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第214話 魔術師団の誤算

今回も実質的に幕間です……あれぇ?


それもこれもきっとあれだ、杉花粉が悪さをし始めたからだ、そうに違いない(違)

ロイたちの出番は今しばらくお待ちを


「はっ速いっ」

「あの図体でこれかっ」

「一斉射撃で止めろっ」

「撃てぇっ!」

「やったか!?」

「効いてなっ」

「ぐぁあっ!」


 その日は、まだ太陽が地平から出てこない暁の頃から、干戈(かんか)を交える音、矢羽が風をきる音、大規模魔術の破壊音、魔導大砲の砲音、そして怒号と悲鳴が戦場を覆っていた。


 帝国軍が手筈通り暁闇(ぎょうあん)の中から仕掛けようとしたところ、逆に幻妖の軍勢が兵力を集中、圧力を強め、中央突破を仕掛けてきたのだ。


 一晩たって魔力が回復したのか、敵陣の後方から攻撃型儀式魔術も投射されてきた。


 人間側の軍勢も攻勢に対応するが、主力である紫微垣魔術師団の反応は鈍かった。何とか防御はできる、しかし反撃まで至らない。攻撃はせいぜい魔術強化された矢や魔導大砲くらいで、それも散発的だ。


 これは、単純な魔力や戦術の問題でなかった。


「第二攻符を20、第四攻符を10追加! 至急!」

「第二攻符在庫5のみ、防符ならば……」

「急ぎ要請しろっ」

「第四法陣、在庫切れました!」

「くっ! 届くまで攻撃は……」

「敵右翼後方よりこちら向けに攻性術式反応! 解析……『氷雹刃雨』」

「『法力天蓋』用意! 耐えろ!」

「第二法陣在庫残り1……もう保ちません!」


 現代の魔術はとにかく金がかかる。特に東方では、呪文だけでなく魔導具の補助や呪符を用いて詠唱を短縮し、省魔力化するやり方が主流で、つまり必要な道具や消耗品が多い。


 それでも、その消耗品を含めた物量で殴るのが帝国の戦法である。しかも魔術衰退以降の帝国魔術師団のそれは、世界的に見ても先進的な効率化が図られていた。


 理想的には呪符や魔法陣は行使する魔術ごとに特化した専用のものを使うと効果も高い。しかし術ごとにいちいち違う呪符を取り出したり、魔法陣を描かねばならぬのは手間だ。それでは折角の詠唱短縮効果も意味が薄くなる。


 普通の国であれば、それらは呪符取り扱いの職人芸を磨く、あるいは交代制や分業で対応するところ、帝国は生産力の暴力で解決した。高度な模組モジュール化技術を採用することによって。


 帝国の魔術師団では術ごとに専用の呪符を作らず、使わない。代わりに特殊な汎用呪符を大量に使う。


 汎用呪符は、持ち方やちぎり方を変えるだけで同じ呪符で異なる術が起動できるよう工夫されている。あるいは複数の符を特定の位置で重ねると別の術向けの効果に変わったりする。専用呪符に効果が劣るぶんは量で補う。


 こうした工夫により、せいぜい十種の呪符や魔法陣で、数百の有用な術を網羅している。儀式魔術の魔法陣もこの発想で効率化されている。紋様を「部品」に分解して特殊な紙に描いて保管し、「召喚」して転写し重ね合わせて起動する、といったやり方だ。


 このモジュール化により、誰が使っても一定以上の効果を確保しつつ、術構築の圧倒的高速化も実現した。そして消耗品は少品種大量生産で低コストに調達する。


 昔のように手品師の如く呪符取り扱いの手業を磨いたり、特殊な絵具で記憶を頼りにその場に描く、などの職人芸や手間は要らない。


 さらに画期的なのが輸送手段だ。帝国軍と魔術師団は、短距離召喚術を応用した専用の資材輸送車(コーチ)を大量に用意していた。これを用いれば必要になり次第瞬時に後方から現場に補給することができる。


 しかもこの資材輸送車は魔力を補充すれば多少は自走する能力もある。魔力が無くとも人力や牛馬で動かすこともできる。さらに中身の情報管理や、個体識別により登録外の者は利用できない機能までついている。


