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第197話 へんじがない ただのしかばねのようだ


 砲撃にしろ、火炎にしろ、ロイとしては防御に手一杯で、ナクシャトラの魔導義眼の探知に至らない。砲台を潰すのも手が回らない……この『槍』、どれだけ残弾がある? 


 いくらなんでも無限ということはないはずだが。100までは数えたが、たぶんその倍以上は迎撃したはず、それなのにまだ底が見えない。


 まてよ、いくつかの砲門は術式の修復再構成が始まってる? ということはもう初期寿命である数十発ぶん撃ったのか? 単純に考えると少なくとも既に400発以上? あるいはもっとか? マジかよ。


 確か幻妖は装備ごと再現できるという話ではある、しかしこれは誰かの「装備」じゃないだろうからその手は使えまいし……。


 そしてこの弾は糞重い。魔術や仙力の補助無しには人間では持ち運びも難しい。そんなものをどうやって、どれだけ準備していた? あるいは、物を複製する仙力持ちでもいるのか?


(『弾を準備したのは幻妖ではないようです』)

(なに?)

(『彼らは弾を「召喚」して装填しています。召喚元は帝都方面にあるようです』)


(まさか裏切り者が?)

(『いえ。幻妖は魔術面では完全な複製なので、本人でなくても認証が通ってしまうんでしょうね』)


 ? ! ……ごるぁああああ!!


 おい魔術師どもっ! てめえらほんとしっかりしろよ! 盗まれてるじゃねえか!


 そうか、それでこの術か! こっちの資材でこっちへ嫌がらせかよ……性格悪い。


 この槍、召喚できるということは内部にそのための陣も組み込んでいるのだろうが、召喚は距離が離れるほど、対象がでかく重いほど、馬鹿みたいに大変になっていく。陣の組み込みにかかる手間も金も跳ね上がる。


 そしてこの槍……確か一本でロイのような下級騎士の年俸を超える価格のはずだが、召喚陣付きならそれも道理だ。それでいて耐久財でなく消耗品。それが何百と無駄に味方に向かって浪費されつつある、と?


 自分の年俸以上のものを次々に撃墜しているというわけだ。……頭痛くなってきた。


 召喚には相応に魔力も要るが、今の幻妖軍の魔力は実質的に無尽蔵に近い。指揮個体がいれば、魔力が枯渇しても死に直して回復する、なんて裏技が取れる。


 だから連中の魔力切れより、弾の在庫を使い切るか、ロイが力尽きるほうが早いだろう。それまでに帝都の倉庫を封印できるだろうか?


 ……無理だ、封魔陣がそこら中で展開している以上、伝達の魔術もろくに使えまい。早馬でも出せればいいが、おそらく現場で一番階級が上の魔導師であったろう副長があのざまだ、誰が出すというのか。徒労感がどっと襲ってくる……くそがああああ!!


 ……と思っていたところで。


 少し向こうに浮いていた砲台の一つに向かって、地上から太く白い光の矢が走った。


 ──『地王器・竜舌弓・定常駆動・構成『天意穿戟』』


 王器による矢の一撃が砲台に直撃……しない、ナクシャトラの幻術により砲台の実際の位置がズレていたためだ。


 だが王器の矢は衝撃波を纏っている、その余波により砲台は揺らいだ。


「そこかっ!」


 ──『地王器・竜舌弓・定常駆動・構成『三虎一蹴』』


 揺らぎから実際の位置を割り出し、今度は同時に三本の矢を放つ。三つの矢は衝撃波を纏い、三重の螺旋軌道を描きながら、砲台の見かけの位置とは少し異なる空を穿ち……。


 パァン!!


