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第215話 万夫の不当なるもの


巨神(コロッサス)? 法典(コデックス)? 聞いたことがありませんな」


「魔術師団の秘儀だね。筆頭将軍だったファ君なら知っていただろうが、連中の切り札はまだいくつかあるんだ。この二つは起動に専用の部品や魔導具が必要だから、同じ秘儀でも昨日の『炮神(ラーヴァ・)炎蛇(サーペント)』みたいに敵が使うことはないだろう。フォン君(=紫微垣魔術師団長、郡侯爵)の性格からすれば、おそらく必要機材を秘密裏に『万里長城(グレートウォール)』の中に隠してあるはずだ、だから盗まれてもいないだろう。真の切り札は手元にもっておきたいだろうからね」


「……フォンの奴め。何か戦局を変えられそうな手があるなら、少なくとも存在くらいは教えてもらいたい所ですな。ただでさえ不手際ばかりだというに」


 ここの所、魔術師団の失態は目に余る。秘密主義もさることながら、敵の呪詛にやられた輩が何百人もいたとか、資材を倉庫が空になるほど盗まれるとか、いずれも前代未聞の不祥事だ、勘弁してほしい。


 こと資材盗難については連絡自体もこちらに来たのは夜半過ぎになってからだった。おかげでこちらから仕掛けるはずが動き出しが遅れ、敵に機先を制されるはめになった。今も資材不足で火力が足りない。


 いくら敵自体が前例のない怪物であるとはいえ……咎めだてしている余裕などないから先送りしているが、今後は魔導院と魔術師団については根本的な改革が必要だ。


 ……そもそも、何故こんな体制になっているのか。


 本来魔術師は相当数が軍に所属すべき、という考えが方面軍側には根強く存在する。軍としての総合的打撃力を考えると、そちらのほうが理に適っているはず。


 実際、ラベンドラやオストラントなど他の大国ではそうなっていると聞く。普通の国では、優秀な魔術師は軍にこそ行くもの、そのはずだ。


 それなのに帝国では専業魔術師の大半が軍と別組織に所属していて、非常事でも軍の指揮に必ずしも従わない。最上層であり名誉職でもある宮廷魔術師達だけならまだ分かるが、主力である甲乙の魔導師までもがそうなのだ。


 これは帝国独自の内部事情によるものだった。


 まず、高祖が敢えて軍とは別に魔術師団を作り、自ら指揮して戦果をあげたという史実。高祖は当時としては革新的に、高度に分業化した軍組織を作り、それぞれを本人の天才的閃きで運用した。


 そして高祖の戦術構想では、強力な魔術師は歩兵や騎兵とは明確に別扱いになっていたのだ。


 次に、帝国が拡大していく過程で、社会インフラの整備に魔術師団が動員されたこと。大規模魔術は敵兵を打ち倒す事以上に、それぞれの戦後に旧敵の築いた街や城を更地に変えることに使われ、その後の市街建設や街道構築、農地開墾にも威力を発揮した。


 そして何より、軍に強力な魔術師が増える事で、制御できなくなることを恐れた兵部省ほか官僚たちの思惑があった。


 法統派も軍と魔術師団が一体化することを恐れ、むしろ魔術師団が軍の楔になる事を期待した。


 今の微妙な関係はそれらが組み合わさった結果だ。


 そう、魔術師団の強力な魔術は、外敵向けだけでなく内向けでもあった。だから今回のような非常事態にあっても、軍と完全に一体化することなく、一定の裁量と拒否権を有したままなのである。


 魔術衰退前、魔導省があった頃の魔導官吏や師団側の魔術師たちがいかに傲慢だったか、シュミッツはよく覚えている。かつての高位魔導師たちは兵士たちを賤業と(さげす)んで(はばか)らなかった。


 それでもあの頃は誰でも多少は魔術を使えたし、素質が低めでもそれなりに実用的な攻撃魔術や身体強化術が使えたから、大きな問題にならなかった。ろくに体も鍛えぬ頭でっかちが偉そうに、と余裕を持って言えた。