 これこそ帝国が誇る兵站力のあらわれ。製造能力、保管、情報の管理、そして輸送の量と速度、いずれも大陸に比肩する国はない。即ち戦争において帝国こそが大陸最強。


 確かに魔術王国オストラントや聖山アナト、ラベンドラ王国などの他の大国には人外の域にいたった戦闘力の者もいるが、そんな者はあくまで極少数に過ぎない。


 そしてどんな英雄も人間である限り昼夜問わず何ヶ月も戦い続けられはしない。ゆえに戦争となれば、帝国の誇る総合的火力と継戦能力が物を言う。


 しかも今回の戦場は帝都のすぐ側である。資材満載の倉庫も多数あり、魔術師団が全力で魔術を行使し続けても、数カ月は保つ物量が備蓄されている。この資源ある限り、彼らに敗北はない……。



 ……はずだった。



 昨夜、彼らは昼間の戦いの消耗を補充するため、帝都内の各倉庫から資材を輸送しようとして……。


 複数の倉庫が、殆ど空になっている事に気がつき驚愕した。


 特に『破城槍』のための資材が収められた倉庫群から、使ってもいないはずなのに巨大な弾体や、起動用魔法陣などの殆どが無くなっていたのである。夜中ながら蜂の巣を突いたような騒ぎになった。


 至急原因究明と責任者探しが行われたが、ただでさえ、敵の呪詛汚染により何百と離脱者が出ている状況であり調査は難航した。


 それでも元々帳簿より少なかった部分もあるにしろ、最大の原因は別にある事が夜半になって判明。


「異常無しとはどういうことだ?」

「この倉庫の槍は全て正規の手順で召喚されていた、ということだ」

「馬鹿な。破城槍など今回は使っ……まさかっ」

「そうだ。昼間のあれだ。幻妖となった師団の魔術師に盗まれ、勝手に使われた……そうとしか考えられぬ」

「奴らが持ってきたものではなく、ここから盗んだものだったと!?」

「ああ。そう考えると辻褄が合う……くそっ」


 実のところ幻妖は装備だけでなく、手荷物程度の消耗品であれば、自前で持った状態で出現してくる。多少の傷薬(ポーション)や十数本程度の矢、使い捨て魔導具、呪符何十枚か程度を持参するのはおかしくない。


 装備についても割りと融通が効くようで、生前の愛用品であれば色々なものを持ってくる。手持ち武器や防具だけでなく、乗り物や、巨大な操作型ゴーレムである魔導聖鎧なども装備扱いになることかある。


 ただし幻妖で再現される主体はあくまで生物、かつ「個体」だ。


 装備や消耗品はその当人の付属物であって他者に渡しても機能しない。また、持ってきた物が正しく動くとも限らない。古代の通信機や魔術衰退前の魔導具などは現在では動かない事も多い。


 複数人使用が前提のものも駄目だ。乗り物も、複数人が乗れたり自動運転機能があると個人装備扱いにならない。そのため古代の飛行機や戦車は殆ど再現されない。


 では破城槍はどうか。

 巨大な鉄塊であり、複数人で扱うことが前提の破城槍は個人の装備ではない。当然再現されるはずもない。


 だから『破城槍』の術式を使うなら、どこかで弾体である巨槍を作るなり、調達なりしなくてはならない。そして戦場で悠長に回路を刻みながら鍛造などできるはずもないわけで……つまりは、盗んでくる一択だ。


 しかし、紫微垣魔術師団はそこに気が付くのが遅れた。


 幻妖の特性に対する無知もあったし、そも本来なら破城槍のような召喚機能対応の資材や資材輸送車は、登録された者以外は扱えず、部外者が許可なく呼び出すなどできないはずであったから。


 だが幻妖は限りなく本人に近い複製、知識や指紋や魔力の質など、その辺の個人認証要素も含めて丸ごと複写された存在である。システムの側からは正規の要請と区別できなかった。


 こうして一発で帝都に家が立つほど高価な巨槍は次々に盗まれ、撃たれ、弾かれて、数百発ぶんがただの鉄屑と化した。それも殆どはとある仙霊機兵の手によって。


(俺のせいじゃないから。ナクシャトラのせいだからな! ……あれ? あの『破城槍』の件、報告してなかったっけ?)

