第182話 陽蝕いの王 ─The Sun Eater─
毛絨熊から色々と、マジかよ……と思うような提案と指示を受け、それを元に作戦を進めることに。できるのか? やるの、これ? ほんと大丈夫なの? 凄い博打な気がするんだが。
ルミナスの奴が「ボクらまで博打うちになれって?」みたいにぼやいていたのを思い出す。もしかして向こうの王族、こんなのばっかりなの? 綱渡り怖えな……。
とりあえず季節変化などのいくつかの重大副作用については何とか起きないようにする心当たりがあるらしいので、それを信じるしかない。
あとあれだ、この熊にとって帝都に住む100万人より、その中にいるかもしれない百人いるかどうかの仙力持ちのほうが大事なんだな。身分や地位とか殆ど関係なく、仙力があるかどうか、仙力に目覚める可能性が高いかどうかを重視してる。
他の99万9900人を冥穴の生贄にしても一向に構わないが、それを言うと皇帝陛下や俺たちがついてこないから仕方なく対策を提案する、そんな価値観が口調の端々に滲み出てる。
ロイ達に親切なように見えるのも、結局ロイ達が特に強くて貴重な仙力を持っているからに過ぎないのだろう。そうでないならさくっと見捨てそうだ。
人を利害と数字で考える、そういう感覚じゃないと王様なんて無理なのかもしれんけどさあ……とりあえず色んな意味で敵に回さんほうがよいのだろう。
……そうしてまもなく、帝都の建物群が遠くにうっすら見えてきて、天浮舟は幻妖軍と防衛軍が睨みあっている戦場の上空に到達した。
帝都のほう、やたら砂埃が多いな?
『事態を把握した民衆のうち、少なくとも十万人以上が東方に向かって帝都を脱出しようと大混雑になっているからね、それによる砂埃だ』
下の戦場に目を移す。
……ドガン! ゴオッ! ドーン!!……
……うわああああ! おおおっ!……
そりゃ帝都から見える範囲が戦場になり、こんな爆発やら怒号やらが発生してたら逃げるわな……親父たちは大丈夫だろうか。
防衛線の後背、帝都側のほうで見たこともない『壁』が作られている。西宿砦の城壁より分厚く丈夫そうだ。いや、結構厚みがあるので、壁というよりも、横に凄く長い城みたいな? あれが対軍儀式魔術『万里長城』か。
まだ未完成らしく高さも各所でバラバラで所々があいているが、あの壁は単なる壁でなく、とんでもない数と密度の防御術式を練り込んで作られているのだそうで、最終的には壁を核として、その上空や地下も含めた強固な多層防御結界が発動する、らしい。
……だけどこれ、完成したら背水の陣状態にならんか? 手前側の防衛軍、その前に脱出できるのか? 下手すると殿の部隊ごと隕石で死ぬんでは?
時折かなりの爆発が結構な頻度で発生している。爆発の多くは効果範囲が明確な感じで、これは魔導大隊も使っていた投射型儀式魔術の爆発と思われる。
そういう大規模儀式魔術の撃ち合い……いや、ろくに撃ち合ってない。爆発の十のうち九は防衛側で発生していた。つまりは帝国軍側が劣勢で、必死で防御魔術で止めてるって感じ。一見しただけで人数比が十倍超えてるのが分かるのに、不可解にも多数側が押されている。
幻妖側は八割方が人間であるように見える。あの邪神の後ろにいた連中の一部に竜や巨鬼が加わったものらしいが、あれにはむしろ人間ぽいのは殆どいなかった事を考えると、相当に入れ替わっているようだ。
そして人型幻妖の半分以上が魔術師団特有の灰色の制服っぽい服装だ。もしかしてあれ全部魔導師の幻妖か。うわあ。
……上からだと10人単位くらいで固まって円陣組んでるのがいくつかあるのが分かる。あれらは儀式魔術の陣か。
天浮舟より少し低い辺りを、飛竜や鳥が飛んでいる、これらは敵情偵察の飛竜騎士部隊や魔術師の式神だろうが、飛竜や式神同士で戦っているのが普通じゃない。隠蔽術も機能していないようだ。空までもが戦場か。あ、わずかだがあの白い布型精霊もいる。
『大陸最大の飛竜部隊を擁する帝国側が航空優勢を取れないという事態は、彼らとしては初めて経験するものだろうね』
「こうくうゆうせいって何です?」
「ロイ……もう少し座学の復習したほうがいいぜ」