 どうせ軍が魔術師団の力を借りるのは儀式魔術が必要な大型案件だけで、滅多に顔を合わせる事もなかった。そうであれば軋轢(あつれき)も少ないし、軍も魔術の素質をそこまで求めなかった。質を数で補えたから。


 しかし今や、実用的な魔術を使えるのは師団にいるような高い素質を持つ連中だけだ。軍にいる魔力持ちは殆どが小粒で、仕方なく支援兵種として運用している。


 しかし魔術師団にいるような甲乙の魔導師が軍にいれば、別のやり方もできるはず。


 魔術衰退によって全ての前提が変わってしまったのだから、あの時に魔術師団の在り方も変わるべきでなかったか? 仮に独自性を維持するにしても、儀式魔術にこだわり続けるのは本当に正しい方向性だったのか?


 確かに衰退した魔術がいずれ復活し、元に戻るのでは、という希望もないわけではない。しかしその希望も年々(しぼ)むばかりだ。もう諦める時だろう。


 今回の戦いに参加している師団員らの動きを見ると、軍や仲間との連携がなっていないし、術の選択も状況に合わない不適切なものが多い。


 もちろん個々の魔術の発動は上手い、そこは優秀なのだろうが、魔術の活かし方が下手だ。何かにつけ防御よりで一歩踏み出す勇気がない。そして攻撃となると過剰な火力を選択し、魔力と消耗品を使い過ぎる。明らかに戦闘経験が足りない。


 十五年ほど前だったか、魔術衰退の混乱の責任を問われて魔導省が解体され、魔導院と理導院に分裂、前者は兵部省下に、後者は文部省下となった。……しかしこの時、実質的な下部組織である各魔術師団に対しては、殆ど手が入らなかった。


 あの時に魔術師団も一度解体して作り直し、軍事と民事ではっきりと分かれるべきだったのではないか。そして軍事側はもっと軍と一体化すべきだった、とシュミッツとしては思うのだが。


 半端に民事側の仕事もできるようにしたものだから普段はそちらに流れてしまい、いざ軍事向けに全力を出そうとしても半端になってしまっている。


 軍人家系の貴族の一員として、戦のない中にあっても厳しい訓練を続ける生涯を送ってきたシュミッツとしては、ろくに運動もしていなさそうな彼らのへっぴり腰具合が気に入らない。


「フォン君には切り札を明らかにする気も、使う勇気もないよ、彼は例え霊薬(エリクサー)が手元にあっても結局死蔵し使わないままうっかり事故死するタイプだね。安心感のためだけに無駄に手元に欲しがるが……そういう男だ。平時はそれでもいいが、有事の者じゃない。まあジュゲアのバカ息子のように思い込みと自信が過剰なのも困るがね」

「手厳しいですな」


「もう言葉を飾る段階じゃない。バカ息子やアホ尚書など、もう余計な事をしないでくれるだけでいいのだが、昨日の有様じゃそうもいかないんだろう?」

「……」


 シュミッツも、昨日光禄大夫が、この状態で皇帝と事を構えるつもりだ、と暗に告げた事には呆れかえる思いであった。後ろで事を起こす余裕があるならせめて肉壁にでもなれ、とすら思う。


 しかしそのことを口に出さない程度には彼は現役であり、武統派であった。名門出身かつ半引退状態で、跡取りも軍所属ではないカーンとは違う。壁に耳あり、陰に目あり。今もどこで誰が聞いているか分からないのだから。


「魔術師団の秘儀について、僕の知るぶんは今教えよう。慣例としては筆頭将軍だけの機密だが、致し方ない。情報共有をどうするかは今後の課題だね。今後があれば、だが」


 そうしてカーンはシュミッツに、己の知る魔術師団の秘儀について説明する。慣例破り? 抱えたまま討死するよりはマシだろう。生きていれば後で罰でも何でもするがいい。


「……まあ、これらも所詮は当代の人の技だ。あの太古の怪物らにどこまで効くかは分からんが……神器イルダーナハはやっぱり持ち出せないのかい?」

「承認はおりていませんな」


 持ち出すどころか、むしろ封印されているが、その事は彼らには知らされていない。


「仕方ないね、この老骨の命で足りればいいんだが」


 そうこうするうちに、即席の土塁自体が灼熱に溶かされ、あるいは吹き飛ばされて突破されていく。


 せっかく指示を飛ばしても、もはや実行する練度がなく、士気もなかったのだ。癖を見抜き伝えても、充分な効果をあげられない。多少歩みが遅くなった、その程度だ。


 シュミッツ将軍はやむを得ず、少しでも対抗できるはずの戦力を投入する。


「使用を許可する、奴らをここで食い止めろ!」


 ・

 ・

 ・


 ゴウゥ!!


