第23話 幕間 崑崙の四仙
帝国皇帝が烈星士官学校にて禍津国の使者と会談してから数日、タンガン峡谷が本格的に封鎖され始めたころ。
帝国の西の果て、中央山脈の東端の小さな山地。消えることのない濃霧によって覆われた山道を、初老の男と若い女が歩いていた。ぶつぶつと文句を言いながら。
「……全くトリーニ様も人使いが荒い……」
「……この1ヶ月で、凄い距離、移動、させられてます、よね……」
「だいたい連中にはそれこそ幻像で話せばいいのに、なーにが『昔の誼だ、お前がいけ』だ、そんな誼なんぞ大昔に置いてきたわくそが。あいつらより、フレディの力が宿ってる坊主やアーサー兄の瞳が宿ってる娘のほうフォローしたほうがいいだろうに、どうせあの娘に干渉しない限りは関係ないんだから」
「あんまり、会いたくない、性質の人ら、なんです、か?」
「息あがってるぞ、癒しとけ。……なに、個人的な問題だ。別に当時のあいつらが人格的におかしかったわけじゃない、単なる意見の不一致だ。それに向こうにとっては六千年も前のこと、まともに記憶を引き継いでいるかも怪しいし、今更でもある」
この二人は、『輪仙』無道と『雷仙』運応と名乗っている、崑崙の仙人たちの中でも長老とされる者たちに会うために山道を歩いていたのだった。本来通り方を知らない者では永遠に濃霧の中をさ迷いかねない結界の中を、文句を言いながらも登っていく。
ある事情により前世に相当する記憶を持つ男にとって、六千年前はそんなに昔のことではないが、他人にとってそうではないのは分かっている。男にとって崑崙を創始した者たちは、かつて共に初代魔人王に仕えた同僚ではあるが、同時に後に裏切った敵でもあった。
初代魔人王、アーサー・ナイトフォール。この星に辿り着いた当時、彼はジーディアンと呼ばれた側のコミュニティにおいて高位の軍人であったが、政治には関わっていなかった。だがその後紆余曲折を経て、王位につくことになる。本人は王になりたかったわけでもなかったが……色々あったのだ。
彼がアーサーという名前であったため、彼の部下で特に優れたメンバーは、古の伝説になぞらえて円卓と呼ばれた。アーサーが亡くなったあとは、娘のプラナスが後を継いだのだが、円卓やその子、部下の中にはこれに反発する者が何人か出た。
アーサーならまだしも娘に仕える謂われはない、怖いアーサーもいなくなったし西の島から大陸に戻りたい、ナーシィアンと共存を模索すべきだ、現方針は温すぎる龍と竜人は不倶戴天の敵だ、うちの息子をフッたプラナスに天誅を(おい)……などなど、各人、軽重も様々な理由によって、円卓の半分近くが不支持を表明、そして内乱に発展した。
移民船の崩壊で文明を失ったのはジーディアンの側も同じで、この内乱はそれにとどめをさす形になる。そしてかつての叡智を取り戻すには、過去を読み取れる異能を大規模に行使できる才能の持ち主、つまり当代魔人王の誕生まで数千年を待たねばならなかった。
この円卓内乱においては、結局離反したほうが敗れた。離反陣営にも優れた異能者や遺伝子改造人間が多くいたが、いかんせん、それぞれが同床異夢でまとまりに欠けており……。共通していたのは、西の島から大陸に戻ろうという意志くらい。それでは、男を初めとした残る円卓に勝つのは難しかった。。
反乱した円卓たちの結末は降伏、死亡、逃亡と分かれた。逃亡したうち、捲土重来を目指して霊威……仙力の才を持つ者を集めようとしたものが二人いた。
だが仙力の才は、二人が思っていた以上に貴重だった。結局のところ、ファスファラスに対抗する規模には到底届きそうになく、二人は復権を諦め独自組織としての生き残りを目指す。そうして生まれた仙力使いの隠れ里が初期の崑崙であった。ファスファラスの側は崑崙の成立を察知はしたものの、当時は大陸に手を出す余力はなく放置した。
あれから数千年。お互いに存続しつつも、当初の姿とはだいぶ変わった。崑崙のほうは、一応代々トップは二人の名の一部から、無道と運応と名乗り、さらに力を知恵を受け継いでいる……とされている。
そして、二人の同僚にして敵であった元円卓の男も、何回かの生まれ変わりを経て、今の生ではかつての力と記憶を取り戻していた。そういう生まれ変わりはこの世界においてはなかなかのレアケースになる。普通は生まれ変わりであろうと、記憶も能力も引き継いだりはしないからだ。
男の場合は、本人ではなくその妻(これも生まれ変わり)の持つ特殊な仙力に由来しており、やはり属人的なものだ。その他にも前世の記憶を保持する者は稀にいるが、大抵は何かしらの仙力によるものである。原理は人によってだいたい違う。
男としては別に敢えて自分から名乗るつもりはなかった。どうせ向こうが初代の記憶と能力をもっていれば、速攻でその辺はバレるだろう。バレるのは別にいい。ただ持っていく話を素直に聞いてくれるかどうか。いざとなれば三十六計逃げるに如かずだが。
さて、男らが霧の中を進んでいたころ。崑崙の最奥、玉京館という古びた山中の建物にて、仙人たちの会合が行われていた。