「飛竜みたいな、飛べる戦力が相手よりずっと多くて、相手に邪魔されずに戦闘目的達成を狙える状態のこと」
「魔導大隊からも、上空を制圧しなきゃならナイ、万一上の式神が狙われたら守れって言われてたロ?」
「魔術師団の戦術の多くは、航空優勢前提なんだ。そうしないと儀式魔術の射程延長ができない。だから……」
ああ、敵陣での爆発が少ないのは、式神がその上空に充分に行けなくて、式神経由での遠距離投射術がろくにできないせいか。
「今までの魔物主体の幻妖連中だと目前の生者ばかり狙ってきて上空は放置されてたけど、ここは人間の幻妖が多くなってきてて、向こうにも相応の知恵があるわけか」
本能まみれの殺戮でなく、軍としての戦術を取れる、軍隊としての力。面倒なことだ。
だが敵側の式神や飛竜数は少なく、防衛側の上空には殆ど入れていない感じだ。つまり防衛側も自陣上空では航空優勢状態とやらに見えるのに、敵は魔術を投射できてる?
『式神となる鳥や動物は普通は死んだらそれまでだ。しかし幻妖化した魔導師にとって式神は自分の一部だ。自分がやられない限り、存在力が残っている限り復活させることができる。だから平気で相手の陣地上空に次々と送り込める。航空優勢でなくてもいい、100のうち1でも生き残ればいいという戦術だね』
そりゃあ、こちらの魔導師どもからは、反則だと叫びたくなる事態だろうな……。
『実際の生物から作った式神や眩魔獣を大規模戦闘に投入しているのが良くない。魔術衰退前主流だったように即席の幻躯体の式神でやるべきだ。幻躯型は性能的にナマモノ型よりかなり劣るのは確かだし、かつ現在では『幻躯創生』の術に複数の魔導師が必要ではあるが、それでもこの状況ならそちらのほうが低コストだ』
リディアが俺たちへの訓練でやってたやり方か。あれができるなら便利だろうな。
『なお、幻妖側としても、存在力を消費する今のやり方より魔力消費ですむ幻躯創生のほうが有利なはずなんだが……やっていないね。両陣営共に戦闘経験が足りないな』
戦闘経験不足なのは……畿内方面軍と紫微垣魔術師団はどっちも国境での争い抱えてない平時の軍だったし、幻妖は原則として複写体なんだから、当然その経験不足っぷりも複写してるわけで……考えると辛くなってきた、やめよう。
『あと敵軍に真竜がいると、飛竜は本能的に怖じ気づいて弱体化するのも帝国には不利だった。下手すると騎士を振り落として逃げる。相手に真竜がいるなんて帝国建国以来無かった事態だ。怯える飛竜を制して敵陣奥までいける優れた飛竜騎士は元々少ない上に……もう多くはここ数日で戦死した。だから当初ほど攻撃できていないんだ』
そういや最初に砦が襲われた時も、飛竜どもは速効で逃げてたわ。
そうして幻妖軍を見ると、後ろのほうに普通の竜より一回りでかいのが4体ほどいる。もしかしてあれ全部古竜……真竜か。あかん。あいつらだけで本気だしたら普通の軍隊壊滅するだろ、詰み具合半端ない。
しかし、そういう意味だと、戦場を俯瞰する位置にほぼ静止して浮かび続けることができ、しかも隠蔽対策や防御も完璧なこの天浮舟って、魔導師達からしたら反則的に垂涎な代物だな。
『他に幻妖の軍勢ならではの副次要素として、複数の同一個体が同時に存在できることと、特に下位の幻妖は感情の再現度が低いことがあげられる。これは軍隊行動や、儀式魔術を使う場合にかなり有利なんだ。各行動や術の同期を取りやすく、恐怖や焦りなどの余計な雑念に囚われないため、用兵と魔術、それぞれの質と精度が全体的に向上する』
そういうのも見越して「回転数」をあげて帝国軍を写しとったわけか。なんかもう、戦う前から負けてるわ。
『さて、それでは予定通り君たちをこの戦場に送り出す。幸運を祈る、頑張ってくれたまえ』
「この舟はどの辺に降りるんですか?」
『降りないよ?』
「「……え?……」」
『こんなでかいものが、あんな戦場の近くに降りたら大変じゃないか。存在がバレるのも好ましくない。だから君達にはここから空中挺進してもらう』
「はい?」
「……Airborne!? えええっ!?」
取り乱すニンフィア……意味が分かるの?
