第3話 負けろ、先輩。単位のために
石造りの試合場にて、多数の観客が見守る中二人の男が対峙していた。
一人は比較的小柄で、まだあどけなさを残す十代前半であろう少年。もう一人はそれより少し年上に見える、厳つい青年。それぞれ防具を付け、訓練用の木棍を手にし、相手の隙を窺っている。
体格だけなら、青年のほうが頭一つぶんは大きい。棍を構える姿も堂に入っており、自信が感じられる。
ならば短時間で決着がついてもおかしくないが、このお互いにゆっくりと摺り足で動くだけの睨み合いは、既に50を数えるほどの時間続いていた。
それもいつまでもは続けられない。審判のところにある砂時計が示す残り時間はだんだんと少なくなってくる。既に一度有効打が入っており、もしこのまま砂が落ちきれば青年のほうの敗北となる。
そのため青年が先に動いた。呪文を唱えながら、構えを変え……。
「……はぁっ!」
棍を上に持ち上げつつ弱めに少年の手元のあたりに突きいれ、敢えて合突してくるのを誘う。誘いと分かっていて少年はそれに合わせる。
「はっ!」
突かれた棍を絡ませ跳ね上げようと棍同士が交錯……した瞬間、青年側は強引に棍を捻り、膂力と間合いの差を生かしてか、先に相手に届かせようとした。
それに対し少年は棍の持ち方を変え耐えつつ何かを……呪文を唱えながら、逆に懐に潜り込もうとする。その動きは青年よりもさらに速い。
「……!」
青年はそれを待ちかまえていた。右手を棍から放し、潜り込んでくる少年に裏拳気味の一撃を振るう。拳の表面に魔法陣が浮かんでいた。魔術によって強化された一撃は、体重をのせきれていなくても相手を揺るがせるに足る威力を持つ。
少年はその拳をこちらも通常では有り得ない速度で見切ってかわす。彼の体にも薄く魔法陣が浮かび上がっていた。
しかしそれで体勢が少し沈んだところを、青年が強引に魔術の補助により凄まじい速さの前蹴りを放って迎撃……しようとしたところで、少年側の棍が急激に加速。さらに不可視の『力』が伝えられ、お互いの棍が弾かれて飛んでいく。
「…しまっ…!」
有り得ない力で棍を弾かれ、左手を放すのが一瞬だけ遅かったがために青年が引き摺られよろめく。そこに一瞬で懐に潜り込んだ少年の打撃が入った。
体重と勁の込められた掌打、さらにそれに再び不可視の『力』が載せられる。すると青年の体自体が先程の棍のように軽々と吹っ飛ばされ、試合場の石舞台から放り出された。
「それまで。有効1、場外打1 …………勝者、ロイ・ウー・カノン!」
観戦していた生徒たちから感嘆、不満ないまざった歓声が湧く。
「がっ、いてえ……ちくしょう……」
「……先輩、大丈夫ですか?」
「くそが……いや、お前は悪くない、勝負だからな、ないがくそ、その『力』は、この条件だとやっぱ反則だぜ」
「それが俺の取り柄ですから……これなかったら、そもそもここにいませんよ、俺」
少年は肩を竦める。実際、貴族の生まれでもなく、座学も振るわない彼が烈星士官学校に入学できたのは、まさにその異能のためだったからだ。
「馬鹿をいえ、それがなくてもお前は……」
「グレイソン、カノン、速く位置に戻れ」
「「はっ!」」
最初の位置に戻って互いに一礼する。そして月末恒例の近接戦闘術の対戦組み手稽古は、彼らの試合で終了した。
「くそ、あの野郎……」
「仕方ねえよ、あんなん反則だぜ」
「キム、アラーウィ、オスロット、シマダ、お前たちは放課後に追加指導だ」
「! 教官、しかしあいつは……」
「彼の『力』は分かっているが、グレイソン以外使わせるところまでいかず、有効打一つもないのはいただけない。放課後までに反省点をまとめ、第一練習場に来ること。……返事は?」
「「……はっ」」
そうして、勝利して石舞台から降りる少年を、仲間たちが出迎える。少年を合わせてたった五人だけの、この士官学校では最少人数で「組」となっている、異端児の集団。
「先輩連中を無傷で五人抜きか、相変わらずよくやるヨ」
「お前らだって三人抜きまではやってただろ」
「俺らは無傷でもなけりゃ、『力』まで使ってようやくだっつーの、お前最後のあたりまで力全く使ってなかったろうが」
それでも入学してまだ半年たっていない下級生が、二歳上の上級生をも含めた組手試合で言える言葉ではない。彼らもまた並の生徒ではなかった。
「できるだけ能力無しでやろうとしたけど、最後はきつかったから使っちまった」
