすれば、そこからは人を超え、天にも届きうる。精進しがいがあるだろう? 良かったな」


 ……天とやらに届く前に心が折れませんかね、それ。

 そういうロイのぼやきは天には届かなかった。

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