第17話 何を言っているのか教えてくれ
男はニンフィアに対して、知らない言葉で話しかけた。
『! ……はい』
『俺はリュースという。かつてジーディアンに属していたものの末裔だが、あんたはどちらだった?』
『……ナーシィアンのほう』
男が何か話しかけると、ニンフィアはそれにびっくりし、ついで言葉を交わし始めた。
「シーラ!?」
「……ロイ。私、ワカル、コトバ、コノ人。シタイ、ハナシ」
「……」
この男達は未知数すぎる。禍津国の間謀………いやどう見ても間謀というより、もっと上の立場の存在に見える。そして間違いなく強い。
「俺だって別にとって食いやしねえよ、少年。少し確認したいことがあるだけだ」
「……わかった」
『やはりナーシィアンか。まあ現代でもそちらの子孫のほうが数は多いし、俺たちは原則引きこもっているからな』
『……ジーディアンの人達は西の島に? 今も?』
『そうだな』
『あれから、何年になるの?』
『あんたが眠りについたのは?』
『方舟歴539年……』
『その暦が続いていたとすれば、今年は……えーと、6651年になるな』
『ろく……せん……』
男に何かを言われ、シーラが呆然と何かを呟く。会話の中身がわからないのがもどかしい。
『ところで、ナーシィアンだというなら……あんたはニンフィア・ユーウィッターヤで合っているか?』
『……合っているわ。……なぜ、名字まで?』
『コールドスリープ装置の使用には事前登録が必要だろ。そのため使用可能登録者のデータは人工知性ジブリルに保管されていた。それで当時の名簿で、ナーシィアンであんたの年齢、性別、容姿等の条件に合うのは、その名前しかない』
『ジブリルとその記録は、第四の方舟ごと破壊されたはずじゃ……?』
『……確かに破壊されたが、壊れていても現物があれば記録を読み取ることができる奴がいてな。二百年くらい昔、偶然ある国でジブリルの残骸が見つかった。それを西の島で回収して解析し、時間はかかったものの、最近記録の一部復元に成功した』
『復元できるものだったの……でも最近だというなら、やはり、間に合わなかった……』
『(……ジブリルのユニットが載ってた退避船は怒りに任せて衛星軌道から叩き落としたもんだから、途中で砕けやがって細かいのがどこに落ちたか分からなくてな……(ごにょごにょ))』
『……何?』
『いや何でもない。そういうわけで、西の島には当時の記録が多少残っていて、復元できたぶんは学者どもが絶賛研究中だ。そして当時の個人情報のうちのいくつか……例えばあんたなら、名前と家族構成、そして『病』のことについては記載があったそうだ』
『病……』
『一部のナーシィアンにとってはそれは病扱いだったそうだな』
『……ええ』
『そうした力を現代でも呪い扱いする奴はいるが、最近では少し変わりつつある。その力、『霊威』、あるいは『仙力』は得難い才能と見なされるようになってきた。そこの少年らがそうであるようにな』
男とシーラがロイ達のほうを見た。……なんかモヤモヤする。
『身元不明でお金とかもない私が生かしておいてもらえるのも、結局はそのため、よね』
『そうだな。大昔にあったとかいう人道意識というやつではない』
『あなた達はどうしてこちらに?』
『あんたに関しては、俺達は大昔の遺構から人が生きたまま発見されたというから、資料が正しいかどうか確認してこいと言われただけでね。まあちょっと厄介な事が起きているのでその調査もやっているが、それは今のところは別口だ。普通は俺達が西の島からこっちの大陸にちょっかいをかけることはまずない。あんたのを含めた過去の記録だって、今となっては学者どもの考古学資料でしかない。人も社会も、あんたの知る大昔とは結構違うだろうさ』
『そうね……言語学の教授という人に会っているけど、どうも私の時代のことなんて、大空白時代? というので、殆ど失われてるみたい。西の島にはあるの?』
『大陸よりは多めに残っていたが、こっちでも大半は喪われた。復元されつつあるのも最近の話さ。今話してるこの言葉も学者向けの古代語扱いだ。少し読める程度ならまだしも、話せるやつは大陸にはいないだろう。向こうですら話せるのは殆どいないから、話せる俺が派遣された』
『そう……それで、あなたたちも、この病……いや、力が欲しいの?』
『力の内容次第だな。どういう力かの自覚はあるのか?』
『正直、よくわからない』
ニンフィアは少し嘘をつく。確かに力の全体像は分かっていないが、ある程度は分かっていて、自分の意志で使ってもいる。でも素直にそれを話す必要はないと思ったのだ。
『……まあ、残っている記録だけだと、この能力だ、と全部確定するには少し情報不足でね。まあ、原則うちの島に向かってこない限りこちらから害することはない。能力次第では後日勧誘もありえるかもな』
『今更向かっていくなんてしないわよ……確かに、恨みがないとは……言わないけれど。どっちもどっちの話だし、もう、そっちにとっても6000年も前の先祖の事になるんでしょうし。……でも、勧誘されても、行くつもりはない』
『そうだな。あんたみたいな古代人は、能力を除いても学者どもにモルモットにされる恐れがないとは言えねえから、お勧めはしない』
