第30話 特別講座その弐 仙術気功
「結局個々の異能については、各人で十人十色の状況がある。一概にこうだとは言えない。ゆえに、私が教えるのは、属人的でなく基礎的な霊力の使い方だ。なおこれは先ほど言った自覚も使用もできない仙力持ちにも有効だ。少なくとも一つ以上の霊輪が開いていれば、可能になる」
「少し待っていただけますか?」
リェンファが男に問いかけた。
「例えば、私の目でそのあたりの個々の異能の違いを見分けられたりはしないのでしょうか?」
「何故私が君の目について詳しいと思うんだ?」
「詳しいのですよね?」
ロイは考える。湖での出来事からすれば、少なくとも少し見ただけで独自の名前で呼ぶ程度には、分かっているはずだ。リェンファがそのまま見つめると、臨時教官はしばしの沈黙ののち、渋々という感じで語り始めた。
「……さて。私はさして詳しいわけではない。だが我が国にはその目を持っていた者が何人かいた。……それは【啓示】の目、見えざるものを視て、来たるべき事象を指し示す、神に選ばれた者の目とされている」
「啓示……ですか」
「現時点でも君には、霊気の違いが色や模様、明るさの違いとして見えているはずだ。個々の仙力の状態も認識できるだろう。だがその色彩の違いが何を意味しているのかは、教えることができない。それこそ属人的だからだ。自分の経験と照合して君自身が理解するしかないだろう」
「過去の例ではどうなんですか?」
「その目は、霊輪を開き能力を高めるにつれ認識できる事象が増え、それらを対応した新たな色彩や表現で見る事ができるようになるそうだ。しかしそれが何を意味しているかは、君だけのものだ。君が青い輝きだと認識するものが、他の【啓示】の目を持つものには赤い輝きに見えるかもしれない」
「……難しいんですね」
人によって違うとなれば、見えている物の意味が分からなくなる。相対的に何かが違うということしか分からない、ということか。これだから属人的能力という代物はめんどくさい。
「君単独ではそうなるしかない。だから別の能力を持つものに期待するんだな。帝国は広いからどこかにはいるかもしれんぞ」
「別の能力といいますと?」
「例えば我が国には、霊気の違いを目でなく耳や鼻で、つまり音色や匂いの違いとして認識する者がいる。また、仙力を共有する仙力の持ち主もいる。そうした複数の手段、複数の目で観ることができれば、情報の確度もあげやすいだろう、そういった外部からの助けだ」
「なるほど……」
「他に何もなければ、そろそろまとめと実地に移るが」
せっかくなのでロイもいろいろ聞いてみることにした。
「質問ですが、攻撃に霊力を乗せることができるとなると、具体的にどのような利点や問題がありえますか? また、どんな攻撃に霊力をのせられるんですか?」
「まず霊力をのせられる攻撃は、だいたい全て、だ。素手、武器、弓矢から、仙力による事象改変、さらには魔術にすらのせられる。ただし……」
「ただし?」
「自分の肉体から離れるほど、規模が大きくなるほど難易度が上がり、霊力消費が増えていく。君達も最初のうちは素手でしかできないだろう。また、仙力に乗せるのはまだマシだが、投射型の魔術に乗せるのは、人間の霊力規模では現実的とはいえない。稀にできる奴も居るが、それも天才の類だ」
「くしゅん」
「どうしました? エルシィ」
「馬鹿旦那が何か私らのことを言ってる気がする」
「あー、そんな感じはしますね」
それは単なる勘では無い。異能の共有に関わる力を持つ彼女らは、夫であるリュースと深く結びついている。離れていても、それが単なる物理的な距離だけならば、その繋がりは消えない。
「帝国に行くと言っていましたわね」
「また厄介事に巻き込まれてるんじゃないかな」
「私たちも人の事は言えませんわ」
「そうねイーシャ。とりあえず目の前の幻妖倒さないとね……」
「こんな序盤から三桁湧くとか、今回の大殺界は危なそうですわね……そっち、来ましたわよ」
「魔神のせいね。あれだけ莫大な命数抱えたやつがこの世界で死んだから」(ドゴッ)
「死しても内包するエネルギーは消えてなくて龍脈に溶けたと、面倒ですわ……よっと」(ドガッ)
「とにかく時々混ざってるリュースコピーがウザい。ウザすぎる。コピーのくせに高階梯の霊威使わないと殺せないとかひどい。そのせいで私らまで駆り出されるし……あの馬鹿取り逃がしてんじゃないよほんとに、龍脈に記憶されちゃってまあ……」
「まだ昔の若い頃のコピーだからマシですわ、今のや、逆に転生前のだったら洒落になりませんもの」
「まあ同じ顔だしストレスをぶつける先としては悪くないけど」(ドガガガッ!)