 ゆっくりと、だが確実に万里長城目掛けて進行してきた上位鬼たち。そこに紫電を纏い、轟音と共に飛来してくるものがあった。


『Iluoaaa!!』


 夜叉鬼は己の精霊へ呼びかけ、『矢返し』の反転陣を構築、飛来するものを跳ね返そうとする。


 彼の契約精霊──これも幻妖としての再現体だが、実力は実物と変わらない──は、西の島では『颶風姫(レディ・テンペスト)』と呼ばれる存在、空属性の上位精霊の一角だ。半透明の小さな影として、夜叉鬼の背後に浮かんでいる。


 精霊は基本的には常人には不可視の魔力の塊だが、上位精霊であればこうした半透明の姿もとれるし、さらには実体化も可能だ。この颶風姫の場合、半透明時や実体化時の姿は竜翼持つ夜叉鬼の幼女であった。


 精霊の姿は契約主に由来する事も多い。星の循環を司る彼らの顕現は一定の「型」はあるが、ある程度は任意に変えられる。実体化もあくまで魔力による仮初めに過ぎない。


 ……例外は常設の肉体を持つ精霊王だけだ、彼らはむしろ透明化のほうに魔力を必要とする。


 颶風姫の姿の「型」は、翼持つヒューマノイド、嵐を統べる少女。仮に人間が契約主ならば背に翼ある人の娘の姿をとるだろう。


 そして空属性が司るのは、風、転換、変化の力。物理的には圧力変化による風や、運動ベクトルの組換え、物質の別形態への相変化として現れる。


 最も単純な顕現は吹き荒れる強風、あるいは波浪。圧力変化由来の物体制御である。攻撃を逸らしたり反転させたりも得意とする。


 使い手が鬼種であり、さして科学の知識がなくとも、風や波、音などならば感覚として十分に使いこなせる。


 ことに上位精霊である颶風姫の繰り出す暴風結界は強力無比。ただの風であるわけもなく、殆どの遠距離攻撃はベクトルを分解されてその場で爆発や落下し、吹き散らされて消え失せる。人の技による投擲物で貫ける道理無し……そのはずが。


 ズバァッ! ドンッ!


『Gu!?』

『GAAAAA!!』


 紫電纏うもの……鋭い(やじり)持つ矢は、精霊の風壁を貫いて最前線に立つ大鬼の肩に直撃した。そして大鬼の肩は爆ぜ、左腕がもげ落ちた。


『Gu! Nuuuoo……』


 さすがの大鬼も膝をつき苦痛に呻く。巨妖鬼ならばここからでも腕ごと再生するが、大鬼ではせいぜい出血がすぐに止まる程度。


 シュッ! 


 そこに二の矢が襲いかかる。


 ザンッ!


 阿修羅が切り払って事なきを得たが、矢を斬った瞬間、反動を受け剣の軌道は大きくブレる。さらに剣身は歪み、酷い刃(こぼ)れを起こしていた。


 緋髪の羅刹が呟く。


『王器か』


 そこに三の矢が羅刹めがけ放たれる。射手の殺意、それはけして風に流れない矢となって、それまで届かなかったところに……。


『ふん』


 羅刹が軽く腕を振る。


 裏拳のように放たれた拳は、紫電の矢をまるで紙飛行機か何かであるかようにあっさりとたたき落とした。


 そして次の瞬間、矢のこじ開けた一瞬の穴から、暴風の結界は切り裂かれて大きな亀裂が走る。


 そしてそこから蒼い燐光を帯びた長剣を持った騎士と、無骨ながらやはり金色の燐光を纏った短槍を持つ騎士が飛び込んできた。


『Gluoo!!』


 傷ついた大鬼に代わり、巨妖鬼が前に出て騎士たちを迎え撃つ。


 ブゥン!!