(『そういえば報告していませんね』)

(……気が付かなかった事にしとこ)

 

 そして発覚と前後して、さらなる悲劇が襲った。


「とにかく急いで残っているぶんだけでも召喚機能を解除……」

「解除は各局の副長級以上でないと権限が……ん? ちょっ、おいっ! あーっ!!」

「まさかっ、こっちもかっ」

「はっ速く誰でもいいから上を呼んできてくれーっ!」

「召喚陣に介入すればっ」

「無理だ、あの車は介入対策も組み込んであるだろうがっ、我々の技量では無理だ」

「だったら……」


 魔術的な阻止は難しく、結果論で言えば、盗られる前に自ら召喚機能部を物理的に壊していくしか盗難を防ぐ手段はなかった。だが現場の下っ端ではその決断ができないままに事態は進行し……。


「あ……ああ……全部……やられた……」

「……これは、我らの責任になる、のか?」

「…………」


「床に魔法陣が? 倉庫ごと召喚など不可能だろうに……?」

「! それっ召喚陣じゃないっ自爆のじ」


 BOMMMMMB!!

  DoooooOOoooN……


 そうして他のもの、呪符や魔導具までごっそりと盗られ、かついくつかの倉庫が爆破された。


 盗みがバレた事に気がついた幻妖側が、対策される前にできる限りの召喚術で掻っ攫っていって、持っていけないものは破壊しようとしたのである。


 帝都の倉庫では、この戦が始まった初日から、戦いですぐに使う資材は片っ端から、召喚機能対応の資材輸送車に詰め替えていっていた。必要なときに一瞬で補給するために(なお破城槍は単独で召喚機能に対応している)


 それが裏目に出て、資材輸送車に載せたものが根こそぎ盗まれた。正確には、割と初期から少しずつ盗まれていたようなのだが、隠蔽工作があり分からなかった。だが最後は隠蔽工作もなく全部が一気に消えた。


 これは隠蔽工作をやっていたどこぞの義眼(ナクシャトラ)がいなくなったからであったが、師団側が知る由もない。


 混乱する師団側は事態の把握に手間取り、まんまと大量の掠奪と破壊を許してしまった。


 さすがに資材全部を資材輸送車に載せていたわけではないので、まだ半分近くは残っている。しかし使い勝手のいいものから盗まれてしまったし、何より重要なのは、召喚機能による高速輸送を封じなくてはならなかったことだ。機能が生きたままではまた盗まれてしまう。


 資材輸送車に刻まれた召喚式が悪用されないように保安機(セキュリティ)構更新(アップデート)を行おうにも、それができる師団お抱えの魔工職人らは、有用人材ということで敵が迫る帝都から退避し、工房も軒並み休止していた。


 では他のやり方で運ぶことになる。そこで召喚対応資材輸送車ができる以前のやり方、ゴーレム技術を応用した運搬用魔導大型自動貨物車(トラック)などが使えないかと起動しようとしたら……ほぼ全て壊れていた。


 そちらは幻妖に壊されたのではなく、生きた人間のせいだった。


 滅多に使われなくなった在庫設備は、平和な時代にこっそり分解され、高価な部品は市井に横流しされ、動かない見かけだけのハリボテと化していたのだった。管理していた下級官吏達の汚職の結果である。

 

 こうした汚職は帝国というか東方地域の業病であり、根絶は難しい。しかし発覚したタイミングが悪かった。


 そしてこれらの自動貨物車は魔術衰退前の魔力たっぷりな時代の設計だったため無駄が多い。元々起動に潤沢な魔力供給が必要なうえ、総金属製で途轍もなく重く、軽量化回路などが壊れていると牛馬で引っ張ることすら難しい代物だった。即ちただのガラクタである。


「直せぬのかっ」

「直すための部品もないですな……帳簿上にしか存在していない、殆ど売り飛ばされてますよこれ」

「紫雲台(=師団お抱えの魔工職人組合)の連中はどこだ、奴らなら在庫を持っているのではないかっ!?」

「全員避難してしまっております……それに仮に彼らが居たとしても、これらは私の祖父や曽祖父の時代の代物ですよ。直せる職人なんて、軒並み引退していてもおかしくないかと……」

