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第175話 古き言い伝えはまことであった、かも

 東方冥穴のあるタンガン峡谷を、上空から俯瞰する。

  

「下から見るのとはまただいぶ違いますね……」


 山頂部の冥穴と思われるところは、今は黒い影に覆われていてよく見えない。とりあえずそこからの霊力の気配はとてもおぞましい、あえて言うなら昏く寒いものだった。


 穴の周りの山肌や森にも蠢く何かがまばらにいるのが見える。おそらくは幻妖、この距離から見えるなら、かなり大型のものだろう。


 そして山の麓の少し先、広範囲に綺麗に更地になっているところがあった。


 ……あそこは騎士団の陣地があった辺りか。あの邪神の最後の技で吹き飛んだのか、草も木も全くなく、滑らかな土むき出しの丘陵地になっていた。


 半月前の時点では、陣地の辺りはまだ異界化していなかったはずだが、あれから少し広がったのだろう。


 更地になっているところにも幻妖と思われる何かが何体かうろついていた。


 とりあえず、今の所目につくのは、茜色の空を飛ぶ、何十もの白い奇妙な何かだった。かつて地上からも遠くには見えたが、何なのかよく分からなかった。上から見てもやっぱりよく分からない。


「この、空に浮いている、ペラペラの布みたいな白いやつらは何なんですか?」

「怪異イッタンモメンとカ?」


『あれらは太古の精霊の一種だ。オグナ・フレスラージュ……人の言葉になおせば『空を漂うもの』といった意味かな。それが幻妖化したもの、属性は見ての通り白だ。光と雷を操る力があり、空からの映像を契約者に送ったり、閃光や雷撃などで遠距離攻撃したりする。上空からの監視や拠点防衛向けの精霊だね』


 上から雷攻撃? 嫌らしい敵だな……っと。


「契約者というと?」


『今のあれらは契約者のいない野良精霊だ。一応幻妖なので上位幻妖の命令には従うが、契約者ほどの強制力はない。命令がない場合、幻妖の本能として生者の殺戮と冥穴の防衛があり、普通は前者優先で獲物を探し移動するものなんだが、あれらは元々の特性から後者よりの思考ルーチンになっていて、冥穴付近から離れない』


 それで良かった、こんなのが人里上空に流れていって落雷連打してきたら普通の人間は何もできず死ぬ。魔導師か飛竜でないと対処できんわ。しかも精霊なら物理的に斬ったり射たりできな……ん? 精霊?


「精霊なんですか? 見えていますが?」

 

 精霊って、基本的に目には見えないし物理攻撃も効かないものでは?


『現代では上位精霊だけが物質的な体を持つが、昔の精霊は下級のものでも実体があった。だからあれは見えるし斬れるし矢も当たる。……まあ幻妖化のため物理は効きにくいから、下から撃ち落とすのは困難だろうけどね』


 そっか、幻妖だとそれがあった……。下からあの距離だと霊穿も届かんし、結構面倒な相手だ。


『あれらは、まだ人がこの世界におらず、竜人が世界を統べていて、精霊使いにあらずんば魔術師にあらず、と考えられていた大昔の、旧式の精霊さ。だから現代にはもう幻妖としてしか存在しない』


 前にも何かグリューネが言ってたな、大昔の魔術は強く、天変地異を起こせるのが沢山いた、と。


『その頃の精霊術は属性の限定もなく同時に複数の精霊と契約でき、詠唱も要らず、用途に応じて主となる精霊を切り替え、複数属性の複合術も使えたらしい。さらに契約破棄で精霊使いを辞めることもできた』


