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第203話 幕間 羅刹ノ王


『なんだ、あの術師、殺り損ねおったのか?』

「そのようですね」

『口ほどにもないな』

「あいつの口が大仰なのは生前からですよ。話半分に聞いておけばいいです、あの策も時にははまりますし」

『策、策か。下手に小細工を弄するゆえに、策士策に溺れ、策に泣く羽目になるのであろうよ、はははは!!』


 夕日が射す中、幻妖軍の中心付近にて『紅刃』フォンと話を交わす幻妖があった。


 ここにはいない魔術師を嘲り哄笑するその姿は、遠目には人に似ていた。


 ただ、近づいてよく見れば……人の倍近い巨体に、左右のこめかみ辺りから生える捻くれた太い角、黒褐色の肌に三つの眼、眼中の白目ならぬ黒目と、その中に光る紅い縦長の瞳孔、口から覗く巨大な牙、さらには燃えるような緋色の髪……。


 それが人ならざる者であることは一目瞭然であったろう。


 それらは鬼種……その中でも特に『羅刹(ラクシャサ)』と呼ばれる上位種の特徴だ。そして哄笑する鬼の緋髪は、その羅刹としても一際鮮やかな代物だった。


 鬼種は人間が魔物と呼ぶ存在の中で、最も人に近い姿を持つ。頭部のどこかに角があったり、肌の色が緑や赤だったり、目や腕の数が違ったりするが、基本的なフォルムは人型であり、毛皮や鱗もない。


 ただ、一口に鬼種といっても色々ある。代表的な鬼種としては、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)山鬼(コボルト)大鬼(オウガ)、そして餓鬼(プレータ)などが挙げられる。


 下位の鬼種は小柄な種が多く、個の力は人間と大差ないか、むしろやや劣る事もある。


 しかし簡単な道具を扱う程度には知恵があり、繁殖力が強く徒党を組むため、決して侮れない。現在でも辺境の開拓村などでは、下位鬼種らとの戦いは日常だ。


 そして鬼種には数は少ないが、強大な力を持つ上位種もいる。


 羅刹のほかに、巨妖鬼(トロール)単眼巨鬼(サイクロプス)夜叉鬼(ヤクシャ)阿修羅(アスラ)……彼らは人間など拳一つで肉塊に変える怪力に、強力な固有魔術を持つ難敵だという。


 また、上位種には時折知能がかなり高い者が現れるそうだ。人間並みかそれ以上に知恵が回り、他種の言語を操れる者や、種族の固有魔術でない一般の魔術を使う個体すらいる、と。


 とはいえ知恵があろうと、鬼種はおしなべて野蛮な存在だ。闘争を好み、殺戮と略奪を良しとし、悪食で、弱肉強食を理とする。同族内でも相戦い、共食いする事すら珍しくない。


 求めるものは闘争や収奪。何かを作ることは殆どない。文化や芸術を興す事もない。


 武器や道具が嫌いなわけではない、あれば使うし、美術や美食も評価しないわけではない。ただ、それは自らが作るものでない、ということだ。


 モノとは他者から貰う、奪う、作らせるものという価値観が染み付いている。


 種族ごとに言葉はあるが、文字らしい文字はなく、成分の法もなく、記録もない。国や町を作ることもなく、一箇所に長期定住することもない。


 太古からの狩猟部族社会を維持し、知恵があっても進化を拒む、原始の理に忠実な魔物。それが鬼種だ。


 もっとも、北方大陸での上位鬼種は、その大半が大空白時代に滅びたらしい。今も北方大陸にいる上位鬼種は巨妖鬼(トロール)くらいで、それも棲息域はひどく限られている。


 そのため、当代の人間にとって上位鬼種とは伝説のみに残る謎の多い魔物であった。


 いや、当代どころか数百年前、フォンの生前でも既にその状態だった。彼も上位鬼種と会話するのは今回の戦が初めてだ。一対一で対するのも。


 仲間たちのうち、フィッダは周辺の幻妖の治癒に走り回っている。ナクシャトラの策が半端に終わってしまい、相対的に劣勢になっているためだ。


 ナクシャトラは端末の義眼を破壊されてしまったらしく、予備の義眼を送り込んでくるとの事だが……「本番」に何とか間に合うかどうか、だろう。

 