「ええいっ、使えん奴らめ! 何故だ! 何故こんなことにっ!」


 魔術師団幹部は激怒した、必ず後で無知蒙昧な犯人達を罰しようと決意した。しかし何十年かの記録を追うだけで大変だし、責任者を罰し犯人を捕まえた所で目前の問題は解決しない。


 仕方なく各資材を昔ながらの牛馬や人力でゆっくり運ぶしかなかった。


 そして輸送のたの輜重(しちょう)部隊は幻妖の主要攻撃対象であり、当然、大幅な人的、時間的ロスが生じることになった。そうして夜明けからの作戦開始に補給が間に合わなかったわけである。

 

 一応、魔工職人の代わりに師団の魔導師ら自身が召喚式を改良したり、資材車を直すことも不可能ではない。


 ただ今は師団員自体、人を割く余裕がない。それに普段そんな「地味」な仕事を馬鹿にしている精鋭(エリート)様揃いのため、理屈は知っていても実際にやった経験が無かった。


 そうでなくても他人が作った術式(プログラム)を解析して組み替えたり修理するのは大変な作業なのだ。一日や二日では無理である。


 ではいっそ、消耗品なしで、使うとしても杖などの基礎的な補助具と呪文のみで発動させる、という「基礎的」なやり方はどうか。


 もちろん可能だが、こちらも魔術師団に属する精鋭様らにとっては正直忘れているやり方であった。できるにしても、せいぜい護身用のごく単純な術くらいで、充分な殺傷力のある術となると……教科書を読み直すところからやらねば、という感じ。


 まして、参加者全員がタイミングや魔力の使い方を揃えなくてはならない儀式魔術をそんな手法でやるには、相当に合わせの訓練が要る。ぶっつけ本番では不可能だ。


 一方、軍人である方面軍所属の魔術師や騎士であれば、念の為、消耗品や道具に頼らないやり方も訓練している。


 しかし帝国で魔力が強い者は、殆どがキツい、汚い、危険、給金低いと四拍子揃った軍には行かない。より安全で余暇も多い魔術師団を目指す。師団側も魔力の強い者をあの手この手で優先的に確保してきた。


 そのため軍所属の魔術の使い手は、元々軍人の家系か、魔術単独では師団に入れない低素質の者が殆ど。大半が丁級で、甲乙どころか丙級すら数えるほどしかいない。


 そうなると元々儀式魔術をやるのは厳しい。だから軍では魔力持ちの者を原則支援兵種として育成している。治療や索敵、あるいは魔導型武装のメンテナンスが主な役割で、攻撃魔術で戦う戦闘員は少ない。魔術師だけでの部隊は例外的で、当然儀式魔術は想定外、訓練などしていない。


 そんなわけで、盗んだ消耗品を湯水の如く使って力を増幅し、儀式魔術を多用してくる甲乙級魔導師の幻妖たちに対抗などできない。かといって盗み返すのも破壊するのも現実的ではなく。


 そもそもの話として、畿内方面軍自体に実戦経験が足りていない。畿内には国境もなく、大規模な叛乱に対処した経験もない。こんな死人が出る死闘はほぼ初めてだ。初めて感じる恐怖の前に、生き残っている連中の士気はかなり低い。


 いや、元は戦意の高い者もいたのだ、だがそういう者ほど先に前線に出て、さっさと戦死してしまった。そして幻妖と化して襲ってくるのである。


「貴様、スミス兵長っ!? 幻妖に!?」

『……ころす……』

「くそがっ貴様っ正気に戻れっ、妻も子もいるのに、魔の走狗などっ」

「無駄っす十卒長! 幻妖は所詮は姿形を真似た魔物、あいつじゃないっす!」

『……ころす……』

「くそぉっ!!」


 ……魔術師団の士気はもっと低い。彼らは有事に戦闘に加わる義務があるものの、基本的には予備役相当で、団員ら自身も戦闘員としての意識は薄い者が大半だ。


 普段は魔術を使う社会インフラを維持整備したり、新規魔術の研究をしたり、魔術の違法行使を取り締まったりが仕事だ。戦闘訓練も義務的にちょこっとやっているだけ。


 さらに三つの魔術師団のうち畿内の紫微垣魔術師団は、戦闘するにしてもほぼ後衛の遠距離砲台特化型だ。


 まだ北方の太微垣や南方の天市垣魔術師団であれば、国境争いや対海賊などの荒事の現場もあり、前衛型魔術師も多い。方面軍の補佐が魔術師団の普段の仕事に組み込まれていて、演習や訓練も共同で行ったりする。


