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第211話 幕間 炎の剣星と中たらずの星詠み(1/2)


「遅い」


 フレドリックは飛来する何かに、逆に一歩近づく。その一歩が大きな違いとなる。


 そうして彼に向かって投ぜられた『網捕球』……行動阻害の投網を展開し相手を捕らえる魔導具は、展開寸前に切断、破壊された。


「ふんっ」


 フレドリックは魔導具を破壊した、だが、これは行動阻害のための道具だ。


 転んでもただでは起きず、不発でもある程度の役目は果たすように作られている。

 

 壊れた球から粘り気のある油のような液が漏れ、切断した刃に絡みついていた。迎撃に使った短剣は切れ味がかなり落ちる。さらに胡椒(コショウ)の香りに似た、香ばしく刺激性のある何かが撒き散らされる。


 その正体は糜爛(びらん)性のある毒物だ。致死性は低いが即効性で、皮膚に付けば痒みと(ただ)れが襲い、目に入らば痛みに目を開けられず、吸い込めば咳と嘔吐感が襲う。


 それを浴びながら、フレドリックの動きは止まらない。目も閉じることなく。


『ふふっ♪』


 黒猫がフレドリックから飛び降り、周辺で複数の気配が動く。

 

 ヒュオッ


 音をたて迫りくる矢。これは本命ではない。


 この夜闇では当たらないし、わざわざ音の鳴る矢を使うのは、気を逸らすため。


「・・・」


 正面から低く呪文詠唱。『遮音結界』……広範囲結界を張り、内外からの音の通過をそれぞれ遮断する術。助けを呼ばせないためか。


 短剣持つ黒衣の者らの、左右からの挟撃。これは本命。


 だが最も警戒すべきは……上。

 夜に飛ぶはずのない、闇夜の鴉。


 ただでさえ目視困難な上に隠蔽術で存在を隠された、密偵用の式神の鳥からの『妖波』……襲撃者らの秘術だ。


 この術は人の可聴域を超える特殊な周波数の超音波を浴びせ、三半規管を狂わせ、耳鳴りと幻聴、聴力低下、平衡感覚障害を引き起こす。


 使い手たち自身すら原理は知らない。知っているのは、この術が人が感知できない妖しき何かを放出し、人の感覚を少しだけ狂わせること。集中力を削り、足をもつれさせ、回避や逃走を困難にさせる。


 大した効果ではない。ほんの少し、動きが鈍るだけだ。だがそれだけあれば、別の攻撃が当たる。そして重要なのは、この術は防御できないこと。


 この術は身体操作でなく、精神操作でもなく、魔力操作でもない。精神防御や対魔術防御は無意味だ。


 物理防御も効かない。物理ダメージの出る出力でないため、汎用防御術が反応しないのだ。手動対応は可能だが、そのためには超音波というものへの知識が要る。


 そして襲撃者たち自身すら、この術の正体が超音波、つまり「聴こえぬ音」だとは知らないのだから、すなわち誰も防ぐ術を知らない……。


 いや、経験的には分厚い壁などの障害物で防げると知っているが、その程度だ。そして今、付近にそんなものはない。


 これを高度に隠蔽された式神から時限指示で放てば、指示する際の魔力の痕跡すらない。例え使役する魔術師が見つかって殺されても、式神は魔力が尽きるまでは動き、残された命令を遂行する。検知も、かわすも不可能。


 ゆえに『妖波』は避けられぬ呪い、彼らにとっての、暗殺や捕縛の切り札の一つ……だった、が。


「……ぐぁっ!?」

 

 どんな術も、放たれる前に止められては意味がない。


 少し先の茂みからの呪文詠唱が途切れ、苦悶の声が漏れる。息絶えた黒い鴉が地に墜ちる。


 魔術師が倒されたのではない、逆だ。遥か上空にいた式神が倒され、契約者に反動が襲いかかったのだ。


 そして『妖波』を当てにして襲いかかっていた二人は、一瞬で得物を持ち替えたフレドリックに迎撃され、同時に弾き飛ばされた。


「!!」


 フレドリックの手にあるは、槍。先ほどまで背中にあった時には身長の半分ほどの短槍だったが、今や倍以上に伸びていた。


 如意羽槍……伸縮機能がある僚器級魔導具の槍だ。さらに本来なら、穂先の根元に特殊な「羽根」も付いている。


 王器やロイの如意棒のような規格外のものとは比べるべくもないが、現代で金で買えるものとしては最高ランクの武装だ。


「貪狼台も甘い」


 カチャッ


 そして、小さな音と共に槍の先に「羽根」が戻ってくる。


 槍から分離していたそれが飛翔し、上空の鴉を切り裂いたのだ。そう、この槍は相手の不意をつく飛び道具をも備えていた。

 