「ニンフィア、えあぼーんって!?」
「Military free fall! ……ええとっ、そら、おちル!!」
「そら、おちる?」
『空中挺進、空挺とは我が国の精鋭騎士団で、こういう舟や飛竜で目標地域上空に到達し、そこで戦場に空から降下する戦法を指す』
「空から?」
「戦場に? どうやって?」
『魔術や道具を使う。帝国だと降下の魔術を自前起動できる魔導師が、危険な飛竜に乗りたがらないせいで実現出来ていないがね。今回は特別に降下術とその制御は私がやってあげよう』
「……つまり?」
『舟でなく君達が落……いや降下するんだ』
「今、落下って言いかけませんでしたか」
『ふむ。私は妹同様嘘をつくと辛くなる身なんだ。ゆえに語り得ぬものについては沈黙しなければならない』
つまり。
俺達はここから落ちる、慈悲はない、と。
「……やっぱりぃーー!!」
「……いやあああああっ!!」
「むっ、むりむりむりむりぃーーー!」
「外でた瞬間終わっちゃうって! 気絶するって!」
『大丈夫だ、風もない、天気もよい』
「天気が良くても進めねぇっす!」
「空高すぎてお亡くナリ、敵とやる前にお(ぱかっ)」
……突如エイドルフとウーハンの座っていたところの床がぱかっと「無くなって」彼らは椅子ごと落ちていった。その椅子も空中で消える。
アイエェ!?オチル!オチルナンデッ!……サヨナラァァァァ…………
まじでぇ!? たぁすけぇぇぇ!!! あああああぁぁぁぁぁ…………
二人はマジで身一つとなって落下していった。絶叫の声音が段々小さく低くなり、唐突に途絶えた。気絶した? それとも……。
「……あの?」
『次は君たちだ、頑張れ』
「いやちょっと待ってください」
『大丈夫だ死にはしない、体は』
「心のほうはどうなんですか」
『若人よ。人生には時に困難もあるものだ』
「無理やり困難にしてませんか」
『獅子は我が子を千尋の谷に落とすという。そう、まさに先程も、痛くなければ覚えないという話が』
「絶対楽しんでますよね!?」
「普通に降りられるやり方ご存知で(ぱかっ)」
みんなの所の床も抜けた。
「「……ぎゃあああああ!!……」」
・
・
・
椅子が消え、風をきって落ちる。落ちる。速い、速すぎる!
ロイは【投錨】で落下を食い止めようとした、が、仙力が……起動しない!
