第174話 神王の加護
「あんたたち脳みそトコロテンなんじゃないの!?」
『……君、直近で誰から人間を学んだ?』
「あんたんところのシューニャから」
『愚者はもう一度封印したほうが良さそうだね。君は女教皇から学び直しなさい。神王たる威厳の欠片もない物言いは如何なものか』
「えー、やーよあいつお上品とか嫌みとかが形もって動いてるタイプじゃない、私には合わないわ。私は自由な風の王なの! シューニャに問題があるにしてもドヴェーは嫌。もっとラフなタイプ紹介してよ」
『女帝あたりを真似るべきだが、君には合わんか。……この件が終わったら運命の輪に時間を取らせる。君たちもそろそろ人間との付き合い方を考えるべきだ、いつまでも聖山に居候しているのはお勧めできない』
「だからそろそろ恩をうって知名度あげようと思ったのに。この一万年くらい信仰が枯渇してて、お腹すいてるのよ」
『君への信仰が減ったのはここ五千年くらいのはずだが』
「五千年くらい誤差じゃん」
さすが神様の端くれ、時間感覚狂ってんな!
「この前グレオのやつが立場くれたからすこーしマシになったけどあいつも100年保たずに死んじゃってさあ、早すぎ弱すぎ短すぎなんだよね人間って。竜人ですら短いのに、その十分の一でしょ? まあ、千年以内くらいには何とかするわ」
『だからその感覚に問題があるんだ』
「俗世の些事に拘ってて神王なんてやってられないわ」
『君のいう俗世とは何だ』
「無論、私以外の全て」
『話にならん』
「ちょっと力があるからって、たかが千歳にもならない若造の分際で私にその態度とはいい度胸ね!」
『ならば君だけの君しかいない世界を作ってあげよう。俗世の些事のない理想の生活だ、十万年くらい過ごしてみてはどうか』
「私が悪かったからその霊威起動するのやめてほんとマジやめて心が死んじゃう」
そうしてしばらく二人で寸劇のようにやりあっていたが……。
『……もういい、君たち相手に「そろそろ」は失言だった、とにかく、あと1年ほどで状況は激変するから、それまでに心の準備をしたまえ』
「えーせめて100年まからない?」
『無理だ』
「そんなの、もう遊んでられないじゃん」
『そうだろう、だからさっさと帰りたまえ。もうすぐ東方冥穴の上空だ、君が飛ぶと良からぬものを引き出しかねない』
「引き出したほうがそれこそ早く事態が進むんじゃない? あなたたちそのほうがよくない?」
『早くなりすぎる。こちらにも、彼らにも予定と準備と宿命というものがある。未だ星辰の至らざるを、無理やり掻き乱せば何が起こるか、予測できないとは言わせないよ? これ以上のイレギュラーは不要だ』
「頑固ねえ。仕方ないなあ、帰るかあ……めんどくさーい!」
頭をかきながら、こちらを一瞥して……。
「あーそこの君ら、気が変わったら言うのよ、この私は寛大だからね、三度までは機会をあげるわ! それとこいつの言う事信じ過ぎないことね! じゃあね」
その言葉と共に、女は白い粉になって崩れ落ちた。
これは……「塩」か。グリューネが分身したり、先后が体を作るために使った技に近いものか?
……それになんか最後のほう、妙にせっかちだったな? 何か違和感が……。
そして舟の直下にいた巨体も動き出す。舟とは逆の向き、西に向かって。
巨鳥の尾らしきところが過ぎ去った直後、その姿は唐突に消えた。いや、霊力の気配はまだその向こうにある。見えなくなった、それだけなのだろう。
「行った……んですかね」
『そうだね』
「何が目的だったんでしょう?」
『無論、君達と縁を紡ぐためだ』
「……エン?」
『改めて説明するのは難しい概念だが、時として鍵となる存在と面識を持つだけで、運命とは変わりうるものなのだ。彼女はそれを理解しているために、事が始まる前に君達に会いに来た』
エン、ねえ。よく分からんな……。
『ちなみに、彼女の「応援」は全く無意味なものではない、それゆえに君たちは受けないほうが良かった』
「どういうことです?」
『彼女の応援、とは加護を与えるというのと同義だ。そして蒼空の王の加護とは、【除荷】、一時的な質量減少の仙力の貸与だ』
仙力の貸与……って、そんな事ができるのか。質量減少って?
『君達の同僚、仙霊機兵の大人たちの中に、【浮身】の使い手がいただろう、自分を羽のように軽くする仙力だ。また、そこのラー君は【詐重】で手持ちの品の重さを変えられるね? 【除荷】はこれらが部分的に混ざった仙力と思えばよい。要は物を軽くする力だ』
空を飛ぶ鳥の神ならではの力……なのか?