「そして私も甘く見られたものだ」


「……」


 無言のまま二人の黒衣は体勢を立て直し、フレドリックを挟んで短剣を構える。向こうの魔術師はまだかすかにうめき、立ち直っていないが、まだもう一人、弓手がいるはず……。


 ヒュッ

 

 背後に回っていたほうから、今度は吹き矢。同時に前方の黒衣は短剣を投げつけつつ姿勢を落とし、擒抱(タックル)を仕掛けてきて……。


 かわそうとした位置に今度は矢が飛来する。音を抑えた、暗殺用の使い捨て魔導具の矢だ。


 並の戦士ならどれかはもらってしまうだろう……が、フレドリックは跳躍しながら体当たりを避け、短剣、吹き矢、矢、全て鎧の表面で滑らせ弾いた。

 

 だがこのうち吹き矢は、弾いた直後に破裂した。


 何かが飛び散り刺激臭をまき散らす。

 先ほどと効果は近いが、少し違う種の毒物だ。


 今度こそ少しは吸い込んだ、そのはずなのにやはりフレドリックの動きは止まらない。体当たりしてきたほうの黒衣の背後から心臓めがけ突きを放つ。


「ぐっ……」


 先端は左腕に阻まれ胴体には届かず、しかし腕を穂先で貫き、かなりの出血があった。この腕はしばらく使えまい、そこに伸縮機能を併用して追撃……。


 しようとして、もう一人が飛びかかってくる。星明かりに僅かに煌めく刃には、やはり何らかの毒。


(これもか)


 深追いせず飛びかかってきたほうを迎撃し、短剣を叩き落としたところで、倒れていたほうに逃げられた。


 そこに再度無音の矢が来る、これも弾く。


 夜闇の中を正確に動き、初手の奇襲をかわされても間髪入れず追撃してくる。毒が効かずとも動揺を見せず冷静に距離を取り、連携によって反撃を阻む。明らかに高度に対人を訓練された部隊としての動き……だからこそ。


(あてが外れたな)


 監視も意図も分かっていた。敢えて一人となって行動を誘ったのは彼自身だが……思った以上にこいつらは現役、つまりは実行班(したっぱ)でしかないようだ。もう少し上も来ると思っていたが、これではろくな情報も引き出せまい。


 『遮音結界』は発動していない、ならば助けも呼べるが……色々面倒なことになる。


 ん? ……これは。なるほど。


 そういうことなら後は、近づいてきて(・・・・・・)いる連中(・・・・)に任せよう。しかし。


「これで幻妖の仕業と強弁する気か、堕狼どもめ」


 劣勢になってからこちら、この陣地内では見た目で判別できない敵、幻妖兵が時折出没するようになった。


 味方だった時の記憶を持ちこちらの状況に詳しい敵が、味方のふりをして近付いてきて不意打ち……となると、なかなか回避しがたい。


 だから、うっかりはぐれると殺されるのはあり得る事だ。そのため基本的には常に複数人で行動せよ、と通達されている。


 その通達は、何故か東部からの増援には来ていない。ならば、東部増援の者がうっかり一人になり、幻妖に殺されるという事態も……ないとは言えなかろう。


 要は目撃者がいない状態で死体が一つ増えても、それは幻妖の仕業である、という事にしやすいわけだ。


 だが、襲撃者が幻妖ならばその式神も幻妖、倒せば白煙となって消えるべきだ。幻妖の装備や道具も、凝核とやらを全て一瞬で壊すか焼くかしないと、しばらくすると消えてしまう。


 一方、さっきの鴉の骸はそのままだ。つまりは幻妖などではない。


 さらに数合の攻撃をいなした。襲撃者たちにいくらか手傷を負わせる事はできたものの、仕留めるには至らない。下っ端とはいえ、腕利きではあるようだ。そして……。


「ほれ、人が来るぞ。いいのか?」


 ザッ、ザッ……。


 陣地のある方向から、複数の足音がした。


 黒衣たちは一瞬逡巡(しゅんじゅん)し……撤退を選択した。次々に暗闇の中に消える。深追いは禁じられていたか。

 

 魔術師であろう一人もようやく式神の死から立ち直ったか、式神の骸に向かって『衰呪』を放った。


 魔素を乱し、魔術の効果を減衰させる術だ。程度は弱いが汎用的に使え、防御の弱い魔術回路──例えば死体となった式神のもの──なら、壊すこともできる。それで証拠を隠滅し、鴉をただの死体へと変えつつ……他の者から一足遅れ、別の方角へと逃げ去っていく。


 フレドリックは最後の襲撃者の消えた暗闇に向けて声をかけた。


「頼みます」


 回答は、言葉でなく行動にて行われた。



 ヴンッ!



