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第222話 幕間 竜殺したらんとする者(1/2)


今回と次回はラーグリフら東方方面軍の連中の動向です



「おおー、あれが古竜か! すげぇな!」

「大声を出さないで下さい、下手に興味を持たれたらどうするのですか」

「倒せばいいだろ」

「簡単にそれができれば苦労はしません」

「簡単でないからこそ意味があるんじゃねえか、しかもあれだけ揃ってるなんてもう二度とないかもしれん」

「おっしゃることは理解しますが、それでもです」


 ラーグリフがまるでお上りさんの如く敵勢を眺め感嘆するのを、フレドリックは冷めた目で(いさ)めた。


 ──全く、面倒なことだ。フレドリックは内心嘆息する。


 彼らの視線が向かう先は幻妖勢の最後方。そこにいる、四頭の各々異なる色と姿の巨大な竜たちだ。


 竜は最強の魔物として知られている。現在でも竜は僻地や大森林の奥などに生息しており、稀に人里近くに出てきて討伐騒ぎになったり、少し移動するだけで魔獣暴走(スタンピード)の原因になったとの記録もある。


 存在が明らかな個体や一家は、森の主とか山嶺の王などとして、それぞれの地域で恐れられている。


 ただ、現生の竜たちは強大ではあるものの、無敵ではない。知能も動物にしては高いほうであるが人間と会話できるほどでもない。


 確かに竜種の鱗は極めて堅固で並の武器は通じないし、大規模固有魔術である「吐息ブレス」は脅威だ。一息で数十人を殺傷する範囲と威力があるうえ、種によっては持続時間が長かったり連発してくることもある。


 だが種に応じた対策をし、人数を揃えれば竜を倒すことは十分に可能。


 実際、この幻妖勢のなかにも火岩竜などの現生竜種はいたが、図体がでかいこともあって優先的に魔術師団の儀式魔術の的になり、大半は早々に倒された。


 対して……今目の前にいる四竜たちには、魔術師団は全く遠距離攻撃を仕掛けていない。


 既知の竜より一回り以上大きいこと、額にも目がある三眼であること、そして何より地上から近づいた部隊が酷いことになったことから、もしやあれらは伝説の古竜(エルダードレイク)ではないか、となり、それ以上刺激しないほうがよいとなったために。


 古書では──古竜とは竜にして竜に(あら)ず、竜の(ちょう)じて成るに非ず、全ての竜蛇を従えるものなり。言の葉を解し、魔の理を操り、三眼の気圏は十方(じっぽう)を覆う。その吐息は千騎を一息にて滅す──とある。


 翻訳すると「古竜とは見かけこそ現生の竜に似ているが、実際は別物で、現生の竜や蛇が成長して成るものでもなく、むしろそれらを支配する上位種である。そして言葉を話し、魔術すら使う。三つの目を持ち、上下含む全方位を知覚しおよそ死角らしい死角はない。吐息(ブレス)の一撃は千人を倒すほど」……となる。


 しかし……これらの情報が正しいかどうかは、誰にも分からない。なにせ大陸東方においては、古竜種は少なくとも千年以上確認されていなかった。


 東方では約1200年前の亡きシュタインダール王国建国より前は、記録が殆ど無い大空白時代と呼ばれている。それ以前は記録を残す文化が無かったのか、古代の遺跡からは、文字を記録した石板や紙片などが殆ど出土しないのだ。


 遺跡の建築物などの残骸からすると、かなり高度な技術はあったようだが、魔導具の類も見つからない。金属や石ともつかない奇妙な素材で、奇妙な図形が描かれた遺物はそれなりに出土するが、まとまった文章らしいものは殆ど見つからず、図形の解読も進んでいない。


 各種情報は遺物のどれかに魔力で記録していたのでは、と推測されているが、その魔力もとっくに抜けてしまったのか検出されず、古代に関しては分からない事だらけだ。


 そして古竜に関する記録は、シュタインダール王国初期に記された古書の時点で「◯◯には()くなる存在がいたとされる」と伝聞調で残っている程度のもの。どこまで信頼できるものやら。


