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第168話 雲より高くまだ遠く

 毛絨熊が言う。


『だから強大な魔術師になればなるほど、逆に大地から離れられなくなるのだよ。当時のイカロス限界は今より1500シャルク(約1000m)は上だったのだが、魔術衰退によりこれも下がった。現状の龍脈の状態だと、正直もっと下がってもおかしくない』


『ちなみに、海の上でも海底までの距離が遠くなると同じ状態になります。大陸の周りの海には水深が10000シャルクほどの深い所がいくつかありますから、建造に魔術を用いた船は、そうした所を通ると自壊して沈みますし、そうでなくてもその辺りを航海すると魔導師は死にますよ』


 マジかよ、海もなのか。


『海を超えた遠距離航海がうまくいっていない理由の一つだねえ。現在の大陸では、大型船はほぼ例外なく魔術強化された部材を使っている。さらに船医や対魔物要員、船体の保守要員や、方角の検知要員として魔術師は必須と見なされている』


『ですが、優れた魔導師を乗せて大海原に出るとその者から先に倒れますし、魔術強化された船体は壊れます。かといって弱い魔術師や、魔術強化無しの船では魔物や病、荒天に対処できません』


『結局、まだ魔術無しで優れた船を造る工学技術がなく、航海術も未熟なのさ』


『この世界には北方大陸以外にも、大陸と呼べる広い陸地はいくつかありますが、一般には余り知られていませんよね。これは船で行って帰ってきた者がいないからです。飛竜では航続距離が足りない。だから私達のような者しか、他の大陸のことを知らない』


 他の大陸か……。

 そういえば、竜人は大昔に南海の向こうの地に逃げた、と言われているが、その南方の地に行ったことがある、という人間は聞いたことがない。あるとしても、信憑性の疑わしいホラ話っぽいのだけだ。


『結果的に人間の遠洋航海の試みは船ごと沈んで全滅したケースが多いんだ。そのためなんで失敗したかの経験も共有されず、分かるのは単に遠洋にいけば帰ってこない、という事実だけ。やれ魔物のせいだ、嵐のせいだ、呪いのせいだ、と言われているがね。だから、遠洋の地で大陸からの航路が分かっているのは、島伝いに浅い海だけでいける島国ヴァンドールくらいしかないのさ』


『現状、海で魔術師をやるなら、精霊使い一択でしょう。精霊術なら山上や海上でもある程度機能しますから』


『そう。実は、ヴァンドールの民は魔術師が極めて少ないが、その少ない魔術師の大半は精霊使いになっているんだ。彼らは海の民だから、細かい理屈は知らずとも、経験的にそちらが有利だと知っているわけだね。そして魔術師が少ないために、魔術無しでの造船にも長けている』

 

『ですが、それ以外では、かの国は大陸から文明が遅れ気味ですし、精霊使いが多いせいで大陸の主流派から蛮族扱いされています。実際、気性や文化も荒々しさが目立ち、野蛮な民族であるのは否定できません。そのため、大陸の殆どの方々はヴァンドールに学ぶなど思いつきもしないから、解決策にも気付かない。なかなか笑えますね』


 いや笑えねえって。


『とはいえ、精霊術はご存知の通り制限の激しい術で、問題も多いから、安易に乗り換えるのも考え物ではある。なにせ精霊は一度契約すると死ぬまで解除できないし、その精霊術にしたところで、イカロス限界が今より悪化したらおしまいだ』


『魔術とは便利な代わりにそのように大地に命を縛り付ける力でもあります。問題は、大陸の皆さんの殆どが未だそれを知らないことです』


 言われて見れば、山越えも、外洋航海も、歴史的にできていないのは知っていても、なんでそうなのかは考えたことがなかった。そういうもので、単にまだ成功していないだけ、としか思っていなかった。


 よく考えたら魔術衰退の前からそうで、当時の魔術は今より優れていたのだから、単に行って帰るだけの事ができなかったのも変な話だ。


 ならば問題は何らかの理由で魔術が機能不全を起こすからではないか、との推論に至るのは妥当だ。そこに気がついたのがフーイェンのような人々で、しかし彼らも真の原因と解決策までは見いだせずに死んだから、忘れられてしまったのか。


『イカロス限界を有人で乗り越えるには諸々諦めて精霊契約するか、魔術に依らず己自身を作り替えるか、特殊な道具を発明する必要がある。フーイェンの気球はその点で不充分だった』


『あなた達が乗るその天浮舟は、原理的にフーイェンの気球よりは遥かに優れており、上空では魔術に頼らず動作します。だから大丈夫ですが……さて、本題はここからです』


 念話の口調がまた変わり、圧がさらに増えた。


『これよりあなた達は、大地を、雲の海を、人跡未踏の地を天より見ます。それは即ち、本来なればまだ常人には叶わぬこと。己を作り替える技を得たもの、神の視点の一端です』