 甲高い音と共に幻術が壊れ、本来の位置に出現した砲台も四散した。


「見たか、堕ちた魔術師よ、過去の幻影よ! いつまでも貴様らの好きにはさせん!」


 畿内方面軍の地王器・竜舌弓の使い手であるゴルスレン千卒長の朗々とした声が響く。彼は愛弓を高々と掲げ、周りに宣言した。


「さあ皆よ、反撃の時だ!」


 オオオォオオ……


 帝国兵らの歓声が怒涛の波となり、周囲を満たす。


「おお……負けておらん、いや、勝てる、勝てるぞ!」

「そうともあの仙力使いだけではない、我々にも王器使いがいる!」

「今だ、ゴルスレン殿に続け! 我々もあれらを……」


 帝国軍に熱狂が広がっていく。屍鬼の出現や幻妖の復活による混乱が収まって、散発的ながら、弓矢や火砲が破城槍の術式砲台めがけて放たれ始めた。


 まあ当たらないし、当たっても魔術補助のない攻撃ではほぼ効かない。あの砲台、そういう意味でもやたら丈夫なのだ。一応は魔術師団の切り札の一つ、簡単には壊せない。


 そんな無駄な攻撃を横目に、鉄槍を弾き、あるいは炎槍を食らいながら、ロイは釈然としない気分に襲われた。


(何十もあるのを一つ落としただけじゃねえか。それにあの砲台、術式だからどうせすぐに再起動するし……ほらもう復活しかかってる。今、俺がやってる事のほうが大変じゃね? 元の人気と知名度の差か? なんだかなぁ…………ん?)



 ──『地王器・雷公鞭・定常駆動・構成『五雷轟頂』』


 ピカッ!

  

 帝国軍の反撃が始まった……と見えたその瞬間、数条の青天の霹靂(へきれき)が走り、その全てが次の矢を放とうとしていたゴルスレンに突き刺さる。


 そして彼は、弓を構えたまま倒れた。


 ズドドドォン!!


 彼が地に臥すと同時に多重落雷の轟音が弔鐘(ちょうしょう)となって響く。



「ゴ、ゴルスレン殿ぉーーっ!?」

「千卒長っ!」


 返事はない。


「……こ、これは……」

「そん、な」


 周囲の者が倒れた彼に近寄ったが……その有り様は一目瞭然だった。黒い煙がぷすぷすと天に上っていく。彼の未練と魂を乗せていくかのように‥…。


「治療師をっ」

「『封魔陣』がっ」

「無駄だ、これはもう……」

「あああああぁっ………」

「うそだああああああっ!」


(……死んだ?)

(『即死ですね。治療魔術が使える状況だったとしても死者には効きません』)

(…………)

(『…………』)



 出オチかよ!

 

 反撃の狼煙(のろし)を上げようとした瞬間殺られるとか、却って士気が悪化するだろうが! まして幻妖に殺されたなら、自身も幻妖になりかねないのに……。


(『一応、敵側に雷公鞭ある事を想定し、対雷の防具は身に付けていたようですよ……『封魔陣』で機能不全だっただけで』)


 なるほど。


 ……よく考えると、不用意と(そし)るには敵が一枚上だったか。あれは魔術や仙力無しには人間には対処困難。そして魔術は今ろくに使えず、普段なら有効な防御の魔導具も効かない。


 これまで奴らは雷公鞭を持ってはいても、使ってはこなかった。それは効果的な使いどころまで温存していたからだろう。そして見事そのように使ってみせた。


 眼下では高まりかけた反撃の気運が霧散し、膝をつき、号泣する者さえいる。


 雷の術もまた、単純な威力や範囲より精神的な効果のほうが強い代物だ。‥…本当にナクシャトラという奴は‥…。


 次はどうなる?


 ロイであれば、すかさず追い討ちをかける。雷は速い、ロイの防御でも全てを守りきるのは無理だ。『封魔陣』が効いている間に、帝国軍の有力者を狙撃して反撃の芽を摘み、今後の展開を有利に……。



『地王器・雷公鞭・励起駆動・構……



 だよな!