 人外の力と速さで襲いかかる金棒を、騎士たちはやはり人外の速度でかわす。


『Gau?』


 騎士たちは外部の魔導師の手によって、高度な加速術を付与されていた。短時間しか保たず体への負荷も大きいが、その間だけなら上位鬼種たちの速度を上回る。そして。


 斬!!


 騎士の長剣が、巨妖鬼の右肘に走り……

そのまま一撃にて切り落とした。


『OGAAArr……!!』


 しかし巨妖鬼にとって、腕の1本程度の損傷は即座に再生……。


 いや。再生しない。


『GaAA!?』


「見たか化物め、我らを舐めるな!」


 長剣を振るった騎士が吠えた。


 巨妖鬼の再生は、あくまで治癒の類だ。蘇生ではない。


 ゆえに殺されれば(・・・・・)治らない。


 刎頸剣(ヴォーパルソード)……『即死』の力を持つ魔剣が、傷口を『殺し』て再生を封じたのだ。


 この剣は……正確に言えば剣と見なされている王器は、強力な即死効果を持っている。多少なりと傷を付けられれば即死の呪いがかかる。


 即死の成功率は余り高くはないが、うまくいけば大物でも殺せるし、繰り返し傷つければその都度判定が入る。即死が全て抵抗されたとしても、傷口を『殺す』効果もあり、単純な治癒や再生を許さない。


 この剣で付けられた傷を治す方法は3つ。1つ目は元々王器の干渉自体を弾くだけの圧倒的な対魔防御。2つ目は呪詛の解呪を含む高度な魔術的治療。


 前者はそれこそ王器級の護りでもないと厳しい。後者も非常に面倒で、戦いながらではまず不可能だ。


 そしてどちらもできない巨妖鬼は、本能的に3つ目を選択した。


『GAO!!』


 グシャァ!!


 傷口を自ら握り潰し、剣に呪われた創傷面をもぎ取り、再生を再開させた。……だが、このやり方は完全ではない。


『FUuuuu……』


 呪われた血が既に体を巡っていた。再生はするものの、その速度は従来より明らかに遅く、非常にゆっくりだ。


 さらに金色に淡く光る点鋼槍を持った騎士が傷ついた巨妖鬼に襲いかかる。


「はっ!」

『VaAA!!』

『……Gya……!!』

 

 巨妖鬼が無事な方の腕で棍棒を無理やり動かし弾く……と見えたところで、騎士は槍の軌道を変え、うずくまっていた大鬼の背に一撃を加えた。


 大鬼はそのまま倒れ……ほどなく白煙と化した。その白煙を、放たれた紫電の矢が吹き散らす。


 この点鋼槍は素の状態で強力な防御貫通の力を持つ。いかに強力な鬼種の皮膚であろうと、さらには業魔の黒き鱗であろうと、この槍の穂先にとっては薄紙と大差ない。


 背後の弓、即ち竜舌弓による矢や、この点鋼槍で防御を貫いたところに刎頸剣で傷を付ければ相手は確率で……だいたい一撃につき1割ほどで死亡する。数合で倒しきれずとも傷を癒せなくなれば、いずれは討ち取れる。


 それぞれの王器は、昨日までとは違う者が持っている。前任の者たちが倒されたがために。


 だが侮るなかれ、代わりに選ばれた使い手たちもまた、一流の技量もつ騎士たちだ。


「おらぁ!!」

『Ga……ma……』


 刎頚剣が煌めき、大鬼に続いて巨妖鬼が白煙と化す。そして騎士たちの背後から火炎の術がとび白煙を焼却した。


 3人の王器使いと、彼らをバックアップする騎士や魔術師たちの援護。現在の畿内方面軍において、仙力使いや七剣星を除けば最大の戦力が、鬼たちの侵攻を止める。


『汝ラ、(セン)ノ風ニ溶ケヨ』


 夜叉鬼、そして颶風姫が呪印を組み大技を放った。人体など大空を吹き渡る血煙と化さしめ、墓にいれるべき骨片すら分からなくなるほどの螺旋の暴風が王器使い達に襲いかかる。