「次に帰ってきたら埋め合わせいっぱいしてもらわないといけませんわ」(ザシュッ!)
「しばらく動けないくらい絞りとらないと、ね!」(ドガンッ!)
「ごほんっ……すまんリディア、水を頼む」(なんだ、悪寒が……)
「はい」
妻たちが自分のコピーを虐殺していることが分かったわけではないが、背筋に何故か肌寒いものが走る臨時教官だった。
「攻撃に霊力を乗せるとどうなりますか?」
「霊力を帯びた攻撃『霊撃』は、相手の霊力や魂に打撃を与える。霊気や魂に打撃を与えると、疲労感、倦怠感、頭痛などが現れるが、その効果は僅かなものだ。魔術で拳を強化して殴る方がずっと効率がいい。一般に血の通った肉体を持つ生き物は、霊撃に対して耐性があるからだ」
「肉体が耐性を与えるんですか?」
「そうだ。ただ血の通わない、物理的な装甲や障壁はあまり関係がない。例えば拳を盾で受け止められても霊撃は伝わる。大事なのは装甲や壁の有無でなく、相手の霊体への距離、そして肉体と霊体それぞれの耐性だ。だから、霊撃を攻撃に使っても常人や普通の動物相手にはあまり効かない。しかし……」
そこでじろりと全体を一睨み。
「常人はそんなものだが、問題は今のお前たちだ。中途半端に霊輪が開いていると、霊気への感受性が上がってこの耐性が逆に低下し、霊撃を受けた際に常人より打撃を受ける。むしろここにいる大半の者は、霊撃が弱点になっている状態だ」
えっマジで?
「ただ、霊輪が開いていればここは改善可能だ。今後修練することで、逆に常人よりも遥かに強固な霊的防御を構築できるだろう。我々は霊鎧と呼んでいる」
……やはりあの時のフェイロンはその状態だったと見るべきか。殺すのでなく無力化しようとしていたし、未熟な仙力使いである自分達には霊撃がよく効くはず、と考えたのだろう。
「攻撃面では、霊輪が増え、霊気制御に熟達していけばより霊撃の威力も増す。達人が全力で霊撃を撃てば人間相手でも酩酊させるくらいはできる。なお、常人にはばれにくいため犯罪に使う馬鹿は出てくる。それへの対策は君ら自身で考えてくれ」
犯罪か……そりゃそうか。魔術以上にバレにくいだろうしな。……もしかして仙人たちに既に色々やられてたりしないだろうか。
「対人では効きは悪いが、相手が普通の生き物から乖離していくにつれ、肉体側の霊的耐性が低下し、霊撃は弱点になっていく。倦怠感や酩酊どころか、殺せるようにもなっていく。そこらの魔物なら普通の攻撃の倍は効くだろう。そして冥穴の幻妖あたりになれば、霊力を帯びた拳のほうが、投石器で投じた巨岩よりも効く。……いや、どちらかというとあそこまでいくと逆か。巨岩が拳よりも効かない、といったほうがより正確かもしれんな」
「……それほどなのですか」
「冥穴の魔物は大半が通常の世界法則から大きく乖離していて、物理攻撃が効きにくい。そうした相手に霊撃無しに挑むのは、ほぼ自殺行為と考えたほうがいい。魔術や破壊の仙力でも何とかなるが、それ頼みでは、数の力に押し潰されるのが関の山だ」
確かに、ニンフィアの力なんかは今のところ連発が効かないし……頼るのは危険だ。
「常人が戦うと、魔術が衰退した現在では普通に死人が出るだろう。ついでにいえば、そうした乖離存在はほぼそいつ自体の通常攻撃に霊撃同様の力が乗っている。そのため君達は早めに霊気制御による防御……さっき言った霊鎧を構築できるようにならねばならない。遅くとも数ヶ月もあればいけるとは思うが」
数ヶ月? 長すぎる。できるだけ早く習得しなくては。……でももしかして、ロイの場合は大丈夫な可能性もある?
