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第218話 この野郎、鬼か! ……鬼だったわ

「ちっ……」

『カカッ!』


 轟音を上げてロイと羅刹王は如意棒と拳をぶつけ合っていた。


 その激突は、先程の黒霊皇との撃ち合いに比し大きさこそ小さいものの、速度では明らかに超越していた。暴風のように衝撃波と音が荒れ狂う。


 常人の目には残像すら映るかどうか。小型の竜巻同士がぶつかり合っているかのような激闘だ。


 ただ惜しむらくは、観客の少なさか。羅刹王を恐れる余り、彼らが演ずる人外舞踏の有様を近くで見た者は一握りしかいなかった。


 ──そのためか、後世での金剛夜叉ロイの伝記においても、羅刹王との闘いの過程は余り描写されない。語り手の筆と墨水(インク)の殆どはその決着の部分に費やされている。そこだけは、遠くからでも見えたがゆえだろう。


 ……まあ、これほどの超高速の闘いの如何(いか)なるかを語りうる者など、もとより居なかったのかもしれないが。


『良いぞ貴様ぁ! ヒトでこれほどの戦士は啓示の王の麾下(きか)にも多くはなかった! カカカッ!』


 上機嫌に残像を残しながら拳を振るう羅刹王と十数合打ち合った時点でロイは内心顔をしかめる。


(見た目に反してこいつ……)


 羅刹王の見た目はどう見てもパワータイプだし、実際やっている行動も奇妙な人を破裂させる技を除けば、傍目(はため)からもそう見えるだろう。


 だがロイから見た羅刹王は……。


(とんだ技巧派だなオイ!?)


 轟音を上げ繰り返される激突。一見だけなら昨日の『紅刃』との戦いとも似ている。だが中身は全くの別物だった。


 剛拳、剛脚、超速なのは間違いない。人間の体などまともに喰らえば一発で潰れた番茄(トマト)に変わるだろう、だがどうやってそれを実現しているのかというと。

 

 単純に人間の倍近い巨躯ゆえに素の力もそれなりだが、それ以上に魔術強化が強い。上手い。


 ガチガチの防壁を、瞬間的に生成している。それが攻撃にも防御にも使われる。拳や腕が打撃や防御の瞬間だけ金剛石(ダイアモンド)もかくやの硬度に変わる。


 酷いのは時々障壁が「垂直」に形成されることだ。つまり「刃」になったりする。殴ろうとしたら、そこに「刃」が並んでいたりするし、拳や肘や膝にも生えたりする。


 しかもこの防壁や刃、透明なのだ。かなり注意しないと肉眼では見えない。受動魔力感知は必須だろう。


 そして一枚一枚が紙ほどに薄いくせに、強度的には鋼鉄の大剣より強そうだった。なかなか割れないし、人間の体を骨ごと切断するくらいは簡単にやってのけそう。


 長さも最大でロイの身長くらいの長さにはできるようだ。……見た目と実際の間合いの差が罠過ぎる。これ、存在に気付かないと小手調べのつもりで近付いただけで真っ二つ……いや三つ四つになりかねん。容赦なさすぎんか?


 動きもおかしい。防壁や刃の生成と同時に脚が加速する。加速位置は滑らかに切り替わり、脚から腰に、腰から腕に、腕から拳に、連続的に変動する。


 瞬間的、部分的な身体操作や防壁(刃)生成。超速剛打ながら力任せでない理に適った体重移動……とみせて、時には自然にはあり得ない緩急もつけての幻惑(フェイント)まで……。