『それで、どうするのだヒト族の元勇者よ。星落としは明後日という話であろう? 我や貴様は耐えられるかもしれぬが、雑魚どもは無理であろうな。まあ雑魚はこの際どうでもよいが』


 帝国側の魔術師らが、伝説の星落としの秘術……『隕石招来(メテオストライク)』の発動を企んでいる、というのは割と早いうちから分かっていた。


 都市を、あるいは小国をも一撃にて滅ぼすという秘儀。その炸裂はさぞ壮観な光景に違いない。そしてこの幻妖の軍勢も壊滅するだろう。


 壊滅すること自体は構わない。幻妖と化したからには死を惜しむような事はないし、自分らがしくじってもいくらでも冥穴から追加の尖兵は現れる。


 だが、見せ場なく星に灼かれるというのは、個人的には面白くない。


 今日はその見せ場になりえるかと思ったが、半端なところで元仲間に止められてしまった。


 ならば元の策通りに進めるか。だがその策も、どこまでうまくいくやら。ナクシャトラにはどうも、合理より趣味を優先する悪癖がある。体を傷つけるより心を折るやり方を好みがちだ。


 ……相手が屍鬼であった時は、奴らに心などなかったから、趣味に走りたくとも走れずあまり実害も無かったのだが。


「奴の策の通り……といきたい所ですが、うまくいくかどうか、正直わかりませんね」


『くっくっ……別にうまくいかなくてもよいではないか。貴様らの為したいように為すがよい』

 

 ふうむ?


 元の策では、途中までは相手の魔術師団とやらの目論見に敢えて乗る予定だった。


 つまり集団を維持しながら少しずつ前進し、『万里長城(グレートウォール)』の壁際までじわじわと押し込み、そこに隕石を落とせばちょうど全滅しそう……と相手に思わせる。


 そして本番は星が落ちかけてからだ。そこから死なば諸共に、と敵の被害を拡大するための手をうつ。


 そのために重要なのが、あの『万里長城』だ。


 ナクシャトラがいうには、あれは見た目は単なる土壁でしかないが、その実態はかなり面倒な代物らしい。


 土壁部分は無数の防御結界の魔法陣を練り込むための土台に過ぎない。防御結界が発動すればそれは土壁のない左右にもずっと延びていき、ついにはこちらを完全に包囲することすらできるという。


 さらに防御は上空や地下にも及び、飛竜や土竜(モグラ)の侵入も普通にやると弾かれる。それを超えるには、魔術の届かない超高空を飛ぶか、あるいは逆方向に同じくらい深い地下から掘らねばならない。


 不可能ではないが手間がかかる。手持ちの戦力でやっても星落としには間に合うまい。


 また、あれは壁の内側からの攻撃も防ぐ。そして壁の『上』から両側への攻撃は素通しする。つまり壁上に籠もっている限り、押し寄せる敵を一方的に攻撃できるし、万一味方側に裏切りや敵の侵入があっても安心だ。


 魔術に詳しくないフォンでは今ひとつ分からないが、相手の攻撃を吸収したり反射したり、防御のやり方の切り替えもできるとか。


 さらに強力な自己修復能力がある。古竜の吐息や王器の全力を一点に集中すれば瞬間的に穴を穿つことはできるだろう、だがそれも瞬く間に修復されるはず、と。


 仮に星落としのその瞬間に穴をあけられれば爆発を帝都に向けることもできるが……向こうとてそれは分かっていよう。最も警戒している瞬間であろうし、そこを狙っても成功率は低かろう。


 要は陣地防御や、相手を包囲殲滅する手段としては極めて優れた代物ということだ。現世の魔術師も、魔術が衰退しているなりに工夫しているらしい。


 だが、だ。

 

 あの巨壁には帝国側が気がついていない欠陥がいくつかある。ナクシャトラの狙いはそれらを利用することだ。


 いや。欠陥というのは正確ではない、か。


 普通の人間や魔物なら奴が考えているような方法は使えないのだから、欠陥とは言えまい。単に幻妖という存在や王器という道具が反則的なのだ。



 そして相手の虚をつき、さらに相手の力を利用して、帝都に深刻で拭い難い打撃を与え、今後始まるはずの本格的な殺戮の嚆矢(こうし)とする。それが今回の「本番」の策、だ。



