表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/220

第18話 幕間 恋をしたこともなかったから

 その日の夜ニンフィアは自分に与えられた部屋で、眠れない夜を過ごしていた。なおリェンファは隣の部屋で眠っている。


 今日はいろいろあった。前半は久しぶりに外に出られて楽しかったけれど、後半は……怖かった。みんなが、ロイが助かって良かった。


 基本的にはロイはこちらが困っているのが分かると助けてくれる紳士だ。言葉はまだよく分からないが、生真面目で信用できる人間なのはそれでも伝わってくる。


 それにあんなに強いとは思わなかった。……今回は相手も強くて満身創痍になっていたけれど。それでも終わったあとは、自分の怪我より先にニンフィアやリェンファがショックを受けていないかを心配してくれた。


 少なくとも、今のところはあの男たちについていくよりは、ロイのほうが安心できる。あのジーディアンの子孫だという男も得体が知れないし……。


 ただ、ロイたちは軍人志望者だ。今いるところは、軍人向けの学校なのは分かる。ロイやリェンファたちはいい人だろうと思うが、軍人はあまり好きではない。命令とあらば非道もやらされるのが軍人だし、この時代は昔ほど人権が重くもないようだ。


 昔の戦争は無人兵器の比率が高かったので、軍人自体近くには殆どいなかった……自分達の側(ナーシィアン)には。だから軍人というと、どうしても向こう側の人達(ジーディアン)のイメージがある。


 この力があるからといって、戦いに参加させられるのも本当は嫌だ。でも、そんな贅沢を言っていられる状況でもない。正直右も左も分からない現状では、国に保護されているほうが生き残りやすいのだろうし、そのために自分が示せるものはこの力しかない。


 しかし、本当に、どうしてこうなったのか。誰が悪いのだろう。元はといえば、人類の内戦が問題だったのだろうけれど。


 大昔、ニンフィアが生まれるよりも500年以上も前。人類はこことは違う世界(アース)にいたそうだ。しかしある時隕石の落下と、それに伴う大津波、さらにはそれに誘発された大規模な火山活動の噴煙によって空は青さを失い、地上に届く陽光は激減し|氷河期が訪れた。そして世界は多くの人を養う余裕を失った。


 そこで人類の一部は、小惑星を改造して巨大な移民船に仕立てあげ、それらを複数作って星の彼方に活路を求めた。移民船は神話にある聖者にあやかってノアと名付けられ、第一の方舟(ファーストノア)から第七の方舟(セブンスノア)まで、七つがそれぞれ宇宙の別の方向に向けて旅立ったのだという。


 ニンフィアの先祖が乗り込んだのは第四の方舟、フォースノア。この方舟世界の中で主観時間で数百年ほど世代を重ねるうち、ニンフィアたちの先祖はだんだん大まかにいって二つに分かれた。


 かつての母なる世界での有り様を守り続けようとする者、Natural earthian (ナチュラル・アーシィアン)、天然地球人……即ちNarthian ナーシィアンと、自分たち自身の心身を改造し、より新たな環境……宇宙に適合しようとした者、Genetically modified human (ジェネティカリィ・モディファイド・ヒューマン)、遺伝子改造人種……Geadian ジーディアンとにだ。


 世代を重ねるにつれ、段々と両者の対立は根深くなっていった。そしてさらに、両者に奇怪な能力を持って産まれる者が現れ始める。……ジーディアンにはそれは新たな進化であり祝福であると見なすものが多かった。ナーシィアンにとってそれは「病」あるいは「呪い」だった。


 ニンフィアが産まれてしばらくした頃、方舟はある世界に辿り着いた。それまで観測された中でもっとも母なる世界に近く、ジーディアンだけでなく、ある程度の慣らしがあればナーシィアンでも地上で過ごすことのできる世界。


