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第201話 幕間 烙印の獣(3/4)


※本幕間は血なまぐさい表現や、作中人物による、倫理的に問題ある行動、思考、偏見等の描写があります。また、視点移動も多めです。



「……招いてもいないのに、今日は客人が多いな」


 寝息の漏れる麻袋を壊れた荷車に戻しながら、アッシェはやれやれと呟いた。


 今の術式は急所狙いでなく、「即死しない程度に腹部を貫き、地面に縫い止める」事を目的としたものだった。


 要は、「前提として貴様は殺す。そして選べ。苦痛の中でもがいて死ぬか、あるいは質問に素直に答えてすぐに楽になるか」という意思の具現だ。まったく、「後輩ども」は物騒で困る。


 街中で殺傷力ある魔術を使うのも……まあ今の状況では、魔術師団の監視網は機能していない、のか。普段ならこれだけ高階梯の魔術起動は察知されるのだが。


 ルーゲルが勘違いした理由の一つかもしれない。普段、帝都内には街路自体を巨大な魔法陣の部材とした探知術がかけられており、高階梯魔術使用は魔術師団に察知され、許可なしに使うと捕まる。そのため、奇襲や闇討ちに強い魔術で対応できる相手は殆どいなかっただろう。


 ……さて、現れた人影は二つ。大きな外套を羽織りフードをしているため分かりにくいが、男女二人のようだ。そのうちの男と思われるほうが言う。


『招こうがどうかは関係ねえな……『逃亡体』の運命は知っているだろ』


「何を言っているのかよく分からんな、どこの言葉だ、東方語で話してくれ。通りすがりの外国人に突然殺されかける覚えなどないぞ。挨拶くらいしたらどうだ」


 女と思われるほうが言った。


『とぼけても無駄だ。今貴様が使った『影糸』(シャッテンファーデン)は、我らの秘道具……仮に貴様がその本人でないなら、それを知る恐れのある係累全て滅せねばならん』


 『影糸』とはオストラントの精鋭、魔導騎士(マギア・リッター)が使う特殊な金属糸だ。人体を切断する強度を持ちつつ、極めて細く視認しにくい。


 魔術的な要素も敢えて排除した代物のため、魔術でもそうと分かっていないと探知は難しい。暗殺や、デストラップを張るために使われる代物だ。


 アッシェは現役の頃「製造」に関わっていたため、使い方だけでなく作り方、利点、弱点も熟知している。一般には知られていない秘匿装備ではあるが、こちらに来てからも切り札の一つとして少量を作り、時折使っていた。


 『牙猫』などと呼ばれたのは近い間合いでこれを何度か使ったせいもあるのだろう、見えにくく探知しにくいため、相手はいつどうやって斬られたか分からない。他にも色々小細工に使える。


 本来は魔術を併用することでもっと効果的な使い方もあるのだが、今のアッシェではそちらは使えない。少し面倒な「裏技」はあるが。


 しかし、失敗した。さっきの戦いを見ていたのが、よもや魔導騎士だったとは。『影牙』を使うのではなかった。こちらでこれの使用に気付かれたことなどなかったから、油断していた。


 ……あと、この女のほうの声、聞き覚えのある響きがするな。まさか……。


「逃がしてはくれそうにないな。何なんだ、いったい」


 口ではあくまで東方語でとぼけながら考える。


 何故オストラントの魔導騎士がこんな所にいる……幻妖とやらの偵察か? それにしてもおかしいだろう、ここはまだ戦場じゃない。見るなら西側の戦いのほうだろう。


『飯でも調達しようと街に戻ってみればこれだ、ちょっと面白い戦いがあると思ったら……片方はよもや逃亡者とはね』


 ……理由はそれか。偶然だというなら何とも過去とは度し難い。とうに置いてきたはずが、追い掛けてくる。


『……見知らぬ顔(・・・・・)、だな。年からすれば少なくとも十数年は前か……貴様がいかなる理由で本国から逃げたか、あるいは逃亡体からそれを得た者かは知らんが、我らにとって逃亡は死、機密の漏洩も死に値する。殺した後、脳から記憶を吸い出して経緯を……』

『えー、俺あれ苦手なんだよな、記憶に呑まれそうになるし。つーわけでよ、どうせ死ぬなら素直に吐いてから死んでくれね?』


「せめて東方語で話してくれ。こちらも忙しい、あなた方のような不審者に関わっている暇はない。官憲を呼ぶぞ」


『明らかにアレな奴らと殺し合いしてたり、本国からこんな遠く離れた辺境で俺らの武器と体術を使うてめえだって充分不審者だよ。正直、『投槍(シュペーア)』をかわしたのもおかしい……何をやった?』 


