第28話 もしかして、あの時起こっていたことは
教師と生徒たちの話は続く。
「龍脈……」
「仙人どものいう、大地を巡る精気の流れ、でしたか。迷信でなく、本当にあると」
「仙人どものいうそれと同じかどうかは分からんがな。禍津国では、大地の下を流れ、しかし目には見えない霊気の流れ……のことをそう呼ぶのだそうだ」
「地上に生きる命は、何らかの形でその影響を受けているらしいが、普段は意識できないものだと。そしてそこから稀に、地上に霊気が吹き出す場合があるのだそうだ。その吹き出す穴を彼らは『冥穴』と呼んでいる」
「確かにあの女はそのような名で呼んでおりました」
「数十年に一度そこから、理由は分からんが霊気が吹き出す。そうすると周りの魔物が活性化したり、人々が無意識に不安にかられ、好戦的になって戦乱が起きやすくなったり、特殊な魔物が現れるようになるのだそうだ。特に問題なのが、その特殊な魔物だ」
「特殊な魔物、ですか」
「いわく、それは幻妖なる写しの怪異。【嫉妬】と呼ばれる仙力を宿す実態なき魔物、そして現れては命あるものを殺し、その魂を食らうというものであるらしい。【嫉妬】とは、相手の姿、形、能力、さらには記憶の一部すらも真似ることができる力なのだという……信じがたい話だったのだが」
「姿だけならば、クンルンの『化仙』がそうした力を持っていると」
「そうだな。だがかの仙人の力は姿だけで、能力までは写さないと聞いている。しかしその幻妖は……」
「能力すら写す………まさか仙力もですか?」
「そうらしい」
「にわかには信じがたいですが、事実なのですね?」
「うむ……実際に遭遇し、犠牲者が出たことで、上もこれが事実と判断したようだ」
「先日現れた竜も、もしや?」
「しかし、あの竜は屍体が残っておりましたが」
「それなのだが、この幻妖なるものが変じたものには、凝核なる弱点が複数あるのだそうだ。そしてその核を全て煙に戻る前に破壊できると、もはや白煙に戻ることなく、屍体がそのまま残るらしい。……そこのニンフィア君の力は、ある程度の範囲を根こそぎ消し飛ばすものであるとか。偶然、核を全て破壊できたものと思われる」
「……弱点があるのですか?」
「この幻妖なる怪異はさっき言った凝核を全て破壊すれば滅びる。もしくは凝核のあるところに仙力を叩き込むと、動きをしばらく止められ、全部の凝核を止めれば、白煙に戻る。そして白煙になれば、炎の魔術などで滅ぼすこともできるそうだ。そうなればガオ君、君の【爆破】などはよく効くのではないかと思われる」
「その前の、仙力を叩き込む……というのがよく分からないのですが」
皆が頷く。そう、少なくともロイたちにとって仙力とはたたき込めるようなものではない。ロイの金剛(今や金剛(仮)だが)にしても、筋力や速度を高めるものであって、それ自体を叩き込んでいるわけではない。
だが、ロイにはわかった。おそらくあの過去の映像で、禍津国の戦士たちがあの男にやっていたことだ。あの映像の体験でそれが分かったのはロイだけのようだ。
他のみんなは霊気の気配をまだ読み取れないし、リェンファは最初に目をやられて能力を切ってしまっていたからだ。というか霊気の気配まで再現していたあの体験映像がおかしい。
……あ。そうしてロイはようやく気がついた。なぜ、フェイロンと戦ったとき、殴られた時に霊力が上がる感覚があったのか?
