第31話 特別講座その参 幻の魔獣
「まず最初に、霊撃でないと倒すことが困難な相手がどのようなものか、実践してみる」
訓練用の試合場の石舞台に移動したあと、臨時教官は助手の女性に指示すると何かの魔術的準備をさせ始めた。魔法陣らしきものを描いている。
「三人ほど、模擬戦の準備をしてもらいたい。得物は近接武器なら何でもいい、素手でもいい」
将軍が指示して、仙力持ちの兵から三人が選ばれる。いずれも肉厚の身体の、先日組み手したリンフーをさらに鍛えた感じの連中だ。
(星衛尉部の人は流石に専業軍人って感じだな)
方面軍によっては実力はあっても態度が破落戸な兵も珍しくないが、畿内方面軍は十分な規律があるらしい。畿内は実戦が少ない代わりに、皇帝のお膝元なだけあってよく訓練されているのだろう。元の予定では仙力使いは、卒業後畿内か西方方面に配属される可能性が高かったが、はたしてどうなるやら。
少なくとも兵として不足のないであろう者たちが、それぞれ得物を取る。槍と、薙刀と……剣と盾だ。
「それでは、今から魔術で眩魔獣を作り出す、それと戦って見てほしい」
「眩魔獣だと……そんなものを作り出せる魔導師なのか、その者は」
ロイたちは後ろでひそひそと雑談する。
(眩魔獣?)
(魔術で作られた式神を、依り代の獣に宿らせて一時的に魔物に変え使い魔として使役する術……のはずだけど……依り代がないわね)
(そもそも昔と違って今は、多人数の儀式魔術案件だろ眩魔獣なんて、一人でなんて……こっちと向こうじゃ、言葉の意味が違うんじゃ?)
そうこうしているうちに助手の人の術が完成した。
「……『幻躯創生』……『眩魔獣化』……『使徒招来』」
石舞台の魔法陣の中央が輝き、そこに何かが現れる。八本の短い足に鶏のような頭の、人間大ほどもある蜥蜴……これは。
「……毒眼蜥蜴!?」
「賦毒の魔眼までは再現していないからそこまで強敵ではないが、他は幻妖が変じたものとほぼ同等だ」
「まさか、それでもそんなものを一から!?」
「幻妖を再現するには、実体を持つ依代よりそのほうが適切だ。とにかくまず普通に戦ってみてくれ、仙力を使ってもいい」
「……『触毒』の呪いは?」
「そっちはある。だから素手で触るな、服や武器ごしでも4つ数える以上は触れないことだ」
「……くっ……」
「まあ毒にやられてもここならすぐ治せる、心配はいらん」
毒眼蜥蜴は、視線で相手に毒を与える魔眼と、触ったら武器ごしでも伝わる毒の呪いを纏った魔物。どちらも5つ数えるほどの間睨まれたり触ったりしただけで身動きできないといわれるほどの力らしい。素手だとほんとに即時だとか。
この毒は魔術によるもなので、防毒、解毒、解呪の術をもつ治癒に長けた魔術師がいれば何とかなるが、そうでないなら恐ろしい魔物だ。しかも毒なしでも結構強いらしい。
というかなんでそんな魔物を再現できる? できるならその魔物使役して戦わせたほうが早くないか? それとも……それが非効率になるくらい本人達が強い?
「くそっ…」
兵たちは流石に緊張した面もちで蜥蜴に対する。蜥蜴は、ゆっくりと首を動かしていたが……突然左端の槍兵に向かって地表をはね飛ぶような勢いで襲いかかった。
槍兵は迎撃しようとしたが、槍先が鱗に弾かれ……足に突進を受け転倒する。そして一瞬でのし掛かられて、素肌が露出しているところ……顔に頭突きのような感じで接触され……。
「ぐあああああああ!!……」
絶叫。霊気からすると何かの仙力を使おうとしたようだが、その前に毒の呪いが伝わって、集中できなくなったのだろう、霊気は霧散し……他の二人が慌てて蜥蜴に切りかかるが、蜥蜴は跳ねとんでかわし、凄い速さで遥かむこうに移動する。
「……ひぐっ………ぁ………」
「しっかりしろっ!」
「眩魔獣を止めろ」
「はい」
のし掛かられていた兵の顔は一瞬で土気色になり、すぐに身動きも息もできなくなったようで、恐怖に見開いていた目が白眼を剥いて、口が呆然と開いて、脱力して……あ、死……。
「『解毒』『解呪』『賦活』」
助手の人が矢継ぎ早に治癒の術を放ち、兵の顔色が元に戻って、息を吹き返す……ええ? 難易度高い致死毒の治癒術を、そんな十数シャルク(約10m)は離れた遠距離から? しかも一瞬でか? この人とんでもない魔導師なんでは?
