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第169話 様々な視点

「神罰って……その、龍神の幽霊でもいるので?」


『彼らはそのような無駄な残滓を残さない。先祖の遺体や残存霊力は子孫が有効に使う『素材』に過ぎないよ。山脈に骨を埋め霊石化させるのも、彼らなりの理由あってのことだ。ただ本龍(ほんにん)の霊はあらずとも、子孫は今もいるからね。先祖の骨を盗掘しようなんて輩に手加減はしない』


 なるほど。


『ついでにいえば、あそこの氷精樹は、太古に竜人の仙力使いが植えたものだ。この大陸は今は人類の地だが、こうした人跡未踏の地には、竜人が世界を席巻した超古代文明の痕跡がいくつか残されている』


 超古代文明、ねえ‥…ニンフィアの生まれた頃よりさらに大昔の話か。


『竜人にとって氷精樹の葉は優れた薬効を持つことから、聖なる木とされている。残念ながら人間には薬としても毒としても微妙な代物だがね……。あそこにある樹は大陸に現存する氷精樹の中で最も古く大きい、樹齢は数千万年になるはずだ。彼らにとっては三巨木に次ぐ信仰の対象だね』


 すうせんまんねん? それ本当に樹木か? 石か何かじゃねえの? あと……


「……三巨木って何ですか?」


『太古の昔、龍の神はこの世界を維持するため三十三柱の下級の神々を作った。竜人たちが崇める八大竜王や七大精霊王などだ。その中に三巨木と呼ばれる樹木の神々がいて、時折代替わりしつつも現在も生きている。山ほどに大きな、霊力と意思を持つ巨樹だ』


「竜王は、この前戦った邪神がそのうちの一人なんですよね。……あれの樹木版がいるんですか?」


『そうだね。一つは東の海の島にあるフルスタリューグ、我々が『扶桑』と呼ぶ樹神だ。それの若芽が君たちも知る『破幻槍』の材料にもなっていたね。そしてあと一つカラルルォリューグ、『若木』は我が国にある。最後の一つ、ジェンドラリューグ、『建木』は結界に覆われ幻覚で山に偽装されている。通称崑崙(クンルン)山と呼ばれている山、即ち仙人たちが住処にしている所のことだ』


「「……」」


 だからしれっと国家機密級のこと言うのやめて。


『こっちにはそれがあるからグリューネの回復も早いはずと思っていたのに、思いの外、輪仙がケチでねえ。建木の霊力全部吸い上げて独り占めして、周辺に漏らしてなかったんだよ』


 そういや最初に逢ったとき地面に手をついて何か喚いてたな。霊力吸ってやがるとかなんとか。


『輪仙と雷仙の仙力は凄まじく強いものの、とにかく消費が重いことで有名なんだが、それをあの巨木は補える。だからあいつらは『山』に籠もっているし、そうである限り無双なのさ。帝国も崑崙を落とせると思わない方がいい、あそこでの彼らは下手な亜神より強いからね』


 仙人か……。


「……そういえば、あの崩仙達、どうやって訓練所のところに来たんでしょうか」


 雷仙みたいに雷と化すなんて真似はできそうにないし。魔女だけでなく崩仙も魔術師としても優秀っぽかったし、長時間だとナントカ限界とやらにひっかかるのではないか? 中央山脈をどうやって超えたのか? 回廊を抜けてきたにしては早過ぎたし。


『彼らは私らとは逆に、地下を潜る車を持っている。たぶん今まさにあの山脈の地下を移動中だろう』


「そんなものがあるんですか」


『東方の地中は既に彼らの庭だ。昔、うちのほうまでそうやって侵入しようとしたから、来る奴を片っ端からそのまま棺桶にしてやったら、そのうち来なくなったそうだね』


 知らないところで人類は地下まで戦争の舞台にしていたらしい。


「今回の我々は、なぜそういうものを使わず、この浮舟なのです?」

『うちには人が乗れて大地を潜れるようなのはないんだ』

「……少し意外ですね」


『正直なところ、霊具……こちらでは宝貝かな、宝貝の非戦闘向けは崑崙のほうが進んでいるよ。うちだと仙力持ちは優先して冥穴の大殺界に備えて戦士になるし、宝貝も対幻妖戦闘向けを優先してしまう。それ以外の宝貝作りにまで人手が回らない、崑崙ほど仙力持ちを安定確保できてもいないからね』