「まあグレイソン先輩は仕方ないだロ。あの人騎士科のくせに強化魔術凄いし、そのうえで武器に拘らない戦いするし、俺じゃ能力無しじゃ絶対勝てネ」
「つーか、騎士科の先輩ら相手に舐めたこと言ってんじゃねえぞロイ。下手すっとレダみたいになるぞ」
「問題ないよウーハン、この程度は怪我のうちに入らない」
「その青痣消してから言えヨ」
「だったら君の【賦活】貸してくれ」
「貸せるもんなら貸したいけどヨ」
「服冷やしてやろっかー? 多少は楽になるかもよー」
「そのまま永眠しかねないからやめておく」
彼らこそ、仙霊甲科二期生の五人。全員が戦闘において実用的と目された仙力の持ち主だ。
膂力強化、瞬発力強化、皮膚硬化などの身体強化を、今の魔術では有り得ない速さと増強率で使える【金剛】を持つロイ
目視できる極短距離のみとはいえ、魔術では不可能とされる空間移動……【転移】を使うウーハン
自分が見た技を再現……例えば剣技や、魔術などを繰り返すことができる【再現】のレダ
自己に限り、骨折すら即座に繋がるほどの回復再生能力や強靭化が可能な【賦活】を持つエイドルフ
目視した一定範囲の無生物の状態を遷移させる……例えば、水を氷に、氷を空気に瞬間的に状態変化させられる【沸凍】のシーチェイ
いずれも現代の魔術では不可能ないし困難な事象を実現できる異能だ。魔術に比べるとできることは限られているが、呪文や呪符も要らないのは大きい。相手にはいつ発動したのか、分からないようにもできるのだから。
「グレイソン先輩以外は纏勁だけでも何とかなった」
「お前ホントに近接戦はすげえヨ」
五人の中でもロイは特に近接戦に強い。異能だけでなく、純粋な体術でも高い素質があり、さらに『纏勁』においても優れた成績を修めている。これと彼の異能【金剛】と組み合わせると、近接戦では上級生相手だろうと無双できる。
先程も騎士科の上級生相手に無傷での五人抜きをやってのけた。特に最後のグレイソンは、現役学生で一、二を争うと言われている使い手だ。
纏勁は自己強化魔術と体術を組み合わせた肉体制御技術だ。単純な加速や筋力強化ではなく、体の動きに合わせ細かくそれらを制御することで効果を高める。
もともと、自己強化の魔術は比較的難易度の低い魔術として知られていた。ただ以前はちまちました使い方は重視されなかった。細かく制御したところで、効果が習得難易度に見合わないというのが常識だった。
細かく制御をしようとすればその分呪文は増え時間がかかるし、制御に集中力も割かねばならない。そんな余裕があるなら、単純に加速倍率や膂力を大きくはね上げたり武器や防具を強化したほうがずっと強い。
そのため纏勁はごく一部の一流の才能の者だけが、さらなる高みのために訓練する、そういう代物だった。
しかし魔術が弱まり、外部の物体を強化したり、魔術を投射するのが困難になった一方で、自己強化の魔術については、発動するだけならそこまで落ち込んでいなかった。
強化度合いこそかなり低下したが、他の魔術……発火や浄化の術は無理でも、少しばかり瞬発力や筋力を高めることはできる者はそこそこいた。そして小粒の強化でもうまく組み合わせると無視できない効果を発揮できる。
そこで最近帝国では纏勁の技術が見直され、軍や警察、士官学校の訓練にも取り入れられるようになったのだ。
……まあ、そんな自己強化術すら補助具無しには使えない者も多い。仙霊科ならエイドルフがそうだ。ただ、彼にはそれを補える異能がある。
「まあ近接稽古はロイのためにあるような考査だもんな。ここで無双できなかったら単位ヤバかったんだろ、次の期末試験で死ぬ」
「うへえええ……」
月末ごとにある予備考査で、座学系は軒並み底辺をうろついているロイにとっては耳の痛い話であった。特例入学である仙霊甲科は基準が緩いとはいえ、それでも単位取得には最低限の成績は求められる。
「実技だけで必修単位認めてくれねえかなあ……」
「さっき全勝できたから多少は免除されるんだろ? それでいいじゃねえか。本来下士官資格とりたいなら座学も全部良評価以上できねえと無理だぞ」
「分かってるけどさあ」
得意分野の点を、苦手分野に振り分けられるものなら振り分けたいのが人情というものだった。もしそれができるなら何回でも先輩をボコるのに。何なら教官相手でもいい。無理だと分かっていても、そう思いたくもなるロイだった。
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