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第188話 君王の剣


「まったくもう! この腐れXXXどもがっ!」


 リェンファの口から顔に似合わない呪詛めいた悪態が漏れる。うら若き乙女であろうと、軍人の父を持ち本人も軍にいる以上、どうしてもそうした俗語(スラング)は覚えるし口から出てしまうものだ。


 そうして彼女は魔術師の一団を睨みつける。この非常時に、なんで「味方」に邪魔されねばならんのか。


 


 ……ここまで何があったか。


 まずナクシャトラの魔導具に狙われていると(おぼ)しきお偉方のところに向かったところ、到着した時には既にその目前の防塁まで『紅刃』たちが殴り込んできていた。


 ヤバいと思いつつも動けず様子を見ていたら、お偉方のうち、いかにも上級将官っぽい人が逃げもせずに指示を出しはじめた。


(……あれ、ファ閣下じゃないの!)

(あれが?)

(分からないの!?)

(会ったことねえし……俺が顔の分かる将軍や万卒長なんて、フーシェン様とダン閣下くらいだ)


 言われてみれば確かにそうだ、将軍の顔など分かるやつのほうが珍しい。


 国の高官や貴族、皇族で似顔絵が一般に広まっているのは代々の皇帝と皇后くらいのものだろう。それも少しばかり美化された感じであり実物とは違う。


 写真や映像を記録する魔導具はあるが、魔術衰退以後は超高級品で、これも一般向けではない。


 では本人の顔を見知るしかないが、方面軍の首脳陣が士官学校に来るのも通常は入学式と卒業式だけ。それも平年は万卒長が一人か二人来るかどうかで、将軍クラスが来るとすれば、その学年に皇族がいる時くらいだ。そしてロイ達の世代にはいなかった。


 あとは正月の帝都の閲兵式には殆どの高官が出てくる。だがそれも下っ端では遠目で見るしかない、顔を覚えられるわけもなし。


 ロイは父親の仕事の関係で、補給、輜重(しちょう)部門のお偉方ならある程度分かる。先ほどロイが言ったダン将軍はそこの責任者、畿内方面軍の衣食住の管理者だ。


 ある意味ではファ将軍以上に畿内方面軍で替えの効かない重要人物かもしれないが、戦闘指揮に関する権限はないし、武人としての評判も特にない、どちらかというと事務方だ。


 ダン将軍もこの戦場にいてもおかしくはない、だが後方支援担当だから、いるとしてももっと後ろだ。こんな真ん中あたりにはいまい。


 ゆえにその場でファ将軍の顔がわかるのは帝都の軍人家系出身のリェンファしかいなかった。


(ええと、確かフーシェン様が降格したときに席次が変わって、今はあの人が……)


 ドガンッ!


 ロイ達に説明しようとしたら、あれよあれよという間にさくっと防塁が抜かれてしまい、『紅刃』達がやってきてしまった。


(味方、弱っ!)

(無茶言うなよ。王器持ちの英傑を止められるならそいつも英傑だ)


 この場でフォン達を止められるとしたら、おそらくロイしかいない。


 エイドルフなら、肉壁にはなれるだろう。しかし反撃する手段がないから切り刻まれるだけだ。

 

 ニンフィアなら、反撃はできるだろう。しかし彼女の精神は、戦士として不完全だ。相手が怪物ならまだしも、人間……幻妖だと分かっていても……となると、どうしても逡巡が入る。


 あれらは、その隙を見逃すような甘い相手ではない。


(仕方ない、時間なさそうだ。みんな、やってくれ)



 ボコドスバキッ!

 (↑念の為に皆がロイをボコり始めた音)



 懸念は即座に的中し、紅の刃が煌めいて、周囲の兵が薙ぎ倒されていく。さらには幻妖と思われる将官が、ファ将軍を羽交い締めにする。


 リェンファの見るところ、将軍の装備は何故か酷く弱体化していて振り解くのは無理そうだった、そこに……。


(あっやばっ!)


 『紅刃』の斬撃が放たれた。


「……しゃあない!」


 そうして、説明や作戦やらを深く考える間もなくロイが飛び出さざるを得なくなった。さらにはロイが勢い余って将軍をいい感じに吹っ飛ばしてしまう。


(……し、死んだ?……)

(まだ、死んではないっぽい、けど)


 ぴくぴく。あれ、泡吹いてる?