 とりあえず嘘か真か分からぬとはいえ、古書には現生竜に対応する古竜の組み合わせと名前が書かれていた。古竜側がどのような竜なのかまでは分からないのだが、上位下位でくくれるのなら似た能力を持つのだろう。


 溶岩に泳ぐ火岩竜(ラヴァ・ドレイク)の上位は、劫炎竜(フレア・ドレイク)

 氷霧を纏う霧氷竜(フロスト・ドレイク)の上位は、氷獄竜(クライオ・ドレイク)

 高峰に舞う雲嶺竜(クラウド・ドレイク)の上位は、雷吠竜(ストーム・ドレイク)

 岩塊を斬る刃鎧竜(レイザー・ドレイク)の上位は、金巌竜(オーラム・ドレイク)


 そして今、これら伝説に残る炎、氷、雷、金の四種の古竜……と思われる連中が、幻妖勢の最後尾に陣取っていた。


 古竜らの後背はがら空きだった。何故かというと既に一回やらかしたからである。

 

 開戦当初の頃、帝国軍の一部隊が幻妖勢の退路を断つべく背後に回り込んだのだ。……そこに氷の竜が牽制のつもりか、軽く吐息を一吐きした。


 それだけでその部隊は全滅した。数十人の兵が周辺の大地ごと凍りつき、今も氷像となって立ち尽くしたままだ。以後、帝国軍は四竜たちに何も仕掛けていない。


 現生する霧氷竜の『氷嵐の吐息(ブリザード・ブレス)』も凍結の力を持つが、防具を着込んだ騎士が即死するほどではない。あれはどちらかというと、威力よりも持続時間や視界剥奪で体力や戦意を削る吐息だ。


 それがこの竜の吐息だと、一瞬で部隊が凍りついて壊滅した。明らかに威力の桁が違う。しかも霧氷竜の吐息と違って犠牲者らの氷が溶けない。


 今は冬とはいえ、日中は氷点下までいかない。それなのに数日経っても氷像になったまま全然溶けないのは、普通の氷ではないということ。推定氷獄竜の名に恥じない力であろうと思われる。


 ラーグリフら東方方面軍の部隊はその氷像の林の少し向こうに待機中だ。今のところ、この距離では竜たちに動きはない。


 おそらく他の三竜も相応の怪物に違いない。普通、竜種は同族でない他の竜種と群れる事のない生き物であるとされ、もしそうなら、四種もの古竜が同時にいるこれは、ラーグリフの言う通り二度とないかもしれない光景ではある。


 なお、ここにいる以外にも、幻妖として再現された古竜はいる。あるいはいた。


 砂漠に潜む砂地竜(デザート・ドレイク)の上位、潰地(デヴァステイト・)(ドレイク)の幻妖は、西宿砦の目前に留まっていて、そのためフーシェンらは砦から出られなくなっている、という話だ。


 また、森界に眠る幻催竜(ヒュプノ・ドレイク)の上位、幻霞竜(ファントム・ドレイク)と思われる幻妖が数カ月前に西宿砦に現れた。その竜は数百人を瞬く間に殺害せしめたのち、最後はカノンたち仙霊機兵らに倒されたという。

 

 考えてみれば、幻妖とはいえ古竜を人が倒したという記録はこれが唯一かもしれない。


 ただ、幻系の竜は現生の幻催竜ですら珍しい。幻催竜は幻覚や精神操作を使うとされ、目撃談がどこまで信頼できるかも怪しい。幻霞竜ともなると、記録にもどんな能力なのか全く残っていない。


