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第192話 ああ、憑いてゐる


塵芥(じんかい)灰燼(かいじん)となせ『火砕旋風』!」


 女性魔術師らから放たれた術式は第六段階の儀式魔術『火砕旋風』


 炎と風の複合術で、相手の周囲に複数層の結界をはり、相手を中に閉じ込めて内部に竜巻と業火を発生させつつ結界を絞り込こんでいく。


 相手は炎にやられる……前に、酸欠により気絶する。そうして獲物が倒れると、内側の結界を敢えてバラバラに砕いて「破片化」させることで、加熱された旋風に無数の灼熱の刃を発生させ、内部の全てを粉々に切り刻みつつ火葬する。対応が必要な要素が複数絡みあう、分かっていても防御困難な殺し技だ。

 

 本来十数人の小隊や班ごと、しかも一人も生かして帰さず倒すための技、五人がかりで放たれたそれは、レダとリェンファを将軍ごとバラバラの炭塊に変えるのに十分な威力を持っていた。



 ごぅおおおおお!!



(……首を見ればっていったけど、この術まともに食らったら、遺体の状態、人相が分かるものじゃなくなるよね……)


 通常ならまともに死体すら残らないような大技に対し、レダは再びフィッダの防御術を借りることで対抗した。将軍とリェンファも含めて守りきれている。


「くっ……これも防ぐか、魔に魂を売り払った化け物め!」

「この防御は何だ。仙力使いが何故」

「つべこべ言わず早く解析しろ!」


「やめよっ、いくら疑念あろうと閣下まで巻き込むとは、貴様ら正気か!?」


 魔術師らの甲高い唸りと、周辺の軍人らの制止が木霊する。


 いや閣下まで巻き込む云々以前に、僕らも一応味方なんですがね……。


 まあしばらくは大丈夫だろう。本当にフィッダの防御術は強いうえにコストも低い、反則的だ。殆どの儀式魔術すらも完封できるだろう……弱点を除いて。


 そう、弱点だ。実は複写したことで、弱点が分かった。


 どうやら一定以上の威力の雷撃が弱点らしい。落雷クラスの威力になると、何故か素通しするという、変な特性になっているようだ。おそらくは何らかの理由で意図的に設けられた弱点。要は、雷公鞭あたりがこれの天敵だろう。


 悲報。

 雷公鞭、今は幻妖側。


 今は考えないようにしよう。


 人間の個人が作る雷撃ではさっき『雷火』をさくっと弾いたように、威力が足りない。儀式魔術の落雷は発動が遅すぎる。そちらを使おうとしてから対処できるだろう。


 ……だが、この規模の儀式魔術を完封する防御を、雷撃でもなく単に如意棒で叩き割ってフィッダを倒しかけたロイ、あれはいったいどうなってるんだ?


 単純な物理破壊力が高いのではなく、術式貫通性能が高いのだろうが、あいつどれだけヤバいの……まあ放っておこう。触らぬ夜叉に祟りなし。


 本当は治癒術のほうを複写したかったが、治癒術という奴は自己強化術より複写しにくい。リェンファの体内破壊の仙術と同じように、いやそれ以上に、術式構築時点で患者の状態に応じた調整が必要なのだ。


 下手にそのまま複写して他人に使うと、折れた骨を()ごうとして関節までガチガチに固着した、とか、怪我は治るが血の圧力が跳ね上がって脳の血管が破裂、みたいな事故がおきる。


 それだけだとむしろ攻撃技に使えるかもしれないとすら思えるが、効果が予測できないので使いにくい。無意味な霊力の浪費になるならまだしも、相手がやたら元気になる可能性もあるので。


 患者が同じでも、骨折と切り傷では術式が違う。そして使い手の知識によっても違う。グリューネがロイの腕をさくっと繋げていたが、あれは彼女の医療知識が化け物レベルだから可能なことだろう。


 レダにはそんなものはない。というか、話を聞く限りでは専門の治療師でも、帝国にグリューネに匹敵するのはいそうにない。同じ事ができるとしたら……おそらく聖霊付きの王器、神器使いのみではあるまいか。


 ……例えばそこのフィッダだ。


 悲報その二。

 これも敵側でした! 求む、まともな味方。


 まともでない味方のほうは。


「防御ごと叩き潰せばよい!」

「貴官ら正気に戻っ、うわっ」

 