 将軍の霊気はまだ生者のものだが、だめだあれ、死にかけてる。


(とにかく、たぶんあの人が、今の畿内方面軍の筆頭将軍のはず)

(確かに、あれがファ将軍なんだとしたらそうなるね)

(筆頭将軍!? マジで)


 制度上、各方面軍で「将軍」の地位を持つ将帥は通常4人のみ、非常時でも最大8人まで。そのうち軍団長である大将軍代理の地位を持つのが筆頭将軍だ。


 畿内方面軍では大将軍を皇帝が兼ねるため、筆頭将軍こそが実質的トップということになる。


(……でも、誰も、助けようとしてナイ、ヨ?)


 畿内方面軍の最高指揮官が重傷を負って気絶しているというのに(……その重傷を負わせたのはロイだが……)放置されている。将軍以外の怪我人も同様だ。


 さらに防塁に空いた穴から幻妖の一団が近付いているのが見えるのに、これも放置。では周りの連中は何をやっているのかと言えば、呆けたように『紅刃』らとロイの闘いを眺めて感想を呟いているだけ。


(そりゃ見栄えのする闘いだし、割り込めないにしても、もっと他にやれることあんだろ……)

(少なくともあの怪我人放置はアカン)

(ちょっと待って。これおかしい、変な霊気と魔力……これは)


 リェンファが周囲を覆う奇妙な「色」に気がつく。


(あの赤い剣の王器……魅了か何かの類の力をうすーく放出してるっぽい)


(魅了?)

(うまく説明できないけど……たぶん、注意力や警戒心を弱めたりとか、思考を鈍くするとか、そんな感じの)


 ──フォンの持つ紅い刃、地王器『赤霄(セキショウ)剣』は、母なる星において漢の高祖と呼ばれた男の、大蛇殺しの逸話を元に作られたものだ。


 ──漢の高祖の宿敵は、傲慢ながらも知勇武芸将才に優れた戦上手、覇王と呼ばれた男であった。一方、高祖本人は、特に武で名を為したわけではない。大蛇を斬り龍に変じ天を駆けたという定かならぬ逸話はあれど、戦場で輝く武人ではなかった。


 ──彼にあったのは、人の話を聞き、人に好かれ、人の才を見抜き、人の力を生かす君王の才。そして成功するまで何度でも挑戦する不屈の心だ。


 ──君王と覇王との幾度もの戦の末、ついには個でなく衆の前に覇王は敗れ去った。覇王は故国の民にも見限られ、最後は四面の敵陣から故国の言葉と歌が聞こえる様に、己の敗北を悟ったという。


 ──その君王の剣をモデルとした王器『赤霄(セキショウ)剣』は、竜鱗を切り裂く切れ味に加え、真の主を得た時、人を「たぶらかす」力を発揮する。


 使い手の言葉を他人が信じやすくなる効果があり、味方に対しては主のために働きたいという気持ちを高める士気高揚の力、敵に対しては主に対する敵意や警戒心を弱め、戦意をくじく波動を周囲に撒き散らす。


(霊鎧や魔術の精神防御が弱い人らがこれの影響を受けてるんだと思う)

(めんどくせーな、マジ厄介な能力だ)


 生死を争う状態で警戒心を鈍らせる力、しかも相手はあのロイと互角の速さを見せる剣士だ。一瞬の判断が命取りとなる状況で心身が鈍くなれば、兵士らは斬られた事にすら気付かないまま殺されるだろう。


(やばいね、向こうから幻妖来てる)


 『紅刃』がぶち抜いた防塁の隙間から、いよいよ十数体の幻妖が侵入しようとしていた。武装した人間の重装兵や魔導師っぽいやつ、さらには小鬼(ゴブリン)や熊型や狼型っぽい比較的小型の魔物など。幻妖ならではの人魔混成部隊だ。


 だが周りの連中は反応が鈍い、僅かに迎撃しようとしている者もいるが動きが緩慢だ。


(私達で止めるしかない?)

(仕方ない、でも全員はまだ早い)

(将軍はどうする?)

(どうみても肋骨が何本も折れてたよね、あれ。僕の魔術の技量じゃ骨折は無理だ。そちらの仙術は?)

(霊気を視ながら仙術を使うなら、仮固定くらいはできる……と思う)


 本当は完治させる手段もある。【啓示】の瞳は究極的には生命創造も可能な力であると先日学んだ。理屈の上では傷や病も治せるのだ。


 ただしあくまで理屈上は、だ。この瞳の権能はまだ生きている者への体奥への干渉には向いていないらしく、無茶苦茶疲れる。


 実は生物への干渉より無生物を生命に変えたり、全体を問答無用で塩の柱にしたりするほうが楽だったりするらしいが、それらもリェンファにはまだ無理だ。


 体表ならまだしも、肋骨の骨折のような体奥の怪我を治そうとしたら、とてもでないが霊力が足りないだろう、よって却下。


 一番手っ取り早く低コストなやり方は【救恤】で負傷を全部引き受けて、自分に対して治療の仙術を使うことだ。まだ未熟なリェンファの治療仙術だと、他人向けより自分向けのほうがずっと早く治せる。これなら骨折でも数日で治せるはずだ。


 しかし【救恤】は秘密にしたい力だし、正直あの脂ぎった将軍の負傷を引き受けるのはそれが合理であってもイヤである。よってこれも却下。


 そうなると現状の仙術では、応急処置の域を出ない。それでも死にかけている将軍を、すぐには死なない程度にはできるか。


(じゃあ僕とリェンファとで。僕が連中を一掃するから、将軍の治癒を頼む)

(一掃できるの?)