 そのため砦が襲われた当初、兵士らはそれが古竜だと思わずまともに戦ってしまい、酷い事になったという。


 また、その幻霞竜には奇妙な透明化能力があった、という噂だが……詳しい事を畿内方面軍は公表しておらず、よく分からない。奴らの秘密主義にも困ったものだ。


 さらにこうした古竜たちの上には、竜王たちがいたとの言い伝えもあるが、竜王については古書にも記録がなく、実在性は古竜以上にあやふやだ。


 ……ただ、記録がないから実在しない作り話だ、とか、無名なのは大した事がないから、と考えるのは早計である。特に魔物の場合は。



 そいつに出会う事が死を意味するなら、情報など残りようがない。



 つまり生存者偏向(バイアス)という奴。一線を超えた凶悪な敵は、目撃者の生存を許さない。知恵のある敵ならなおさらだ。


 それでも、調査に行った者が帰って来ないなら不帰という情報は残る。より問題なのは、記憶が消されたり改竄(かいざん)されたりするほうだ。古竜は固有魔術以外にも魔術を使うという、ならばそうした可能性も否定できない。


 そして、仙人たちへの諜報活動もその類だったのかもしれない。東部で得ていた情報と、こちらに来て見聞きした情報との齟齬が大きい。どうも、クンルンの戦力を誤認させられていたのでは、という疑惑が拭えない。


 ……まあ、それはいい。今問題なのは目の前の古竜だ。


 とりあえずはこの場にいる四竜を何とかするのが、ラーグリフとフレドリックたちに課せられた仕事である。


 四竜はここ数日のところ殆ど動いてもいないが、いざ動けば万里長城でも耐えられるかどうか分からない。隕石が落ちる瞬間にこいつらが一斉に「吐息(ブレス)」や大規模魔術を放てば、さすがの万里長城にも穴が空き、爆風が帝都に押し寄せるかもしれないという。


 そこで、隕石が落ちるまでに少しでも古竜の数を減らしておきたい、というのが上層部の意向だ。


 しかし現生竜でもかなり手強いのに古竜となると、数個大隊規模の兵でも、倒すどころか止めることさえできるかどうか。


 当初、単に近づいただけで、一瞬で数十人が殺されたのだ。これが攻撃となるともっと本気で反撃してくるかもしれず……切り札がない現状でこちらから藪をつつくのは躊躇(ためら)われた。


 その点、王器使いであるラーグリフなら古竜にも一定の打撃力になることが期待された。そこで彼率いる東部勢に竜の釣り出しと対処の命が下ったのである。


 さすがに全滅させろとかは求められていない。一体でも行動不能にするか、別方面に誘引できれば御の字だ。


「やるからには全身全霊で戦ってみてえよ。古竜だぞ古竜。相手にとって不足なし! 末代までの誉れだ」


 竜殺しは今昔を問わず英雄の証。ましてや現生竜でなく古竜を倒せば確かに末代に残る勇名となるであろう……というラーグリフの意見も分からなくはないが。


 そんな事は、容易でないからこそ誉れなのだ。


「誉れはそこらに捨てましょう、竜の首を取るためには毒なり罠なりあらゆる手段をとるべきです」


 シャノンの家にはそれこそ指先ほどの量で象を即死させ竜すら動けなくなるという猛毒が伝わっており……。


「おう、言っとくが普通の竜と違って古竜に毒は通じんぞ。お前の薬や毒も、材料にお前んとこの『本尊』自体を使ったやつ以外は効かねえと思え」


「……どこでそんな話を?」

「『ヘーラクレース』がそう言ってる。そもそも幻妖に毒は効きにくいが、特に古竜は幻妖かどうかに関係なく元々毒も薬もろくに効かねえってよ。効くのは霊薬(エリクサー)みたいな別格か、仙丹でも強いやつだけだとさ」


 ラーグリフの持つ「ヘーラクレース」は最強の天王器の一角と言われ、主と認めた者には素晴らしい攻撃力と防御力、回復力を与えてくれる。


 ただしこの防御や回復、何故か毒には通じないらしい。そのくせ猛毒を生成する定常駆動技があるらしいのも、意味が分からない。自分の毒が自分にも効いてしまう。


 かつてイェンディシェンノンに聞いた所によると、王器には、元になった古代の神話や伝説があるという。おそらくはその元の伝説に由来する弱点と能力なのだろうが、古代の記録は神話含め失伝しているわけで、大半が分からない。