 だがそこには先住民がいた。鱗もつ知性体、竜人(ドラゴニュート)……原始的ながら文明といえるものをもつ種族。そして同様に(ドレイク)海魔(ダゴン)などの、奇怪な能力を宿す生き物……魔物(デーモン)。そしてそれらを統べる高い知性と異能を持つ「(ドラゴン)」に、さらには彼らが使う「魔術(ゴエティア)」あるいは「神聖術(テウルギア)」という人が知らなかった奇跡。


 つまり元々この世界は、彼ら竜と魔の世界だったのだ。動物や魔物には哺乳類的なものも多いが、どちらかというと鳥類や爬虫類方向から進化が進んだ感じの生物が多い世界であったらしい。犬猫や牛馬などは人間が持ち込んだもの、本来いなかった生命ということになる。


 彼らとの交渉は、様々な事情から決裂し、新たな大地を得るための戦いが始まった。この時はジーディアンとナーシィアンは、お互いの不和に目を(つむ)り共同で戦った。前線に出たのは殆どが肉体面で優位のあるジーディアンたち。それもこれも、無人兵器が龍たちには効かなかったからだ。


 原始的文明など一蹴できると侮っていた人類側は、戦端を開いて早々に痛打を受けた。彼らの魔術や異能には電子機器や無人兵器を容易に無効化したり乗っ取る力があったのだ。


 ミサイルを撃っても逸らされ、跳ね返される。戦闘ロボットや無人攻撃機(ドローン)が味方に逆に襲いかかってくる。竜人たちによる犠牲者よりも、それらの反逆した兵器による犠牲者のほうが遥かに多かった。


 ついには、飽和攻撃を意図して龍に撃ち込んだ数千のミサイルが命中直前に反転、そんな動力なんて無いはずなのに宇宙まで戻ってきて、味方の航宙艦が多数消滅する悲劇が発生するにおよび、電子兵装主体の戦いは中止されたそうだ。


 そしてより原始的な……近接武器や小火器を使った戦闘のほうが戦果をあげた。そうなるとどうしてもジーディアンのほうが強い。ナーシィアンは後方支援に回ったが、実際に流れる血の重みにより発言力のバランスが崩れ、それが新たな不和の種となった。


 戦いは年単位に渡り、その間に攻め取った大陸の各所に人々は入植して都市を作っていった。ニンフィアはそんな都市の一つで育ったが……正直子供の頃の事は、殆ど覚えていない。記憶がとても曖昧なのだ。


 どうやらニンフィアは成長や発達が遅く、言葉も覚えるのが遅い子供だったらしい。それは彼女の「病」に由来していたようなのだが、そのあたりの詳しいことは覚えていない。


 両親は周囲にニンフィアの「病」を隠しつつ、治療しようと苦労をしていた。ジーディアンにも意見を求めていたことはかすかに覚えている。何人か、向こうの有名人が家にこっそり来ていたのだ。


 ……どうも、両親はジーディアンに多くの知己がいたようだった。その辺りの事情は聞けず終いだったけれども。


 いくらか「手術」も受けたようだが……幼子の頃だったのでやっぱり余り覚えていない。結局「治っていない」ようにも思う。……やがて母親が事故で亡くなったのちは、ニンフィアは父によって男手一つで育てられた。


 大変ではあったものの、何とか新たな地に根付き始めていたころ。ニンフィアにとって約一年前、事件は起こった。


 その時、ついに人類と先住民の戦いは、人類側の勝利に終わり、人類は惑星の北半球にある北方大陸を勝ち取った。そして竜人たちは南半球にある南方大陸のみで生きることになり、北方大陸から叩き出された。彼らを率いていた龍は何処かへ去った……と聞かされた。そして戦勝式典が開かれ……悪夢が始まった。


 式典の場にて大規模な爆発テロがあり、ジーディアン側の幹部だけが多数死傷したのだ。生き残ったジーディアン幹部はこれをナーシィアン幹部によるものとし人類内部での内戦が始まった。


