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第25話 幕間 禍津国の騎士

「アーサー様、プラナス様など……当時の王の記憶を、我が王は引き継いでおいでです。記憶を保持されるは、皆様のみに非ざれば」

「魔人王はそこまで……」

「……いやいや。違うぞユンイン。……聞いておるのはこやつに対してよ。いや、見覚えがあるとは思ったのだ……くくく」

「見覚えとは?」

「ユンイン、貴様も先ほど何となくは感じたのではないか? なあ……真柴龍一郎?」

「!」

「それは我が先祖の名で……」

呵呵呵呵(かかかか)! 単なる子孫に、そのようにそっくりな魂があるものか」


 初老の男は溜め息をつくと、頭をかきながら、態度を変えた。


「……はあ。……まあそうだわな、お前がボケてないなら分かるだろうからな。吴導英(ウー・ダオイン)

「な……」

「ダーハオ! 『睡仙』のやつを!」

「無駄じゃ、やめておけ。こやつがその気になれば、お前たちでは止められん」

「……本当にマシバ……なのか?」

「そうだ、黄雲鶯(ホァン・ユンイン)よ。別に久闊(きゅうかつ)(じょ)すつもりなどはないんだがな、当代らに、昔の(よしみ)だろ行けといわれたから気が進まんがやってきたんだ。うちに、他にあの頃の話ができる奴はさすがに殆どいないしな」

「……当代も、貴様も、どうやって覚えているのだ?」

「やり方は色々だ。当代と俺とは原理が違うし、お前たちとも違うはずだ。そもそも俺の場合意図してこうなったわけでもないが……まあいい。今回は別にお前たちと単なる昔話や、喧嘩をしにきたわけじゃない。協力の提案自体は本当だし、しばらく傍観して欲しいのも本当だ。あとは注意事項を伝えなきゃならん」


「当代の魔人王は何を企んでいる」

「知らん。少なくとも現時点で俺に命じられているのは、お前らへの使者と、重要人物の経過観察だ」

「ならばなぜ、ランドーらの邪魔をした?」

「まさに重要人物への干渉だったからだ、お前たちにその辺を伝えんと洒落にならんことになる」

「あの古から蘇った娘か? どういうことじゃ?」

「あの娘について、どの程度理解している?」


「強大な破壊の仙力があることは分かっておるがの。あとは、こっちでコールドスリープしておったなら、ナーシィアンじゃろう?」

「そうだ。それで、味方にできなかったら、封じるか消すかくらいは考えただろう?」

「……我らからすれば当然であろう」

「当然なのはわかる。だがお前らがそれをやると、下手すると業魔復活の前に崑崙が滅びるぞ」

「!?」

「如何なることか。話せ」


「分かっている。それが今回伝えなきゃならん注意事項だ。……まず、あの娘は【憤怒(ラース)】を宿している、これは把握しているか?」

「………かなりの破壊の仙力を宿しているとは聞いていたが、それが【憤怒】だということは、初めて聞いたな。しかも、その力は……」

「お前にとっては無視できんだろう、ホァン。そしてここからが肝心だ。あの娘には本来(・・)【憤怒】の素質は無い(・・・・・)

「……なに?」

「つまりだ……」


 そうして男は、ニンフィアの秘密について話し始めた。そして……。


「……それで、本人にその自覚は?」

「ないようだ。【憤怒】のぶんしか分かっていない。しかもそれについても限定的だ」

「生ける地雷ではないか」

「そうだな。お前らみたいな能力持ちからすれば、まさにそうなる」

「……そのまま眠り続けて貰っていたほうが平和であったな」

「ティナの娘か……ティナの事はもう殆ど覚えておらんな、最後にあったのは、まだ嫁ぐ前であったか……」

「儂など名前も忘れたわ。言われてみればその立場の女がいたのは覚えていたが、さすがに終戦前に亡くなっていた奴の事に割ける記憶容量はない」

「業魔の脅威があると考えると、あの娘は切り札になりえる。何よりティナの娘だし、アーサー兄やフレディが気にかけていた以上無碍(むげ)にはできん。だからあの娘に何かするようなら、当代か俺が相手になる。要は迂闊に捕らえて能力を封じようとしたり、殺そうとしたりするなということだ……さて」


 男は立ち上がり、最後の挨拶をする。


「今回の話は以上だ。後は、俺はあの娘と業魔の経過観察をしていく。もしお前たちの協力が必要だと当代が判断すれば、その時は改めて話をさせてもらいたい」

「我々としてもだ。手を出すか否かは別として、そんな話を聞いて無視はできんぞ」

「了解した。仙人とかち合うことがあっても、できるだけ穏便に済ませるさ。こちらに殺意を向けて来ない限りはな」

「丸くなったものだな」

「お前もな。……では、邪魔をした」


 男は宝珠をその場に残すと、連れの女性を促して帰ろうとする。


「他に儂らにいうことはないのか? 龍一郎」

「ない。そもそもだ、たまたま思い出しただけで、今の俺は龍一郎でもない。俺はリュース、魔人王の護法騎士だ」

「そうか……ん?」

「……やめよギュンター、余計な真似は」

「やれっ!」


 『看仙』ギュンターが密かに連れてきていた、青白い肌の仙人『睡仙』マロリー。【昏瞑(ヒュプノス)】と【渡(ドリーム)夢】(ウォーカー)の仙力……いかなるモノも、生物はおろか無機物さえも「眠らせ」、停止状態にしたうえで夢に入り込み操る異能が、リュースと女に対して向けられ………逆に使い手本人が、崩れ落ちた。