 王器発動に伴う魔力と霊力の変動、今度こそは発動前にそれを捉えた。


 仕方ない。破城槍や炎槍の迎撃を一瞬後回しにしてでも、まず雷公鞭を無力化しなくては。


 そしてロイが雷公鞭を止めようと、【天崩】を起動して如意棒を伸ばし、気配のあったところにいた、淡く輝く鞭を掲げた高級そうな鎧姿の幻妖……おそらくは本来の持ち主であったフェイ将軍……を捉え。


 大技が発動する寸前で如意棒から多数の霊穿を放ち、力業で全ての凝核を粉砕した瞬間。


 その隙を狙い済ましたか、残る全ての『破城槍』が一斉に同時に射ち出された。


(くそっ!)


 さすがに時間がない、霊力消費がきつい、奥歯を噛み締め脱力感に耐え、時を遅らせ、飛来する槍を弾こうとして……。


 ガンガ「ヴンッ」ガガッ「ヴンッ」!


 何本かは如意棒が、手応えなくすり抜けた。


(! ……幻!)


 ここでナクシャトラは、今まで攻撃には使ってこなかった小細工を仕掛けてきた。破城槍のうち、数本に幻術を仕掛け実際の位置をずらしていたのだ。


 必死の迎撃をすり抜けた破城槍のうち一本が、ちょうどニンフィアとリェンファたちのほうへ飛んでいく。


(やばっ)


 ・

 ・

 ・


「あっ!」


 その瞬間、リェンファやレダは反射的に地に伏せようとした。彼らはそういう訓練をうけている。だがニンフィアは違う。


 彼女としても油断していたわけではない、だが、所詮彼女は軍人ではなく、反応速度もただの少女に過ぎない。まして周りにはまだ幻妖や屍鬼がいて、そちらに注意を払う必要もあった。


 ゴリィ!


 反射的に破壊の仙力で迎撃した。それだけはできた。だが、アシスタントに演算させる余裕もなかった──正確にはそれに思い至らなかった──『聖槍』は、幻術に惑わされ、迫り来る『破城槍』に当たらない。


 防御の仙力も間に合わない……が、エイドルフが倒れながらニンフィアを突き飛ばそうとした。レダも防御しようとしたが、生憎フィッダの防御術はもう時間切れだった。


 そして巨槍は、突き飛ばされて倒れつつあるニンフィアと、伏せつつあるリェンファ達の中間に着弾する。直撃でなくとも、衝撃波と破片が荒れ狂う範囲内だ、無事で済むわけがない。しかもちょうど直撃する位置に、倒れこむエイドルフの体があった。


 ならば当然……



「ギャ!?」


 ドォンッ!



 倒れながら思わず目を瞑ったニンフィアの前で、悲鳴と、大きな音がして、衝撃波の余波と、無数の砂粒が飛んでくる。


(…………あれ?)


 だが、それだけだった。一瞬覚悟したほどの強い衝撃ではなく、飛び散ってくる暖かい何かもない……。


 恐る恐る、目をあけると、そこには。


 かつてエイドルフだった何か……ではなく。


「ふうぅーー……!」


 大きな、身長2メートルはありそうな巨漢が、その身長と大差なく、かつ一抱えほどにも太い金属の巨槍……『破城槍』を、己の腹で受け止めて、半ば地面に埋もれていた。


 エイドルフもそのすぐ側で逆立ち状態で足だけだして埋もれている。……足がバタバタ動いているので、生きてはいるようだ。


 まあそれはいい。とにかく大男のほうだ。


 だ、誰!? どこから? いつきたの!?


「あ、あの……?」


「いったー……これが『破城槍』かよ、思ったより痛えなぁ……」


 大男は野太い声で呟きつつ、沈み込んだ土からよっこいしょと脱出。その脱出痕の穴にエイドルフが落ち込んで埋葬されかかったが、そちらも脱出はできそうだ。


 そうして大男は、少し先がひしゃげ、全体も少しくの字に曲がった巨槍……槍というか、ニンフィアには小さめのミサイルにしか見えない形の鉄塊……を、そのまま、どすん、と横の地面に突き刺す。さらには首をコキコキと回しながら、欠伸をした。


 ……待って。ちょっと待って。


 痛いとかそういう問題? 痛そうにすら見えないけど?