『一時封印されています! 椅子にそのための仕掛けが』
ウーハンが転移できず絶叫してたからもしかしてと思ったが、やはりか! こちらの動揺を楽しんでいるんだろあの陰謀熊め! だがそれどころじゃない。
如意棒を使って、絶叫し混乱しているニンフィアとリェンファを引き寄せて安心させようとしつつ、せめてこのやろうと天浮舟を睨もうとして。
ぞっとした。
見上げたすぐ先の空が、違っていた。青空だったはずが、太陽が欠けて……いや金の環になって空が暗い。
未だ『月』のないこの世界では起こりえないその現象をなんと呼ぶか、ロイは知らない。
その時、落下も、風も、時の流れもなくなっていた。凍りついた世界の中に、ロイ達の目の前に、金環を後光として優雅に佇む者がいた。毛絨熊でなく、人だ。
内側に星空を内包する黒衣を纏う、黒髪、褐色の肌の男。黄金と蒼氷の眼を持ち、黒く長い刀を手にした美男子。
その周りには無数の何かの影法師。あの邪神が従えていた幻妖や精霊たちを彷彿とさせる、異形の何者か、万魔の兵団。
かすかに漏れてくる霊力と魔力だけで、化け物だと分かる。これが、あの熊の本性の一端──
──東方の古書に曰わく。
──あれこそは、あらゆる全てを飲み込む闇の化身。かの眼に暴けぬ秘密なく、かの耳が捉えぬ言葉なく、かの舌に惑わぬ正義なし。かの手に創れぬ夢想なく、かの影に写せぬ形無く、かの刀に断ちえぬ希望無し。星の帳を身に纏い、万象を記すかの王に、いかなる魔も平伏す。日の沈む島を統べる者、太陽を影で喰らう者なり。ゆえにかの者をして陽蝕いの王と呼ぶ──
なるほど、これは確かに、あの黒い女神の兄に違いない──
呆然と黒衣の先王を見る三人の落下は酷く遅くなっていて……。
『"死を想え"──奇跡無しには、人は落ちただけで死ぬものだ。君達は今や帝国最強の戦士と言えるが、過信は禁物だ、忘れないようにね。さて……』
黒衣の王は続ける。
『──万物は引き寄せあう。林檎がそうであるように、人も巨石も大地も惹かれあう。焦がれる余りに慌てて懐に飛び込むと、その求愛の激しさに壊れてしまう。隕石招来のもたらす破壊は万物に宿る愛ゆえというわけだ。やはり愛、愛こそ全ての源だね』
いやまて、そのりくつはおかしい。
『だが本来この引力は極めて弱い代物だ。それが人を墜死させ、都市を砕く力を持ち、星々の運行を支配し、やがて光すら飲み込むのは、ひとえに莫大な質量があるからに他ならない。身も蓋もなく物量ゆえの力だよ』
なんで物量があると引力があがるんだよ、光を飲み込む? 意味わかんねえよ!
『そしてその考え方こそが、君に必要なものだ。個として超越しつつあるからこそ、そこを忘れてはいけない。苦より解脱するには一切の執着を捨てるべきだが、普通の生命はそこに至りえない。だから人は祈り、願う。願いは願いを引き寄せる。願いこそが霊的な質量、すわち力の源だ。そしてより多くの願いを集めることで、君の力は真価を発揮する』
そりゃ霊力的にはそうなのかもしれんけど……。
『そして束ねるべき祈りは今この世にあるものだけではない。それを為してこそ、過去の再現でしかない者たちに打ち克てる』
これもどういう意味だよ!?
『単なる英雄ならば、知られざる者も数多い。例え誰もその事績に気がつく事なくとも、行いが英雄ならば、それは英雄だ。戦場に、華やかな都に、辺鄙な田舎に、暗い路地裏に、場末の飲み屋に、どこにもその場所なりの英雄がいるだろう。ふむ、歯医者の治療台にはいないかもしれないが』
ええ? 英雄だって医者くらいかかるもんだろ。
『だが、救世主は違う。救世主は語られる事で完成する。今の世だけでなく、遥か未来の世を救える幻想を紡ぐ者こそが、救世の主だ。例えその多くが虚像であっても、そこから現実の力が生みだされる。その原動力となるべき存在だ』
だから何が言いたい?
『君の力の源をどこに求めるか、ということだよ。その力は今は大封印ゆえに過去からは汲み上げられないが、本来は時に依存しない。そして逆方向への干渉は今も封印されておらず、可能だ。しかもそれはこの時空のみに依存せず、君自身も君の力の例外ではない』
はあ?
『……? ……!?!? ……!!!』
ロイには意味が分からない話だった。だが、ヴァリスが呆気に取られ、ついで声もなく驚愕したのが分かった。何だいったい、今の言葉どういう事なんだ?