『天より地を鳥瞰(ちょうかん)し、睥睨(へいげい)せんとして、しかして傍観するものの視点です』


『その光景は、それが常識でないあなた達には、些か刺激が強すぎるやもしれません。あるいは心に刺さる棘になるかもしれません』


『その棘は時に人を狂わせます。己が矮小なることを知り、己の腕の短さを知り、己の歩みの遅さを知り、何より事を為すに命の余りに足らざる事を思い知らされるがために』


『百聞は一見にかず。一望のみで帝国の西部全てを遥か眼下に収めえましょう。大地の巨大な(たま)なるを知り、あるいは逆に、その限りあるも知り得ましょう』


『命の営みその全て、虚空に浮かぶその珠の、ただの薄皮一枚に張り付いた砂粒に()かざるを、その目で見ることができましょう』


『されど人はその砂粒のみすら計り得ず。史家と(うそぶ)く砂粒は、数え切れざる時の砂、そのただ一握りを歴史であると(したた)める、だがそれは人の見た歴史でしかありません』


 長広舌にロイは当惑する。


 ……うーん? 何が言いたいのだ? もっと簡単な言葉で説明してくれないかな? この女神も、ルミナスや雷仙も、どうもこう、詩人のようなもってまわった言い回しを好むのか。さっきまでの説明口調のほうがいいんだが。


『龍脈とはその薄皮に覆われた中身を巡る血管であり、砂粒全てをかき集めても、その血の一滴に()かず。掌より零れ落ちた砂粒すらも龍脈は飲み込んで流れ続けます』


『ゆえに冥穴からは、人の知らざる歴史が溢れ出ます』


『あなた達の眼下に広がるは世界そのもの。過去の無数の砂粒の、(いわお)となりて苔むしたもの。そしてそれこそが、あなた達の相手です。あなた方が見たことも聞いたこともない存在と戦うこともあるでしょう』


『さらに、その巌の最奥には、眠れる神がいます』


「神……?」


『つまりところ龍脈とは、眠れる『彼』の血管です。そしていずれ、『彼』はこの地上に現れるでしょう』


「それは、あの黒い竜人の邪神とは別ですか?」


『ええ、別です。黒の王アガートランゼウスは元々あなた方が対処すべき相手です。頑張ってください』


 そうかよ……。


『しかしその奥にいる『彼』は違う、かの試しの儀は、本来ならあなた達が対処すべきものではありません』


『ですが、あの神を叩き起こさないことには冥穴を作り替えることもできません、そして我々が彼を起こすと、大地が暴れ引き裂かれ、人類は滅びかねません。かといって放置していても、いずれ冥穴から瘴気が溢れ、やはり人類は滅びかねません』


 前にグリューネが言ってたやつか。このままだと冥穴は瘴気を垂れ流すようになる、と。そして神様的な力を持たないやつがあの邪神をどうにかして、弱点を引きずり出さないといけないと。


 つまりその弱点というのが、眠れる神ってやつか。


『『彼』は地の神ですが、天に神がいないと見なせば、天の神に羽化しようとします。この瞬間が、冥穴改造のための、唯一の機会です』


 だが、仮にも神様なんだろ。寝坊助で、神様的には弱点だらけなのだとしても、人間よりは遥かに格上だろう。そこで俺たちに何ができる?


『彼はあらゆる魔術を内包した、魔術の神でもあります』


 ……魔術か。そしてさっきまでの話を総合すると……ええ? できるのか? リュースが云うところの、デカブツなんだろ?


『その時のために、我々は(ろう)で固めた鳥の羽を用意します。『彼』が雲より高くまだ遠い空に飛び立つように、そして赤く燃えたつ太陽に身を晒すために』


『あなた達に頼みたいのは、『彼』がその羽を──』



 ・

 ・

 ・



『それでは出発だ』


 毛絨熊が船の舵輪のようなものを引っ張ると、ゆっくりと天浮舟は浮上した。


「おわっ」

「飛んでる、すげぇ」


 皆が窓のほうによって眼下を見ようとする。


 空を飛ぶ乗り物など、皆乗るのは初めてだ。ロイは【投錨】により空中を走ることが可能なものの、地上を走るよりもずっと疲れるために、あまり上空にはいったことがない。


 ニンフィアも実のところ飛行機などに乗ったことはなかったので、これが初めての経験になる。


 そして初めての浮遊に感動したり、あたふたしたり、己も知らなかった高所恐怖症を発症したりしている皆に、下で見上げているらしい先后からの念話が届いた。



『餞別です。この私が、戦場(いくさば)に向かう汝らを(こと)()ぎましょう。生憎私は人を祝うなど叶わぬ、ただ呪うだけの現界せし天魔の王(パーピーヤス)一片(かけら)に過ぎませんが、なればこそ魔除(まよ)けにはなりましょう』