 そのため真名が不明な外れ王器や、分かっていても使い方が分からないものが出てくる。特に聖霊のいない地王器はその辺が判明しにくい。


 真の主と認められれば、使いこなすための知識は入ってくるらしい。しかしそのためには実力と相性の良さの両方が必要だ。


 実力はまだしも、よく分からないものと相性が良いかどうかなど、それこそ分かるわけがなく、外れ王器の真の主になるには運も必要だ。そして聖霊を持つ天器に聞いても、自分の由来する神話についてすら知らない場合がある。いわんや自分以外の王器や神器についてをや。


 ヘーラクレースは建前上は東方方面軍の七剣星用として皇帝から貸与されているものだが、少なくとも800年以上前から東方にある王器であり、真名はその頃から分かっている。


 しかしそれがどんな神話由来なのかは実のところ、分かっていない。聖霊もその辺を語らない。


 とりあえず、ヘーラクレースは豪快な武人タイプと相性がいいと判明している。代々の東方方面軍枠の七剣星に大酒飲みの豪傑が多いのは武人タイプから選んだら結果的にそうなったから。決して飲み勝負で決めてきたわけではない。


 イェンディシェンノンが言うには、『海格力斯(ヘーラクレース)か……それは、旧世界のある神話において、比類なき力持つとされた英雄の名だよ。天王器としての彼もその英雄に由来する力を持つはずだ』との事だが、彼も詳しくは知らないという。


 『私は彼とは違う神話に由来するものだからね……。確か、オストラントの雅典娜(アシーナ)なら、同じ神話由来のはずだ。彼女なら知っていると思うよ』……と。


 天神器、聖盾(アイギス)アシーナといえばかの国の国宝だ、聞きに行けるわけもなく。


「こいつ毒に関しては色々恨み言があるようでな。大昔の主のとき、古竜がやたら範囲で毒の魔術を仕掛けてきて苦労したらしい」

「なるほど。古竜と戦った経験があるというのはいいですね」


 王器聖霊の話であれば、誰が書いたかも定かでない文献などより信用できそうだ。


「お前のとこの『本尊』はどうなんだ? 毒はむしろそっちが専門だろうし、何か聞いてないのか?」

「……予め分かっていれば、私も本家で調べられたのですが」


 敵の詳細が分かったのも、取る物も取り敢えず東部を出発してからの事。イェンディシェンノンに色々聞く事もできなかった。


 そもそもイェンディシェンノンについては門外不出の秘密なのだが、昨日の猫はまだしもラーグリフまで普通に知っていそうなのが困る。これも聖霊のせいか……。


「して、その戦った古竜の同種はあの中にいるんですか?」

「金色の奴だとよ。無茶苦茶硬くて、その上で範囲魔術を連発してくるらしい」


 金巌竜か。下位だという刃鎧竜なら、甲殻に生えた無数の刃状のトゲを息に乗せて一斉に解き放つ『刃風の吐息(ブレイズ・ブレス)』が脅威なのだが。


「そんで奴の吐く吐息は『金棺の吐息(フリギアン・ブレス)』……効果範囲内の生物を、黄金の像に変える技だ」


 ……全然違うではないか。下位種、上位種とは何だったのか。


「黄金ですか」

「残念ながら普通に使う場合(・・・・・・・)は表面だけだし本物の黄金でもなく、愚者の金(パイライト)の類らしくてな、余り価値は無いっぽいぜ」

「それは残念……で、金像状態になったら助からないやつですか?」


「ああ、金属化は体表付近だけで、中身の大半はそのままだとさ。そいつの形の金色の缶詰めができるってわけだ。それで表面だけとはいえ息も何もかもできなくなるんで、そのうち死ぬ。そのまま棺桶(かんおけ)になるから金棺だ」


 体表が金属化し、目も見えず悲鳴も出せず身動きもできない絶望の中、窒息して死んでいく……それは酷い。いっそ即死したほうがどれほどマシなことか。……しかし。


「……そんな魔術は聞いた事がありませんな」

「そう、魔術じゃねえ。本質は対象を金属に変える【遷金(ターンメタル)】の仙力だ。それを、表面だけの【鍍金(プレーティング)】に劣化させつつ、代わりに範囲拡大させたもんだな」