「……強すぎですね」 


『そうだ、強過ぎた。それゆえに竜人は増長し、世界を滅ぼしかねない戦を巻き起こしたので、天罰が下った。精霊術の弱体化はそのためだ』


 天罰、ねえ。ロイの仙力とは違う、もっと凶悪なものか。


『そして今度は制限しすぎたが、一度劣化させたものを強化するのは技術的に困難だったようだ』


 何だそりゃ。神様ならある程度は思った通りになるんじゃないのか。


『念じればその通りに動いてくれる、便利な奇跡という物は、神の世界には存在しないからね』


 そうなの? 俺の仙力は割とこう、適当にやってるが……。色々教えてもらって効率はあがったかもだけど、目覚めて最初の頃から、念じればある程度その通りに動く、という感じだったし。


『君たちの仙力は、自覚としてはそうなのかもしれないが……それは単に自分の脳が無意識にやっている高度な処理を顕在意識が理解していないだけだ。その感覚で世界法則の修理構築、それも稼動中補修(オンメンテ)をやってはいけない。(おびただ)しい想定外挙動に世界中の皆が苦しむことになる』


 神様の世界には人間には分からん難しさがあるんだなあ。


『劣化し過ぎた精霊術を補うために、それまでは単なる補助要素だった呪文や呪符、刻印、展印を使う魔術が強化された。それらも今の姿になるには何回か調整が入っている。君らが知るのは竜人向けの最新版をさらに人類向けに調整したものだ』


「神様でもそんな色々失敗するものなんですね」


『孤独だったからね』


「え?」


『昔のことだ』


『ここは龍と呼ばれる神々が作った世界の一つだった。彼らはここ以外にも無数の世界を作り、それぞれの世界に親族ごとに固まって暮らしていた。ここも当初は何十もの龍がいたそうだ。だが永い時の果てに、龍種は衰退し数を減らしていき、他の世界との交流も無くなった』


『そして精霊術の強さが問題になった頃、すでにこの世界の龍族は、一柱だけとなっていた。『彼女』には、頼れる仲間、相談する相手がもうどこにもいなかった』


『複数の成龍がいれば精霊術が強いままでも世界のバランスを保てただろうが、結局のところ、老いたこの星を一柱で支えるのは至難だった。だから力を抑え込む方向に(かじ)を切ったわけだ』


『さらに、彼女は胎に未だ生まれぬ子供達を抱えていたため、行使できる力も減っていた。そしておよそ千万年ほど前に双子を産み落として早々に亡くなってしまった』


「……それ、どれだけの期間身重だったんです?」


『少なくとも二千万年らしい』


 時間感覚が違いすぎる。


「なんでそんなことに?」


『少々特殊事情により、子を産んだら己が死ぬとわかったから、できるだけ引き延ばして準備を整えたのだね。普通なら龍の妊娠期間は千年ほどらしいから、ちょっと頑張り過ぎたと言える』


 頑張ってどうにかなることなのか?


『それでも神としての引き継ぎが不完全だったし、次世代ももはや作れない。このまま緩やかな消滅待ったなしとなったところで、人類が空の彼方からやってきた』


 ニンフィアが生まれた頃の時代か……。


『残された龍の兄妹は、最初は眷属の竜と竜人や鬼族らと共に、人類と戦った……色々あったが最終的に、降伏を選んでくれた。良い事だった。仮に最後まで戦うとなれば、今頃龍と竜と人は皆滅んでいただろうからね。そして当時の人類側はそれが分からない馬鹿ばかりだったのだから。どいつもこいつも、地人(ナーシィアン)魔人(ジーディアン)の区別なく、本当に近視眼的な……』


 唐突に始まる先祖への非難。


 いやー、人間に神様の感覚持てったって、無理だろ。所詮100年生きるかどうかなんだから。あ、ニンフィアが遠い目をしている。


『我々はその龍の選択に相応しい回答を示さねばならない、それが先祖から受け継いだ使命だ。……もちろん、君達にその使命を背負えとは言わんよ。だが、無為にはしてくれるな』


「どういう意味ですか?」


『結局のところ、幻魔王に負けるな、ということさ。ましてや、今この舟を狙うような不埒者に遅れをとってもらっては困る』


「不埒者?」


『本来君達の相手だ。君達が何とかしたまえ』


 攻撃か? どこだ。


「敵?」

「え、何どういうこと?」

「ここ雲より高いんだよね?」

「敵はどこですか?」


 皆がざわつく中、問いかけに毛絨熊は直接答えようとはしなかった。


『幻妖の中でも幻聖と幻魔は侮ってはならない、彼らはおしなべて生前より手強い』


 何を言っている?