「意外ですね、仙力持ちはそちらも少ないんですか?」


『少ないよ。仙力は人間にとって純粋に才能だ。技術的には増やせないこともない。竜人や竜には、生まれつき特定の仙力を持つ者もいる、これはそのような技術的操作の結果だ。……だがそうした手段を、我々は様々な理由から採用していない』


「なぜですか」


『まず難易度が結構高い。次に、それをやると、逆にいくつかの珍しく強力な仙力持ちが生まれなくなる、ということが分かっていてね。それが子孫にすら影響する。だから竜や竜人にはそうした特殊な仙力の持ち主はいない』


 そういえば、ルミナスとヴァリスとの会話で、自然のまま、天然の生命がどうこうとか言ってたっけ? あの時俺は死にかけだったからよく覚えてないが……。


『人類が持つこの特性は、宇宙的な視点からしても貴重なものだ。かつての戦いにおいて人類は、数や肉体の強靭さ、魔術能力などで竜人たちに遅れをとっていたが、そうした特殊な仙力を持つ人材がいたからこそ勝てた。当時の科学技術だけではおそらく敗北していた』


 砦にこもっていたころに、幻妖として竜人と戦ったことは何回かあるが、確かに人間よりガタイがあり、力は強く鱗は硬かった。


 強いていえば動きが遅めだったが、鱗により実質的に鎧を着ているようなものと考えると、充分に見合う程度だ。魔術も使ってきたし言葉らしきものも喋っていたからかなりの知恵もあるはずで、数で上回られるときつい相手なのは分かる。


『そしてついにはうちの娘のような、一般的な神とは毛色の異なる神が現れるに至った。これもまた人類の特性によるものと考えている』


 えー、まず一般的な神とやらが全然わからんのですが? グレオ聖教の神とか、東方の星神とかはどうなんですか? 説明は……無いですか、そうですか。……あとでヴァリスに聞こう。


 そもそも一般的な神どころか一般的な王様や皇帝もろくに知らない身としては、こうして解説している毛絨熊の中の人が、元王様としては相当変な部類だろうということしかわからない。


 あといつからかけてますかその眼鏡、さっきまで無かったですよね?


『同時に、人類は心身ともにかなり脆弱なほうの種族でもある。これをいかに保護するかが、魔人王が代々引き継いできた課題だった。大陸に対する不干渉が長年維持されてきたのも、下手に手を出すことでの形態変化を恐れたためだ』


 まるで学者のような物言いだ。いや、実際魔人の王族の視点では、人間というのは同朋や支配対象というより、観察や研究対象でしかないのかもしれない。


 あと確かにまあ、人間って、武術や仙力、魔術無しだとその辺の魔物や動物にも遅れを取るほど身体は脆い。知恵で補っているだけだ。


『脆弱だからといって改造しては貴重な特性を損ないかねない。では、しもべとして優秀な種族や人工知性を新たに創造すると、いつしか脆弱な人類に対して下剋上が発生しかねない』


 強力な式神を作ったり魔物を使役して傍若無人に権勢を謳歌するも、最後は従えたはずの式神や魔物に殺される、というのは、東方における悪の魔導師や仙人の物語の典型(テンプレ)だ。西方にも同様のものがあるのだろう。


『よって我々は当分の間、どこの組織であろうと、人間の特質を損なうような霊的改造や種族創造の試みを許すつもりはないから、この件に関しては大陸にも介入するよ。悪しからず』


 おーいヴァリス、ちょっといいか? この貴重な才能云々ってマジだと思う? あと一般的な神って? ん? ……どうした?