 つまり……。


「古竜の吐息ってのはただの固有魔術じゃなく、固有仙力を混ぜて特別な効果を持たせた代物らしい。単純な破壊力だけの現代の竜の吐息とは違う」


 種として仙力を持つ、と。しかも普通の仙力にはありえないほどの大規模で解き放つ術がある。恐ろしい話だ。


「それで金の竜は、普通の血肉以上に金属を好んで食べるんだと。つまり奴にとっての【遷金】は個別の相手をメシに変える技。表面だけそうなる吐息は、沢山の相手を自分好みの味付けにする調味料の技ってわけだな」


 そう言われるとどこか滑稽に聞こえるが、実態は悲惨極まる。

 

「……対処法は?」

「仙力使いなら霊鎧って奴を鍛えること、王器使いなら王器から霊力や加護を貸してもらえば抵抗できるらしいが……一般人だと、分からん。そもそも吐息を吐かせないくらいじゃねえか。避けるにしても、普通の兵じゃ間に合わねえ」


 それこそ、それができれば苦労はしねえという奴である。


「一応、古竜であっても仙力ってのは、魔術に比べ規模が小さいのは変わらんらしくてな。『吐息』っていうのはそこを増幅するための儀式みたいなもんらしい。そのぶん時間も隙もできる」

「ですが、その間に発動を妨害しようにも、無茶苦茶硬いんですよね?」


「おうよ、金の竜の仙力は【遷金】系の他に、物体を一瞬破壊不可能にする【剛体】(リジッドボディ)、体の任意の場所……例えば鱗などを針や刃に変える【刃身】(ブレイズフォーム)だとさ。後ろの2つだと何となく刃鎧竜の親玉っぽいだろ」

 

 確かにそこだけなら近い。だが良く聞くとそれはつまり下位種の「刃風の吐息」をより強い形で……刃を破壊や防御不可能なほど硬くして……打ち出してくるという意味ではないか? 無論その上で防御にも使える能力であろう。

 

「そんなの吐息の妨害もできそうにないですよ、少なくともうちの連中には無理です」

「だからよ、戦うのは俺とお前だけだ」

「え?」


「普通の騎士や兵が古竜と戦うのは自殺行為だろ、無駄死にさせるわけにはいかねぇ」

「いや、ちょっと待ってください」


「だから皆の仕事は、俺たちの戦いに邪魔もんが入らんようにする事だ」

「あのですね」


「心配すんな、古竜って奴はプライド高いから、人間相手に複数で戦うなんてありえねぇんだと。一体が戦ってる間は傍観するはずだとさ」


 違う違う。そうじゃ、そうじゃない。

 もしやヘーラクレースには脳まで筋肉にする副作用があるのではないか? 



 ── ヨイカ イェンディノ シトヨ コヤツハ モトカラ コウダ ──



 脳裏に低い男性的な声が聞こえた気がする。……確かにラーグリフはヘーラクレースを得る前からこうだったか……。


「………………。いや、確かに、道理ではありますが」


 二人だけで挑む心積もりなら、もっと早く言ってくれよ、と。こちらにも心の準備というものがある。


「せめて他の古竜についての情報はありますか?」

「あることはあるが、まずは一体だ。それで、あの金の奴の魔術や吐息にどう対処するかだが……。」


「なぜ金巌竜から? 今回の目的はもともと吐息による万里長城の破壊阻止にあるはず。ならば、生物向けの攻撃である『金棺の吐息』は、その観点からは脅威度が低いのでは? 優先的に倒すべきは、劫炎竜と雷吠竜でしょう」

「いや。これがまず倒すべきは金の奴なんだわ。あとできれば氷のほうもな」

「何故に?」



「そいつらの仙力が金重瞳(ナクシャトラ)の策の要だからだ」 



「……何故そんなことが?」

「古竜の吐息には魔術で再現できん副次効果がある。それが使えなくなるだけで、奴の策の手間は倍増する。長城をぶち抜かれる可能性も下がるってもんよ」

「ですから何故そんな事が分かったのですか? そもそも策とは一体?」


「うちの聖霊ははっきり言って、頭がいい」


 ???