 こっちはあれだ。ロイが仙術を身につけるまで頼っていた身体の部分操作、纏勁(てんけい)術の類だ。それを十分な魔力で空恐ろしいほどに洗練させたもの。


 しかも纏勁術と違って、呪文や手振りなどの発動のための予備行動が無い。防壁や刃の生成もだ、どういう理屈なのか……人間の魔術とは色々と違うらしい。


 ただ、いずれも魔法陣の発生はギリ見えるので、一応仙力や仙術でなく魔術ではあるのだろう。


 人間の纏勁術は、基本的には魔力が少ない者が使う苦肉の策だ。なけなしの魔力を可能な限り効率よく使うための、節約に主眼を置いた技術。


『でもこれは、節約のためじゃないですね』


 ヴァリスが解説してくれる。この鬼の魔力はロイの感覚でも莫大だと分かるほどで、節約する必要があるとも思えない。効率を求めてでないなら、何のためか。


『おそらくは対抗魔術(カウンタースペル)、破魔の術対策です』


 纏勁術が弱い複数の魔術の連なりであるのに対し、強力な全身強化術は、一つの術だ。その場合、仮に魔術を打ち消す対抗魔術の対象になったとしたら一発で消えてしまう。


 複数種を重ねがけしていても全部消える。全身強化という奴は対抗魔術的には一括扱いになるらしいのだ……魔法陣がほぼ同じ位置に浮かぶから、そのせいかもしれない(部分強化ならそれぞれ別の位置にできる)


 そして全身強化は強いぶん、解除された時の隙も大きい。だから敢えて分割している、と。理屈としては分からんでもない。


 ……だが、普通は他人の自己強化を打ち消したりはしない。


 もともと自己強化系のような本人が自身にかける術は、魔術的な抵抗力が高く他者からの打ち消しに強い。また、移動する者が纏う術式や魔法陣に直接対抗魔術をかけるのは困難だ。


 そのため常人の対抗魔術は、じっくり時間を掛けてもよい静止物向けか、もしくは術式でなく空間を対象にかけるという方向性になる。


 空間型だと破壊強度と効果範囲が反比例する。人間の頭くらいの範囲ならそれなりの強度になるが、範囲を狭くすれば、当然外れたり回避される確率も上がる。


 そしてただでさえ抵抗力の高い自己強化術を破壊しようとすると、範囲を広げたら強度がガタ落ちになり、術の打ち消しどころか弱体化にすら至らないことも多い。


 さらに破魔の魔術も魔術である以上は、自分自身も破壊対象になる。そんな自己矛盾した代物のため、ほんの一瞬しか効力が持続しない。


 空間的にも時間的にも制約が非常にシビア。範囲を絞って発動させ防御術を消せたとしても、それはその部位、その一瞬だけで、すぐに敵の防御は復活してしまう。


 自分の防御に使う場合も、破魔術で破壊できるのは魔術やそれによる制御であって、魔術で作られた生成物は消えない。


 炎槍などは制御が消えて形を無くすが、(エネルギー)は消えないので大抵その場で爆発するらしい。それが却って危険なこともある。石槍などは制御を失っても慣性でそのまま飛んでくる。


 不可視の精神系攻撃や身体操作などの多くは対抗魔術で消せるが、その場合術の発動位置が自分になり、自分の強化(バフ)も消える。かように瞬間防御術としてもかなり使い所を選ぶ。


 総合的に破魔術は労力に見合う代物とは言えない。だから戦闘でこの術を使う術師は超稀少(へんじん)とされる。


 常人が使える破魔系術では『封魔陣』なら広範囲に効き、強度もそこそこ強く、持続時間もある。だがこれは代償として術師が地獄の激痛で気絶するし、あまりの痛みに心的外傷(トラウマ)を負って廃人化することもあるという。


 そして空間型なので敵味方無差別だし、範囲から逃げられたら意味もない。本人より強い術師相手だと打ち消しまでいかないので、これも滅多に使われない。


 だからこそ、ほぼ無差別に無効化までいく静謐の魔眼や崩仙の力は反則的なのだが……。


『おそらくこの鬼のこれは、普通の対抗魔術が高速に使える存在を想定しています』


 以前戦った蒼天狼(ラグナウルフ)がそうだったように魔物の固有魔術なら。あるいはフィッダがやっていたように聖霊付きの天王器なら。戦闘しながら他者の術式を直接破棄するのも理論上は可能か。


 ……そうしたレア敵対策だと?