 ……実際のところ、この策がうまくいかなくとも構わない、というのはその通りではある。


 この鬼は鬼のくせに話が分かる相手だ、もしかしたらそれこそナクシャトラよりも。


「あなたや、後ろの古竜たちが私達を尊重してくださるのが少し意外ではありますね」


『ヒトはかつて我等に勝った。個としては物足りぬ者が多いが、種として侮るは愚かよ』


 かの邪神から現世の言葉と知識を与えられた指揮個体級の幻妖は、元人間だけではない。古竜やこの鬼もそうだ。


 そして彼らは肉体的には脆弱な人間を遥かに超えた存在であり、生前は数千、ときには数万年以上の年月を生きた怪物たちだという。


 しかし、この鬼も含め、そうした非人間の高位幻妖らは、元人間の幻妖の言うことを思った以上によく聞き入れてくれているし、人間の事も案外に認めている。


 ナクシャトラの策も、小細工だと馬鹿にしつつも、やるなとまでは言わないし、指示には従ってくれていた。


『星霊の儀、最大の目的は星に魂を捧げる事であるが……ふふん、貴様、己が命刈り取る悪鬼と化したりと思っておらぬか?』


「……違うのですか?」


『悪鬼を名乗るなら、せめて一切の命乞いを聞き流し、老若男女一切合切をぶち殺し、生首を飾って血肉と臓物をその場で喰らうくらいはしてみせよ。その程度もできずに『鬼』を気取るなど、我からすれば片腹痛い』


「……なかなか人間には難しい話ですね」


『死に瀕した臓物が発する輝き、新鮮な血肉の味わいの素晴らしさすら知らんとはな……あれか、寄生虫や毒に弱いゆえか? まことヒト族とは貧弱よな、勿体のないことよ』


 そういう問題ではない。たぶん。


『そも、相手を選ぶ時点で鬼などではないわ。まあ冗談はその程度にして……聞こう、我等が命を狩るは星を生かすため、では星を生かすは何のためか?』


「世界のため、では?」


『世界とは何だ?』


「……何だと言われても……我々を、いや、生命を育むための掛け替えのない大地や空、そのもの、では?」


『貴様は真面目過ぎる。逆だと思え。つまるところ星や世界など、我等が足元に敷く敷物、乗り物に過ぎぬ』


「それは……」


『乗り手も見る者も無き乗り物に価値はない。竜も鬼もヒトも無き星に意味などない。命乗せる事無きただの土くれなど、それこそ星の数ほどあるのだぞ。生ける者が世界に価値を与えてやっておるのよ』


 くつくつと、鬼は嗤った。


 傲慢を形にしたかのような嗤いであった。鬼は(うそぶ)く、自分たちの存在こそが尊く、星も世界も生命を輝かせる舞台に過ぎず、生命無き世界に価値など無いと。


『我ら星霊も、単に命を刈り取るだけならば、我等のような有り方でなく、もっと心無き器物に寄せた造りをするものよ。誇れ、貴様は子孫を試すためにここに在る。生者どもに、汝らに生きる意味があるのか、世界に価値を与えうるものかと、過去の形を借りて試す、それが我らの意義よ』


「結局、それだけの価値がない、となれば?」


『その時は、せいぜい華麗に滅びればよい。引導を渡してくれよう』


「なんとも、豪快なる考え方ですね……」


『そも、子孫が先祖にあっさり負けるようでは話にならん。ゆえに本来は、相手がヒトなら主役は貴様らだ。我や竜どもや黒の王は脇役に過ぎん』


「……寡聞にして、私はこんな有り様になるまで、太古の戦や、星霊の事など何も知りませんでしたよ。今地上にいる人間の九割九分までは同じでしょう、己の義務など知りもしない」


『そのようだな。貴様らは知識と工夫を力とする種であろうに、どこかで折角の知識の継承に失敗しおったか。前に貴様らが持っていた、空飛ぶ船や爆弾や機械どもはどこにいったのやら』


「太古、あなた方に勝った頃の知恵や力を多少なりと持っているとしたら、西の魔人や、崑崙などのほんの一握りではないでしょうか。そんな今の人間に、龍脈を鎮める能力が、資格があるのか、大いに疑問ですね」