 千卒長らの静止を振り切って、チュン副長や魔術師らがさらなる術式を構成しはじめていた。

 

 腐っても狂っていても、彼らは一流の術師達、並みの騎士や兵より戦闘力は遥かに高い。動きの鈍くなった兵では止められない。


『……我們向地祈禱……』

『……我們希在風中……』


 東方の魔術方式は呪符を用いて発動を高速化するやり方が主力のため、儀式魔術を即興で使おうとすると、多数の呪符がくるくると浮遊展開して魔法陣を構成することになる。その有り様は端から見れば壮観である。


 しかも今度は複数の術の連携か、即席でそんなことができる技量自体は感嘆すべきものではあるが。


 まず、一際大きな魔法陣は……地割れを作り相手を落としてから地割れを閉じる大技、『大地噛顎』の術式。 


 防御術で攻撃が効かないなら、防御術ごと地の底に落としてしまえ、というわけか。


 そして向こうの女が造っている陣は『山颪陣』、強烈な吹き下ろしの風を発生させる術。本来は飛んでくる矢を上から叩き落としたり、歩兵の接近を阻むための風の防御術だ。


 今回はこちらを身動きできなくして、地割れに叩き込むのに使う気なのだろう。それぞれの意図は分かる。決まれば確かに有効だ。


 しかし信じがたい。


 『山颪陣』はまだしも、『大地噛顎』は本来数十人以上を巻き込むような大技だ。そのぶん発動に要する時間も長いし、発動位置指定は場所であって人ではない。遠距離からの不意打ちか、幻術と併用しての設置罠としてこそ意味がある術だ。


 それを、魔導大隊がやっていたような転送術による短縮化もせず、この場で構築……こいつら、術式に介入されたり、レダ達が将軍を見捨てて発動直前に逃げ出す可能性を考えていないのだろうか?


 確かに、レダ達が本当に生存本能に欠ける下級幻妖であったとしたら無策に攻撃を受けることはありえる。しかし、少なくとも会話が成り立つレベルの知性ごと再現された幻妖なら普通に逃げるだろう。


 『山颪陣』とて、分かっていれば抜けるのは難しくない。仙力使いや、魔術の家系とはいえ出来損ないのレダには魔法陣を読めないと馬鹿にしているのか? ……してるんだろうなあ……甘すぎる。


 結局そのまま術式が完成する。だから将軍巻き込むっつーに! 千卒長は……駄目だ、魔術で拘束されてもがいている。他の兵や士官らはおろおろとするばかり。変な魅了を受けてるとはいえ、使えないな!


「吹き下ろせ『山颪陣』!」

「地の底に飲まれよ『大地噛顎』!」


「……むぅ!」

「……なっ!?」


 女性魔術師の一人が風を、残りの者がチュン副長を中心に大地操作を、それぞれ起動しようとして……発動せずに絶句する。


「無駄な事はおやめください」


 レダが淡々と告げる。


「貴様、何をした……まさかっ」


 チュン副長のほうは気がついたか。

 

 何故魔術が発動しなかったか。それは、レダがフィッダの「防御術」を、「副長たちに向けて」複写して起動したからだ。


 防御術というものは、通常、双方向の干渉を遮断しようとする。魔術の行使も含めてだ。


 ただし、一般的には自分の術や、防御術をかける対象の術だけは素通しするように、例外規定……通称『式鍵』と『式錠』を設ける。そうして自分や味方の攻撃術は有効にする。


 フィッダの防御術もそうだ、フィッダ自身の術は通るようになっている。フォンにかけているほうはフォンの術も素通しするだろう、あとはその術構築に関わる王器聖霊は鍵が分かっているだろうが、そこまでだ。


 だから、フィッダの防御術をそのまんま複写して他人に貼り付けると……そいつの術は防御の壁を通れず、世界への働きかけができなくなる。遠くで発動しようとする術は起動しない。


 自己強化のように防御術の内側だけの術なら使えるだろうが、さっきの術はそうではない。


 これはレダの対魔術師の切り札その一でもあった。レダの仙力による複写は『式鍵』も含めた性質をそのまま写す。


 これが一般的魔術による対魔反射術や複写術……魔術の場合は『術理鏡』『術理再現』という技だ……の場合だと、反射や複製という行為によって『式鍵』や『式錠』が、複写術の使い手のものに変質してしまうのだが、レダの仙力による複写は『式鍵』までそのままなので、防御されない。