「っ!?」


 宵闇に緋色の線が走った。


 逃げようとした襲撃者が倒れる。両足が切り飛ばされたようだ。しかし血飛沫が……舞わない。


 襲撃者は倒れたまま動かない。気絶したか、それとも……。


「どうですか?」

「死んではいない」


 切り捨てたほうの男が答えた。手に持つ剣の刃の緋色が消え、普通の色に戻る。


 剣を加熱する『灼刃』という付与魔術だ。これをまとった刃で斬ると、同時に傷口が焼けるため出血が少ないという特徴がある。


 余り使い勝手は良くない。要は武器表面を加熱するだけでなく、武器の芯に耐熱防御をかける術でもあるので(そうしないと武器がすぐ壊れる)魔力消費が多いのだ。そして肝心の熱も、相手が鎧や服を着ているとなかなか伝わらない。


 素肌まで通れば火傷と凄まじい苦痛を与えられるが、同じ魔力消費でもっと楽に相手を燃やせる術は他にたくさんある。赤く光るので隠密性もない。


 そのためどちらかといえば戦闘用でなく医療用の術だ。魔術医が、治療魔術で止血しきれないような重傷患者の止血や傷口の消毒に使う。


 そんな術を器用に操り、相手に対策の余地を与えず、両足を一瞬で切断して相手を無力化しつつ、同時に気絶させ自害もさせない……恐るべき技量だ。


 つまりこの男には、捕虜を『情報を吸い取るまでの、ほんの少しの間だけ生かしておく』技術に長けている、ということ。


 さらには、先ほど周辺に広範囲型の魔術を仕掛けたのも、この男に違いない。


 音の発生源を偽り、別の方角で生じたと誤認させる『定位欺瞞』の術式。人が来るからと逃げ出した襲撃者が、逆に人が来る方向に逃げてしまったのはそのせいだ。


 そうして他の三人は見逃され、最後の一人だけが捕まった。一人で足りると見たか。


 男の後ろには五人ほどの部下らしき兵がいた。


「『これ』はそちらで必要か?」

「いや、必要ありません」

「ならば我々でもらう。……いけ」


 男が部下の一人に指示し、頷いた部下が、気絶した襲撃者を担いで運んでいった。どうせろくな情報は持っていまいし、ろくな運命も待っているまい。


 気絶したまま脳から魔術で情報を吸い取られ、そのまま死ぬであろう襲撃者の冥福を少し祈り、男と改めて相対する。


 白と茶色主体の北方方面軍の軍服を纏う軍人……その胸に輝く複数の徽章(きしょう)は、何度も勲章を受ける活躍をしたがため。


「お久しぶりですね、ヂァオ千卒長」

「貴官も壮健そうで何よりだ、シャノン千卒長」


 無愛想に挨拶に応える男。彼こそ、北方の帝国七剣星……『玉衡星』ジゥユェン・ヂァオ千卒長だった。



 あけましておめでとうございます


 本作も今年中には終わらせたいところ……なんですが、果たして終わるやら。




 本話でのフレドリックは、本気は出していません。彼がその気になれば襲撃者たちを全員仕留められたでしょうが、後々の対応が面倒なことになるので、撃退するにとどめました。


 ただ、下っ端でなくもう少し上のやつが来れば、捕らえて交渉材料にするつもりでした。


 毒が効かなかったり鴉に気がついて撃墜したり、欺瞞の術も知覚できたのは、彼が「イェンディの眷属」であるためです。説明は次話で。


 なお『遮音結界』は最大で半径十数mの薄いドーム状の吸音結界を張り、結界を通る音を相互に大幅減衰させます。結界内部での音は変わりません。本来は密談などに使う術です。

 ただし可聴域向けの術で、より高周波である『妖波』は止められません。これも襲撃者たちが『妖波』を「音」と認識していない理由の一つです。


 そしてようやく、玉衡星(ヂァオ)久遠(ジゥユェン)、現時点における煌星帝国最強の男の登場となります。


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