 東方語もしっかり分かっているか。派遣されてくるのだから当たり前だが。


 辺境扱いか。……まあ、確かに自分も、国から逃げ出した頃には東方など野蛮な辺境か田舎だと思っていた。


 だが向こうとこちらとは、文明としては大差なかった。確かに故国のほうが魔術や学問では進んでいるが、その差は故国の者らが思うほど大きくない。


 帝国は人的、物的リソースを、より実践的な大規模国家運営に向けていて、食糧生産や治水技術、法律運用に一日の長がある。貧富、機会の格差は大きいが、故国に比べればずっと流動的で、能力あるものは出自がどうであれ成功できる可能性がある。


 少なくとも、身分制度がガチガチで、生まれで人生の殆どが決まってしまう故国より、こちらのほうが活気あるのは間違いない。


『まあ仕方ないないか』

『首から上は壊すなよウルリヒ、吸い出しが面倒になる』

『分かってる』


 ──構築『疾風迅雷(シュネラーブリッツ)


 超加速を主体とした強化術と人体を破壊するための複数の状態異常付与の複合魔術か。


 やると決めたら迷いも無駄口もない。さすがは現役の魔導騎士。


 網膜に焼き付く姿は既に残像。人体が雷になったが如きほどの速さで、ウルリヒと呼ばれた男が手にする片手剣(シュベーアト)の斬撃と複数の『影糸』が走った。


 ……もしルーゲルが生きてこれを見たなら、己との余りの違いに絶望したかもしれない。一流の騎士の技量と魔導師の魔力を併せ持ち、それらを複合戦闘術として昇華させ、「壁」を超えた存在の前には、持たざる者の工夫など児戯に等しい。


 とはいえ、彼らは弱者を嘲笑(わら)わない。弱者の嫉妬に付き合わない。弱者を憐れむ事もない。


 それは単に眼中にないだけのこと。魔導師でもない者には、反応する価値すらない、魔導騎士と常人にはそれほどの差があると、彼らは信仰している。その信仰がさらに自信と力を与える。


 そして殺すと決めたなら誰であろうと相手は死ぬ、殺せるとも信じている。それだけの力もある、ゆえに──。


 ・

 ・

 ・


 ──ここにいる男はウルリヒ・フォーグラー、女はブリギッテ・エーデルバッハという。


 彼らは西方の魔導王国オストラントにおいて精鋭のみが集められた『魔導騎士団』の一員であり、それに加えてさらに『聖別』の試練に耐えて『降神化』を会得した『降神者』だ。


 オストラント王国には複数の騎士団があるが、その中でも魔導騎士団はオストラントどころか大陸西方諸国において最強であり、その団員は、かつては神器や王器のような特別な道具がなくとも一騎で他国の数十の正規騎士を相手どれると言われていた。


 だが魔術衰退によって魔導騎士の力も軒並み減退した。各人はかつての半分の力も出せなくなり、魔導騎士の基準に届く者も激減した。


 元々魔導騎士に届かない力しかなかった他のの騎士団などでは、魔術自体使えない者が増えた。魔力を誇りにしていた貴族たちの中にも魔力無し判定の者が頻出するようになった。


 それは魔術の国、古の智恵を受け継ぐ正統なる国として血を繋いできたと主張し、西方に君臨してきたオストラント王国にとって、国家の存在意義と存亡に関わる問題だった。


 このままでは鍛え上げた力が、積み上げてきた知識が、高貴なる我らの血が、野蛮な蛮族の数の力に埋もれて失われかねない──。


 そこで艱難(かんなん)辛苦の末に編み出されたのが、『聖別』だ。これに成功し『降神者』として覚醒すれば、かつての魔導騎士の力を取り戻すどころか、元に数倍する人を超えた力を得ることができる。


 これぞ追い詰められた魔導王国オストラントの底力が生み出した奇跡。


 だがこの『聖別』、非常に成功率が低かった。少なくとも第二級魔導師……帝国風に言うなら乙級魔導師以上でなければ資格がなく、そのうえで施術に成功する者は、初期では百人に一人か二人。


 一方で失敗すれば死ぬかほぼ廃人になったという。それに「成功」しても、欲望の抑制が難しいなど、何らかの精神異常を抱えることが多い。


 それでもオストラント王国は諦めなかった。数多の犠牲を出しつつも、十数年以上かけて儀式を改良し続けていった。


 最初の頃は『逃亡体』が多数現れた。あまりに成功率が低く、失敗すればそれまで磨いてきた全てを喪うという過酷な試練(じんたいじっけん)を恐れ、何人もの騎士が逃げ出したのだ。そうした逃亡体は見つかり次第捕縛されて『研究材料』になるか殺されたが、稀に逃亡に成功する例もあったらしい。