『資格が足りぬとあれば、そのぶん血が流れるのみ。そしてヒトという種が儀に耐えられぬとあらば、その時はまた霊長が交代するだけの話よ。竜人どもや鬼どもが喜びいさんでこの大陸に戻ってくるであろう』


 なるようになる、難しく考え過ぎ、ということか。


『龍脈が望むのは、強き命よ。それでこそ、星の寿命は延びる。強さの源はなんであっても構わぬ。腕力でも、魔力でも、霊力でも、知恵でも、技術でも、数でも、なんでもだ。とにかく種として輝ける物があればよい』


「鬼とは腕力を至上とする蛮族そのものの生き物だと思っていましたよ」


『間違ってはおらぬ、それが鬼だ』


 殆どの鬼種は野蛮が人の形を為したような存在だ。腕力と暴力を友とし、道徳などとは無縁。


 敵の殺し方も人間からすると残虐というほかないし、普通にその場で死体を嗤いながら食べたりする。その死体が、斃れた味方側のものであることさえ珍しくない。


『我はかつて永く生きたゆえに、元々他種の事を知るが、鬼は鬼よ。……ことに、このように話せるのは、黒の王に貴様らの言葉を教えられたせいだ』


「言葉?」


『鬼種の言語は闘いに関わるもの以外簡素でな。世にある多くの概念を表す語彙自体がない。語彙がないということは、見えず、聞こえず、考える事もできぬということよ』


「……意味がわかりませんが?」


 言葉がなくても現実は変わるまいに、認識や考察もないとは?


『例えば鬼種の言語の多くにはヒトのいうところの『愛』や『献身』、『信頼』『道徳』などに相当する言葉が見当たらぬ。それらは我等の生活には不要な概念でな、正直なところ、我にも今一つわからぬ。知識は得ても感覚として理解しかねる』


 ……さすがは人でなし、というものか。


『今の我は貴様らの言葉を話してはいるが、おそらく同じ意味で使えてはおらぬのであろうな。そして今も、羅刹の言葉で思考する時にはヒトのような考えはできぬ。しないのではなくできぬ。これは知性の度合いでなく、傾向の問題よ。言葉とは種の在り方そのものだ。なにより、鬼同士ならば、この(かいな)が万の言の葉に勝るのでな』


 拳を開いては閉じ、指をこきこきと鳴らしつつ、羅刹は続ける。


『難しい事は竜や精霊に任せればよい。分からぬなら分からぬままでよい。森羅万象はただあるがまま、己で作り替えるものではない。我等はそのようなモノだ、それでよい。下手な知恵があると貴様のように悩み苦しむ事になるのだ』


「貴方はかなりの知恵者に見えますが」


『我の知恵も、本来はただ、より良き闘いのためのものよ。自由など要らぬ。そもそも、自由の重さに耐えられる命など、殆どないのだからそれでよいのだ』


「?」


『貴様らヒトとて、自由そうに見えて、結局は信仰だの法だの倫理だので縛らねば、生きる事すらままならぬではないか? 煩悩に悩み愛憎に苦しみ喪失に涙する、その心を扱いかねておるではないか? 結局、恨み辛み妬み(ひが)(そね)みに心焼かれる生を送っておる』


 ……口では今一つわからぬ、といいながら、この鬼は、人間のことをかなり分かっているのではなかろうか?

 

『結局その苦しみは、多様な欲を抱く自由があるからだ。それも大した自由ではない、所詮定命のものが得られる自由など、何に縛られるかを選ぶだけのものに過ぎぬであろうに』


「……己の心を何に頼り、何に預けるか、選ぶ事がかなうなら、多少は意味がありましょう」


『生まれでその選択肢も酷く減るのであろうにな、むしろ哀れとすら思うぞ。下手な希望など最初から無いほうがよい』


「……」


『その点、我等鬼は楽なものよ。我等は闘争を愛し殺戮に飽くる事がない。ただ闘いに命を燃やし燃やされ続けるために生きる。そうして強さを魅せる事こそ我等の生くる目的よ』