 ただ、本当に用心深い魔術師なら、『式鍵』の複写や解析も警戒して術を使う。防御側の『式錠』も相応に難解にする。鍵も一回だけの使い捨てにすることで反射がそのまま自分に効くのを防ぐ。


 これらは難易度は極めて高く手間もかかるが、魔術として『式鍵』まで複写する、あるいは鍵を探り出すやり方もないわけではないからだ。秘奥の類なので、表には出てこないし、普通は時間がかかるので戦場ではほぼ無理だけど。砦などに籠もって亀になったやつを倒すためのやり方だ。


 式鍵、式錠自体存在しない防御を多用する魔術師もいる。つまり遠距離魔術を切り捨て、むしろ防御術自体を殴り武器とする近接肉弾型か、もしくは攻撃と防御を都度切り替える完全後衛型だ。


 近接肉弾型は、個人の防御術や自己強化が強力だった魔術衰退以前ならよくある戦い方だったそうだが……昨今では珍しい。個人が使う防御では刃や矢を捌ききれないケースが増えたためだ。


 達人ならどうか。例えばグリューネ達護法騎士の防御術をレダが複写したところ、『式鍵』や『式錠』があるのかどうかすら分からなかった。迷彩が緻密にして多段で、難易度が高すぎた。あんなの解析しようとしたらそれだけで何日かかるか分からない。


 というか彼らの場合仙力も優秀だから、常時鍵無しの防御にして仙力、仙術で攻撃する、あるいはその逆でもいいのだろう。体術自体も化け物だ。


 技術と多くの選択肢を併せ持つ彼らのような者が、真の超一流の魔導師だ、チュン副長では到底及ばない。


 チュンは今のレダにとっては臆するような相手じゃない。所詮こいつは、ただの魔導師でしか……。


 プシュッ! ヒュンッ!


 そう思った時、何かが風を切る音がした。


 カンッ コロン……。


 そして頭の後ろ、すぐ近くで地面に小さいものが転がった。


「……油断しないでよね、レダ」


 ぞくっ……。


「!」

「なっ!」


 振り向いた先、十数シャルク(m)先で、筒のようなものを手にした兵が一人……いや、二人、うつ伏せに倒れていた。


「狙撃手が背後にいたわ。死んだふりして狙ってたのよ」


 リェンファが蒼く瞳を煌めかせて呟いた。


 そしてチュン副長が、先ほどよりもはるかに感情を見せる。


「馬鹿な、『屠仙針』をいったいどうやって防いだ。幻妖化の影響か!?」


 だから幻妖じゃないっつーの! ……屠仙針って何だ?


「屠仙針?」

「対仙人向けの超強力な毒吹き矢って感じかしら。霊木を組み込んだ神星鋼(アダマンタイト)製の針に、大熊でも死ぬ呪詛毒を塗りたくった、兵武省肝いりの仙人暗殺用の秘密武装らしいわ』 


 暗殺用の秘密武装、だって?


「何を馬鹿な」 

「今の私には、霊鎧もない人は、思考まで視えちゃうの。あなた達はダダ漏れだし……それに、『目立つ』もの、『その人ら』」


 その人ら……?


「その針に仙力で干渉できるはずがない。貴様等の力は、真似事と霊力とやらを見るだけのもので……」


 ……その発言。やはりこの副長、レダとリェンファが何者かを知っていて、さらに以前の能力も把握していたわけか。


 なるほど。大技で攻撃してきたのはそのせいか。レダは個人レベルの魔術は複写できるが、上位の儀式魔術は魔力不足で複写できない。


 そしてそうか。むしろ、儀式魔術から逃げることを想定していたわけだ。将軍を見捨て、慌てて逃げようとして注意が逸れたところを『狙撃』する、そのつもりだったのか。


 甘すぎる? 違った、甘すぎたのはレダのほうだ。こいつらは馬鹿ではない、伊達にお偉方をやっていない。そのうえで今は味方を巻き込めるほどに『狂って』いる。


 リェンファが嘲笑する。


「あなた達が仙力をどれほど知っているというの。その針も色々細工してるようだけど、私達には効かないわ、以前はともかく、今はそこまで迂闊じゃない」

 

 ぐさっ!