参加者は遠方の音を再生する地獄耳の仙力持つ『聞仙』ダーハオと、遠隔で事象観測を行える千里眼の仙力持つ『看仙』ギュンター。まさに崑崙の耳目たる二人の老人と、当代の『輪仙』ウーダオである老人と、『雷仙』ユンインである少年の四人である。
一見十代前半の少年であるユンインが、『聞仙』と『看仙』に尋ねる。
「……結局ランドーたちはどうなったのだ?」
「ホウミンの拠点に戻ろうとする気配がありますが、未だに帝都から出てはおりませんな」
「未練がましいことだ、下手をうったなら諦めるのも知恵よ」
「なかなか難しかろうよ、それが若さというものか」
姿に似つかわしくないことをいうユンインが続ける。
「して、禍津国の者が皇帝と接触したのは確かなのか?」
「私の目ではそう見えましたな」
「我が『草』が、直前に何本か抜かれまして……その場の音は聞き取ることはできず」
「抜かれたのはランドーたちのせいか、全く余計な真似を」
「問題は何を話したかですな」
「彼の国の性質として、特定の国への肩入れは考えにくいのでは」
「しかし西のラグナディアという例もありましょう」
崑崙は北方大陸の中央を南北に貫く中央山脈の東にあり、そしてちょうど山脈を挟んで反対の西側には、ラグナディアという国がある。この国に25年前、異世界の魔神が召喚され、結果的に魔術衰退に繋がったのだ。そしてこの召喚の際には、禍津国は本来国の外に滅多に出さない最精鋭――護法騎士を異例の速さで派遣したらしい。
「魔神のことであればあれこそ特例では」
「それを抜きにしても肩入れはあったでしょう、特に昔の建国の時は」
「あそこの建国王は傑物であったゆえ分からんでもない。国よりは人であろうよ」
「今の帝国に向こうの王の気を引くような人材などおりますかな」
「仙力ならあるいは」
「件の娘か?」
「違うであろうな、破壊の力であれば、向こうには奴らが……龍の化身がおる。さればそこまで求めるものではあるまい」
「龍ですか……話は聞くものの、正直どの程度なのか分かりかねますな」
「あの龍どもこそ、恐るべき難敵。人が真に倒すべき者だ。放っておけばいずれ滅ぼされるのは人類だというのに……」
ぶつぶつと呟くユンイン。『看仙』ギュンターは、またいつものが始まりましたか、と嘆息する。龍に関する恐怖は、ユンインが昔から……そう、初代の頃から引き継ぐものだ。しかしなんだかんだいってこの数千年、龍は人類の前に出てきたこともなく、人類はまだ滅びていないわけで、余人にその恐怖感は少し分かりかねる。
それまで沈黙していたウーダオが口を開いた。
「意図は、使者に聞けばよかろう……」
「使者とは?」
「ランドーたちを邪魔した向こうの手のものが、麓まで来ておる……。今は霧の円環の中じゃ……」
「では、霧にとらわれて?」
「迷わず登ってきておる……」
「………おお。確かに、私にも『看え』ます、二人組ですね?」
「うむ……」
「……するとやはり仙力使いですか」
「そのようじゃ……」
「いかにします?」
「戦うつもりは今はないが、念のため『睡仙』の奴を起こせるようにしておけ。宝貝も用意しておくか」
「了解しました」
「……奴らが人を遣わすなど、いかなる風の吹き回しか。先だっての魔神の折にすら、こちらに何も話などなかったものを」
ユンインの疑問にウーダオが答える。
「心当たりがないでもない……」
「ほう」
「東方の地の龍脈の循環に、先日から異変がある……」
「というと?」
「途中で吹き出しておるかのような……穴が緩んだのかもしれん……」
「……穴?」
「当時、儂はついていっておらんが、貴様は来たのであろう……?」
「……何の件だ?」
「確か……カルマ……であったかの……」
「……おお。そうか。思い出したぞ、あの魔物か。フレディの奴が殴り倒したら砕けおった。ちょっと出力不足で倒し切れんでな……確かに一部が……穴に逃げ込んだな」
「穴を封じたは……桜佳か、エリザベスであろ……?」
「……そうか、半分はエリザベスの魔術によるもの……なるほど」
「お二方、いったい何が?」
「遥か大昔のことだ。禍津国の者が、我らと共になかなか手強い魔物を打ち倒したことがあった。当時は我らと彼奴らは、時には協力することもあったからな……。そして魔物の残党が龍脈の裂け目の穴に逃げこんだのだ。穴は魔術で封じたが、魔術衰退に伴い封が緩んだのやもしれん」
「もしや……その穴は、タンガン峡谷に?」
「………言われてみれば、確かにあの辺りであったな」
「うむ……あの辺りで、龍脈から何かが吹き出しておるようじゃな……」
「なるほど、竜が現れたは、龍脈の穴からでしたか」
「そうであれば、禍津国の者が皇帝に会ったは、その話のためか」
「それこそ、カルマは龍の力を宿していたと……」
「……ああ、そうだ。全く龍は危険に過ぎる」
「されば、彼奴らが口を出してきてもおかしくはない……。儂に心当たりがあるとすれば、今はそれくらいじゃな……」
「ふん。まあよい、使者が来るなら聞いてやろうではないか」
ここから何話か、幕間扱い(非主人公視点)が続きます
少しずつ更新していくつもりです
よろしくお願いします