 ウルリヒ達は目の前のこの男もその類に違いない、と考えた。だから殺す事に一切の躊躇はない。

 

 誇り在る魔導騎士ならば就任の際に誓ったはず、国の為に命を捧げると。即ち就任の時点で、魔導騎士の命は己のものにあらず、国のものである。誓いを破るは死すべき罪である。


 それを、命惜しさに逃げ出し、あまつさえ機密の技を外国で使うとは、まこと軽蔑すべき卑怯者というほかない……。


 ──この二人は本気でそう信じている。……その「誓い」とやらが、戦場でない所でも命を賭けさせるため、そして逃亡者を抹殺するための根拠とするため、ほんの十年ほど前に修正された後付けのものであることは知らない。


 ──だが仮にそれを教えてもそれがどうした、となるだろう。「精神異常」の中には、儀式でどうしても発生するもののほか、反逆防止のために意図的に植え付けられるものがある。崑崙の戒律にも似た、母国への盲目的忠誠……。聖別の儀式の「改良」の過程で生み出されたもの。


 ──この二人とて儀式の前には恐怖に怯えていたのだ、だが今はその記憶と自覚はない。最初から喜んで身を捧げたと本人等は認識し、その覚悟と心意気ゆえに「成功」したのだと信じ込んでいる。実際にはそれは単なる偶然だというのに。


 ここにいるウルリヒとブリギッテは、最新の第三世代の『降神者』だ。最新世代では以前の世代より得られる能力がより安定し、力を制御しやすくなっている。


 失敗し聖別不適合者(アウスムステルン)となっても、『廃棄』されるほど心身が壊れてしまう者も減った。しかし、成功率自体はまだ低い。


 貴重な魔導師をすり減らすことになっても、未だに改善は続けられている。それほどに降神者、そして降神者のみからなる特殊部隊『降神猟兵(ラグナ・イェーガー)』の価値は計り知れない。


 『降神化』を発動せずとも元より何割か増しの魔力を宿し、さらに魔眼などの別の力に目覚めることも多い。そしてひとたび『降神』すれば……その力は空前絶後。部隊としてなら、あの聖山アナトの切り札、『天使憑き』や、西の護法騎士にすら対抗できよう。人間の枠を超越した戦士たちだ。


 だから、ウルリヒとブリギッテは信じていた。自分たちは例え『降神』せずとも、今や大陸に冠する超一流の戦士である。ゆえに聖別を恐れて逃げ出した逃亡体など、例え元魔導騎士であろうと鎧袖一触(がいしゅういっしょく)である……。


 そのはずだった。


 ウルリヒの放った剣撃と鋼糸の同時多重攻撃で、目の前の男は一瞬で切り刻まれた肉塊になる……はずが。


『!』

 

 剣は短棍に受け止められた。反射的な刃の切り返しも防がれる。そして『影牙』の糸には手応えがない、まるで途中でそれ自身が切れたかのよう……いや実際に切れている、何故だ。


 馬鹿な。『疾風迅雷』は単に速いだけの技ではない。剣にも鋼糸にも、『切断強化』と『剛性強化』『治癒阻害』などが載った複合魔戦技。


 ただの棍で受けられるはずもなく、例え『影糸』が『影糸』で相殺されたとしても、こちらが負ける道理がない。


「若造。やるなら貴様らもただではすまんぞ」


『……』


 あくまで東方語でしらを切る男にウルリヒは目を細め……少し本気を出す。


 無言のまま一歩下がって撃ち合いを解除、魔導騎士として学んだ術を起動する。どうせ殺すのだから隠す意味もない。


 ──剣技『雷光突(ドンナーブリッツ)


 中段の神速突き。受けられる。瞬時に手首を捻って方向を変えるもはじかれる。先ほどの技量ならそこは想定内。


 ──構築『魔弾』(ヴンダーヴァッフェ)


 剣を受けるために体幹部が止まる瞬間を狙っていた。相手の背後から必中かつ防御貫通の魔術で打ち抜く……。


 ! 打ち抜き損ねた? かすり傷どまりだと、馬鹿な。鉄の盾すら貫通するものを、どうやって……着弾の瞬間何かしたか? 