 身体にちくっとした変な感覚が走ったが、それだけだ。何が起こったのかよく分からない。


「何をなさったのです?」


『分かる日が来ないほうがいいのですが、そんなわけにもいかないでしょう。それは一度だけ、あなた方の敵を退けます。さらば、若き救世の主たち。汝らの行く道に、闇の無からんことを』


 ・

 ・

 ・


 地上が段々遠くなる。


 改めて先程までの戦いの被害の大きさが分かる、おそらく数万シャルク(=十数km)四方以上の範囲で森が焼けただれた荒れ野になっている。


 そして山のほうの巨大なキノコ雲は既に崩壊し、普通の雲と見分けがつかなくなっていた。


 今はむしろ、あの使い魔が作り出しているらしい嵐の雲のほうが目立つ。非常に整った渦巻きで、言いようもなく不自然な雲だ。


 天浮舟はやがてその雲の中に突っ込む。そこはまるで濃霧の中のようで何も見えない。


『そろそろイカロス限界を超えるよ』


 上昇速度が……よく分からないが、緩くなった? そして舟から感じていた魔力の気配が消え、代わりに霊力が増えていくのが分かる。


 ブルルルルルル……。


 さらに唸り声のような小さな音と振動が始まった。


「なに、この音?」


『魔術に頼らず空を飛ぶための機械が出す音と揺れだよ。少々耳障りかもしれないが、気にしないでくれ』



 そうして、舟は雲の上に出た。



「うわあ……」

「すげえ」

「これが雲の上か……」



 神秘的、というべきだろうか。

 生憎とここにいる皆は、芸術的感性というやつを持ち合わせていない武骨者ばかりだが、それでも目前の窓から見える光景の美しさは分かる。


 茜さす夕日に照らされた黄金色の雲の海。


 雲を突き抜けて、やはり黄金色に輝く中央山脈の山嶺。


 雲の切れ目から見える広大な大地と、そして南の巨大な水たまり。あれは、海というやつか……。


 雄大にして美麗というほかない光景だった。


「神の視点の一端、か……」


 上空を見てみる。まだ夜ではないはずだが、空は蒼でも夕方の色でもなく、黒に近い深い青だった。


『もうすぐ夜になる。東に向かう以上、そのぶん自転速度に加算されるから変化は速くなるし、そもそもこの高さだと真っ昼間でも空は藍色で昏いものさ。蒼く散乱するには大気が薄すぎるからね、星空に近い』


 その、自転どうこうとか、大気が薄いというのが今ひとつピンと来ないが、そういうものらしい。


 そうして皆が窓からの光景に感嘆する中、レダだけは気分が悪そうだった。


「気持ち悪い……」

「大丈夫か?」

「一応は、ね……ああ、なるほど、聞いてた通り、仙力も使えない、や。僕の仙力は魔力との複合体だったわけ、だ……」


『レダ君の魔力については、まあ先の話になるが、帝国で上司にでも相談してみたまえ。君が常時展開してしまっているその力を補助する魔導具を用意すれば、そちらに吸われている魔力をいくらかは取り戻せるだろう。多少金はかかるだろうが、理論的には現行技術でも不可能ではないはずだ』


「なるほど。そう、します……」


 船酔いしたような感じになっているレダは座席でぐったりと目を閉じた。



 ふと下を見てみると……中央山脈の数々の頂の一つ、氷に覆われたそれらの一つに、変なものがあった。


「……あれは?」


 樹? 


 尖った山の連なりのうち、少し平らな感じの頂が一つだけあって、そこに凍った巨大な樹のような何かがぽつんと生えていた。他のところは岩と氷か雪しかないので余計に目立つ。

 

『氷精樹という霊木だね。常に氷点下の環境で日当たりがよく、豊富な霊力のある所でしか育たない、というなかなか奇特な木だ』


「……この山脈の上って、魔力は通ってないのに霊力はあるんですね?」


『中央山脈の山体の芯には、古き龍神の背骨が埋まっているからね。あそこのは二十億年ものらしいよ』


「はあ……」


 壮大過ぎて言葉が出てこない。


『何千万年か前、竜人の不心得者が霊力を得るために骨を掘り出そうとして、神罰を食らって拠点ごと消滅したというよ。その跡があの向こうにある湖だね』


「神罰って……その、龍神の幽霊でもいるので?」


 ・

 ・

 ・


 見ろ621

 コロナから回復しきってもいないのに仕事と雑文書きと提督業とレイヴンを並立しようとした作者が死にかけている、欲望を制御できない愚者の妥当な末路だ


 疲れた、体は逃走を求める、うへぇ……

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[一言] みんなのうた、ですか。懐かしい
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