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第24話 幕間 崑崙の密談

「……(それがし)はリュースと申します。このたびは、不躾(ぶしつけ)にも(かね)てよりの言伝(ことづて)もなく(まか)り越し申し上げたところ、拝謁(はいえつ)をお許しいただき恐悦至極(きょうえつしごく)に存じ上げます」


 殿上の仙人たちに対し、初老の男……リュースは白々しく慇懃無礼な挨拶を述べた。そんな男に対して、仙人たちのうちユンインが主に相手をする。


「はん。向こうから使者など、少なくとも千年はない話ぞ。何用か?」

「はい。我が主より、崑崙(クンルン)の皆様方にお願い申し上げたき儀があり、伺わせていただきました。その前に……謹呈の品を用意しておりますので、何卒(なにとぞ)お納めいただければと存じます」


 そうしてリュースは拳大の球体を取り出す。


「ほう?」


 それは、魔導具の素材であるところの宝珠(オーブ)と呼ばれるもの。それも王器(レガリス)という分類の高級品だった。最高級の神器(ディヴァイン)ほどではないが、王器級宝珠も魔術が衰える以前から人の手では製造不可能な、古代からの遺産しか残っていないといわれる逸品。


 なお魔術衰退後は、王器の下の僚器(ミニスター)ですら殆ど製造できなくなっており価格が高騰している。現在入手できるものはさらにその下の将器(ジェネラル)までが大半だ。


 そして王器級の宝珠となれば、特定目的専門に使えば魔術衰退以前に近い出力で魔術を使えるであろう。売れば最低でも同じ重さの金塊の数十倍の値はつく代物。崑崙は仙力が主体であるとはいえ、優秀な魔導具もあるにこしたことはない。これ一つあればそれだけで、数百の兵を蹴散らせるような防備を作り出せるはずだ。


「……さて、左様なものを用意するとは、何かしら難題を持ってきたということかな」

「滅相も御座いませぬ、皆様であれば容易(たやす)きことかと存じます」

「どうだかな……古のそちらの王は、涼しい顔で無理難題を臣下に課す者であったというぞ? まして我らは臣下などではないゆえ、まずはいかなる話か、聞かせてもらおうではないか」


 そうだったな、とリュースは内心嘆息する。あの【啓示】(レヴェレイター)の瞳を含む複数の能力と、本人の知性のせいで、かの初代の王は相手にとってそれが可能かどうかを高精度で読み取れた。そして相手に可能なギリギリの仕事をふってきた。今の王や、トリーニたち直属の連中もその辺は大差ない。


「……我が主よりは、まずこの東方にて大殺界の巡りにより龍脈が活性化し、先月になってついに冥穴の封印が綻びたる由を皆様方にお伝えせよ、と。それに伴い、あるいは皆様方もご存知やもしれませぬが……」

「古の業魔(カルマ)が蘇えらんとするか?」

「……おお、御明察の通りに御座います。古に封じられたという業魔(カルマ)なる魔性、そしてその先触れとして、幻妖(ドッパルゲンガー)、あるいは幻聖(ドッペルハイリガー)幻魔(ゲシュペンスト)なる怪異も顕れるであろうと考えられます」

「……幻妖……いかなる怪異であったかの」

【嫉妬】(エンヴィ)と呼ばれる霊威(エーテルコード)……いえ仙力を使う、形なき怪異で御座います。生けるものの能力を写し取り、それに成りすます、極めて厄介なる怪異にて……」

「ふん、思い出したぞ。確か貴様等の国にも、龍脈の穴があったであろう」

「左様に御座います。我が国のものには業魔は潜んでおりませぬが、穴の大きさは東方にあるものより(いささ)か大きく……時折幻妖どもが(あふ)れ、非常に迷惑する次第にて」

「完全に封じる事はできんのか?」

「大昔に一度封じたところ、別のところに新たにさらに大きな穴が開いたのが今の我が国の冥穴でありまして……これは星の龍脈に由来する自然現象の一部なれば、完全に封じるよりも、適宜開封した方がよいと主たちは判断しております」

「むう……」

「何か?」

「……どうにも貴様を見ると、昔の知人を思い出していかんな。……貴様、真柴(ヂェンチァイ)……いや、マシバの一門か?」

「はあ……本家では御座いませぬが、流れを()む家の出ではあります」


 男は内心で、やはり昔の記憶があるか。そうだろうなとひとりごちる。この二人の仙人は、自分たちの持つ仙力によって力と記憶を引き継げるのだ。


 ウーダオは【円環(リング)】と【観世(オブザーバー)】、ユンインは【雷(エレクトロ)帝】(マスター)【同(シンクロナ)調】(イゼーション)という仙力をもっている。それぞれ非常に強力かつ使い道の広い力だ。


 【円環】は、循環を制する力。術者の認識次第で効果が大きく変わる力だ。例えば生命には血を巡らせた循環がある。円環の力はこの流れに干渉し、それを速めたり遅くしたり、癒やしたり傷つけたりが可能だ。つまりそれは生命の生殺与奪を握る力でもある。