『ご自分もそうだということをお忘れですか? 今のご主人様なら魔法陣に鏡像魔素を叩き込めば自己強化であろうと無効化できますよね?』


 確かにそのはずだが……この鬼は動きも切り替えも速すぎるから無理!


『……だから、そういう事ですよ。高速対抗術への対抗策です』


 どんだけ用心深いんだよ!


 折角グリューネと修行して得た魔術破壊技も、このレベルまで洗練された魔術相手には使えない。


 ……固有魔術でない魔術は、『術』だ。生まれつきでなく、後天的に学び、磨くもの。


 こんな糞手間のかかる術を、手間と感じさせないほど自然に超高速で使えるようになるまでに、どれほどの修練を注いだのか? 人間だと覚える前に寿命が尽きそうだ。


 そもそもこいつ、そんなものなくても充分強いだろ。他の上位鬼種とは魔術無しでも充分に対抗できそうだし、全身強化術を解除されても即やられるなんて事はあるまいに、なんでここまで?


 魔法陣も必要最低限にしか浮かんでないし、しっかり隠蔽もされている。以前グリューネに教えられた隠蔽術だ。古いやり方と言っていたが、まさにこの羅刹がやっている。


 これは、そうだと知っていないとまず分かるまい。魔術師らが、羅刹王に対して魔法陣が見えないとか言っていたそうだが、それも原因の一つだろう。


 そして、そんな用心深い身体強化術を使ったうえで仙力も使う。さらには仙術まで同時に使ってきやがるのだ。


 ……王様なんて慢心してなんぼだろ! 他の鬼達とか、殆どが単純な暴力の化身だったのに。そっち系ならまだ対処は楽だった。


『それだからこそ、人間がこの大陸から鬼種を追い出せたんでしょうね。この鬼王みたいなのは鬼種としてもごく一部の例外でしょうから』


 なんでこいつはこうなんだ?


『私の経験上から言わせていただくなら、闘争種族の王や神というものは異常個体でないとやっていられません。武神、闘神、闘鬼……単純な武力もさることながら、それ以上に精神が異質な者たち。飽くなき闘争に淫する執着と狂気が形を持ったような連中です。そういう怪物の魂だけが迷い込む時空の狭間……『修羅道(じごく)』も存在すると聞きます』


 うげー……勘弁してくれ。

 そしてそんな世界に落ちたであろう怪物を再現するな、龍脈よ。


 普通なら鬼の王とかさあ。とにかく異能頼りの不死身の怪物か、もしくは腕力(パワー)耐久(タフネス)を極めた怪力無双で、『術』……武術、魔術、仙術など不要、そんなものを磨くなど、持たざる弱者のやることよ! と侮蔑するような脳髄までの筋肉野郎であるべきだろ(←偏見)


 それが腕力、耐久、戦意だけでなく、慢心もなく、狡猾さ、技術、経験、速さ、全てを備える百戦錬磨って、容赦無さすぎだ。


『これでもまだマシなのでしょうね。これが六大鬼王なる存在だったとすれば、生前はあの邪神同様の亜神級だったはず。今はそこまでの霊力規模はなさそうです』


 生前よりは弱体化しているのかもしれんが……今の規模でも十分ヤバいって!


 まあ武術はまだいい。魔術による強化も何とかなる。せいぜい音速、せいぜい金剛石(ダイアモンド)程度だ。対処できんことはない。


『……その時点で人間辞めてる自覚あります?』


 半分はお前のおかげだが? お前は霊力を通せば金剛石並みの硬さに強化でき、間合いも伸ばせるからな。流石に生身であの拳や「刃」を食らえば、【金剛】すら突破されかねない。


 ただ、間合いに関してはいつもの有利さはない。昨夜のリェンファの助言に従い長さ変更機能は封印しているので。よほど追い詰められるまで使うつもりはない。


 それでも打撃系は何とかできる。問題は仙力、仙術関連だ。物理攻撃と同時に背後や頭上や足元から不可視の霊穿や霊刃を発生させるのやめろっ! 