『……すいません、色々と諸事情あり分析作業中でして、しばらく放置していただけると助かります。なお天然のままの生命ならではの貴重な仙力がある、という話があったのはその通りですが、それが真実だとするには現状では証拠不十分です。一方、確かにここの守護者は一般的な神ではないと思われます』


 わかった。


『そうした特性への負の影響を与えずに仙力持ちを増やすやり方はないかと研究しているところさ、まだ道半ばだね』


 毛絨熊がやれやれといわんばかりに腕を振る。


『自然任せだと、純粋に人口に対する確率となる。厳密には一定以上に優れた仙力持ちの子孫は若干仙力持ちになりやすいが、あくまで少しだけだ。そうなると自己の仙力である程度維持できるほか、大陸東部全体からかき集められる崑崙のほうが、鎖国している我々より有利なんだよ』


 ……闘仙たちのやったことを鑑みると、かき集める、の手段には色々ありそうだけどな。


『数少ない仙力素質持ちも、西方冥穴を抱える我々は、技術者より戦士として育てざるを得ない。一方、崑崙の仙人は戦闘向きの人材はむしろ少なく、宝貝も様々な物が作られていて技術的に進んでいる。まあ、地に潜る車に限れば、あれは技術とは言えないけれどね』


「技術とは言えない?」


『これは崑崙でも輪仙にしか造れない。なお西でも私や娘ならば作れるが、それは奇跡であって技術とは言えない。それでは意味がない、人々は自らが磨いた技で至るべきなんだよ。まだ空飛ぶ船なら今の技術を磨いた先で可能だ。だが地に潜る車は、ほぼ九割九分、相応の奇跡無しには造れないからね、あと何千年過ぎようと状況は殆ど変わらないだろう』


 ──ファスファラスとは酷く歪な国なのだな、とロイは今更に思う。


 最上層部は強大な人外の力と知恵を持ち、種族や国の枠を超えて、世界全体のことを見ているようだ。でも常人にその視点があるだろうか? この空飛ぶ船から地上を見る時のような、全体を俯瞰する神の視点が。

 

 どうも、あるとは思えない。


 神様に近い王族や護法騎士などの最上層部と、まだ常人の範疇で知識も制限されているらしい国側とで、かなり価値観や考えが食い違っているのではなかろうか?


 ロイが知る国とは帝国だけだが、帝国はそりゃあもう汚職や足の引っ張り合いに事欠かない国だ。国どころか、家族や故郷や所属組織のような小さな範囲でしか物を見られない者ばかりだ、世界や種族のことなんて気にしていられない。


 でも人間の作る国なんて、どこかしらそういうもののはずだ。


 もしかしたらかつて魔人と呼ばれた人々が、大陸からの訣別を選択したのと同じくらいの食い違いが、かの国内部にはあるのかもしれない。そして宝貝のようなものは、下のほうには出回っていないのだろう。


 ……ふと思い出す。そういや、崩仙がいっていた、我が宝貝くれてやる、とかいうのは何だったのだろう?


『君たちの中にも人類ならではの貴重な仙力を持つものがいる。まあ、望んで得たものとは必ずしも言えないかもしれないが、折角の才能だ。それを生かす生き方をしてもらえると、我々としては嬉しい』


 何故?


『イカロス限界のことも含め、我々は今後魔術より仙力、仙術が広まっていくことを期待している。人々が魔素に汚染されすぎて、空の果てに至れなくなる前に、代わりの力としての仙術が広まることを願っているよ』


 放置してくれ、と言っていたヴァリスがこれに反応した。


『やはり、目的はそれですよね。迂遠(うえん)ですが……』


『娘はいつの日か、今の魔術を終わらせて人類の魔素汚染を食い止め、代わりに普通の人間でも弱い仙術なら使えるようにする事を目指している。そうなればいずれ、今仙力・仙術と呼ばれているものこそが魔法・魔術と呼ばれるようになるだろうね』


「えっ」


 レダの顔がさらに青くなる。魔術が終わる? そうなると今の魔術師は困るというか、魔導師なら死にかねないのでは?