 さらに暴風を追いかけて阿修羅が疾走し、不遜なる猿どもを破壊せんと──。


「だから、舐めるな!」


『地王器・竜舌弓・定常駆動・構成『飛将猛進』』

『地王器・刎頸剣・定常駆動・構成『幻獣斬波』』

『地王器・点鋼槍・定常駆動・構成『獨角点穴』』


 三王器の技が発動し、暴風を相殺し、押し返す。


『!』


 さらに矢は阿修羅の体を穿ち、夜叉鬼にまで迫る。


『GoA!!』


 阿修羅は腕のうち二本を斬られ、脇腹に矢を受け半ばをもっていかれ、倒れながらも……騎士らに一つ、いや三太刀以上を浴びせたが、それらは騎士たちが大量に身に付けていた呪符と防御術を削るに留まり、血肉を抉るには至らず。


 白煙になりつつある阿修羅を尻目に、点鋼槍持つ騎士が、盾になろうとした颶風姫とその結界ごと夜叉鬼を貫いた。王器なればこそできる精霊ごとの、無理やりの貫通攻撃。


 そこに背後の軍から遠距離魔術が投射され、屍を焼却する。


『Ohg……』


 こうして大鬼、巨妖鬼、阿修羅、夜叉鬼が討たれ、上位鬼種たちの集団は半減した。


「お、おおっ」

「さすがっ」


 王器の使い手たちらによる大戦果をみた周辺の兵たちから歓声が上がった。構えた盾の後ろから騎士たちに声を送る。


「いける! いけるぞ!」

「頼んだぞ!」

「ぶっ殺せ!!」


 そうとも、昨日ゴルスレンら王器使いらが遅れをとったのは、卑劣な計略に魔導師や大陰の者が惑わされて不意をつかれ、護りが失われていただけのこと。


 それらさえ万全ならば、王器の攻撃は上位鬼種にすら充分に通じる。あの奇妙な仙力使いに頼らずとも勝てる、勝てるのだ!


 もはや夜叉鬼の風の結界もない、人々の魔術も通る。それなら負ける道理もない。



「そうとも、恐れるに足らず!」

「さあ、残りの鬼どももこの槍の錆に変えてやるとしよう……!」


 剣と槍を持つ騎士たちが勝利の興奮のままに気炎をあげ、声援を背に意気揚々と疾駆する。


 王器があれば相手が伝説の化け物どもであろうと互角以上に戦える。魔術師団と力を合わせ、全力での護りを受けられば、簡単にやられることもない──



 そんな、夢を見た。



『──ふっ』


 かつて破幻の槍を業魔に叩き込んだ魔導師たちも、そうであったように。


 人の見る夢とは(はかな)い。


 緋髪の羅刹が、迫りくる騎士と、紫電の矢を見ながら、面白くなさそうにため息を一つ吐き。


  Pachin!


 指を鳴らした。



 ざしゅ



 乾いた、小さな音と共に、羅刹に迫ろうとした点鋼槍の騎士の首は宙を舞った。


「え?」


  Pachin!


 パンッ


 刎頚剣の騎士は、縦に裂けた。


「ひぎっ」


  Pachin!


 ずるり


 竜舌弓を構えた騎士の上半身は、斜めにズレて、下半身から滑り落ちた。


 三を数える間に、王器を与えられた騎士たちは、物言わぬ骸と化した。


「……え……?」

「あ……」

「ば、ばか、な……」


 あまりに呆気ない騎士たちの死に、周囲の者たちが絶句する。


 何だ。何が、あった? 何が、どうやって彼らを殺した!?