『それでも普通なら幻聖は単にステータスが生前より高いだけだ。だが、何事にも例外というものはあるものさ。特に死後に逸話に尾鰭(おひれ)がつき、伝説が付け加わったような者は要注意だ。生前よりも、伝説に沿った方向で進化していることがある』


 こんな事を言うからには古竜とかの元々強いやつではあるまい。伝承があり、そのせいで強くなっているやつがいる、ということなのだろう。


 ……つまり、彼らか?


 無影の魔拳、碧眼阿修羅と呼ばれたはずの男か呟いたこと。 



 ──阿修羅。無影。はっ、そんなの生前には言われたことなかったけどよお! 今なら出来るぜ──



 確かに恐るべき武人であった。仙力を持っていない、体術と魔術のみしか使えないはずの拳士が、元々の仙力に加えてリェンファの魔眼すら得ていたロイと五分の戦いをしていたのだ。


 伝承の阿修羅の力はあったと言っていい。あの時のロイに魔眼による先読みが無かったなら、奴の心が幻妖としての再臨への苛立ちに曇っていなかったならもっと苦戦したはず。


 邪神が寝ているとして、要注意なのは、そうした伝承がありそうな幻妖七英傑の残り六名。そしてあの白衣の男と、繰り返しの力で西方軍を破ったという謎の男……。


 戦死した西方軍七剣星、天璇(てんせん)星のフェイ将軍の幻妖もいるかもしれない。しかし伝承という条件に入らないか? いや、現代での名声みたいなものはありえるかも。


 その中でこの舟に攻撃できるものがいるとすれば……。


 七英傑が一人、比類なき魔術師、『金重瞳』ナクシャトラか? ……いや、魔術ならこの高さには届かない。


 雷公鞭の雷は? ……いや、ここは雲よりなお高い。仮に下から上に雷撃を放てるとしても、近くにそれらしい兆候もない。

 

 他に、ここに届きうる技の使い手は……音に聞こえし者は、誰だ?



 ……そこか!



 眼下の冥穴の闇の近く、岩場となっているところの一角から霊力と殺意の気配をロイは感じとった。

 


 ── 沒有人能逃青燕

     翔到天涯上帝箭 

    悲嘆撕裂了蒼天

     今宵墜落鳳喪淵


   青燕より逃れえる者なく

    神の矢は天の()てに至らん

   蒼天は嘆きの声に引き裂かれ

    今宵鳳は淵に墜ちて喪われん ──



  ──第五矢〈天涯燕翔〉──



 そして、地上から一筋の青い流星が天に逆流(さかなが)れた。



「『落日弓』カトー!」



 七英傑が一人、夜闇の射手、『落日弓』カトー。仙人でもあったという彼の持つ宝貝の弓は、その名を星耀(せいよう)()(おう)弓という。


 ──伝承に()わく。その弓より放たれたる矢の有り様、星の耀(かがや)きの如く空を貫き、雲間を飛ぶ鳳凰すら射落とすもの(なり)──


 それこそ空飛ぶ鳥を楽々と射落とす、並みの弓とは桁違いの射程と命中精度を持っていたという。


 さらには『落日弓』と呼ばれる所以(ゆえん)の伝説がある。


 まず彼は通常ならまともに弓矢など使えないはずの夜闇の中で、百発百中の腕を誇った。どこに隠れようと彼の矢から逃れることはできなかったという。


 さらに邪神と屍の女王との決戦のその日、彼がその弓を用いて太陽を射落とし夜闇に変えたことで、英傑らは敵陣の懐に潜り込めたのだという。


 もちろん、実際に太陽を射抜いたわけではなく、これは弓矢を介して上空から闇をもたらす目くらましの術式を広範囲にかけたもの、とされている。


 仮にそうだとしてもなかなかに難しい話だ。


 普通なら、矢そのものに魔術をかけても術者から離れすぎるため大した効果は付与できないし、広範囲に目くらましになるような術を載せるのも一人では到底無理である。


 もし伝説の通りにやろうとすると、魔術衰退前でも魔導師が何十人と必要な事態になってしまう。王器、神器なら可能かもしれないが、彼の弓がそこまでの品であったという記録はない。