 だが畿内の紫微垣所属だとそんな経験すら滅多にない。


 そういう連中が、消耗品の補給も滞り、劣勢にあり死傷者多数、敵に肉薄されている状況で、冷静さと士気を保てるわけがなかった。


 魔術師団内で唯一戦意が高かったのは、煌星騎士団に派遣されていた魔導大隊の連中くらいのものだ。しかし彼らの戦意は結局のところ敵の呪詛で増幅された代物だった。


 そして今彼らは、呪詛の解呪のため離脱させられているわけで。解呪されてしまうと戦意も元に戻ってしまうわけで。かといって解呪しないと、また操られかねないわけで。


 正直、色々と詰んでいた。


 かくてずるずると各所で前線が後退していった。元々敢えてある程度の突破を許し挟撃する、という策ではあったが、早々に想定以上に崩れはじめている。


 何よりも、敵自体が昨日とは段違いだった。


 相手が人間や並の魔物の幻妖であれば、儀式魔術の助けがなくとも、砲や騎兵の突撃で崩すことができるが……。


 相手に騎兵を逆に跳ね飛ばす圧力があるなら、話は別だ。


「ぎゃあああっ!!」

「下がれっ馬を無駄死させるなっ」

「盾持ちをよこせっ」

「無理ですっ! あんなの盾じゃっ」

「貫通矢を使えっ」

「貫通矢も弾かれてます、風がっ」

「バッコー(=手榴弾的な魔導具『爆炎投擲手甲符』の通称)撒けっ」

「残り3個しかないですっ」

「あるだけ撒けっ、矢でなく砲を持っ」

『Urrrrrrryyyyyy!!!』


 ヴォン!


「デッ!?」

「あ゛っ」


 ダンッ! とさっ……


 戦っていた兵士たちの頭が、上半身が、いや全身が、次々に吹き飛んでいく。


『Ghaaaaa!』

『A'bra Ca Da'bra!!』


「ひっ、ひいっ」

「無理だ、あんなの……」


『Yраaaaaaaaaa!!!』

『Dua jar'di Gua Var'by……』


「にっにげっ」


 グシャ! ドンッ! ゴォッ!


 人体が潰れ、原型をとどめぬ肉の泥に変わっていく。


「かあさん、かあさんー!」

「あひ………」


 兵士らを次々に屠っていく圧力の正体、それは、敵陣の先頭に立つ鬼種の一団であった。

 

 赤銅の肌に身の丈四シャルク(約3m)、その身長と同じくらい長く巨大な金砕棒(かなさいぼう)を軽々と振るう大鬼(オウガ)


 同様に巨大な金棒を振るい、かつ人間なら四肢が吹き飛ぶような魔術強化された矢をもってしても少し刺さる程度にしかならず、しかもその矢がすぐに抜け、傷も3を数える前に再生する動く肉壁、巨妖鬼(トロール)


 大鬼の持つ金砕棒は重量だけで20ギル(=約1トン)以上、その一撃は軽く振り回すだけで骨を粉々にするに十分な運動エネルギーを持ち、盾で受けてもそのまま体ごと吹っとばされる。そんなものが絶え間なくブンブンと振り回される。


 さらには空属性の精霊術で暴風を起こし重装甲兵を吹き飛ばす青肌の夜叉鬼(ヤクシャ)もいる。攻撃だけでなく守りも手強い。矢はもちろん、僅かに投射される魔導砲の砲弾や儀式魔術攻撃も強固な風の結界を突破できない、むしろ下手な攻撃は反転してくる。


 六腕を持ち、複数の大剣を同時に操り、単身で部隊を相手どってなお余裕あるは阿修羅(アスラ)。しかも手数が多いだけではない。ただ巨棒を振り回すだけの大鬼や巨妖鬼とは違い、その剣筋は鋭く攻防一体の剣捌きと適切な体重移動……即ち武術を伴っていた。複数の剣を振るうことで生じる重心変化をも利用する異形の剣技に、初見で即応できる戦士はいない。