『ゆえに、積み重ね確定された有限の過去のみを源とするしかない幻妖や私達とは本質が違うし、かといって人間である君はそれに囚われる事もない。不要な時は無視できるのは、少し羨ましい所だね』
本質に囚われる?
『──物質を超越するほど、神域に近づくほど、肉より魂に引きずられる。おのれの本質……原霊の願いに囚われるようになるんだな。願いに反する行いは酷く苦痛となる』
つまり俺らで遊ぶのは苦痛じゃないわけですね?
『魔人王は代々ある仙力を受け継いできた。それは魂の一部を受け継ぐのと同義だ。だから、本質の願いもまた引き継いできた』
……願い……いや、呪い?
『──世に生住異滅から逃るるものなく、諸行の無常なること神すら例に異ならず。されど、その理の外なるもの何処なりや、其を我らは求めん』
???
『我らがそうなりたいわけでない。ただ、知りたいのだ。この世界を創った何者かがいるのか、全てを見届けるものがいるのかどうか、この世全ての記憶を読む者が後にいるのか。宇宙が終わったその後に、我らの墓碑を読む者がいるのかを』
『だから我らは情報を読み、そして記録する。喪失を拒み、忘却を禁忌とする。寂滅を拒み、継承に執着する。いつか子孫が、終焉の記録を読むべき何者かに逢えると信じて』
これを聞いた時、やはりヴァリスが無言のまま驚愕した。だからいったい何なんだよ、後で説明しろよな。
『そして君達は記録者ではない。記録される側の者……声に、言葉に、音に聞こえるべき者だ。救いを求める願いに過去も未来もなく、無限の時間こそが君達の味方だ。まだ見ぬ者にも届くように力を振るいなさい』
いや、ほんともう意味分かんねえ!
『はは。要は、後世に恥じぬ戦いをしろということさ。それもなるべく目立ったほうがいい。それが君の力になる。行きたまえ。この身は祈るべき者に未だ逢えぬ身なれど、君達に幸運あることを祈っているよ』
……次の瞬間には、世界は元に戻り男と天浮舟の姿は消えていた。
「「…………」」
「……怖い、けど、ある意味、妹さんと同じなの、かな?」
「……同じビョーキ、かもデス……」
「……気にしないほうがいい。とりあえず、降りられるのは確かなようだか、らああああっ!」
「いややあああああああーー!!」
突然落下が再開される……が。
直後に発動した急激な魔術による減速に目を閉じ身を固めて耐える。
見ると、三人含め、皆の体はゆっくりと戦場のはずれの所に降りていく。何人かは気絶しているようだが……。降りたら叩き起こすしかあるまい。
……というかみんなの絶叫とか今の浮遊落下とか、丸聞こえ、丸見えじゃね? 空も一瞬おかしかったよな? 敵が寄ってこないか?