「思った以上に対魔物に慣れてないな? 完全に槍の出し方が人間相手のそれだったぞ。あの手の突進は武器じゃなく蹴りで止めてその反動を使ってすぐ離れなきゃいかん」
「……恥ずかしながら、この近隣は長らく大した魔物がいなくてね」
「仕方ないな。リディア、触毒のほうを解除。単なる蜥蜴にしろ」
「ちょっと待ってくださいね、えーと」
ごそごそと本を取り出して……うわ、立体展開してる。本を開かずに読みたい項だけ、虚空に情報を引き出して読み出すやり方。壊したくない稀覯本とか、開くとヤバい魔導書とかに使うやり方だったっけ……。
「そちらの彼女も規格外の魔導師だな……」
「昔はこれくらいできるのは多かったんだがな、最近は流石にうちでも少ない」
「……分かりました、それでは」
蜥蜴のほうに何かの魔術をかけている。
「これで単なるでかくて硬いだけの蜥蜴になってるから、これならいけるだろ」
しかし、それでも残り二人ではかなり苦戦した。二人の仙力は、それぞれどうやら触れたものを【加熱】しそれに耐える力と、【浮身】……体重を消して衝撃を受け流したり、極めて高い跳躍を可能にしたりする力だったようなのだけど、どちらも蜥蜴の強靭な鱗に対してなかなか有効打にならず。
3メル(約5分)以上の戦いののち、上空から【浮身】を解くことで落下の威力を乗せた薙刀の一撃で鱗を切り裂くことにやっと成功、しばらくしてその傷口の隙間に【加熱】された熱刃が差し込まれて、ようやく動きが止まった。
そして蜥蜴は……そのまま、淡く白く光りながら分解し、消えていく。
「これくらい上位の魔物と戦おうとすると、慣れていなければ苦戦は避けられん。まして本番ではこいつには毒もあるからな」
「霊撃なら楽に倒せるというのか?」
「それが幻妖による魔物であればな。実演してみよう。リディア、もう一回だ。毒もありで頼む」
「これ正直面倒なんですが」
「頑張れ」
そしてもう一度、眩魔獣の蜥蜴が石舞台に現れる。
臨時教官は、訓練用の木剣……あの鱗には到底通じそうにない代物を手に、蜥蜴に背を向けてこちらに解説を始める。
「幻妖が変じた魔物を倒すのに、物理的な力は必須じゃない。ないよりはあればいいというくらいだ。必要なのは……」
その背中に向かって蜥蜴が突進する。教官は振り向くことなくそれを横によけてかわし、木剣の先で走り抜ける蜥蜴の尻を軽く突いた。ロイには、凄まじく鋭い刃のような霊気が走ったのがわかった。
そして蜥蜴は体はそのまま、足が止まり、惰性で前に滑りながら……分解し消滅する。この男本気で強い、仙力関係なく武術家として動きに迷いも無駄もない。
「……必要なのは、霊気を操り圧縮して、相手の霊体をぶち抜くことだ。今の場合は霊気を込めた刃を木剣の先から撃ち出して、霊体を両断した。幻妖の場合は、凝核に対してそれができるといいが、どこが凝核かを読み取るのは、ちと難しい。凝核に拘らず倒すのも手だ。繰り返し変じるたびに弱体化はしていくし、そのうち火の魔術で簡単に滅ぼせるようになる」
「……せめてどこに弱点があるか分かればマシなのだが」
「概ね、頭部か心臓に相当する部位であることが多い。だが多いというだけだ、例外はいくらでもある」
見えない場合、虱潰しに殴るしかないのだろうか? あるいはリェンファの目ならわかるのだろうか。
「まあ、今やってみせた霊刃や、霊鎧など、霊気の圧縮と放出、操作と知覚。このくらいまでが仙術気功の初級というところだろう。やり方をこの1カ月で教える。その後君たちには、半年でさっきのくらいはできるようになってもらいたい。さらに凝核を読み取ったりはもっと難しいが、それは自分たちで磨いてくれ」
「そもそも霊気を認識するというのが、できる者が殆どいないのだが」
「そう、まずはそこ……『霊覚』からだ。」
霊気を教官が放出する……が、それが分かるのはどうやらリェンファとロイだけのようだった。2人で顔を見合わせる。
「今少し霊気を出してみせたが、分かるやつは少ないようだ。こういった他人の霊気の認識、および自分の霊気が任意に動かせるものだと理解する必要がある。ここからは、自分自身がいずれ他人に教える立場になると想定しながら体感していってもらわないといかん。まず外部から霊気を刺激することから始める。ところで……」
ついで教官が浮かべた笑みは、どう見ても腹に一物ある、面白がっているものだった。
「ほぼ一発で確実に霊気操作に目覚めるうえに、成長も早い特急版と、少し時間はかかるものの負荷の少ない通常版があるが、どちらでやる?」