『心配しなくても、あと何百年、何千年かかるか分からない気の長い話だよ。既に魔素濃度が濃く危ない人々についても、それまでに対処する予定さ』


 ならまあいいか。


『本当はもっと早く対処したかったが、正直世界を作り替えるには、歴代の私達では力不足でね。娘の代になって、ようやく目処がたったんだ。そして、そのためにも冥穴を作り替えたい。それがうまくいけば、魔素汚染は減るし、仙力持ちの出生率も上がるはずだ』


『今回の君たちの救出と訓練は、第一には冥穴対策だ。そしてその次には、君たちが帝国における仙力宣伝の嚆矢(こうし)となる事を期待しての投資でもある。来るべき時代のために、仙力への偏見や忌避感を可能な限り減らしていきたい』


『だからこそ、帝国皇帝には従来の枠を超えた質と量の援助を申し出た。本来それは我々の立場からすると禁じ手なんだが、やるなら今しかない。幸いここはうちの国とは大陸の反対側だから、戦いにもなりにくいしね。遠交近攻というやつさ』


 ふんふん、と聞いていたが、少し疑問が浮かんだ。


「仙力使いの子が仙力使いになるわけではない、というのは分かっているつもりですが……では、代々の魔人王は仙力使いでない方のほうが多かったのですか?」


『うん、いいところに気がついたね。答えは否だ、歴代の魔人王は強弱こそあったが、例外なく仙力持ちだよ』


「それはどうしてですか?」


 たぶん機密だろうし教えてもらえないかな、と思ったら、二重に回答が帰ってきた。


『さて、それは我が一族の秘儀としか言いようがないね。我々の他にできる者がいるとは聞かない……』

『それはね……』


 皆には前者のとぼけた回答のみ。ロイにだけ、説明が二重で聞こえた。念話というものはなかなか便利だ。


『我々の先祖が、仙力の一部を子孫に引き継ぐ仙力を持っていたためだね。だから歴代の魔人王は、自分が仙力持ちでなくとも、その引き継ぎぶんの仙力を使えた。初代がこの力に目覚めたのは、まだ人類が母なる星にいた頃だというよ。そして彼は予言した。この力は108代を経た時に完成する、と』


 108……普通の人間なら二千年から三千年くらいか? だが、その途中の代から魔人になって寿命が延びたはずだから、もっとずっと長い時間なのだろう。


『そして記録上は私が107代目だ、私と妹は娘という太極に至るための両儀の兄妹だった。そしてそれこそが、我が一族が魔人の王族であり、かつ後継者が常に一人である理由だね。初代からの仙力を引き継げるのは一人だけだから。歴史上の例外は私と妹のように双子の時だけだな』


 個別念話のため、ロイも念話で返した。


(あの彷徨の魔女は? あの人も、確か双子の王族とやらですよね?)


『彼女達の場合、力の主要部を引き継いだのは即位した姉のほうなんだが、妹である魔女殿のほうも少しこの引き継ぎの仙力が影響してね、それが自前の仙力と混ざってああなったようなんだ。なかなか興味深いし、彼女達のおかげで仙力研究が進んだ面もあるから、現在でも王族として対応しているよ。本人が忘れてしまってもね』


 ・

 ・

 ・


『さて、夕食にしようか。携帯食で済まないが、グリューネ君の謎の草による薬膳よりは食べられる味のはずだよ。


「ナゾノ……クサ……」

「あっはいあっあっあっ」

「ハイ僕ハハラペコ青虫デス、ハッパオイシイデス」


 苦行の記憶を刺激されている連中はおいておくとして。


「あれの味をご存知ですか」


『私も子供の頃にはお世話になったものだ』


「王族でもああいう訓練するんですね」

 