『……あの女神の時と同様です。空がおかしかったのを認識できたのは、ご主人様たちだけかと。私個人の知覚では空は変わりませんし、さっきも熊のままでした。あと、皆さんには『集団隠匿』系の魔術がかかっています。仲間扱いの者にしか、見えないし声も聞こえない状態です。味方全員が【妖隠】状態にある、とお考えください』
便利な術があったもんだな、聞いたことないけど。
『これ多分、この世界では人間には使えない奴です。かなり上位のコードで記述されているようで、おそらく神域存在専用かと』
また反則みたいなもんか。
まあいい。よし。心を切り替えよう、本番はここからだ。
段々小さく低くなっていく絶叫
落ちていく人間が絶叫している場合、上にとどまったままの者からすると、加速によるドップラー効果で音の周波数がどんどん下がるので、悲鳴は段々野太く低音よりになっていきます。
"英雄など、酒場に行けばいくらでもいる。その反対に、歯医者の治療台にはひとりもいない"
── ヤン=ウェンリー(銀河英雄伝説)
ヤンの思想はあんまり好きではないですが、こうした皮肉な視点というのはそれはそれで好きです。
「なんで物量があると引力があがるんだよ、光を飲み込む? 意味わかんねえよ!」
文明レベルの関係上、ロイ達の中で「引力」「重力」を近代的な意味で理解しているのは、ニンフィアとヴァリスだけです。ロイはあんまり分かっていません、隕石が落ちたら被害が出るとは分かっていますが、その原理(位置エネルギー)は理解していません。巨大な砲弾のようなもの、と見なしています。ブラックホールの概念も知りません。
作中時代の帝国における重力に関する一般認識は、「大地から生まれた存在や、それに似た存在(隕石など)は大地に近づこうとする帰巣本能のような性質を有している」と言ったもので、まだニュートン力学レベルに達していません。ゆえに惑星の運行予測についても不完全です。
万有引力は一部の学者のみが仮説レベルで論じていますが、面倒なことにこの世界の惑星は、龍脈のせいで物理的に自然な動きをとっていません。そのため正確な理論構築が非常に困難になっています。
生住異滅 諸行無常 …… 仏教用語。あらゆる存在は、生まれ、時にとどまり、時に変化し、やがて滅びる。そして全ては過去になり、永遠のものは何もない。そうした万物の在り方を表す言葉です。
作中の魔人王が代々継承する仙力は【史記】、事象の記録と記録の解読の仙力です。死のその先、記憶や記録すら忘れられ消え失せる完全な喪失への恐怖を根源にした力で、完全版を持つ神は極めてレアです。ヴァリスが驚いているのはそのためです。
仏教的な「悟り」とは対極にある執着であるからこそ、歴代の魔人王たちは悟りを羨み、それにたどり着き得ない自分たちを邪道と自嘲しています。そして記録を消し去る【滅相】の力を最終手段としています。
・
・
・
万有引力への個人的雑感
だから万有引力とは愛が世界を変質させた結果なのです。愛です、愛なのですよ(ぐるぐる目)
えー、引力、重力については現実と作中設定が混ざったものとなります。以下にやや長めの説明、興味なければスルーで。
まず一般に、質量同士に働く力がある、というのが万有引力です。人もリンゴも惑星もこの力で結びついている、というのを明らかにしたのがフックさんやニュートンさん。この辺の古典力学とその数式はとてもシンプルで美しいです。
問題はその後、相対論や量子論の世界。これが分からない。作者が足りない頭でアインシュタインの一般相対性理論を解釈したところによれば(この時点でもうオワタ)質量とはE=mc^2的にエネルギーが形を変えて凝縮した形態であり、究極の電池です。質量とはエネルギー源です。
そして万有引力とはエネルギー源からの距離に応じて生じる空間歪曲に付随する時間遅延度の相対差により発生する現象であり(既に意味不明)その対象は実は個々の物体でなく空間そのものである、となります。
そこにあるエネルギーがより高密度で、よりエネルギーに距離が近いほど空間は歪み時間の流れは遅くなります。存在は、空間の中で可能な限りより空間が歪んだ、時間の流れが遅いほうに向かう性質があります。それは愛ゆえ……でなく、そのほうがポテンシャルが安定するからです。
時間の流れが最も遅いのはエネルギー源の中心、即ち質量体の質点ですので、外部からの見かけ上、これは存在同士がお互いの質点に向かって相互に移動しようとする力が生じる、ということになります。これがつまり万有引力です(と作者は認識している)