 ……上官の姿を改めて確認する。


 この真冬に外套もなく、素肌の多くをさらしている。下着の上に王器の腰帯をつけているだけで、ほぼ真裸(マッパ)に近い。


 王器、ヘーラクレースの力を引き出すためには他の武装は少ないほうがいいかららしいが、主にそんな状態を強いる王器聖霊の頭がいいとは、これいかに?

  

 確かに王器聖霊であるからには、太古からの知識はあるのだろう。古竜たちの情報はありがたい限りではある。だが、知識と、頭がいいというのはイコールではあるまい。それともやはり脳や感性まで筋肉にする呪いでも?



 ── フウヒョウカガイモ ヤメヨ …… ワレトテ スキデ コウナノデハ ナイ …… ──



「……まあこの姿だし、加護や能力が、超怪力だの無敵防御だののせいで誤解されやすいんだろうが……こいつはな、こと戦いに関しては機転が利くし知恵が回る。戦闘経験もすげえ豊富でな、適切な助言をくれるんだよ」


 ま、まあ、ラーグリフほどの男がそう言うのならば、そういう事にしておこう……。


「そして何より『ヘーラクレース』は、生前の七勇者たちを知ってる。だから金重瞳とその天王器、『邪眼の魔王(バロール)』の策も想像がつくってわけだ」


 生前の七勇者を! それはまた貴重な情報だ……だがちょっと待て。


 金重瞳(ナクシャトラ)の魔導義眼が、単なる上級魔導具でなく天王器であったなど、伝承にも残っていない。それこそ分かり次第皆と共有しておくべき情報では?


「下手に広めると、それこそ昨日の闇星の爺さんあたりの仕事に影響でそうだからな、相対する奴だけが分かっていればいい」

「……分かりました。とにかく言える事は可能な限りお伝えください、他の古竜についてもです。よろしいですね!?」

「お、おう……」


 

 そして仙力無き者たちによる、幻妖古竜への挑戦が始まる。



 誉れは(かわや)に捨てました。そしてポリープくんチョキチョキ…… 皆さんも健康にはご注意を。



古代遺跡からの出土品について


 ……金属や石ともつかない奇妙な素材の遺物 = セラミックスやシリコン、化合物半導体による記録デバイス類。そして奇妙な図形 = 二次元コードの類、です。


 樹脂系素材の外装や基板、ディスク類は時の重みに耐えられず分解していたり、融解してプラスチグロマレート(プラスチックと周囲環境物が融合し岩石化したもの)になって殆どは文字なども読み取れなくなっています。


 そして電気を喪えばデジタルデータは消え去るのみ。いや、電気があっても脆弱です。はるか後世からすると、21世紀初頭のデータの多くは、存在を確認できないそれこそ大空白時代になるかもしれませんね。たかが十数年前のWeb ページでさえ、電子の海に消えたもののなんと多い事か。


 作中世界の古代文明の記録は、ニンフィアの産まれた時代はメタ・バイオメカトロニクスデバイス……高度な自己復元能力付きの有機機械を主体にしたクラウドネットワークシステムに記録するものでした。実は「人間」もその構成部品の一つであったことが、第154話でちらっと触れられています。


 ネットワークの中枢であった移民船と地上のバックアップ施設群が魔人との戦いで全損したあと、復旧も新造も不可能になり、残ったものもやがて修理・修復の限界を迎え次々に稼働しなくなっていきます。


 そうして大陸側の文明は百年保たず反重力を使う宇宙航行レベルから、19世紀から20世紀レベルの初期半導体〜シリコンデバイス時代にまで退化しました。西のファスファラスでも、21世紀レベルまでいったん低下しています。