『魔人王とは最強の魔人でなくてはならない。単に仙力や魔力の素質があるだけでは足りない、素質は磨かないと話にならない。国家の王なら法が地位を守るのかもしれないが、種族の王であるからには、力が地位の担保なのさ。まあ私より妹のほうが強いのだが、私たちは二人で一人だからね』


 つぶらな瞳の毛絨熊が言うのでなければ説得力があるのだが……。


『護法騎士たちが私たち王族に従うのは、単純に私たちが彼らより強いからだ。それが世の真理というものさ。数十世代、何千年も下剋上されずにやっていくのは、相応の苦労もあるよ』


 あの魔女もあんな強さだったしな、しかも本人不死身らしいし。


『昔は力で敵わないからと、毒殺や病気感染を狙ってくる例も多くてねえ。……ああ、これは、冥穴の幻妖でも注意すべき点だよ。死なば諸共と毒を自分に塗りたくっての突撃や敵味方巻き込んでの範囲型猛毒生成術とか普通にやってくるし、一般に知られていない奇妙な病気とかも持っていたりするからね、あいつら』


 毒に病気か……言われてみれば。いかん、その視点はなかった。


『その認識は改めたまえ。というか、かつて君たちが戦った古竜も毒の術式を使ってきたと聞いているよ?』 

「はい、そうですね、確かに使おうとしてきました」


『竜や竜人は人間より丈夫だし、そもそも人間とは効く毒も違う。だからそうした自分達ごと巻き込んでの毒攻撃は、むしろ常套手段だった。当時、機械は魔術で操作されてしまうために生身の人間が戦わざるをえず、対毒装備を身につけると動きが鈍重になって戦闘力が落ちて苦戦した。こういうのも妹が言っていた君たちの知らざる歴史の一つだね……特にあれだ。そこの彼女の父親を含む幻魔には気をつけたまえ』


「……え」

 

『ユーウィッターヤ教授は生物工学研究所……その実は生物の軍事運用研究の一員であり、毒や病についても当時一流の知見を持っていた。設備がなくとも単純なものなら用意できるだろう。知識による力は、単純な霊力や魔力で測れない見えざる脅威だ。注意しておくことに越したことはないよ』


「………」

「大丈夫だ」


 震えるニンフィアを慰めつつ尋ねる。


「そういう例が向こうの冥穴でも多いんですか」


『東方より多いだろうね。竜人だけでなく我々の祖先も冥穴からは現れるが、そこでもBC兵器……つまり毒やそれに類する手段を使ってくる輩が時折現れる。どうも大昔、幻妖に対してそうした兵器をぶっ放した事があったらしい。自分たちが未来に再現され、子孫の敵になる可能性を理解できていなかったための失策だ』


 怖いなそれは。


『うちが魔の国だとか禍津国とか呼ばれているのは、それも原因の一つだろう。そんなモノとの戦いを何千年もやってきた結果、偏見だけでなく実際に、力があれば、勝てば良かろうなのだ! という文化になってしまったし、力でなんとかなることも多いからね』


 何とかなるというと?


『まず、王族や護法騎士は半ば超法規的存在だし殺人許可(マーダーライセンス)すらある、というのが別格だね』


 やっぱりファスファラスって、上層部が俗世と断絶してね?