 大男の年の頃は40代か50代か? 白毛混じりの髭面に、まともな鎧や盾もない、軍装でもない。毛皮の服と腰帯を纏っただけの狩人のような、場違いな姿だ。


 それで、音速で飛んでくる、1トンはありそうな金属塊を受け止める? ニンフィアの時代にあった兵器、電磁投射砲(レールガン)の一撃にも匹敵しそうなこれを? 


 ない。有り得ない。

 というかなんで人だけでなく金属塊側も原形残ってるの!? 衝撃波もどうなったの? あんなもののはずがない、物理法則は、慣性は仕事してないの? 魔術……は今は使えないんだっけ、ならこれは仙力? でも霊力はあんまり感じないような……。


 物理攻撃が効きにくい? まさか幻妖? いやしかし……。


 混乱するニンフィア達に大男が言った。


「おー、可愛いお嬢ちゃんやらお坊ちゃんらじゃねえか。危なかったな」

「……あ、はい、ありがと、ございマス」


 助けてくれた事には感謝するが……ほんとに誰? この人。


(大丈夫か!?)

(あ、うん、一応……)


 ロイからの念話が飛んできた、一応大丈夫だと応える。


 他にも2本ほどちょっと遠くに着弾したようで土煙が上がっているが、仙力使いや本陣の将軍らは無事のようだ。



 ──実はこの時、もう二人いた帝国軍内の王器持ちがそれぞれ破城槍の攻撃と「襲撃」を受け大変なことになっていたが、ニンフィアがそれを知る由もなかった。



 ニンフィアが念話している間にレダが大男に恐る恐る話かけていた。


「すいません、あなたは……」

「あー、俺か? 俺はな……」

 

 そこに、やはり伏せていて土を被りながらも起き上がってきたホァン万卒長が話しかけ……。


「その姿。もしかして、お主は、東の……」


「いた! 閣下、突出はしないでいただきたい、話がややこしくなります!」


 帝都のある方角から、騎馬に乗った一団がくる。その先頭の銀鎧の男が、大男に向かって叫んだ。大男が答える。


「しゃーないだろフレッド、こいつらがその、仙霊機兵って奴らなんだろ? 助けなきゃ後々まずいだろうが」


 銀鎧の男が乗る馬がすぐ前までやってきて、止まる。


「……なるほど。仙力持ちは幻妖に対して有利と聞く、ならば狙われるのも道理。そして……御老体、これが貴方の狙いか?」


「左様」


 さらにいつの間にか現れた、酷く気配の薄い老人が、それに答えた。


「敵を知り己を知るが兵法の常道。敵もまた我らを知るとすれば、敵が消さんとするは誰か。考えれば道理なれば……案の定、このように」


 老人の足元の屍を踏みつける。


 ……先ほどリェンファの仙術にて倒れていた「大陰」の暗殺者たちだ。つい先ほどまでは生きていた。だが今はどうみても死んでいる。恐らくこの老人の手で……何故?