 なぜ大陸側はそこから文明の復興や維持がならず、断絶して大空白時代になってしまったのか。それは、技術以上に先立つもの……資源がこの世界には無かったからです。


 当時の大陸側の人類はまだ魔術を使える者は殆どなく……これは魔素という存在にまだ遺伝的に馴染んでおらず、副作用を承知で自発的に取り込み続けない限り体内にとどめておけないなどの制約のためであり、僅かに使える者も魔人や竜人の手先扱いされて狩られたりして、浸透が進みませんでした。


 そしてこの世界は地球ほどには地下資源類がありません。そもそもこの星は老いた死にかけの星を龍脈が延命させている状態です。採りやすい表層付近の資源はもう過去の龍や竜人たちの文明により採りつくされていました。


 竜人は資源を(自分たちの遺体なども含め)魔術でリサイクルすることでSDGsな文明を実現していたのですが、魔術がろくに使えない当時の人類にその手段は取れず。入植初期は深部資源を掘る技術がありましたが、ネットワーク全損でそれも喪われます。


 さらに当時はまだテラフォーミングが完了しておらず(テラフォーミング自体は白龍がやっていますので人類の状況に関係なく進行していました)農業も不安定、食料にも事欠く始末。燃料や電力が無ければ化学肥料を造る事もできません。


 化学肥料無き農業で支えられる人口はたかがしれています。奇跡なく、石油も石炭も原子力も鉄も人口も足りないのでは、いくら多少の科学知識が残っていても、詰んでいます。進歩や復興には維持以上に資源を大量に使うわけで。


 それでも、かなり長い期間を経て、ようやく20世紀後半レベルまで回復してきたころ、今度は生き残り達間の不和により、魔人とは関係なく熱核兵器や生物兵器を伴う大戦が勃発。


 大戦終結後、大陸側の人口は半分以下になり文明は致命傷を受け、今度こそポストアポカリプスな世界になってしまいます。


 そうしてまた長い時が過ぎ、いつしか大陸側の生き残った人口は元の一割未満にまで低下、文明が古代の部族社会や都市国家レベルにまで退化し、言葉や文字なども滅茶苦茶になっていたところ……初代彷徨の魔女のような西の島からやってきた面々や、崑崙で仙人になれなかった道士崩れ組などが主体となって、文明復興が始まります。


 西の島ファスファラスは初期から積極的に魔術や異能を取り入れることで、ある程度の文明を維持できていました。ただし土地の制約(狭い、平地少ない、大冥穴あり)や、生殖能力自体低いという魔人の特性により人口は増えず、そこがボトルネックに。崑崙の場合は元々仙力持ちしか受け入れないので人数的に限界があります。


 この頃になると大陸側の人類も遺伝的に魔素に馴染み、魔術の素質を得ていましたが、魔術の知識は無いため、ごく一部のものが少しだけ使える秘伝扱いになっていました。小鬼(ゴブリン)レベルの魔物との戦いも命がけ。


 そこに西方からの知恵が流入し、魔術が本当は誰もが使える奇跡なのだとして、急速に拡大していきます。まずは大陸西方から、そして少し遅れて東方へ。西方のオストラントが魔術の本場を自称するのは、その辺りの地域から西方の復興が始まったからです。


 東方は道士崩れ組の影響で、旧中華文明を参考にした表意文字や文化が主体になりますが、双仙の介入があり、仙力と魔術の切り離しと、仙力への嫌悪感の醸成も並行して進められることになります。


 魔術がかなり広まり、魔物領域の開拓や資源のリサイクルや深部埋蔵資源の採掘ができるようになって、ようやく人口が増加に転じ、やがて東方ではシュタインダール王国などの大規模国家が複数建国されるようになります。


 なお、シュタインダール王国の建国王は初代彷徨の魔女の孫でした。魔女の魔眼を先祖返りで受け継いだリェンファは、元を辿ればとある代のここの王族に繋がるのですが、帝国建国以前の、しかも非公式な御落胤の血筋なので、父親含め一族の者もその事は知りません。


 こうして古代の記録を少しばかり復活させ、石と紙と魔導具を使って記録を残すようになり、大空白時代が終結……魔術全盛のフォン達の時代を経て、現代にいたる、という感じです。