「強さを魅せるといっても、どのようになされるおつもりか? このままでは……」


『鬼の強さとは、勝つ事でも殺す事でも生き残る事でもない』


「違うのですか?」


『世にはけして倒せぬ敵がある、ならば強さを勝利に求めれば、そは届かぬままに終わるではないか。世にはけして死なぬ者は無い、ならば死をいかに避けるかを求めれば、そは敗北で終わるしかないではないか。そんな悔恨に終わる生ばかりでは、魂が闘争の野(てんごく)に逝けぬであろう』


 何を残すかでなく、何かのためでもなく、さらには、生きるためですらなく。


『強さとは与えられた命をいかに輝かせるかだ。ゆえに我等は闘争こそを愛する。生命とは戦う時にこそ最も美しい、そう思わぬか? 例え雑魚の力しか持たずとも、その全てを発揮できたなら、其奴には見るべき『強さ』がある。そうした強き魂は、死してなお無限の輪廻と闘いに磨かれ、やがて遥か時の果てに大業を為すであろう』


 簡潔なようで曖昧。鬼種の思考と嗜好はあまりに刹那的だ。だが……彼らなりの美学が、そこにあるのは分かった。


 ただ、彼らの「強さ」の輝かせ方とは、結局のところ、血なまぐさい残虐、暴力による蹂躙に他ならないのだが。


 そして鬼種にとっての『天国』とは、安らぎの地でなく、終わること無き闘争に満ちた地であるらしい。


『そして星霊となった我等に宿るは偽りの魂なれど、真に強さを示せたならば、その輝きは世界に刻まれ、新たな魂を生み出しえる。嘘からでた真よ。さらにこの輝きは、我等の相手なる者どもの魂をも磨く。命がけの闘いを通じた魂の錬磨、これこそが星霊の儀の本懐よ』


「なぜ私に今更そのような事をおっしゃるのか?」


『貴様は自分が『正義』でない、となると、力を出しにくい類の戦士であるようだからな。ゆえに戦う『理由』が必要かと思うた。我には今更要らぬものだが、貴様らがせっかくの強さを引き出しきれず終わるは勿体無いゆえ、なけなしの理を聞かせてやったまでよ』


「……なるほど」


 見透かされていた、か。

 そしてもっと野生を剥き出しにして(たけ)れ、生命を燃やせと言いたいらしい。


『竜人どもにも時折貴様のような戦士がいるが、戦いに理由が要るとは面倒なものよな。せいぜい不完全燃焼で終わらぬよう、己を納得させる理屈を見つけだすがよい』


 気を使わせてしまった、ということか。


『まあ今回の星霊の儀はちと異常が過ぎる。何十年か前に、余程楽しい事があったようだな? まあ良い、呼ばれたからには脇役にも脇役なりの出番があろう。明日こそは暴れさせてもらうとしよう』


 くくく……。


 緋髪の羅刹と、彼の後ろに控える鬼達が嗤う。単眼巨鬼、六腕の阿修羅、蒼肌の夜叉鬼……今は幻妖としてしかこの大陸にいない上位鬼種たち。


 それらの殆どは人語を解さず、フォン達と意思疎通もできないが、彼らは緋髪の羅刹を主としてまとまり一つの部隊を為していた。


 ほんの十数体だが、この一団だけで数千の兵と互するのではないか。


 予定では、明日は単純に圧力を強め、あの壁際まで押し込んでいく事になっている。この鬼達も出陣予定だ、彼らを止められる者がいるとすれば……。


『雑魚の命を喰らうてもつまらぬが、あの空を飛んで棒を振り回していたヒト族はなかなか見所がある。他にも2、3、面白そうな奴らが増えた。少しは楽しめそうで何よりよ』


 かかか、と緋髪の鬼は嗤う。


 鬼種はかつて竜人が支配していた古代においては北方大陸の全域に住んでいた。


 平均すれば高知能で魔術に優れた竜人のほうが優位であったが、鬼種、特に上位種は竜人より身体能力に優れていた。時に戦う事も、取引や共存することも、雇用関係になる事もあった。ある意味で普通に異種族としての関係だった。