 ジーディアン側は充分な物的証拠無しに、異能によって「過去や思考を読みとった結果」を主な根拠として武力行使を始めたため、ナーシィアン側の大半は、これはジーディアン側の内紛であるのにその罪をナーシィアンになすりつけようとしている、と受け取った。事実がどうなのかは不明だ。


 ここでの最大の問題は、ジーディアン側の武力行使が過剰であったこと。首謀者であると名指しされた当時の大統領が、速攻で移民船に逃げ込んで立てこもった結果、ジーディアン側は防衛システム破壊のために電子ネットワークをどうやってか根刮(ねこそ)ぎ焼き尽くしたしたうえ、衛星軌道にあった移民船ごと彼を撃墜した。


 逃げ込んだ大統領としては、そこまでするはずがない、あるいはできるはずがないと思っていたのだろうが、怒りに支配された一部のジーディアンたちは、龍ですらやらなかったことをやってしまったのだった。


 そして移民船は衛星軌道上で崩壊し、その一部は地上に墜落し惨事が発生したのみならず、船の人工知性、通称ジブリルに保管されていた数多の記録が喪失した。


 中に残っていた者は少なく、人的被害は余りなかったものの、まだ入植途上でテラフォーミングも十分でなく、移民船のリソースにも多くを頼っていた人類社会は大混乱に陥った。ことに移民船の人工知性に保管されていた電子記録の喪失は、文明自体の維持を困難にするものだった。


 高度に発展した技術は、その産物である電子技術、ネットワーク技術に余りにも依存していて、技術者や科学者たちの大半もそれを前提とした知識の持ち主たちだった。


 文明を喪った時にこそ必要な基礎的な技術は、それこそ過去のデータとして電子記録の奥に忘れられていて移民船と共に失われてしまったのだ。工作プラントも高度なものは大半は移民船に残ったまま。そのため残された機械も徐々に修理できないものが増えていった。


 そんな状態でもしばらくは内戦が続いたが、半年ほどの不毛な削り合いののち、当時のジーディアン達のリーダーと目される男……ナーシィアンからすれば、憎むべき魔人の王となったアーサー・ナイトフォールは、一方的に停戦を宣言。ジーディアンを連れて西の果ての島に移住する、としてそちらの開拓を始めた。


 しかし、ナーシィアン側でそれを信じる者は少なかった。大半の者は、それを今度こそナーシィアンを滅ぼす準備をするための時間稼ぎと見なした。先住民の龍や竜人、魔物よりも、ナーシィアンの皆はジーディアンを憎んだ。なまじ同じルーツで近い存在であるからこそ、憎悪を抑えられなかったのだ。


 そうして文明を喪いつつある中でなお、ジーディアン側に反撃するための力を人々は望んだ。父とその同僚が研究させられていたのは、そうしたものの一つだ。『業魔(カルマ)』……そうしたコードネームで呼ばれた生物兵器。


 元は、無人兵器が効かない先住民たちと戦うために研究されていたもの。それを元同胞たちに向けるために作り替えることが父に与えられた仕事だった。本来、父はこんな研究などしたくない、今は文明を回復するための仕事のほうが大事なのに、と言っていたが、やらざるを得なかった。


 それが周囲の人間の期待であったし、そして……ニンフィアの「病」から他の人の目を逸らすためにも、与えられた仕事に勤しむことが必要だったのだろう。


 そしてある日。何があったのか、それは暴走した。父が研究所からの緊急連絡で家を慌てて出て行った直後、研究所は爆発し……そこから異形の怪物が、街に解き放たれたのだ。


 怪物は周囲の人間を、動物を補食し、瞬く間に巨大化した。銃や無人兵器などの突撃なども効かなかった。あるいは移民船の人工知性にあったはずの研究データや高度な防衛システムが健在だったなら、何とかなったのかもしれない。