 魔術衰退以降は再び資源の採掘・リサイクルコストが増大しており、大陸の文明は停滞・衰退傾向にあります。そこを補うものをまだ人々は見つけられていません。


 フレドリックの言う遺物は、シリコンデバイス時代のもので、当時は魔力じゃなく磁気や電荷で記録していたわけですが、作中現代の時点でそれを理解できるのは、西の島上層部や一部の考古学者たちだけです。結局磁気デバイスより紙や石のほうが保ちますし。ああ諸行無常。



天王器、天神器聖霊の知識について


 ……神器聖霊はおよそ自分の由来する神話体系を把握しており、他の神話についても殆どの事を知っています。

 

 一方天王器の聖霊は、自分のモチーフである英雄については把握しているものの、それ以外については限定的で、同じ神話内であっても知らない事があります。そして知っていたとしても、それを人間に語るとは限りません。

 


ヘーラクレースと毒


 ……ギリシア神話のヘーラクレースは怪力無双のイメージが強いですが、普通に策を弄したり他者の力を借りる事もあり、ただの脳筋ではなく知恵も使える全身筋肉マンです。


 そしてヘーラクレースは毒使いでもあります。猛毒の蛇妖ヒュドラを倒して以降、彼の矢はヒュドラ毒塗布状態がデフォルトになります。敵は絶対殺すマンです、怖い。


 そのせいで、うっかり師匠(ケイローン)に矢を誤射した際にも当然ヒュドラ毒が塗られていたため、猛毒に苦しんだ師匠はほどなく昇天してしまいます。訂正、敵以外も絶対殺すマンでした。

 

 そしておおインガオホー。最期の時、ヘーラクレースは知らないうちに、己の毒矢によって倒した敵の血が塗られた服を身につけることになり……血に残っていたヒュドラ毒に冒されます。


 しかしさすがは英雄、生命力が強くて即死はせず……激痛に悶絶し続け、ついには生きながら火葬してくれと友に懇願、実質焼身自殺して果てます。なんと自分すら殺すマンだった……師匠の痛みを己で追体験するあたり、まこと弟子の鑑と言えましょう。


 この逸話のため天王器ヘーラクレースは猛毒生成能力があるくせに毒耐性が低く、特に自分が作った毒が弱点です。また、炎に対しても耐性が低めです。


 天王器系はこうした死因由来の弱点が多く、フィッダの持つアスクレーピオスの防御術が雷を素通しするのも、死因がゼウスの雷撃であるせいです。



聖盾アシーナ

 

 ……いわゆるギリシア神話の女神アテナのこと。アテナはヘーラクレースからすると異母姉にあたります。というかゼウスの子多すぎ問題。


 この世界の天神器アシーナは、革盾(アイギス)の姿をした防衛兵装であり、神器中最大の防御力を持っています。もちろん石化能力(メドゥーサヘッド)持ちです。オストラント王国の国宝であり、国外に出たことはありません。



金棺の吐息 フリギアン・ブレス


 ギリシア神話において、フリギア(現在のトルコ中央部)の王ミダスは、触ったもの全てを黄金に変える能力を豊穣神デュオニュソスに貰い、ひとしきり周囲のものを黄金に変えて喜んだものの……やがて食事や家族すら黄金に変わってしまう事に気が付き、何も食べたり触れなくなり、飢えと絶望の果てに能力を放棄する……という話があります。ルビの名称はそこから。


 この金属化がSWのハ◯・ソロみたいなカーボナイト凍結だと仮死状態になるんで復活できるんですが、金巌竜のはそのまま殺しちゃうやつです。


 そしてただ殺すのではない特徴があります。そこを利用するのがナクシャトラの策……ではあったのですが。


 なお金巌竜の外観は、どこぞの千◯竜セルレギ◯スが翼とは別に前脚もあるタイプになっていて、もっと派手にキラキラしていて二回り大きい、みたいな感じです。



愚者の金 パイライト


 ……黄鉄鉱のこと。硫化鉄の一種で、薄い金色の光沢を持っています。その色のため金と間違えやすいことから、愚者の金とも呼ばれます。

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