 それら上位鬼種らの後ろから、単眼巨鬼(サイクロプス)が悠然と「灼光の魔眼」を発動させる。灼熱の熱波が盾持つ兵らを盾ごと焼いて薙ぎ倒し、防塁を土ごと溶かし、逃げ遅れた者を生きたまま松明(たいまつ)に変えた。


 しかもこの単眼巨鬼は、黒鱗持つ業魔型であった。それと風の結界などのせいもあり、遠距離からの攻撃では魔眼の発動を阻止できない。

 

 全部でほんの十体ほど、しかしいずれも伝説に残る上位鬼種ばかり。


 通常ならば群れることのない彼らが群れたなら、百倍の兵をあてても止めきれない、生ける戦車隊の如き暴力の化身となる。


 さらにその一団の最後には、一際魁偉な、緋髪の巨鬼がいた。


 三眼に黒褐色の肌を持つ、羅刹(ラクシャサ)と呼ばれる上位鬼種。伝説は言う、羅刹の三眼は例外なく何らかの魔眼であると。


 しかしこの魁偉なる鬼はまだ戦いに加わっておらず、いかなる魔眼かも分からない。腕組みしたまま、他の鬼の後ろを悠々と歩いているだけ。額の三つ目の瞳も閉ざされたままだ。

 

 帝都防衛の戦が始まり、既に一週間近く。幻妖の大半は死と黄泉還りを繰り返し、小粒になったが、中核の一部は当初の姿を残していた。古竜たち、元勇者たち、そして……緋髪の鬼に従う上位鬼種たち。


 魔術師団の火力が低下した今、上位鬼種を押し留めるだけの力を、帝国軍はもたなかった。予備役の召集も進み兵数だけなら維持できていたが、当然ながら予備役の練度は正規兵よりかなり低く、質の低下はどうしようもない。


 負傷したファ将軍の代わりに帝国軍を率いるシュミッツ将軍、そしてその補佐に入ったカーン上千卒長は、歩兵による鬼種の一団の阻止を早々に諦めた。


 次善の策として、鬼たちを突出させて孤立させ半包囲状態にして、魔術師には土塁や落とし穴の構築を命じ、弓や魔導砲の火力を土塁ごしに曲射、かつ集中させ時間を稼ぐよう指示する。


 鬼たちと対抗できる可能性がある北方と東方の七剣星、そして仙霊機兵らには、まず正面の鬼種らとは別の「標的」を狙うよう指示が下っていた。そのため正面戦線には居ない。


 正面の鬼達に対するは元々からの畿内方面軍の将兵と、魔術師団員だ。


 彼らも決して弱いわけではない、例えばあの『紅刃』と『白皙小姐』に対してもも、手傷を負わせることはできていた。


 ……あの二人の場合即座に回復してしまうが、倒せなくとも歩みを止めるくらいなら何とかなった。しかし、同じ事をやろうとしても鬼たちは止まらない。


 とにかく上位鬼種たちはタフで打たれ強い。皮膚は下手な刃を通さず、再生能力も、巨妖鬼(トロール)は別格として他の鬼も多少の矢傷くらいはすぐ治る。攻撃は一撃一撃だけを見れば『紅刃』より弱いが、人間を殺すには十分。


 そしてなにより手数が多い。人間なら限界まで強化しての切り札に近い攻撃や、相応に魔力を使う王器の定常駆動に匹敵する威力を、上位鬼種は通常攻撃で繰り出してくる。


 大鬼の金棒は普通に人体粉砕レベルの重さだし、阿修羅などは、強い上に上手い。通常攻撃が必殺技で六回攻撃な巨鬼はお好きですか? 嫌い? ならすぐに死ね。好き? ならゆっくり味わって死ね、という感じだ。


 さらにそれぞれ、本当の必殺技というべき大技……「灼光の魔眼」はもとより、身体強化術や獣化術のような術もあったりする。人間でも互角以上に戦える下位の鬼種とは、個として隔絶していた。


 本来なら一体を数十人で囲んで叩くべき相手。そんな怪物らが部隊の如く集まっているために同時にはそれぞれの正面のみ、一体あたりせいぜい数名しか割けない。それではいくら百倍の数を揃えても実質逐次投入に等しく、勝てる道理がない……。