『……無理やり連れてはいかないの?』
『同意しないなら無理に連れてくる必要はないとの指示を受けている。まあどうせ、過去には戻れねえ。あんたは、この時代で人生を見つけるしかない』
『わかっているわ……私のほかに、眠っていて後で起きた人は、いないの?』
『あんたの前には、850年くらい前に一人起きたのがいたそうだ。グレイ・オニールという奴だ』
『オニールさんが……? でも、もう850年も前なのね』
『そうだな。この大陸の西方で、宗教の教祖になってから往生したそうだ。西方じゃ今もかなりの人が、その宗教を信じている』
『……ああ、グレオ聖教って、そういうこと……』
『とりあえず現時点で、あんたのもののほかに、動いている装置は確認されていない。他に心当たりは?』
『分からないわ……そもそも私は自分の意志で入ったのではないのだもの。気がついたらこうなっていたの』
『そうか。そもそも想定耐用年数がせいぜい5000年くらいのものというじゃないか、まだほかにあって今後見つかったとしても、あんたみたいに生きたまま蘇れるとは限らねえ』
『……そう、ね……』
『まあ蘇れたってことは、何かしら天命があるのかもしれんぜ。命は大事にすることだな』
『ありがとう。……あと一つ、聞きたいことがあるの』
『……古代で……『業魔』と呼ばれていた怪物を知らない? 黒い蜥蜴みたいな……』
『……そんな感じの名前の怪物が暴れまわったという記録ならあったな』
『……私じゃ倒せなかったのかな、あの時には………それとも……』
『何かあったのか?』
『たぶんだけど、私があの装置に入れられたのは……その怪物のせいだと思うから』
『ふむ。まあそちらも含めて確認してみるとしよう』
「……よし。それじゃあ、俺達の用は終わった」
「シーラ、もういいのか?」
「ウン。モウイイ」
「じゃあな。頑張ってその子達を守れよ少年。お前の力はそのためのものだ」
「なっ……」
一瞬言葉に詰まり、なにを……といい返そうとした時には、二人連れは背を向けていた。
「……ロイ、リェンファ」
「シーラ?」
「私、ヤッパリ、オボエル、ハヤク、コトバ。私、ガンバル」
「さっき話していたのは?」
「私ノ、コトバ。古代ノ。西ノ島、伝ワッテタ、ラシイ」
「魔の国には、古代語が話せる人がいるほどに昔の事が伝わっていたのね」
「向コウ、昔ノキロク、残ッテ、少シ。本当ニ、私ガ、シタイ、カクニン、古代ジン、ダッテ」
「向こうの魔人は、人間よりも寿命が数倍長いそうだからね……たぶんこっちじゃ失われた知識なんかも、残っているんだろうな。……シーラ、行ってみたい?」
「イカナイ」
「いいのかい?」
「ウン。向コウハ、タタカッタ、子孫、相手。私ガ、忘レラレナイ。ダカラ……私、生キル、ココデ」
「そうか」
その時遠くで男が振り返って言った。
「ああそうだ。忘れていた。これ、向こうで寝てるお前の仲間に渡してくれ。ここの皇帝の妃だか妾だかの家族の奴にだ」
そうして丸い手のひら大のものを投げてくる。一瞬身構えるが、それはころころと転がってきて、目の前で止まった。
白い球体で、何か文字のようなものと、表面に斜めに大地に刺さった黒い剣が描かれている。禍津国の紋章……だったか。
「これは?」
「うちの主からここの皇帝への手紙のようなものだ。静謐の魔眼持ちなら開けられると伝えてくれ」
「えっ、ちょっ、そんなもの俺らに渡されても………」
「あともう一つ。鏡とはな、別に金属や硝子とは限らんぞ。それじゃな」
「ええ? いや、だから………いっちまいやがった……」
「ちょっと怖いけど……言われた通りにやるのが無難かしら?」
「とりあえずレダたちを起こすしかないか………ついでに見張りの人たちも」
「何言っているのか殆ど分からなかった……」
「古代語も少しは覚えておいたほうがいいぞリディア」
「分かっていますが、私の記憶力は偏ってるんです……」
「まあ、読むほうはともかく話すほうはそんなに必要じゃねえけどな」
「読むだけなら、何とか……それでどうするんですか、あの娘」
「経過観察だ。自覚の有無は別にして、あの娘は【憤怒】以外にも複数持ってるからな。むしろそれらのほうが問題が多い。特に封じられてる本来の力のほうは」
「そりゃ大変ですね」
「しかしあの娘があんなに大きくなっていたか」
「本人にあった事あるんですか?」
「俺はないな。親戚だったアーサー兄やフレディならあったはずだが、俺はあの娘の両親から聞いていただけだ。そもそもあんな『治療』をしなければ………いや、その辺の話をしても混乱するだけだろう。教授も娘を装置に押し込んだ時にはまさか、こうなるとは思ってなかっただろうにな」
「そもそもなんでそんな事態に」
「……俺にも責任がないわけでもない。そして……業魔の一部は、あの穴に逃げ込んだ。さらに、今ここにアーサー兄の【啓示】の瞳と、フレディの【救世】の力まであるとなれば……」
男は空を向いて呟く。
「これも縁、天命というやつだ」
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