 ほら今も衝撃刃拳(ソニックブレード)の隙間に霊刃が。衝撃波の時点で見えにくいのにその隣に被せんじゃねえよ!


 つーか衝撃波多すぎデカすぎ。腕の一振りで指の爪から五発が同時に発生するし、一発が十人は巻き込めるくらい広がるし、こんなの下がったら避ける隙間もねえだろ畜生。かといって近づき過ぎると……。


『この衝撃波は【圧潰(コラプス)】か、【活流】( エナジーフロー )に類する近距離圧力ないし流体操作系仙力と思われます。迂闊に懐に飛び込むと気圧変動で肺が破裂しかねません』


 踏み込んで回避できない、だから【維持(リメイン)】による壁を斜めの角度にしてはじく。壁を素通りしてくる霊刃は如意棒で相殺する。めんどくせ!

 

『……対応できるんですよね、なぜか……』


 できなきゃ死ぬからな。


 この衝撃波群は、まとまるとあの巨大な金属塊の魔導聖鎧を数十シャルク(m)後退させたほどの威力がある。防御無しに食らえば人体などひとたまりもない。


 霊撃系攻撃も食らうと、霊鎧ガチガチのロイでさえかすっただけで皮膚が破れかなりの痛みが走った。ただの霊撃じゃない。


 まともに食らったらどうなるか考えたくもないが、霊鎧無しの連中が『花』になってるのは、おそらくこの霊撃と、もう一つの技……謎の仙術のせい。


 仙術のほうはヴァリスの解析によると……リェンファが肉体に痛みを与える術を使えるようになったが、あれの完成形っぽい。すなわち不可視の殺人光線。


 しかもリェンファと違って、不可視光の投射元が羅刹王本体じゃない。『その辺の大地から』突然投射されてくる。


 幸い、発動の直前に奴は大地を強く踏み込むのでタイミングだけは分かるから避けられる。


『……いや、そのりくつもおかしいです』


 幻霞竜との戦いやルミナスとの組手の経験が無かったら、ロイもさっくり『花』になったかもしれん。鬼種の物理戦闘力に加えて、即効性致死毒みたいな手を併用してくるの、油断も隙もなさすぎだろ! この鬼め、武人の誇りみたいなのはないのか!


『どうして避けられるのか理解できないのですが……人間にとっては長波長の不可視帯域ですし、そもそもこっち、発生前に避けてますよね。どうやって感知と反応を……?』


 考えてはいかん、感じるのだ。


 だいたい光や熱ってむっちゃ速いから、発生してからだと【天崩(ヘブンフォール)】起動しないと避けられねぇだろ! だからその前に避ける、当たり前!


『……この世界の竜種や上位鬼種は戦闘用人工生命体の末裔と思われますし、魔力霊力の扱いにも精通しているようで、まだ分かりますが。ご主人様は天然有機生命体のはずなのにおかしいです、そこはご自覚ください』


 護法騎士の連中だってこれくらいは……。


『彼らは肉体面で普通の人間の範疇でしたか?』


 そりゃまああいつらは、分裂したり植物だったり、物理的に人間辞めてたけどさ。


『そこを補うために、ご主人様の体には意識できずとも凄まじい負荷がかかっているはずです。昨夜からの痛みは私の存在だけでなく、そうした無理が積み重なっているせいですよ』


 ……先代の【救世】の使い手だったご先祖様が病死したのも、そんな感じで積み重なった霊気異常の結果らしいからな……。


 だが、今はどうしようもない。使わねば、将来でなく今死ぬ。少しでも工夫して耐えるしかない。


 そう、工夫だ。状況打開のために何ができるか?


 リェンファと同じなら火属性かと思って水の仙術を仕掛けてみたが、防御にはいいいが攻撃にはいまひとつ。


 単純に霊的防御も糞高いのか、ロイが使える水系攻撃仙術が雑魚なのか……たぶん後者。あてにするのはやめておこう。


 殺人光線もさることながら、仙力もヤバい。この野郎の仙力は……。


『少なくとも領域支配型は持っていますね。おそらく【王圏(キングダム)】もしくは【領界(テリトリー)】だと思います。周辺空間の法則支配能力です』


 どういう能力か?