 混乱に満ちたニュースを見て、さらに家に破砕の物音が近づいてくることにニンフィアが気付いて飛び出したときには、業魔はすでに六、七階建てビルほどに巨大化していた。


 直立する蜥蜴のような、黒い鱗の隙間が不気味に赤く明滅する異形の怪物がこちらを見た。鰐のような口からは……人間のものと思わしき、服の切れ端と、血の跡が見えた。


 遠くから、父が、頭から少し流血しながらも走って帰ってくるのが見えた。良かった、まだ生きていた……。


「逃げろ!」「業魔が暴走」「応援を要請しろ!」「龍の細胞」「助けてぇっ!!」「馬鹿が投与して」「戦車を出せ!」「逃げろ早く!」「防衛隊はまだか!」


 途切れ途切れにそんな言葉が聞こえた気がする。そして怪物は目前までやってきて………。雷のようなものを纏った。


 体が(すく)んで動かなかった。いや竦んだというのは正確ではない。体を貫いていたのは恐怖よりも、……怒り。そして疑問。


 どうして。

 どうして!? なんで、こうなったの!?


 ニンフィアは自分の力が怒りに連動することは知っていた。まだニンフィアがほんの子供だった頃。かすかに残る記憶では、向こうの幹部で特殊な「力」を持つことで知られていた男達……シャノンとナイトフォールが、父と亡き母と話していたとき。彼らは私のこの力を【憤怒(ラース)】と、呼んでいた。


 だから、怒りを燃やした。

 力が満ちるのがわかる。もうどうなったっていい。私が「病気」だって皆にバレてもいい! こんなもの、消えてなくなればいい! 消えろ!


「ねじれて……えぐれなさい!!」


 産まれて初めて、全力で力を使った。空間に『境界』をくぎり、その範囲だけを捻って消し去る力。ゴリイッという空間の軋み。当時の自分に使える最大範囲をくぎって、業魔をそこに捉える。怪物の姿が捻れて……その巨体の中心から穿たれて。足と、尻尾だけを残して消滅した。


 それを呆然とみる父や、街の人々。それがニンフィアが覚えている最後の光景だ。力を使い果たし、そこで意識を喪ったから。


 状況から考えれば、父が倒れたニンフィアを家の地下にあったシェルター内の装置に入れたのだろう。なぜか? 怪物を倒しきれなかったか、あるいは街の人々から隠すためか。業魔の暴走と、自分の病の隠蔽とで、父が責められたのは想像に難くない……。


「………」


 寂しい。

 人類はあんな文明の喪失にも耐えて、何千年を経たという今も沢山生き残って新しい文明を再建して、日々を過ごしている。それは凄いことだと思う。


 それでもニンフィアにとってここは、父を始め、知っている人間はもう誰もいない別の世界だ。


 世界も人々もあまりにも変わってしまった。ただ、子供の頃から病で余り出歩かなかったニンフィアには、知り合いはいても親友と言える人はいなかったから、そういう意味ではまだマシなのかもしれない。


 もし親友や恋人なりがいたならもっと酷い喪失感があっただろうから。——恋をしたこともないことが、心を守るなんて。皮肉なものだ。


 それでも、記憶もあやふやな子供の頃は、友達がいなくても寂しくなかったようなきがする。


 あのころのわたしは、もっと、いまよりずっとおおきくて、みんなといっしょだったきがする。どうしていまはこんなカタチになっているのだろうか。カタチなんていらない、わたしには

 あれ? わたし あなた だれ?

  あたま いたい

   こわい……



 ……? 今、何を考えていたのだったか?


 ……微かに、理由もなく恐怖を感じた。

 誰かに側にいてほしかった。


 孤独に震えるニンフィアの脳裏に浮かんだのは父でもかつての知り合いらでもなく……目覚めたときに、こちらに手を伸ばしてきた少年の姿だった。


 恋……か。

 ねえ、私……あなたに頼ってもいいのかな?

SF風味背景設定回

ニンフィアの主観なので一部情報に欠落があります


12/29 表現微修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