 何重にも重ねがけしたはずの魔術防御が、他の上位鬼種の攻撃を弾いていたそれらが、緋髪の鬼の何らかの見えざる技により、正面からあっさりと貫かれていた。



『やはり(ぬる)い。三人とも、この程度もかわせぬか。昨日それらを持っていた連中よりもさらに下だな』



 確かにその通りだ、今の騎士たちは元々、ゴルスレンらほどの実績はなかった。それでも今の帝国軍では指折りと見なされた者たちではあった。だからこそ、王器を託されたというのに。


 そして人々はようやく気づく。この緋髪の鬼が、人の言葉を話していることに。ただの怪物、ただの魔物ではあり得ない。


 東方の昔語りにおいて、人語を聞き取る魔物は珍しくない。しかし聞くだけでなく話せる魔物は極めて希少だ。そしてそのような存在は、例外なく勇者、英雄の相手である。逆に言えば。


 勇者ならざる者は、その魔物の糧でしかない。


 そして魔導師であればさらに、この巨鬼が解放しはじめた途轍もない魔力にも気がついてしまう。


 状況を理解した人々の顔に広がる色。


「あ………」


 その名を、絶望という。


 それは希望が失われることで現れる。

 あるいは希望の夢なるに気付いた事で現れる。

 そして喪失の落差にてより深まる。


 足がすくみ、動けない。声を出そうにも喉が動かない。巨鬼が発し始めた魔力と恐怖が、絶望が、物理的な重さとなって人々を凍らせていく。



『せっかくの王器も、只人(ただびと)が持つようでは宝の持ち腐れよ。あれはやはり、一角(ひとかど)の勇士が持たねば意味がない。ほかにまともな者はおらんのか?』



 緋髪の巨鬼が歩みを進める。


 生き残った他の鬼たちが、先ほどとは逆に、(うやうや)しく巨鬼に付き従う。


 

『例えば昨日の小僧や戦士のような……ふむ、この辺りにはおらぬか。まあ致し方ない』



 ──人よ、見よ。


 ここに羅刹の王在り。

 万夫の不当なるもの在り。

 終末の鬼兵を率いるもの在り。


 彼こそは星の意を告げる者なり。

 彼こそは審判をくだす者なり。

 彼こそは星罰の代行者なり。


 彼は動きだす。


『よい。ならば我も少しばかり為すべきを為すとしよう、さすれば魂輝かせる勇士も、我が前に現れようて』


 彼は告げる。

 愚かにも過去を忘れた人間たちに。


『ヒトどもに告ぐ。我が名はヴェルルグルカーン。六大の鬼王が一、羅刹の王なり。我は龍脈の嘆きによりこの地に再臨せん』


 古の恐怖を刻みつけるために。

 己の分を分からせるために。

 命の儚さを教えるために。

 星の苦痛を癒すために。


『ゆえに捧げよ、魂を。今宵は星霊の──』



 ──後世、羅刹王猖獗(しょうけつ)獄として語られる悪夢の血宴が、ここに幕を開けた。



 ちょっと更新が遅くなってすいません。


 この二月ほど、杉花粉が襲ってきたり家族の入退院があったり檜花粉が襲ってきたり黄砂が飛んできたり短納期仕事が入ってきたり虫歯が悪化したり杉を拾って育てたりラ級が先制雷撃してきたり榧を掘ったりしまね丸を掘ったり新人が入ってきての対応などで、書くのに回す余裕と気力がありませんでした。


 当面しばらく忙しいままですが、何とか書く時間を捻出していきたいと思います……。



颶風 …… ぐふう。大きな嵐、暴風、あるいは台風などのこと。



各王器について ……… 第184話後書き参照、今回の騎士たちは仮の主に過ぎず、全然使いこなせていません。



羅刹王の技 ……… 何かを飛ばしているわけではないです。指ぱっちんしてはいますが、その必要があるわけではないです。まあこれはその、横山光輝先生リスペクトで。



万夫不当 …… 万人にとって不適切なNG存在 ……ではなく、この不当は「当たらず」 その意味は太刀打ちできない、ということ。万の兵をもってしても勝てない豪傑を指します。


 由来は李白の蜀道難という、中国南西部の蜀国の道の険しさを歌った古詩の一節にあります。山道の険しさ、細さを、ここは一人の豪傑が守るだけで万の兵でも通れないほどだ、と例えている詩です。そこから転じて逆に、険しき山のように強い、万の兵を阻めるほどの豪傑を、万夫不当と呼ぶ使い方が生まれました。



猖獗 …… 「(しょう)」と「(けつ)」はどちらも「猛烈」「荒れる」「暴れ狂う」といった意味を表す言葉で、重ねて言うことでとてつもなく酷く悪い有様を指します。


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