『共通するのは、支配主が許可した奇跡以外は発生や維持コストが増えるということです。発動に余計な魔力や霊力を支払う必要があります。コストの増加幅は支配主の霊力と匙加減によりますが……。そうして上がったコストぶんの魔力や霊力は支配主に吸収されます』


 吸収されるとは?


『王に対する税金、あるいは領土の通行税とでもいいますか。奴の霊力や魔力を回復させることになります。そしてこの『税』は行為に成功しなくても取られちゃうんです』


 支配主が認めない事象は発生しにくくなる、あるいは効果を発揮しないということらしい。例えば許可したもの以外魔術は発動しないか、しても効かない、など。


 そして霊力を注ぎ込めば抗うことはできるが、そも、抗う事自体が相手を回復させてしまうのだ。


 さっきからいくつかの技はやたら霊力消費が重い。【金剛(アダマス)】みたいな物理戦闘力を引き上げる技以外は普段の倍は霊力を使う。


 それもロイの霊的防御力が強いからその程度で済んでいるのであり、そうでないならもっと消費が重くなるらしい。そして霊力を持たない者なら、発動の阻止や無効化、さらには効果の捻じ曲げまで、羅刹王の意のままにされるはずだという。


 さっき黒い魔導聖鎧が必死に色んな攻撃をしてたようだが、魔力はあっても霊力をろくに扱えないため、肝心の攻撃が当たる直前に尽く無効化されていたそうで。


 そして使った魔力は失敗や無効化された場合でも『税』として羅刹王に盗られたらしい。足掻けば足掻くほど、むしろ羅刹王を回復させてたという事になる……救われねえ。


『それ以外は【王圏(キングダム)】であれば、支配主の無法(わがまま)が効きます。使い手は本来あり得ないことがいくつかできる。【領界(テリトリー)】であれば何らかの本来存在しない法則(ルール)がいくつかあり、範囲内に存在する全員に適用されます。これらの中身や数、範囲は使い手によって全然違うので、正直外部から読み解くのは厳しいですね』


 何となく前者な気がするんだよな。今戦ってるこの大地、特に羅刹王の足元は「硬すぎる」


 ロイと接敵するまでは羅刹王の動きに合わせ、盛大に割れたり砂埃が舞ったりしていたようだが、今は殆どない。


 一方でロイの足元はそこまで硬くない。【投錨(アンカーリング)】や【維持(リメイン)】などを併用しないと普通に反動に耐えかねて足首が沈む。


 パワーより速度が必要なロイとの戦闘において、大地が安定しないのは邪魔になる。その羅刹王の意に奴の足元の世界が合わせたとすれば、前者なのではないか。


 ……というわけで大地が俺の味方でないのなら、こちらは空を駆けて上から……んん!? 


『カカっ!』


 この野郎! 普通にてめぇも空を飛ぶんじゃねえよ、鬼か! ……鬼だったわ。


『これができるなら【圧潰】でなく【活流】のほうですね。この仙力は攻撃よりむしろ自分の周辺に使用しての空中・水中を問わない三次元高速移動が本命です。外部に衝撃波を生成するのこそ、相当に慣れていないと自爆します』


 つまりこいつは相当に慣れている、と。そしてこいつがさくっと音速超えてくるの、自分の周りの空気を操作してるからか。

  

 ガンガンガガン! ドーン、ドドドン!!