それは、もしかして、ロイが今まで戦ったことがある相手で、フェイロンだけがそれを会得していたからではないか? つまりロイの仙力には……。
「……うむ、これは私にもまだよく分かっていないのだが、そういうことができるらしいのだ。それについては後で説明する。とりあえず続けるぞ」
「はい」
「問題は、この幻妖なる怪異はかつて喰らった魂……この地にいた強者を記憶しており、それらを真似ることができる、ということ。その中には竜や人狼、竜人や毒眼蜥蜴のような手強い魔物から、古代の兵器を扱う兵士まで記憶している可能性があるという。……そして、さらにはかの業魔なるものまで、だ」
「業魔なるものは、そもそも傷つけることすら仙力や高位魔導具でないと厳しいという話でしたね。そして止めをさすには魂に打撃を与えないといけないとか」
「そうだ、傷つけることができないのは幻妖の変じた業魔でも同じではないかと見られるが……この場合、傷つけるための仙力とは何か、というのが問題だ」
「といいますと?」
「例えばそこのニンフィア君はできるようだし、ガオ君の【爆破】でも直接傷つけることはできるのかもしれん。あるいは、リー君の力で作られた鏡などでもよいかもしれん。しかしだ、例えばラー君、君の【軽重】によって振るわれる偃月刀ではそのままでは効かないようだ」
「え……」
「これは、そこのカノン君の【金剛】なども同じだろう。つまり武器をふるいやすくする、筋力を高める、というやり方は業魔、そして業魔に化けた幻妖には通じない」
「それでは、我々は役に立たないと?」
「いや。それが、どうやら、禍津国の者のいう『仙力を込める』とは、武器や拳を通じて、仙力の源である霊力を直接相手に叩き込む技術であるらしい」
「そして相手の身体だけでなく、霊力に打撃を与え、霊気や魂の側面に干渉するのだと。そしてこれは、『技術』であって、仙力に目覚めてさえいれば修得できるようなのだ。つまり甲科の者だけでなく、私や乙科の者にもできるはずということだ」
「おおっ!」
シンイーが興奮して立ち上がる。
「あたしもそれを学べば戦えるってことですか!」
「そうだが、少し落ち着きたまえ」
「……はい」
「それでこの技術についてだが、これを使うと幻妖や業魔のような特殊な魔物に攻撃が通るうえ、殆どの魔物相手にも効率よく打撃を与えられるほか、直接作用する仙力に対しての防御にもなるそうだ」
「人間相手には対魔物ほどの効果はないそうだが、多少は有効とのことだ。だが問題は、残念ながら帝国でこの技術が分かる者は今のところいないことだ。あるいは……クンルンにはいるのかもしれないが、目下彼らとは敵同士だ」
先ほど考えた通りフェイロンがそうであるなら、彼らには同様の技術があるのだろう。
「そこで……陛下は決断された。禍津国の者と交渉し、その技術を教える講師を派遣してもらうのだという」
「交渉……ですか」
「そうだ。それがどのようなものかは、私にも知らされなかった。とりあえず指示を受けたのは、再来週くらいからおよそ一月ほどの間、その技術の基礎のところだけではあるが、向こうの者が技術を開示するそうだ。そのため、臨時教官としてこの学校にきてもらい特別講座を開く、そういう話になりつつある」
「特別講座……」
「そこで、君たちには、この技術……仮に『仙術』と呼ぶが、これを最優先で修得してもらう。だが……これを修得するということは、どういうことかは分かるか?」
「と言いますと」
「君たちはまだ学生だ、しかし、かの冥穴なる龍脈の穴からは、これから数年の間は幻妖なるものが都度現れるらしい。さらに業魔なるものが現れるおそれがある。おそらく、君たちの卒業を待っていては間に合わない。近いうちに、学生ではあるが前線に出てもらう可能性があるということだ。危険も高いだろうが……我々は君たちに、戦えと命じねばならん」
「……それは」
「タンガン峡谷はこの帝都にも近い。仮に業魔や幻妖による竜や人狼などがここにやってきてしまったら大惨事になる。何としても阻止せねばならん。そして、一度それを阻止できたとして、数十年後にはまた冥穴とやらが活性化する。その時に備え技術を継承、発展させていく必要もあるだろう」
「そう……ですね」
「無論、戦うのは君たちだけではない。この技術習得の特別講座についてだが、現在畿内方面軍に在籍して仙力持ちと判明している者にも参加してもらう方向で調整しているそうだ。およそ10人ほどらしい。その中には、かの七剣星、フーシェン様も含まれるであろうとのことだ」
「フーシェン様が……自らお越しになるのですか」
「それだけ、陛下や兵部省が今回の事態を重く見ているということだ。帝都の運命が我々、仙力使いの双肩にかかることになる。私もまさか、そんなことになるとは思ってもいなかったが……」
そうしてヤン教官はため息をつきながら、まとめた。
「……心して、準備しておいてもらいたい。まずは何より帝都を守らねばならん。いいね?」
大変なことではある。だが……英雄になる機会が得られるということでもある。これを生かさない手はない。ロイは両手を強く握りしめた。そんなロイを、リェンファが少し心配そうに見つめていた。
(ロイ? ……この前から……何か思い詰めた感じの霊気になってる気がする……。輝きはむしろ増してるけど、大丈夫なの?)
思い詰めている理由
(早く出世するぞ! 二人が欲しいから)
……読み取るには、リェンファにはまだ経験が足りなかった
年内最後の更新になります
皆様よいお年を