 ではこれはどうだ。


 自分すら巻き込むことを厭わず範囲攻撃をセット。確実に仕留める──


 ──剣闘技『蛇咬牙(シュランゲンビス)


 まずは中段へ横斬り、受け流される。そこから突如剣でなく蹴りで足元を払う。僅かに跳んでかわされる、そこから下からの刺突を放ちながら同時起動──

 

 ──構築『雷衝網(シュトロムシュラック)……八層陣(アハトマル)


 雷の塊を八方に形成し、相互に放電しあう電磁結界を形成。空中にいる相手は回避も、接地して雷を逃がすことも不可能。……何故だ、これも余り効いていない?


 ではこれなら……。


 ──剣技『天竜爪(ドラッヒェンクラウ)


 上段からの振り下ろしからの急激な右半身への切り返し、さらに回し切りの三段技。これらも弾かれ、かわされる……当然のように。その時点でおかしい、が……。


 ──構築『霧中斃死』(ネーベルデスコーマス)


 剣をかわした頭が流れるべき位置に発現させる。吸い込む、触れる、どちらでも神経を蝕む無味無臭無色の毒の霧……これも避けただと? どうやって知覚した。


 ならば避ける隙間など無くしてくれる。


 ──構築『百鬼夜狩(ヴィルドヤークト)


 上下前後左右、全ての方向から同時に不可視の風刃を形成、何十もの同時攻撃……。


 ……一部は当たった、だが浅い。何故だ。一刃だけでも首を落とすに充分なはず。


 ・

 ・

 ・


(なんなんだ、くそっ)


 おかしい。

 手は抜いていない、全く効いていないわけでもない、だが、倒しきれない。


 速さはさほど速くない。先ほどの若い男との戦いの時よりは速いが、普通に魔術無しの人間が鍛えて届く範疇だ。一級魔導師の魔力にて加速したウルリヒの敵ではない、そのはずなのに。


 というか、こいつの魔術発動の気配が全くない。ウルリヒ自身の(・・・・・・・)魔力しか感じない。


 何故魔術を使わない。まさか、元魔導騎士ではないのか? 動きの癖は同門か、少なくとも同門に教えを受けたものと考えるのが自然だが……魔導騎士の闘法は魔術の併用を基本とする。体術だけというのは奇妙だ。


 では『祝福(ゼーゲン)』……こちらでいう仙力のせいか? いや、それにしてもおかしい、どうも単純な速度や膂力、耐久力の強化は無いとしか思えない。


 それなのに、彼の神速の剣に防御が間に合う。信じられないほど巧みにこちらの攻撃が弱められる。


 しかも退かない。むしろこちらに踏み込んできて密着を保とうとする。おかげで出せる技は少ないが、当然隙も少なく速い、それなのに受けられる。……完全にこちらの技が、読まれている!? どうやって?


 それに待て。まさか、一切の魔術補助無しで自分の技に対応していると? 心を読む異能か? いや、降神猟兵の精神防御は鉄壁のはずだ。


 では純粋な武の技量で見切っている? それこそ有り得ない、そんな見切りなど、できるとしたら……。


 ……一瞬、降神猟兵の隊長であるジークフリート・ヴァルター侯爵の姿が思い浮かぶ。オストラントにおいて百年に一人(・・)の天才と言われた魔導騎士、最初にして未だに最強の降神者。

 

 訓練であの化けも……いや、隊長は敢えて魔術無しで動くことがあるが、この男の動きは、その時の隊長にも匹敵……。


 ……まさか。そんなはずはない。ウルリヒは浮かんできた雑念を打ち払う。あんな怪物じみた達人が二人も居るはずがない、まして逃亡体でなど。何か絡繰(からく)りがあるはずだ。


 そうだ、何より問題なのは武の技量ではない。


 魔術がろくに効いていないことだ。範囲攻撃術だけではない、この男はウルリヒの剣を避けきれず、棍で受けてはいる、受けているなら接触で発動する魔術は効くはず。それなのに余り効いていない。そこが最大の問題だ。


 棍に対する『共振破壊』が、『裂壊』が、体に対する『麻痺付与』が、『痛痒』が、『聾唖』が、『盲目』が……色々試したがどれも効いているように見えない。


 何故だ。この男何をしている、何者だ?