よって重力とは、空間上の場に適切に配置された時間変化率勾配の関数として表現可能であり、重力操作能力とは時間操作能力の一種である、と見なせるはずです。……そうかな? ……そうかも……(自信ない)
つまりブラックホールこそは極限までエネルギーが滾りまくって時間の止まった時の牢獄、拉致監禁ドS野郎の愛の巣ということですよ、コワイ! まあ愛として完成するためには引力の反対の斥力も欲しいところですね……って、あるやん! 万有斥力ことアインシュタインの宇宙定数、通称ダークエネルギーが! おお、やはり愛を極めると闇落ちに至るんやなってはっきりわかんだね(なんでやねん)
……そういえば、重力使いや重力技って強キャラや強い技扱いな事が多いですが、本来重力攻撃って発生させるのに無駄に質量というかエネルギーが必要な「弱い力」なんですよね。
質量に伴い生じる重力の桁は、同質量の物質より得られる化学変化や電磁気力、核力に比べると無茶苦茶弱いです。だって、地球の質量(6*10の21乗トン=6ゼタトン=60垓トン=600000京トン)ほどの量を集めてやっと約1G程度でしかないわけでして。
100Gなら地球100個ぶんのエネルギーが要る。重力を十分に強い現象として発生させるために必要なコストって、洒落にならんです。回転遠心力による疑似重力でさえ結構大変。
そして重力ならではの性能とは何か。万物に効くこと、可視光では認識しにくいこと、距離減衰が小さくやたら遠くに届くこと、各エネルギーを位置エネルギーに変換することでの長期保存に向くこと、あたりでしょうか。出力不足を補うにはなんか微妙感漂う特性で。
さらに無駄に遠くに光速で届くので範囲限定が難しい。局所的に発生させる? その場合でも必要な質量は変わりません。10gのものを圧縮してマイクロブラックホールにしても、引力は10gぶんのままです。
強いていえば、低質量のマイクロブラックホールなら、ホーキング輻射での蒸発消滅に伴う大爆発を引き起こすことはできるでしょう。でもそれ重力攻撃ちゃうやん、物質圧縮現象の極致や。……質量圧縮と質量分解とが、経緯も原理も違うのにどちらも大爆発に至るのは面白いかもしれませんけどね。
仮に100Gとかの荷重をもたらすだけの莫大な質量を用意する、あるいは時空を歪ませて仮想的に重力源としたとしても、それを局所化するには空間の歪みの伝搬を阻止する結界なりを併用しないといけない。そうでないと周りの物体全部が引き寄せられる。
……つーか、大地も重力源に引き寄せられるので、端からみると、発生させた場所が凄い勢いで大地の核に向かって沈んでいきますよね、運動って相対的ですから。
だから重力技って、重力と、空間の歪みを遮断する防御結界とを同時に繰り出さないといけない。そしてその結界とはすなわち、時間操作能力そのもの(たぶん) ……これが正しいなら、同格以上の、時間を操れる相手には効かないってことでは?
ならば重力攻撃とは、本質である時空操作を含めた物理法則の大幅な改変とセットでないと意味がなく、それができる存在ならわざわざ重力攻撃をやる必要がなく、むしろ格下向けにしか使えない舐めプ技、ということに……?
……逆に言えばそんな扱いにくい技を平気で使えるからこそ強キャラなのでしょうか? 一種のロマン技ですかね?
この解釈が背景にある本作において、【勤勉】と【怠惰】といった時間操作能力は、つまりは重力操作能力でもある、という事になります。その知識がないと真価は発揮できませんけれど。
ロイの【天崩】は、【怠惰】を応用した、本質は超限定的な時間と重力の操作能力であり、それを重力攻撃ではなくエネルギーを取り出す力として発動させています。
相対性理論の数式を素直に解釈すると、物体が光速に近づくほど質量は増大します。作者の認識ではこの増大は実際の慣性質量の増大ではなく、付与されたエネルギーの増大に過ぎず、そのエネルギーが時間を極限まで遅らせる結果として加速度が増加しにくくなる事を仮想的に質量増大と見なしているに過ぎない、と考えています。
ゆえに、時間が遅くなると言う奇跡が突如発生した場合、逆説的に、超加速とそのためのエネルギーが発生しているべきだ、というわけです。発生しているのがエネルギーなので重力も生じていますが、発現が瞬間的かつ位置が変動するため外部への影響が少ない、としています。
そうした原理とロマン度を表現するのは難しいと思う次第。今回、毛絨熊ことラグシードがロイ達に指示した作戦や、その後少し説明しているロイの能力の真価は、重力や時間の概念が重要な代物なので、この辺を何とかうまく表現したいのですが、筆力不足ですね……。