 だからカトーの逸話も、実際には都市単位でなく、門や関所、敵の館のような狭い範囲を暗闇に変えて、混乱する敵を得意の暗中の狙撃にて次々に射抜いたもの、というのが伝説を真面目にうけとった場合の解釈だ。



 だが今回のこの一矢は。



  ゴオオオオオオオ!!



 蒼く輝くその流星は、天の()てにも届く勢いで、 風を切り裂いて逆上がる。異様に大きく輝き光の尾を()くそれは、明らかに普通の矢では有り得ない。


 仮に伝説にあるように、太陽に届くと見えるほどならば、雲より高い舟に届くも道理。都市全てを闇に落とすほどの術を載せられるなら、舟一つを打ち砕く威力を宿しうるも道理。


 今の彼が、伝説の力を多少なりと行使できるなら、遥か大地の果てから雲間の舟を射落とせてもおかしくない。


 だが、この矢の速度自体は、まだ普通の範疇のようだ。何故か遅くもならないが、それでも地上からここに届くには数十セグ(秒)はかかる。それなら……。


「壊れなサイ!」

「ニンフィア!?」


 迎撃の時間は十分ある。


 ニンフィアが窓がら迫り来る光を睨みつけ、破壊の力を放った。同時に複数の、範囲重視になった極太の『聖槍』が矢を撃墜しようとする。


 だが。


「!!」


 全て外れた。いや、正確には。


 矢が、その瞬間「消えて」不可視の槍撃が全て無駄うちになったのだ。そして一瞬後に復帰し、再び舟を追尾してくる……!


 どうやって不可視の破壊を見破った? そしてどうやって矢は破壊をかわした? ……考えている余裕はない。


 ハーマンが摩擦を下げる仙力を使おうとしているが……勘だが、この矢はそれでは防ぎきれない。


『ご主人様!』

「分かってる」


 ヴァリスの警告とほぼ同時に仙力を使う。つい先日得た仙力、【偏向】( ディフレクション )……まさに矢のような投射術に対する防御の力……だが。


 いざ光る矢を逸らそうとしたところで、予想した通り、そして予測した程度以上に「抵抗」を感じた。


 五大仙から得たこれは、本来なら【不運】( ミスフォーチュン )同様の、当たらなかったことにする、とやらで逸らす力のはずだが……。


(なんか、曲がら、ねえな!)


『射手を認識できていないので、こちらからの因果干渉が通りません。それでも逸らす事は可能ですが、この矢自体……』


 矢自体に何らかの仙力が載っている。魔術の働かないこの高さまで届くのも、破壊をかわしたもそれゆえか。 


『……弓の宝貝から追尾と高速化の仙術に相当する効果を付与されているようです。それに射手自身の仙力が……おそらく霊子波で遠方の存在を精密能動検知する【空(インコーポ)聴】(リアルソナー)と、【虚実】(イマジナリ・リアル)……存在の波動関数の実部と虚部を任意に変更する力の合わせ技と推測』


 ? はい? れいしは? きょぶ?



 一体誰だよ、この英傑は作中時間軸から何百年も前の仙人だから口訣(じゅもん)を文末の韻を踏んだ七言絶句風味の漢文で表そうだなんて考えた大馬鹿はよぉ、そんなん無理無理かたつむり、できねえってば(←自分です)


 次以降こいつが技放つ時は口訣はできるだけ省略する方向で……。



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