「!!」


 そして、『看仙』の顔に縦に傷が浮かぶ。皮一枚だけを切られたのだ。刀は包みに封じられたままなのに、素手のはずの男が何をしたのか。千里眼かつ相手の能力を見抜く仙力をもっていながら、看ることができなかった。いや、正確には『看た』ものとは実態が違ったのだ。


「だから言ったであろうが。お前たちでは止められんと」

「そうだな、年長者の言うことは聞いたほうがいい。【看破(ディテクター)】の力に頼りすぎるのは良くないぞ、なまじ見える事がいいとは限らん」


 そしてリュースと女はそのまま玉京館を辞していく。仙人たちはそれを黙ったまま見送った。そして後ろ姿が見えなくなってから、呟く。


「愚か者め」

「……申し訳ありません」

「一見大したことがないように見えたか? あれだけ霊気を制御されると、その目でも誤魔化されるか」

「まさか偽りを看させられたとは……」

「よい経験かもしれんのう」

「何者なのですか」

「あやつはかつて、古代において初代魔人王の右腕であった者。その生まれ変わりであろうな。鈍ってはおらんようじゃの……」

「丸くなったものだ。昔のあいつなら、半殺しにして手足くらいは撃ち抜いただろうに、跳ね返して、薄皮を切るだけとはな」

「何をやられたのか、わかりませぬ……」

「……しかも、今も、『音』を聞き取れず。我が力まで弾かれているとは」

「仙力というものは、発現の殆どは属人的ながらも、実のところ霊輪(チャクラ)がある程度開いていれば、意外に様々な使い方ができるものじゃ。そなたらにも教えておらぬことはいくつかある……もう少し真面目に、我らも後進を指導すべきかのう……」

「……何のためにだ?」

「かつて我らは、ただ生きるためだけにここに来たのではなかった。……そうであったろう」

「……ああ」


 今も、ウーダオらは崑崙の地において、仙人としての素質を見いだしたものを集め、その基本的な使い方や訓練の仕方を授けている。だが……故国と戦うことを諦めたがために、実戦的な技術や、いくつかの秘儀については教えていない。


 それらは真面目にやると手間がかかるというのもあるが、観世や同調を持つ彼らは、素質を見いだし、指導しようとすればかなり効率よくできる。やっていないのは……惰性ゆえの怠慢と、そして何よりも。


 ……結局のところは。教えた者たちが自分たちを超えることを、恐れたがゆえ。


「今や、向こうもそういう相手とはこちらを見ておらんのが明白とあればな……流石に些か悔しくなった」


 この崑崙は霊的な要塞でもある。ここの結界の中であればいかにかの男であろうと、ウーダオ達が本気になれば、あるいは倒すこともできるだろう。だが、現時点でそれをやる意味はなく、そして結界から出てしまえば結局のところ彼らでは禍津国相手に勝算はない。


 打って出ることなど、とうの昔に諦めた。だがそれを改めて突きつけられると、流石に忸怩(じくじ)たるものがある。


「うむ……」

「少しばかり風を吹かせるも、良かろうて」


 ……そうして、冥穴の封印の緩みと少女の目覚めは、帝国とその周辺や崑崙に、魔術衰退以来の変革の風をもたらすことになる。



 

 一方リュースたちは、山を下りてきたところで、上司からのとんでもない指示を受けることになった。


『……それで貴様にはあの小僧共を鍛えてもらわねばならん』

「……すいませんトリーニ様、この所俺も耳が遠くなったようで、もう一度言っていただけますか」

『うむ。つまり臨時教官になれ』

「……………どちらで?」

『帝国で。貴様、霊気功は得意であろ。基礎だけでよい、たたき込め。特に例の小僧にはいくつか技を見せても構わん』

「…………」

「リュース様?」

「…………はああああ…………何故だ……」

『仕方あるまい。幻妖や業魔だけでも面倒じゃが、どうもそれだけでは終わりそうにない』

「出そうなんですか、噂のが」

『だいたい魔神(マハー・プレータ)のせいだ。あれがこの世界で死んだからな。奴の残滓(ざんし)のため東西問わず龍脈は決壊寸前よ』

「……いくら稽古つけてやっても、【救世(メサイア)】でも普通なら出力足りないでしょう、フレディでも業魔(カルマ)白龍(ナギ)相手となると足りませんでしたし……まして噂のなら」

『そこにあの娘達がいるじゃろ。うまくいけば届くはずじゃ。理論上は』


「うまくいけばって……その状況、失敗したら逆に酷い悲劇じゃないですか。あの時ですら検討止まりで結局実行できなかったのに」

『あの頃よりも材料は揃っておるし、大団円の可能性もありえるじゃろ。理論上は』

「その理論上という補足どうにかなりませんか。どうして皆さんはこう博打(ばくち)がお好きなんですか」

『だいたい本体(魔神王)のせいだ。あれが博打打ちゆえ』

「どうしようもない解説、ありがとうございます」

『それでもどうしようもなくなったら我らが出る。詳細は後で伝える』


 リュースはため息をつきながら、従者に告げた。


「いくぞリディア、帝都に戻らんといかんようだ……。東方語、もう少し勉強しろ」

「えええ……」

12/29 表現微修正

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