 いや、いつもなら相手がそうした突出した個であっても、力尽きるまで戦闘を継続し、勝てる道理を作り出すのが帝国軍ではあった。かつてそうやって王器持ちの英雄がいる国々を滅ぼしてきたのだ。


 だがそれは、あくまで相手が「生きた人間」の範疇だからこそ可能な事だったと、首脳陣はようやく理解しはじめていた。眠りも食事も要らず人間より遥かにタフな人外の化性に、従来の論理と戦術は通じない。


 それでも、少なくとも『万里長城』に直接到達され、『隕石招来』の前に破壊されるのは防がねばならない。


「まだ一体も落とせずか。タフだし、あの暴風の守りも厄介だねえ」

「まったくもって。足止めすらままならんとは……」


 仮の本陣にて、戦況を式神ごしの投影で見ていたカーン上千卒長とシュミッツ将軍がぼやく。


「……こちらが素直すぎる。あれでは止められないよ。かといって使える手札自体少ないねえ……」


 カーンは手元の紙に何事かを書きつけながらつぶやく。


 シュミッツにとってカーンは若い頃の軍のトップ、上司の上司だった。今は予備役で地位も彼より低いとはいえ、粗略に扱える相手ではない。


 最初はカーンもシュミッツに対し丁寧に喋ろうとしたのだが、シュミッツから、普通に喋ってください、となった。それにカーンに決定権はなく、決断するのはあくまでシュミッツのほうだ。喋り方などこの非常事態では些事である。


「やり方が間違っていると」

「あの夜叉鬼は空属性の上位精霊使いだ。弓や砲弾などの投射攻撃は意味がない。単なる光の術や爆発も駄目だ、曲げられ逆用される」

「上位精霊使い……あれが?」


「あれだけやれるのはそうだ。僕らの若い頃は上位精霊使いも軍にはいた、覚えていないかい? マゼーパ君(=煌星騎士団にいるマゼーパでなくその父のほう。故人)などはかなりの使い手だったよ」


「私の同期や部下に精霊使いはいませんでしたからな。マゼーパ……確か水軍でしたな。ならばシルヴァン(=水軍担当の将軍)の奴なら知っているでしょうが……ただ、精霊術は威力はあるものの、精度は低く不安定と聞いております」


「実際その通り。不安定で精度は悪い、今のこの鬼の術も、味方を普通に巻き込んでいる。そういった事もあって本来なら精霊使いの扱いは難しいが……幻妖なら味方に当たろうが関係ないんだろうし、そもそも上位鬼種は丈夫だね、人間には致命的な威力でも奴らには余程でないと効かないようだ」

「まことに理不尽な……もしかすると、精霊術とは、人でなくこのような怪物のための技なのでは?」


「使い方次第さ。人間でも上位精霊使いが多いラベンドラの手強さは……玉衡星が来ているんだろう? 彼なら詳しいはずだ」

「今では北方でないと精霊使いに遭うこと自体、滅多にないでしょうからな」


「東方では強い精霊使いは生まれにくい、増やしたくてもあまり増やせないんだよ。仙力使いもそうだが、質も数も揃えられないのでは当てにできない……それが我が国のやり方だった、が」

 

 歴史上、帝国に優れた精霊使いや仙力持ちが全くいなかったわけではない。しかし彼らは所詮少数の異端だった。


 仙力は子孫には引き継がれないし、精霊術は魔術ではあるが、魔力量や修行よりも精霊との相性や感覚のほうが大事で、これも当人だけのものになりやすい。知識や魔導具という形で子孫や弟子に引き継げる一般の魔術とは違う。


 数が少なく継承もできない力に頼っては長続きしない。ゆえに最初からそれらには頼らない。そうして帝国は再現性のない力は軽視し、時には排除すらしてきた。


 それでも、少なくともここまでは、その方針で帝国という国自体はうまく回ってきた。それまでどの国も成し遂げられなかった、東方統一もやり遂げた。だから一概に間違いだったわけではない……が。