 竜人が南方大陸に去った際に、鬼種もある程度は別の、南洋大陸と呼ばれる地に移住した。だが、竜人と違って少なからぬ数が北方大陸に残った。


 残った鬼種は、「魔物」と呼ばれるようになり、その後数千年に渡って人間たちと戦っていくことになった。


 この緋髪の鬼は、その走りとなった者。人類との戦が起こったとき、彼は鬼種としては永く生き過ぎ、もはや老境にあったが、臆することなく人類に立ち向かった。


 その拳で装甲車を粉砕し、地雷を踏み抜いて倒れることなく、ミサイルや機関銃をものともせず、機械化兵団を生身で蹂躙して人類側の指導者たちを恐怖に陥れた。


 最期は、後に魔人王の円卓と呼ばれることになる戦士たちと死闘の末に重傷を負い、地割れの中に落ちて斃れた。それゆえに幻妖としての資格を得た。


 その獰猛かつ堂々とした戦いと死に様は、当時の鬼種や竜人たちに感銘を与え、人類への抵抗を続けさせる原動力となった……。



『まあこれも星霊の役目よ。我等を忘れた腑抜けたヒトどもに、一つ喝を入れてやろう。ふははははっ!』 


 敢えて人の声帯で表すならば、彼の名はヴェルルグルカーン。六大鬼王が一、『羅刹王』ヴェルルグルカーンだ。


 かつて龍の元で世を統べた旧き亜神たち。竜人に八大の竜王がいたように、精霊に七色の精霊王がいるように、鬼種にも六大の鬼王がいた。

 

 だが、同じ亜神でも、鬼王は竜王や精霊王とは少し在り方が異なる。


 まず、鬼王はシンプルな暴力と破壊の体現者だ。その役割は、世界に仇なす異物を物理的に排除する前線指揮官であり、竜王や精霊のように世界の法則の管理には関わらない。


 次に産まれ方が違う。竜王や精霊王が代替わりする場合、その後継は龍脈から産まれる。現在はそのシステムも破綻しかかってはいるが、とにかく彼らは他に替えがたい唯一であり、産まれながらの神だ。


 鬼王らは違う。鬼王は後天的に『成る』ものだ。力を得た鬼種が、先代の老いた鬼王を倒し、その身に宿す『鬼珠』を奪いとって己の物とすることで新たな鬼王となる。


 そして『鬼珠』とはそのための『神器』である。神成るもの……鬼が鬼神に成るための道具だ。


 『彷徨の魔女』がその身に神器を合一させていたのと機構的には近いが、鬼珠は最初から合一前提で創られているために寿命を削ることもない。


 そして『神器』扱いであるゆえに、幻妖として再現されたヴェルルグルカーンは鬼珠を宿していなかった。龍脈は神器を再現できないからだ。


 今ここに在る羅刹王は亜神の神力を持たない。神格を持ったままで顕現した幻魔王に比べれば、存在規模もかなり小さい。


 星霊ヴェルルグルカーンは幻聖でも幻魔でもなく、死した時の、老いさらばえた頃の身体で顕現した。全盛期の、大陸に緋髪の羅刹王ありと知られた頃の彼とは比較にもならない。


 だが、侮るなかれ。


 鬼王は、先代を倒すことで代替わりとなる。


 すなわち鬼王とは、神器無き身で神器持つ王を倒した者だけが、成りえるものなのだ。


 故にたとえ鬼神の神力が無くとも、老いがその体を蝕もうと、彼は紛れもなく鬼の王に他ならない。


Q. 老若男女一切合切ぶち殺し略奪の限りを尽くす東夷(あずまえびす)で死人の首を見ないと気が塞ぐと毎日首を刈っていた某鎌倉武士は鬼だったんですか?

A. そうかも。

 ……ま、まあ、太平記は物語であって史実とは限らないですが……わざわざ、書かれるだけの事はあったんでしょうし。



 本作中において、鬼は記録を残さない種であり、知識や技の継承に余り価値をおきません。名を残そうという考えもありません。


 むしろ一瞬の輝きあれば、死後は永遠の闘争を約束する修羅道(てんごく)にいける、と考えています。彼らにとっては、穏やかな安らぎの地こそ、あり得ない地獄なのです。


 ヴェルルグルカーンは鬼種としては例外的に他種の思考に理解がありますが、理解を示すだけであり、本人は生粋の鬼です。


 特定言語にしかない言葉やそれが示す感覚は、その言語で思考しない限り正確には認識できない、というのは、現実にもままあるものと思っています。

 母国語レベルでその言語に熟達しない限り分からないもの、その言語や概念が産まれた環境にいない者には分からないもの、そういうものは、同じ人間同士でもあると思うのです。いわんや異種族をや。