『操作できるのは軽くする方向だけで、程度も【浮身】には及ばないが、体の一部だけに使う事も可能で、投擲武器や乗り物にも使え、細かい調整も効く。元々身体が重い竜や竜人にとっては垂涎ものの能力だ。【除荷】を得た彼らは分厚い装甲と莫大な筋力をそのままに、人狼に匹敵する速さを手に入れる』
それはなかなか侮れない。それに【浮身】を使うリン十卒長は、軽くなりすぎてしまう事に苦労していたが、あそこまで軽くできないとしても細かく意図通りに軽くできるなら有用だ。
瞬発力を上げ速度を上げる、長距離移動時の負荷を下げる、大量の荷物を運ぶ、跳躍高度を高めるとか以外にも、うける打撃を軽減したり、落下で死ににくくなったり、水辺で溺れる危険がなくなったりするだろう……結構、いやかなりいい能力なんでは?
『固有仙力が増えるのはそれだけなら悪くない。特に元々の固有仙力が弱い者にとってはね……だが重大な欠陥がいくつかある。まず、効果を発動するにはアレに祈りを捧げねばならん。それも割と真剣に、大きく言葉に出して「蒼空の王よ御照覧あれ!」とか「蒼空の王よ我を護りたまえ!」など』
……いちいちアレに祈るのか。うーん……しかも知ってる奴には何をやるのかモロバレか。
『そして発動には当然霊力を使うが、必要なぶんに加えてさらにいくらかを使用料として持っていかれる。付与でなくあくまで貸与だからな。この使用料が彼女の腹の空き具合で決まるのが問題だ。本鳥がいっていたように今の彼女は腹が空いている、よって能力に対して食われる霊力が多く、割に合わない。ちょっと使っただけで疲労困憊になるぞ』
そいつは微妙だな。信仰する奴が増えないと、一人あたりの負担が大きいのか。
『次に彼女の加護を受けている時点で、その事が見る者から見れば丸わかりになる。特に竜人からは、加護持ちの霊気は煌々と輝いて見える。口上と合わせ、隠密性もへったくれもなくなるから、竜人の幻妖とも戦う可能性のある君達は辞退するのが妥当だ』
「……なるほど。それであなたが、何かやったんですね?」
『君のような勘のいい子は嫌いじゃないよ』
「ロイ? どういうこと?」
訝しむリェンファを見ながら、ロイは熊に改めて聞いた。
「さっきの鳥の神様、本当はもう少し丁寧な物言いができたんじゃないですか? 最後もなんか、端折っている感じがしました」
『丁寧な物言い、ができたかどうかは分からないが、本当は私が説明したことは本鳥が説明すべきだった。説明が足りなかったのは、既に説明した気分になっていたからだね』
「それは、あなたの仕業ですか?」
『そうだ』
「いつの間に? 何故?」
『さて、いつの間にだろうね。理由は、デメリットの面からして君たちには加護を受けて欲しくはなかったからだ。後は、早く帰って欲しかったからそちらの意識誘導もした。ポイントは決して嘘は言わずに自らの判断だと思い込ませることだな』
「……」
『とはいえ今回は、彼女も全く気がついていないわけではない。敢えて私の術に乗ってくれた、というのが正しい。私と本格的に事を構えるのは彼女としても嫌だろうからね』
信じ過ぎないことね、という捨て台詞があったのはそのせいか。あの神様なりに違和感があったのだろう。
『不自然だと見抜いたその耳目に免じて少しばかり教えよう。これは仙力でなく、仙術の範疇の技術だ。魔術でも上位者はやれるが、こちらのほうが魔術よりバレにくく効きやすい。いずれ世界に仙術が広まればこの技術とその対策も広まるだろうね』
かつて魔術衰退前は、一般人でも読心や感情を操る魔術が使えたらしい。魔術だから呪文などが必要なぶん使っているのはモロバレだったそうだが。そういう世界に戻るのか……いや、魔術より効きやすくバレにくいなら、もっと危ないかも。
『世に法則あれば、人に対策ありだ。法則転換が起こるなら、人はそれに応じた生き方と技術を手に入れるさ』
いちいち何か仕掛けていないかを疑うのは面倒くさいんだがなあ。いや、現在でも出世したら嫌でもそうなるのかもしれんけど。
『普段ならもう少し彼女と相手しても良かったが、娘の計画の佳境にあって個人の愉悦に走るほど私も耄碌してはいない』
愉悦ってなんだ? 相手をからかうことか?