 結果として、精霊術であれ、仙力であれ、真似できない突出した個人的異能を過度に否定する風潮が出来上がってしまった。


 気がつくと、いざ数だけでは太刀打ちできなくなった時の対抗手段が殆どなくなっていた。少なくとも畿内方面軍の手札の中には、あれに対抗できそうなものはいくつもない。


「精霊使いは、なり手が少ないだけでは? 帝国の魔術師たちは精霊使いを嫌っておりますし、精霊術は魔導具での素質強化もできませんからな」

「それもあるが、元々東方には精霊が少ないんだよ。上位精霊となると本当に数えるほどだ」

「何故なのでしょうね」

「理由はあるよ。だがそこを語るのは生き残ってからにしようか。これを前線のクライン万卒長と魔術師団のアシュヴァン副長代理に届けてくれ」


 カーン上千卒長がなにやら書き込んだ紙片をシュミッツに渡す。


「これは……」


 空属性精霊術の特徴、灼光の魔眼対策など。シュミッツも知らない様々な術や、今そこで読み取ったであろう敵個体の能力や癖、そしてそれらへの対策が記されていた。

 

 かつて「千招指手」と呼ばれた男の知識と眼力の一端に感服しながらシュミッツは紙片を元に部下に指示を飛ばす。


「これで多少は戦えますか」

「少しはマシになってほしいね、だが問題はこいつらじゃない」


 投影像の鬼たちを指差しながらカーンは言う。


「この緋髪の羅刹。こいつはたぶん、古竜かそれ以上の怪物だ。王器級の攻撃でないと通じそうにない。君のほうから紫微垣の連中に、『機巧巨神(ギアード・コロッサス)』の展開と『廻理法典(ヘリカル・コデックス)』の使用を要請してほしい」



 魔術のモジュール化については第93話でレダが解説しています。これは帝国魔術師団だけの技で、大陸の他の国では実現できていません。


 このモジュール化により帝国魔術師団の火力は、他国の同等の魔術師たちと比較すると時間あたりで3倍に達します。かつ本来であればその力を数ヶ月継続できる補給能力があります。そのため人間の軍同士の決戦であれば、帝国は間違いなく大陸最強ではあるのです。


 大陸を除けば、西の島ファスファラスの国軍の場合は消耗品を嫌い、耐久財の魔導具の高度化と、あとは気合と訓練で対応しています。元々魔人の身体スペックが大陸の人間より高いので、それでも充分に安定した強さを得られ、少数ながら帝国を凌駕する力を持っています。


 ……まあ西の島の場合、国軍の上に護法騎士という反則存在がいて、彼らの中には神様級の化物まで混じっていたりするのですが。旧き神であるシュラクやナギは別格としても、グリューネやルミナスでも、手段を選ばなければ、帝国軍を一人で皆殺しにできます。やりませんけど。


 なお、本話中の資材輸送車や貨物車は、ルビではコーチ(=近代的馬車)やトラックになっていたりして、形状は比較的近い部分もありますが、近代の馬車やトラックと比べると、魔術無しのメカニックはまだまだ原始的です。


 サスペンションは初歩的ながらあるものの、ベアリング、ゴムタイヤはまだ存在していません。もちろん無限軌道でもない。それでも、魔術によって潤滑や振動対策、軽量化の補助が入っており、魔術が機能している限りは乗り心地もまずまずで、徒歩の人間についていける程度の自走性能もあります。案外悪路もいけます。上流階級の馬車はこれを応用した造りになっています。


 しかしあくまでこれは魔術師がついている前提。魔力が尽きるか、そもそも魔術回路が壊れていると……。潤滑性は激減しギシギシ言い出しますし、構造材は魔術応用で製造された鉄系合金なので丈夫ですが、当然非常に重いので軽量化の魔術なしだと引っ張るのも難しい。


 サイズと重量は資材輸送車のほうで軽トラなみ、これはまだギリギリ人力で引っ張れますが、貨物車のほうは4トントラック並、重量は積載物無しの状態で2トン以上。それなのにまともなベアリングも無いとなれば、人力で動かすのは困難です……まあ、非常にゆっくりとなら可能かもしれません。それこそ帝都から出すだけで日が暮れますが。湿地では軽量化無しには自重のせいで沈み立ち往生します。


 ……なお、本話中に出てこないどこぞの東方の怪力万卒長ですが、この日最初の仕事は、この貨物車を一つ、帝都から戦場の後ろまで無理やり引っ張る事だった模様。そのため出遅れています。

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