「また、霊力を制御することは、単純に自分の肉体を制御することにも繋がる。こちらでは魔術による自己強化術の纏勁が肉体制御術として知られているが、霊力の制御はあれに近い効果があり、さらに並列して起動できる。両方に熟達すれば、往年の自己強化魔術に匹敵、いや超える速さや力を繰り出せるだろう」
「良いことばかりに聞こえますが、何か問題は?」
「霊力は無限の力じゃない。仙力に目覚めていれば常人よりも多いとはいえ、何も考えずに使うとすぐに力尽きる。纏勁と霊撃を併用するなら、当然疲労は加算されるし、霊力制御による強化は魔術よりも効率が悪い。霊力が尽きたらどうなるかは知っているだろう? 酷い倦怠感や頭痛で立ってもいられん。さらに本当に枯渇すると、肉体が無事だろうが死ぬ」
「体力勝負ですか……」
「結局はそうだな。あとは相手からの霊撃については、霊鎧を習得できなくとも元々の命数がそれこそ桁違いに大きければ、完全な無効化とまではいかないが、効きが悪くなる。まれに、そもそも霊撃が効かなかったり、吸収するような特殊な仙力もないではない」
臨時教官が、少し細目になってロイを見た。……やはり、それが正解か。
「なおこれは魔物相手でもそうだ。普通の魔物は、霊力制御などろくにしない本能の生き物に過ぎないため霊鎧などは作れないが、もし幻妖が、特殊な仙力の持ち主や霊力制御の達人を模した場合、いくら存在として霊撃が弱点とはいえ、その効果がガタ落ちしてしまい苦戦するだろう」
「例えば貴殿を模された場合大変になるということかな?」
「……そうだな。また、命数の莫大な存在を模したときには、やはり効きにくくなるおそれがある。そして業魔などは、もともと物理の攻撃が効かないうえに成長すればするほど命数が増え、霊撃も効きにくくなるだろう」
「物理が効かないといいますが、ニンフィアの力は少なくとも体には効いていましたが、あれは物理なんですか?」
「その娘は現時点では霊力を操作する術を覚えていないだろう、その力は単に相手の仙力による強固な物理防御を同質の力で貫通しているだけだ。だからそれにさらに霊力を乗せないと、星幽体……魂からなる霊体のことだが、そちらに効果がない。だから滅ぼせない」
「仙力に霊力をさらに意識して乗せないといけないんですね?」
「おそらくな。普通の生命なら、肉体を破壊すれば星幽体のほうも形を維持できなくなってそのまま死ぬが、あの業魔とやらの星幽体は強固で、肉体が消えてもそれだけでは消えないようだ」
「……さて、ほかに質問は?」
「ではまとめるぞ。
ひとつ、仙力に目覚めていると自覚がなくとも霊気を操る素質がある。
ふたつ、霊気を操ることで……」
「……質問がないようなら、そろそろ一旦、実地説明といこう。霊気功……そうだな、こちら風の言葉でいうなら、仙術気功法とでもいうか。そんなところだ」
今回は座学(?)授業回でした。