作中における鬼種

 なおこれらは人間による分類なので、鬼種たち自身の自称や自己認識は別にありますが、割愛します。


 また、鬼種は進化特性があり、小鬼からでも上位種に進化していくことが可能です。そのために採った方法で進化先が変わります。また各鬼種間で相互に生殖も可能ですが、父母どちらかの種となり、ハーフは発生しません。


 なお極めて残念なことに、作中の鬼種は通常の手段では人間相手に生殖できませんので、くっ殺な姫騎士とオークのお話は発生しません。通常では。



 小鬼 ゴブリン…… 小柄で一本角、緑肌の最弱の鬼。人の幼児なみの知能があり、棍棒などで武装する事も。一般に単体では人間より弱い。


 山鬼 コボルト…… 小柄で褐色肌の鬼。様々な毒を扱い、金属を腐らせる力を持つ。単体では小鬼と同等。


 豚鬼 オーク…… 豚と人間が混ざったような姿。人間並みの大きさと、弱い再生能力を持つ。再生はするが再生速度、動き共に遅いので、基本的戦闘力は低い。


 兕牛鬼 スーグィ……水棲型の鬼種。牛と蜘蛛が混じったような姿を持つ。基本的には常人より強いが、訓練された騎士なら倒せる。


 大鬼 オウガ…… 単純に大柄、怪力の鬼種。いわゆる一般的な「鬼」に一番近い。平均的大鬼の強さで、訓練された人間の騎士で互角かやや不利。


 餓鬼 プレータ……種でなく、状態の呼称。ある特定の状況では、各鬼種は【強欲】【暴食】の仙力に目覚め、餓鬼と化す。こうなると元の種より強大化、凶悪化するが、時間経過で自滅しやすい。主に小鬼、豚鬼がこれになりやすく、その場合ゴブリンロード、オークロードなどとも呼ばれる。



ここから上位種


 単眼巨鬼 サイクロプス……一つ目の巨人種。目から強大な火力を放つ灼光の魔眼を持つ。人間の手足程度なら軽くもぎ取れるほどの怪力だが、動きは鈍い。


 牛頭巨鬼 ミノタウロス……牛と混ざったかのような巨人種。鬼種としては珍しく様々な武器の使用を好み、動きも速い。平均的牛頭巨鬼は、1対1では訓練された騎士でも勝てず、複数人の部隊で対する必要がある。


 獣頭魔鬼 バフォメット……複数の獣が混ざった姿の魔物。複数の固有魔術を持つ。物理戦闘力は低いがほぼ無詠唱で放たれる各種魔術は脅威というしかなく、対魔術装備無しだと人間が勝つのは困難。装備があっても対処に二桁人は欲しい。


 巨妖鬼 トロール……再生能力に特化した巨人種。この再生は非常に速く、普通の剣や矢の傷はあっという間に治ってしまう。対処には再生阻害の魔術的サポートか、あるいは大砲の直撃クラスの火力が必要。どちらもないなら、人間側に勝ち目はない。


 夜叉鬼 ヤクシャ……人間なみの知能がある。固有仙力として、様々な獣の力を借りる半獣化能力を持つ。また、精霊使いが多い。一般的夜叉鬼で対処には人間なら騎士一個小隊(30人〜)が必要。


 阿修羅 アスラ……人間なみの知能がある。四本、六本など複数腕がある鬼種。固有魔術、固有仙力を持つ。特に特定系統の攻撃無効化能力を持つ者が多い。一般的阿修羅で対処には騎士一個小隊(30人〜)が必要。


 羅刹 ラクシャサ……赤肌、三眼、怪力の巨人種。知能は鬼種として最も高い。固有魔術として特殊な魔眼を持つ者が多い。一般的羅刹で対処には騎士一個小隊(30人〜)が必要。


 もちろんヴェルルグルカーンは「一般的」の範疇外です。

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