(ちょうどいいのが飛び交ってる、使わせてもらう)


(それで、ウーハンは防塁を、土とかを仙力で入れ替えてして補修してて。エイドルフはニンフィアさんの護衛。ニンフィアさんは、相手が大技使おうとしたら狙撃で)


(狙撃……ムリ! レダ、できる?)

(…………無理だね、ごめん)


 言われてみれば、あんな素で残像できそうな戦いで、片方だけに遠距離から当てろ、というのは無理難題というほかない。


(じゃあ当面は自分の防御優先で。でも、後ろから竜や巨鬼みたいなでかいのが来るようならお願い)


 そうして二人で動くことになった。


 ・

 ・

 ・


 レダは防塁を超えようとしてくる連中の前にたち、隠形から不意打ちで攻撃。


 【再演】を使い、先ほどからそこらを飛び交う『紅刃』の剣風刃を再現する。


「はあああ!!」


 ヴンッ!!


 赤い刃の風が横薙ぎに発生し、防塁を抜けてこようとした幻妖たちに襲いかかる。


 ズバァッ!!


 効果は予想以上だった。


 悲鳴をあげる間もなく、次の瞬間多数の上半身が宙に舞う。


「……おおう、強いなこれ……」


 思った以上の威力……あ、残っていた防塁まで少し切れてる。


(すまないウーハン、修理頼む)


 とはいえやり過ぎた甲斐はある。向かってきていた十数体ほどの幻妖のうち九割は、今の一撃だけで身体の上下が断裂し、倒れた。


 この剣風は王器の限定駆動か定常駆動と思われるが、ニンフィアの力ほど消費が重くない一方で、効果範囲内の破壊力はなかなかのものだ。鋼の鎧がそれこそ紙のようだった。


 こんなものを、今そこで如意棒で打ち消して相殺し続けているロイの非常識さを改めて実感する。あいつ、ほんと化け物だ。……さて。


 Gruuuaaaaa!!


 幻妖のうち、背が低い狼型の魔物だけは剣風刃に当たらなかった。そのまま唸りながら突っ込んできたのでもう一度……と思ったが。


 そいつに対しては、リェンファが少し離れたところから睨み、手のひらをかざした。


 ボン!


 次の瞬間、妙に軽快な音と共に、狼の前脚がぐきっと折れた。


 ボン!


 ついで、崩れ落ちる狼の胸の辺りが弾け、ブシユッ!! と血が吹き出て、狼はそのまま倒れ伏す。凝核が壊れたのか、白煙になることなく死体が残った。


「へえ?」


 レダは少し驚く。これは初めてみる技だった。不可視の遠当てのように見えるが、単純な霊穿などの霊気投射ではない。肉体にまで損傷が入っている。


「今の何?」

「火の仙術で、相手の霊気を暴走させてそれで体のほうにも傷を与えるって代物。特に幻妖にはよく効いて、あんな風に近くの凝核も壊せるっぽい」


 なるほど、霊気を。


 ん? ……不可視、実体透過のはずの霊気操作術で、実体にも打撃を与えられるって? そんなことができるのなら。


「凄く暗殺者な技だね」

「言わないで」

「そんなのどうやって練習……」

「エイドルフ」

「なるほど」 


 そういえば数日前変な風に縛られて時々絶叫しながらビクンビクンしてたな、あいつ。グリューネのせいでなく、リェンファの仕業だったのか。

 

「これ【再演】したら僕も暗殺者かな?」


Q これは北○神拳奥義天○活殺ですか?

A たぶん違います


 なお、現在のリェンファの技量では、普通の生命相手だとダメージは今ひとつで、軽い打撲傷のような内出血を引き起こす程度です。


 今回、おまえはもう死んでいる的に血を吹き出すほどよく効いているのは、相手が霊気攻撃に弱い一般幻妖だからです。


 生き物への暗殺技になるにはまだまだ修行が必要です。基本的に操作できるのも体表付近だけで体奥への操作は難易度が高く、今の彼女では内臓や脳への直接攻撃もできません。

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