 ならば剣でなく拳はどうか。掌打はどうか。蹴りは、関節技は、そして『紫電掌』『波動浸透』『熱焼刻印』などの接触破壊術はどうか。


「ちっ……」


 常人の目には止まらぬほどの速度での応酬、いや、応酬というより情勢自体は一方的にウルリヒのほうが優勢だ。


 こいつはさっきの若い男相手には手を抜いていた、しかし今は本当に余裕がなさそうだ。それもそのはず、ウルリヒの強化術はさっきの男など話にならないほど強力かつ精緻であり、速度と筋力の差は倍では効かない。大人と幼児よりも酷い差がある。 


「………」

「くそっ」


 それなのに、致命傷を与えられない。


 剣撃や打撃は通っている、かなり減殺されてはいるが、効いてはいる。骨を断つつもりが少し血が出る程度、引きちぎるつもりが軽い打撲程度に落ちるが、徐々に傷が増えていっている。


 だが魔術面の攻撃が殆ど効いていない、ように見える。なんだこれは。まさか『封魔陣』か? いや、少なくとも発動自体は阻害されていない、だから違う。


『何をしているウルリヒ! (なぶ)っていないで速く仕留めろ』

 

『遊んでなどいない! ブリギッテ!』


 返答のために一端攻撃を中断し後ろに下がる。相手も、何故か顔を歪めつつ大きく飛び退いた。そうして少しだけお互いに構えて睨み合う。


『遊んでいない、だと?』

『魔術が効かない。何かお前の『目』で見えるか?』

『……すまん、分からん』


 ブリギッテの瞳は『千里眼(ヘルゼーエン)』の魔眼だ、本来届かない遠く離れたところを見る力であり、密室に隠されたものを見ることもできる。


 だがそれで分かるような異常ではないらしい。


『……これ以上は時間はかけられねえ』


 今のウルリヒには、目の前の男以外にも敵とするものがあった。

 

 ……ぐうぅ……。


 ……少し情けないが、腹の虫、だ。


 もともと今はそのための食糧調達にきていたのだ。彼ら『降神者』は総合的には極めて強力だが、弱点もある。その一つが肉体的燃費の悪さだ。


 つまり、常人より腹が減りやすい。


 かといって食い溜めはできない、胃袋は変わっていないからだ。そのため一日五、六食くらい要る。そのうえ腹が減った場合、元々抱えている精神障害が悪化しやすい。余り長引かせると案外洒落にならない。


『仕方ない、あれを使う』

『……一瞬で終わらせろ、巡回の官憲がこちらに向かってきつつある』

『了解』


 ウルリヒは剣を地面に突き刺し、構えを取る。


 それに対して、滲む血を拭いながら、男が問いかけた。


「お前たちは……そうか。……ならば今の自分が何者であるのかも、分かっていないのだろうな」


 カチンとくる。なんだこの野郎、偉そうに。逃亡体如きに崇高なる俺たちの何が分かる。義務から逃げ出した不良品が!


 只でさえウルリヒは聖別により凶暴性が上がっている。いいだろう、殺ってやる。惨たらしく死ぬがいい。


 ──コロセ! コロセ!!


 『聖別』以降心の奥に棲みついたナニカを、魔導具で押さえ込んでいた獣性を解き放って……彼は切り札を切った。


『貴様が素直に吐けばよかっただけだ! 寄越せ、その首を寄越せぇ!』



 『……降…(メタモル)…神…(フォーゼ)…!!』



 ──ウルリヒが奇妙な構えと動きからその一言を叫ぶと、彼の体から凄まじい魔力が吹き上がり……その姿が変化した。


 ──普通の人間だったはずの姿が、頭部や胸部、四肢などの全身の各所に藍色の硬質の鱗のようなものが浮き上がり、まるで鎧や兜を得たかのよう。鱗以外の場所は、やはり藍色の、しなやかで短い獣毛のような物に覆われた。そして胸に蒼く輝く聖なる星印。


 ──降神者が覚醒し『降神化』すると、その身体は異形に変化する。その有り様は個人によって異なるが、概ね、何らかの獣や蜥蜴や、虫などといったモノと人が融合したかのような姿と化す。


 ウルリヒのそれは、人と豹と蛇が混ざったようなもの。例えようのない不気味さと、在る意味では異形の美を併せもっていた。


『終わりだ』


 異形が風となった。



 メタモルフォーゼはMetamorphose、ドイツ語で「変身」 メタが変化、モルフォーゼが形、それを組み合わせた言葉ですね。


 やはりこう、本気形態への変化や奥の手を出す際には「ヘンシン!」「蒸着!」「真名解放!」とか「Ia! Cthugha!」とか、そういうのを叫ばねばならないと思います、はい。

 あと変身モーションのバンク中は無敵時間なので邪魔はできない、イイね?


 オストラントでは、魔術師の階級は甲乙丙丁級でなく、一級(エアスト)二級(ツヴァイテ)……となります。ウルリヒとブリギッテはどちらも素の状態でも魔力指数で300を超える一級魔導師であり、『降神』すると一時的にナクシャトラすら超え、千に届きます。文字通り、一騎当千の超人たちです。


 降神猟兵については、第56話でどういう存在かについて亜神によるコメントがあります。

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