 リェンファの口撃!

 かいしんのいちげき!

 レダの精神に大ダメージ! 


 悪かったね背後気にしてなかったよ、正直慢心して油断してたよごめん!


「それで後ろで倒れてるのが、『大陰』の暗殺者。そいつにこの副長さんが私達の殺害を命じてたってわけ。最初の『雷火』の後にこっそり指示してたわ』


「幻妖を殺すのに指示など要らんわ、指示しても従わぬ兵らがおかしいのだ」


 ……せめて暗殺者なことを否定したらどうなのか。


「心読むまでもなくこんな戦場にそんな要員連れてきてる時点で、ねえ。こいつら、私たち仙力使いが戻ってきたら、戦場で後ろから『流れ矢』で殺すつもりだったのよ。最初からその予定だった」

「最初からか……」

 

 さすがにそこまでとはレダも思っていなかった、本当に甘かった。


 だが、確かに、魔術師の力とは単なる個人の魔力だけではない。組織としての力、多くの手下を使う力、味方殺しすら必要だったと言い張り、無理を押し通して道理を引っ込める権力。それらも当然に警戒すべきだった。改めて油断していたと自戒する。


「それに、これ、何度も人体実験して証拠隠滅してるわね? つい一昨日も、貴重な守りの仙力をもっていた仙霊予備兵の農民の娘をこの針の実験台にして、仙力で防げないと確認してから殺してそれを幻妖の仕業に仕立てた? 酷いことを。馬鹿じゃないの」


()れ者が、いいがかりを」


 チュン副長は無表情に否定したが、お付きの魔術師らは……明らかにあれは知っている顔だ、隠しきれてない。老獪さが足りない。


 しかし固有仙力が防御系からといって……素人では霊力をうまく扱えず、イレギュラーな事態には対応できない事が殆どだ。そも、固有仙力の防御とは属人的で、人によって千差万別、同じ力の者は殆どいない。


 未熟者や、特定の誰かに有効な手だてだとしても、他の修行した者に効くとはとても言えない。しかし兵部省も、修行した仙人や仙力使いを「実験台」としては確保できなかったのだろう。


 あのハンセル導師の『崩仙』の術と同じか、あれも未熟者にしか効かない不完全なものだった。


「だって……おかしいでしょ、ここは戦場で、いる人は殆ど軍人なのに、あなたがこの辺りじゃダントツで『多い』もの。ねえ、そんなに『連れていて』肩重くないの?」

 

 エッ!?


 ……何が。何が多いって? 何が視えてる!?


 ああ、憑いてゐる

 何だか酷く 眠いんだパトラッシュ……



 そう最終的に皆死ぬしかないのだ

 ハイクを詠めネロ=サン!


 ゴウランガ! 突如ネロの目の前の絵に描かれた十字架を昇り降りしている全裸マンが、絵から抜け出し降臨する! なんたるマルハゲ・ドンめいた奇跡か、これはマッポーカリプスの先触れか!

 おお救世主よあなたはまだ寝ているべきです最後の審判は未だ



 ……熱にうかされながらだとどうも変な妄想がよぎって仕方ないですね、ルーベンスの名画を冒涜してしまい申し訳ない


 それもこれも、花粉とインフルが僕をせめるからで

 こころ、カラダ、灼き尽くすって感じでして

 つらい……やけに花粉症きついなと思ったらインフルだった……バタッ……例え今回は冤罪でもともあれスギ花粉は滅ぼされるべきである……スギを……スギ林を燃やして……大丈夫全部萌えたわ(花粉ドバー) ぎゃあああああ



 レダ視点だと、ロイより育ちがよく、ヴァリスというお目付役もいないせいで色々甘いところが目立ちますね。次の次くらいでロイ視点に戻る、はず、たぶん。



 追伸


 これの投稿直後、偉大なる漫画家が旅立たれた事が分かりました。鳥山明先生、お疲れ様でした。

 モンスター、ロボット、乗り物、異能バトル、数多のデフォルメ表現……非常に様々な分野において、現代のオタクコンテンツの基本となる視覚イメージを創造された方だと思います。


 本作品の如意棒のイメージも、元は西遊記というよりドラゴンボールのほうですしね……。喪失感が半端ないです。ただただ、敬礼。



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