 ……空中で殴り合うことしばし。少しは空中戦のほうがマシか? お互いに踏ん張りが浅くなるぶん、少しばかり打撃の威力が落ちるのと、謎の殺人技が少し避けやすくなる。


 発生が遅く、だが光速で見てから回避ができない暗殺光線。発生が速いが霊気が移動してくる……感覚的には矢くらいの速さで……回避や相殺が可能な霊撃系、この二種類の生体破壊攻撃。


『後者はおそらく【活流】を何らかのかたちで他人の体内で発動させて、血液を操って肉体を心臓ごと爆裂させているものと思います……現象としては【活流】や【血鎖】などの流体制御能力者が、能力制御に失敗して自壊する際のそれに似ていますので』 


 慣れてないとそっちの意味でも自爆するのか。


『ただ、本来自分の体液か、極至近距離の命無き流体しか制御できないはずものを、どうやって射程延長し敵性生命に適用しているのかは不明です』


 理屈はよく分からんが、とにかく食らったらまずいのは分かった。


 羅刹王はこれらを自在に使い分けて人間を花に変えているが、大地から離れると、向こうとしても工夫が要るようだ。


 謎光線も謎霊撃も、どうも大地から放つには羅刹王が直前に大地に向けて霊力を注ぐ必要があるらしい。さっきまでは大地を踏み込む際にそうしていたようだが、地に足がついてないと、霊撃が飛んでいくのが丸わかりだ。これなら避けやすい。


 おそらく奴の仙力は大地が鍵になっている。地表が範囲の起点になっているようだ。そのぶん空中のほうが戦闘自体は楽だ。しかしお互いに決め手に欠ける。


 そして物理戦闘補助扱いじゃないのか、【投錨】の霊力消費が重いのでいつまでもは無理。くそ、早々に降りるしかないか。


 まあいいとりあえずは地上でも避けられるし、当たらなければどうということはない。


『だから、避けられるのがおかしいんですが……』


 それで、この糞ったれの『税』をとられないようにするには? こっちの消費が重くなり、相手が常時回復し続けているなら、ジリ貧だ。勝てるものも勝てない。


『これを踏み倒すやり方は主に三つ。一つは『税』をむしろ差し出し続けて霊力容量の限界を超えさせて破裂(パンク)させる事。うまく行けば能力だけでなく相手の心身も破壊できます』


 それ、その過程ではむしろ向こうが元気になって、向こうが破裂する前にこっちが耐えられなくなるやつじゃねえの?

 

『次は単純に相手の想定を超えること。相手が制限していない手法を見つけ出すか、制限対象でも対応できない規模で踏み破ればよい。上位仙力と言えど無限に制限できる、なんて事はないですからね。どこかに限界はあります』


 そりゃ無限じゃないだろうが、あの魔導聖鎧の規模でも話にならなかったっぽいしな……。こいつ人生、じゃない鬼生経験も俺より上だろうから、隙も少なそうだ。


 ……神仙術ならこいつの想定を超える可能性はある。だが、悠長に霊方陣を紡ぐ余裕をこいつが与えてくれるかどうか。


『最後は領域の上書き。【傲慢】の担い手であるご主人様はこれがお勧めです』


 あー。あの邪神の混乱空間を塗り替えたときみたいな?


『そうなりますね。霊子の相補性を利用して観測を押し付け、同時に複数の側面を成立させないようにして権能の発現を抑え込むことが……』


 いや細かい理屈とかどうでもいいから。どうせ俺には分からんから。


『……ただ、気になるのは』


 何が問題だ?


『魔導聖鎧を仕留めた時や、ニンフィアさんの攻撃を避けた時、何をやったのかが分かりません。何らかの魔術を使ったのは分かりますが……』


 まだ切り札を隠し持っているわけか。


 くそったれ。今日は朝から本当に忙しかったのに、一息つく間をなくこれだ。やる事が……やる事が多過ぎる!