「そうか!」


 レダが震えながら叫ぶ。


「『夢遊術』で操作されたのは、魔術師だけじゃなくて……」

「左様。心せよ仙力使い、そなたら、もう少しで上だけでなく下からも挟み撃ちになるところであったぞ。片方に気を取られておる隙に、な」

「なっ……」

「周りにもまだあと幾人か潜んでおったわ。そちらは儂らが片付けた」

「ええっ」

「だがあの槍の如き力技となると、儂ら影の領分ではなく、如何(いかん)ともできぬ。それゆえに、かの御仁にお願いすることとした」


「ほー、なら急いだ甲斐があったな!」

「誠に見事に御座る。天枢星ラーグリフ万卒長殿」


「「!!」」


「あなたが、あの!」

「やはり貴様が……」


 周辺の将兵らが騒ぎ出す。

 帝国に六人……いや、五人の『七剣星』が一人、東方方面軍万卒長フィールギル・ラーグリフ。


 東方方面軍自体が滅多に東方から畿内にくることがなく、その顔を知る者は少ない。実力もほとんど伝わってこない。だが名前だけなら軍の誰もが知る、東方方面軍重鎮の一人。


 しかし仮にも一軍を率いる万卒長の地位にある者が、どうして軍装ですらない毛皮と腰帯姿なのか? そこにいる誰もが疑問に思ったが、それを聞く勇気のある者もいなかった。


 老人が言葉を続ける。


「いかに元勇者であろうと、亡霊にしてやられてばかりでは、現代に生きる我らの沽券(こけん)に関わり申す。御身が間に合ったこと、未だ帝国の天運尽きざるということに御座いましょう」


「……なるほど。どうにも変だと思ったが、これ自体が『囮』だったか。そのうえで「彼ら」よりも「こちら」を守った、これは陛下のご意向かい?」


 老人に向かって、今度は別の老騎士が銀鎧の男の後ろから話しかけた。


「…………」


 答えない老人の姿を見て、それで得心したか老騎士は頷いた。


「陛下も敵が多いか。大変だねえ」


 その老騎士を見て、ホァン万卒長が驚きの声をあげる。


「カーン将ぐ……いや、上千卒長!? な、何故ここに!?」


 レダが驚きを小声で呟く。


(……カーン将軍? ……あの、『千招指手』の!?」

(誰だっケ?) 


 エイドルフには分からなかった。というかその場の学徒ではレダしか知らなかった。


(……先々代皇帝の頃の畿内筆頭将軍だよ! 先々代の在世中に引退されて予備役の上千卒長(=准将相当)になられて……)

(なら30年は前ってことだロ、そりゃ知らな……)

(そこから長いこと士官学校の特別教官をやられてたんだってば。ほんの数年前、僕らが入学する頃にはそっちも辞められて、お会いできなくて残念だと思ってたけど……若い頃はこと防衛戦では鉄壁と讃えられた英雄で……)


「ホァン上百……いや今は万卒長ですか。ラーグリフ君とカルノー……じゃないな、シャノン君が、僕を通行手形代わりに連れてきたところでしてね。それで、ファ将軍は負傷されたそうですが、お命は?」

「今のところは何とも、治療が進んでおらず。……しかし、よもや貴方が動かれるとは」

「僕とてのんびり隠居していたかったところですよ。しかし帝国の危機とあらば、未だ(ろく)()む身としては是非も無い、まして現役万卒長からの要請とあれば……まさか、あなたも?」

「そうですな。この危機に貴方のお知恵をお貸しいただけるならば実に幸いな事、よろしくお願いしたい。シュミッツ将軍やランピエーゼも同意する事でしょう」

「やれやれ、この国は老骨に厳しいですねぇ……」


「皆様、久闊(きゅうかつ)(じょ)されるは結構ですが、戦はまだ終わっておりませんよ」


 フレッド、カルノーあるいはシャノンと呼ばれた銀鎧の男が割ってはいる。


「そうそう、まだ終わってねえ。お前らも気を抜くなよ。上じゃ若いのがまだ頑張ってるじゃねえか。ご老人、後で陛下に美味い酒を用意してくださるようお伝えしてくれ……っと!」


 ラーグリフが空を睨みつける。話している間にも、上空ではロイが鋼と炎の槍を防ぎ続けていた。


(よく分からんが、下は、何とかなったみたいだな!)