『彼女の与える加護にデメリットがなければ、別に君らが受けてもらっても良かったのだが、東方冥穴では割に合わない。南方冥穴に挑むなら【除荷】はかなり有用だ、向こうは飛翔型大型魔獣の幻妖が多いからね。掴まれて持ち上げられて墜落死する不安が無くなるのは大きい』
「それでは、例えば東の冥穴担当のインロンとかいう神王の加護なら?」
元々担当なら有用な加護がありそうだし、太っているというなら、腹は空いていないはずだ。
『インロンの加護が与える力は【血鎖】……流した血を意のままに操って道具や武装に変える力だ。この『血闘術』による武装は結構強力だ、達人なら血刀で鋼を断ち切れるし、形状も自在に変えられる。操作次第で本来の手足の数を越えた手数を同時に繰り出すことも可能だ』
へえ……なかなか面白そうな力だな。
『他にも、血を混ぜた水や含ませた土を操作することもできる。また、血そのものに霊的存在への特効を与える。血の持ち主が生きている限り、その血を塗られた武器は幽霊や幻妖にも多少効くようになる』
「その武器で、仙力使いじゃなくても対幻妖で戦力にできるならかなり有用なんじゃないですか?」
『この力を持ったら、監禁か軟禁され、生かさず殺さずで生き血を絞られ続ける血液製造機にされる可能性が高いと思うよ? 為政者なら大抵そうする。竜人なら加護持ちであることは見てわかるし、それを害することでのインロンの怒りを畏れるが、人間にそれは期待できない。まして神自身が近くにいないなら尚更だ』
……否定できねえ
『ついでに彼が加護を授けるのは基本的に未婚の若い、かつ竜や竜人として美竜の女性ばかりだった。人間に対しても加護を授けるつもりがあるかどうかは本蛇に聞かないと分からないが、彼に人間の美醜は判定できないし、人間の女性への『興味』もないはずだ』
ちょっと待て。
『ちなみに彼の好物は加護を授けた相手の生き血であり、加護を授けた相手は彼に対して魅了状態になるから、進んで血を供物に差し出すようになる。WinWinの関係だと本蛇は自賛していた。現在も彼は何体かの加護付の雌の竜達に身の回りの世話と供物の供給をやらせているよ』
……もしかしなくてもそいつ駄目な神様じゃないかな?
『それに竜や竜人は流血に強い。竜はもちろん巨体なりに血の総量が多いし、竜人でも同じ体格の人間の2倍は流血しても動ける。よって血を武器や防具にするのも効果的だが、人間だと使える血の量が少なすぎる。ちょっと大きめの武器を作っただけで貧血で行動不能になりかねない。有用ではあるが、単独では少し扱いにくい力だね』
治癒魔術無しだと、人間は水筒数本ぶんも出血したら死ぬ、とは聞いたことがある。だから可能な限り、太股や首やらの急所に攻撃を食らわないのが武術教練でも大事とされている。
……回復の仙力があるエイドルフなら有効に使えるのだろうか。どのみち、人間の男では加護を受けるのは無理そうだが。
『まあ兎に角今回は、活性化している冥穴に本来の担当でない聖魔獣が近づくと何が起こるか分からないのは確かだから帰ってもらったわけだ。幻魔王は元より、他の幻妖でも彼女ほどの巨大物体が近づけば気付く者もいるだろう、余計に警戒させることはない』
巨大すぎるのも考え物だ。
『まあ、手遅れだったがね』
え?
『そら、言っている側から異界化領域に入るぞ。見たまえ、あれが今の東方冥穴だ』
次の瞬間、空の色が蒼から茜色に切り替わり、不気味な霊圧が地上から漂ってきた。
「あれは……」
四聖魔獣について
かつて龍神が世界維持のために作り出した三十三の亜神のうち、冥穴の守護者として作られた四体。基本的にはおよそ100万年の寿命を持ち、死ねば同一個体が子供に戻る形で転生します。記憶の引き継ぎは不完全で、それが代ごとの個性となります。
北の深淵の王リヴァイアサン
加護の力は【水棲】……水中呼吸、高速水中移動能力、水中ソナー能力の付与
南の蒼空の王ジズ
加護の力は【除荷】
東の黄河の王インロン
加護の力は【血鎖】
西の灼山の王ベヒモス
加護の力は【金剛】……ロイの持っている力と同じもの。筋力、防御力の単純かつ大幅な強化。
カタカナ名前はいずれも西の島の人間が己の伝承を元に付けた通称であり、実態とはずれています。例えばここのリヴァイアサンは鯨でも竜でもなく首長竜みたいな姿ですし、ベヒモスは牛系統じゃなくて虎と山羊が混ざったような姿です。本名はそれぞれひどく長いです。