 ………さっきまで何をやっていたかというと。


 今朝、予定通りに早起きし、上層部に指示を仰ぐ際に……ロイについては昨夜如意棒の使いすぎで霊力回路に異常が生じたということで、しばらくの間は如意棒無しで戦ってみようとなった。


 だが持っていれば使ってしまう。そのためにシャノン千卒長に相談したところ、カーン上千卒長に預けることになった。ロイ達としても本陣に如意棒(ヴァリス)がいれば、そこに入ってくる戦場全体の情報を盗み聞く事ができるので都合も良い。


 そうして如意棒を渡したところ、ついでに命令を受けた。


「君達にはまず、戦場に点在している黒い鱗の魔性を撃破してもらいたい」


 しわくちゃ顔の老将が直接ロイたちに命じてきた。


 カーン上千卒長。現在は予備役のところを昨日駆けつけてきた老将だ。現役の頃は北方や西方の国境にも派遣された歴戦の将で、最終的には畿内筆頭将軍に上り詰めた人だという。引退後は士官学校で教官をしていたとの事だがロイはよく知らない。レダは感激していた。


「業魔なる黒鱗の敵は剣にも魔術にも高い耐性を持ち、無理やり叩き潰すには少なくとも数十回以上倒さねばならん。だが君達仙力使いなら素早く倒す手段があるのだろう?」


「はい……」

「何か疑問がありそうだね?」


「いえ、その……」

「遠慮は要らんよ」

「……業魔を倒すだけなら、王器でも倒せるかと存じますが、何故我々に?」


「うむ。畿内方面軍の王器使い達は昨日大きな被害を受けてね。無論、代理の使い手は用意したが、いきなり使いこなせるかは分からん。……そもそも元の使い手達も使いこなせていたか怪しいが」


 それ、言っちゃっていいことなの?


「計算できる王器使いは、昨夜駆けつけてくれた北と東の七剣星たちしかおらんが、彼らはそれぞれ手勢を率いておる。となると、各所に散らばった敵への遊撃よりも、これと分かっている強敵にぶつけたいのだ」


 分かっている強敵……つまりは『紅刃』夫妻や、後ろの古竜たちか。部隊としてそちらにぶつける、と。


 一方、仙力使いはたった十人のみ。布陣の隙間をぬぐい、敵に紛れている業魔を倒すには、そうした少人数のほうが都合が良い、というのは分からんでもない。


 ……仮に味方側の攻撃に巻き込まれたとしても、後ろ盾がこの戦場にいない今の俺たちなら、どうにでも揉み消せる、というのもあるだろう。政治的立場が低いのは辛いね。


「今のままでは、万一星落としがうまくいったとしても、数十の業魔型幻妖は生き残り、そこから敵勢が復活しかねん」


 その危険性は分かる。業魔型幻妖を殲滅しておかないと、全てが徒労になりかねない。


 しかし星落としの成功が万一って……それを将たる人が言うのはどうなの? 万に九九九九は期待してないって事にならん?


「そんなわけでな、君達にはまず可能な限り業魔型の敵を見つけ出し、打ち倒して欲しい。他の敵はこの際無視して構わん」


「『紅刃』や竜、大鬼らの他の大物が襲ってきても?」


「そうだ。まずは業魔どもが優先だ。基本的には他の敵に対しては転進せよ。……新たな命令を出す際には、私のいるところに旗を掲げるゆえ、私がやられる前に帰還してもらえると有り難いね」


 もとより斬首作戦を具申するつもりであったので、この命令に否やはなかった。


 そうして業魔を倒すために、先輩達の班とロイ達の班がそれぞれ別々の区域を担当し、業魔狩りを始めたのだが……これがなかなか、一筋縄ではいかなかったのである。


 そしてそれは、昨日までの畿内方面軍のやらかしのせいだった……。


 普段執筆は仕事や家庭の仕事終わった夜遅くにやってるわけですが、ここしばらく、体の疲労が取れず、夜とりあえずで布団に入ったら気がついたら朝……な感じになってしまい、全然進まんとです。

 認めたくないものだな、加齢による衰えというものは……。


 破魔術については、前作の第九話に使い手が出てきます。ただ前作は語り手も変人(特に心理的体感時間認識が異常)のため、使い手の変態っぷりの描写が相対的に薄まっているかもです。語り手にとっての普通が世間の普通と乖離している系問題。

 前作も一部表現の修正とかやりたいのですが、どうも時間が作れまへん……。あと最近四十肩が痛くて気が散る、おのれ。

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