 そして対象は人体に限らず、円を為すもの、回路(サーキット)や流路として成立する物広範におよび、それらの流れの速さや経路を弄れるのだ。つまり電気回路や機械などとも相性がよい。さらに理論的には星の循環……覆核層(マントル)の流れや、龍脈にも干渉できるだろう。ただそれをやるには、人間のままでは霊力が到底足りないが。


 【観世】は魂や霊気の流れを極めて広い範囲で俯瞰(ふかん)して認識する力だ。居ながらにして、東方全体程度の広さの霊力の流れ……龍脈の有り様を、知ることができる。そして円環と観世の両者を持つことで、ウーダオは、実質的に魂をある程度操作することもできる。


 そしてユンインの【雷帝】は電磁気を操る力。単純な雷撃や落雷などに始まり、電磁力による運動エネルギーの生成から、生体電流や磁力操作による人身の操作、さらには時間はかかるものの記憶をいじることまでやってのける、これもまた非常に範囲の広い万能型の力だ。


 さらに【同調】、これは対象の何かを自分と同じ状態にしてしまう。何かとは、例えば動作であり、感覚であり、感情であり、記憶であったり、さらには異能であったりする。


 これらを組み合わせることで、ウーダオたちは、別人に記憶情報を転写し、魂の回路を相似、同調させ、本来魂に関わるために記憶だけでは引き継げない能力……即ち仙力をも引き継ぐことができる。


 そうして数千年、自分たちを引き継いできているのだ。完全なコピーではなく失われるものもそこそこあるが、むしろ完全ではないからこそ、長持ちする。


 二人の力は円卓の中でも上位のものだったが問題は速度と燃費の悪さにあった。強力だが時間がかかるうえ連発が効かないのだ。そのため手数勝負に持ち込まれると厳しい。かつてもそれで敗北し、この東方に逃れてきたのだった。


「……まあよい。で、冥穴が開くとして、それが如何(いかが)した。この崑崙からは少し離れて居るように思うが?」

「先だっては帝国の皇帝らに対し、冥穴より魔性が出でたる可能性を伝えました(よし)。されば(しば)しの間、帝国がホウミンや崑崙に割ける力は自ずと減ることになりましょう。そして我が主たちは、これはまず帝国が対処すべき案件であり、我が国は帝国が如何(いかん)ともし難くなるまで手出しすべきでないと考えております」


「つまり、我々にも手を出すな、と言いたいのかな」

「そこが、些か難しい問題でありまして……我が主は帝国だけでは、当分の間解決に至らぬであろうとは、予想しております。【嫉妬】持つ幻妖たちだけでも常人が立ち向かうは難しき怪異。まして業魔は各種の竜の力に加え【境界(バウンダリ)】の力持つ魔性と聞き及びます。されば鱗の一枚すら、只人の技では傷つけること難しく」

「……【境界】……かの赤龍にも宿りし自在結界(マクスウェルの魔)の力。……高位の仙力や神器など、持ち主の認識を超えるものでなくては阻まれるか、まことに面倒な…………かの龍の化身はいかにしておる?」

「稀にお姿を見ることはありますが、普段何処におられるか、某には(うかが)い知れませぬ」

「………気をつけるのだな、あれは人に心から従うようなものではない。いつ人に牙剥くか分からぬ」


「心に留めさせていただきます。さて、業魔といえど残党に過ぎぬものなれば、【境界】の力もさしたる階梯までの励起に至らず、下位の【拒絶(ディナイアル)】程度がせいぜいでありましょう。ならば帝国の人員で対処不可能とまではいきますまい。されど仮に帝国の手に負えず、人々を食い荒らし、開花を目指すとなれば無視しえぬこと。もし種子が作られるに至れば当方も介入いたします。そのような事態になりかけますれば、崑崙の皆様にもご協力願えないかと」


「それまでは傍観せよと?」

「そのほうが皆様にとってもご都合が宜しいのではないかと愚考いたしますが……」

「さて……そも我ら崑崙は国に非ず、我らも王に非ず。我らは長老ではあるが、仙の皆に命ずる権利があるわけではない。各人の行いにまで責任は持てんな」

「皆様が各仙人の方々にご周知いただけるだけでも充分な抑止になろうかと」

「解せんな、貴様らにとっては、我らも帝国も、どうなろうが知ったことではあるまい? 貴様らが気にするとすればせいぜい業魔のことのみであろう」

「測り難きことは少ないほうが良いと考えます故」

「何を企んでおる? そもそも、仮に業魔が出てくるのであれば、帝国のものでは対処などできまい、早々に……」

「帝国には神器イルダーナハもあれば、未だ未熟なれど【救世(メサイア)】や【啓示】持つ者あり。されば、戦えぬと決めつけることもないかと存じます」

「……【救世】に【啓示】……だと?」

「はい。そうですな、そこに【雷帝】あらば、戦力としては古の……」

「貴様」

「失礼いたしました。皆様の御力は我が主より伺っております」


 ……そこで会談となってから初めてウーダオが口を開いた。


「どこまで覚えておるのかの……?」

12/29 表現微修正

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