 一度は騙されたが二度は通じない、幻術を纏おうともヴァリスの知覚も利用することで見抜けるようにした。そうすれば【至極】の力を使って半ば自動的に当てることもできる。


 見抜けないと「当然」に当たらなくなるので、案外使いどころが難しい力だが、うまく使えば楽になる。


 雷公鞭も破壊はできなかったが、将軍が再び幻妖として復活するにしても、鞭をすぐに拾うことは難しかろう。時間は稼げた。


 後は早くナクシャトラの魔導義眼を見つけ出して一発叩き込むだけだ。


 ・

 ・

 ・


『……ふぅむ?』


 ……巨槍と炎槍と、雷撃と暗殺者。せっかくの企みが完遂しなかったことを理解したナクシャトラはここで計画を修正する。


『……致し方なし、(よんどころ)無し。思うたよりも侮り難し。ならばそろそろ前座の幕を引くとしよう』


 次の瞬間、残っていた砲台群が変容する。


 一瞬でそれぞれが光の粒に分解、そして粒は次の瞬間、幻妖側中心の上空付近の一カ所に集合する。


 粒は即座に巨大な魔法陣となり……そこに新たな、『破城槍』よりも数倍長く、十数倍ほども太い、輝く巨大な砲身が一つだけ、出現した


「何だ、あれは……」

「砲台か? だがあんな大きさのものは……」

「大き過ぎる……」

「あんな砲に入る弾などない、何の術式だ?」


 その場の殆どの者は、その答えを知らなかった。戦場の端のほうには操られていない魔術師団の者もいたが、彼らの知識にもない。


 たが、そこに一人魔術師団と畿内方面軍の機密の多くを知る者がいた。即ちかつて筆頭将軍であり、軍の多くに元部下と教え子を持ち、魔術師団と魔導院が今の形になる前、魔術衰退前の知識を持つ者が。


「『(ホウ)神炎蛇』……『隕石招来』同様の紫微垣魔術師団の秘儀の一つ、滅軍魔術だねぇ」


 カーン上千卒長が、答えを呟いた。




『天意穿戟』『三虎一蹴』

 ……それぞれ竜舌弓の持ち主、呂奉先(リュ・フォンシェン)由来の技名。遥か遠くに突き立てた(げき)の先端を矢で射抜き、天意であるとして戦を終わらせた話や、劉備関羽張飛の三傑をひとりで相手取って負けなかったとの演義における逸話から。



『五雷轟頂』

 ……五つの落雷が頭に直撃する、の意。古代中国において、特に神仏や天に背いた者にくだる天罰と、それによる非業の死を表す言葉です。

 転じて「寝耳に水」「愕然とする」「青天の霹靂」などの意味で、それらの大袈裟な表現として使われたりします。



『破城槍』の価格

 ……おおよそ一発が1000万円程度とお考えください。今回ロイは最終的に700発ほど迎撃しましたので70億円ほどが無駄になった次第……うーん、設定上結構な浪費のつもりだったのですが、1イッペイちょいと思うとあんまり多くない気がしてきた。

(1イッペイ=某通訳の借金62億円)。


 なお魔術師団の槍の残り在庫は50発もないようです。どうせ死蔵品だから大きな問題はない……はずでしたが、帳簿との不一致300発以上(≒30億円)の行方と、新しいものから消費された事により、残ってるのが老朽化したものだけ、みたいな事態により、戦後大問題に発展します。そのためロイは魔導師たちから逆恨みを受けることに(ロイ「俺のせいじゃねえよ!」)


 また、これを元に作られた『破幻槍』は一発1億円ほどになります。こちらの在庫は払底しており、材料不足で再生産の目処もついていません。そもそもこちらの材料として、仙力使い向けに集めた極めて貴重な宝貝材料を盗んで流用していたこと、それらが兵部省の黙認下で行われたことが判明しやはり戦後大問題に。そしてロイはさらなる逆恨みを(ry

(輪仙「うむ、儂が盗んだぶんも連中のせいにできたようじゃ、まことに重畳……」←第82話参照。鬼畜生である)



上千卒長

 ……帝国では予備役にしかない地位で、准将相当になります。元の地位が万卒長(=少将)以上だった者が引退した後に与えられる地位です。

 帝国軍の階級については第63話の後書きに説明があります。



フレッド、カルノーあるいはシャノン

 ……フレドリック・シャノン(士官学校生だった頃はフレドリック・カルノー)という名前の東方方面軍の騎士、階級は上百卒長で、ラーグリフの副官です。彼についてはまた後日。




 なんか顔面が片側ピクピクする。動脈硬化による神経異常かな……

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