『それ以外でも、一般の法律そのものが全体的に力で取り返せる内容になっているんだな。例えば罪人でも魔力や霊力を供給したり魔物討伐とかで刑期短縮できるし、人を殺しても、それ以上に命を救えるだけの貢献があると見なされれば相殺されたりする』


 どうやって判定するんだ、それ。


『裁判官、そして最終的には神器聖霊の出番だね。天神器ホーライという罪の判定を専門とする神器がある、貴族の罪人は彼女が裁判を主催するならわしだ。その判定に納得できないやつが出た時は護法騎士の出番だな』


 つまり殺るための力ってことで。そういう意味でもやはり力か、力が担保か。

 

『だが私と妹の代からは、そういう国にいるにしてもいささか強くなりすぎた。娘はそんな私達より上だ。我々は娘よりは劣るものの、一応は神だの魔王だの端くれを名乗れる程度の力がある。そんな存在を何柱も抱えるには、正直この星は狭すぎる。ただでさえ龍や地の神がまだいるんだ』


『だから隠居してから普段は他の世界に遊び……いや旅をしているんだが、今回は色々大変でね。娘に呼び戻されて、事が終わるまで塊山竜や奈落竜といった連中を抑えておけ、異界神の手先を滅ぼしてくれとか無理難題を言われて、仕方なくやっているところだね。君らの保護もその一環だな』


「どうもお手数をおかけいたします」


『構わないよ、我々にも目論見あってのことだからね』


 ……つまるところ、ロイ達を支援するのも、冥穴の事象が大変なのもあるが、それ以上に地の神とやらがいるままでは、世界に対してやりたい事ができないから、なのだろう。


 全てが終われば魔術の事も含めこいつらがやりたい方向に世界は変わっていくのだろうか。それが世界や皆にとっていいことなのかどうかは、ロイには判断つかない。


 だが、もしロイやその家族や彼女達に何かあるなら……その時は、恩はあっても戦うだけのことだ。勝ち目がなかったとしても。今はその覚悟されあれぱいい。


「ところで、実際相手が毒を使ってきたらどう対処すればいいんですか」


『理想的な対処は毒によって異なる。が、仙術が使えるなら、殆どの場合にある程度有効な汎用的対処法があるよ。……グリューネは説明しなかったのかな? いかんね。仕方ない、基本的なやり方だけでも説明しておこう』


 ・

 ・

 ・


『……だいたい分かったかな。飛行は今のところ順調だね、食事のあと一眠りすれば、明朝には帝国に着くはずだ』


「一眠り、とはこの椅子でですか?」


 寝具はない?


『その椅子は、こうなる』


 空いている席の一つの背もたれが倒れ、眠れる状態になる。


「おお」


『風呂の類まではないが、イカロス限界以下まで降りれば浄化系の魔術を使えるから、明朝にそれで代用したまえ。霊力は可能な限り使わず、回復に努めなさい。それと……』


 説明を聞きながら、最後かもしれない空の旅を楽しむ。

 

 日が雲海の向こうに没する直前に……その夕日の方角、つまるところ出発地点のあったあたりから巨大な霊力の気配が何回か放たれ……沈黙した。


 話に聞く聖山の手のもの、だろうか。まあ、気にしても仕方ないか。


 そして日が沈み、夜が訪れる。


 地上を覆う深淵と、地上から見るよりずっと鮮明な星空に息を飲む。


 これもまた、普通には見られない光景だ。昼間の上からの光景は、もう少し低い所からなら飛竜から見た者はいるだろうが、飛竜は夜は飛べない。夜の上空からの視点でみた景色は人間にはまだ届かない代物、貴重というほかない。


 ……しばらくそうして夜景を楽しんだあと、学生たちは眠りについた。



 不安と緊張から眠れない者もいたが

 『いいから寝たまえ』

 「おほぉっ!? ……ZZZ……」

 熊の目が光ったら奇声と共にピクリとも動かない眠りに落ちた。


ホーライ

 ギリシャ神話における時と秩序の三女神

 エウノミア、ディケー、エイレーネをまとめて指す言葉

 彼女らは運命の三女神モイライ(アトロポス、ラケシス、クロト)らと同母姉妹でもあるとの説もある

 ディケーは特に正義神アストライアと同一視されることも




次話は残ったセラフィナたちと聖山の手のものとの幕間の予定

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