第165話 これが救世の力だというのなら
「ちょっとこっち来てくれる?」
……女性陣から声をかけられた。
二人とも目がなんか据わってるというか、何となく怖い。
近くの他の野郎たちに目を向けると、皆何故かロイから目を逸らす。何だ一体どうしたというのだ、俺が何か悪いことをしたか?
「ああ、うん、ロイが悪いわけじゃないの」
「どちらかというト、悪いのは世界とか運命とかかデスかも」
「でも悪いかどうかに関係なくやらなきゃいけないことってあるわよね」
「ロイしかできない事デスかも」
「何なんだいったい」
「ちょっとあなたにしっかりしてもらう必要がありそうだから」
「しっかりって何だ」
「いいからちょっと来なさい」
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そうして他の奴らから見えない、聞こえないくらい離れたところで三人で座る……が。
「……」
「……」
いざ面と向かうと、別に怒っている感じでもなかった。しかしうまく言えないらしい。言いたいことは色々あるが、どう言えばいいのかに悩んでいる、みたいな……。
しばしの沈黙ののち、はあ、とリェンファがため息をつきながら話し始めた。
「まずは私のほうから。とりあえずだけど、さっきのことで知識と、色々やれる事が増えてね、それで……それを踏まえて、これからどうするか、なんだけど」
これからどうするか?
まずは戦場になっている前線にいき、指揮個体となる高位幻妖を倒して、今回の帝都襲撃を頓挫させる事が目的だろう。何はともあれ、あいつらを撃退しないことには自分らにも家族にも未来がない。
その際に同士討ちにならないように、前線の指揮官らに自分達のことを伝えてもらう必要がある。そこは皇帝陛下との連絡手段をもっているらしい禍津国の連中に頼るしかない。
そして撃退できたら、砦で孤立している煌星騎士団の皆のところに駆けつけて合流し、砦を起点に再び防衛線をつくる。
そこから先は、生きていればフーシェン万卒長ら上官達が考えるべきことだ。まだ一応は学生に過ぎないロイ達が余りしゃばると兵部省からの敵意が増えかねない。うまく大人を盾にする必要がある……。
「そういう全体の方針じゃなくてね……ええ、もう、私達のこれからについてよ」
「というと」
「結局、ロイは何を目指すわけ?」
「俺が何を目指すか、か? そうだな……」
士官学校に入った当初の目標とは少し違ってきてはいるが、大まかには変わらない。
功成り名遂げることだ。この腕っぷしと仙力をもって、どこまで行けるかを試す。基本的には将軍や帝国七剣星が目標だ。
ただ、このところ仙力という力が、単なる個人の能力でなく、幻妖と冥穴の存在によって、思っていたよりも世界的に重要なのだ、という事が分かってきた。
そうなると、将軍や七剣星などとは別の在り方を目指すべきなのかもしれないが、そこはまだよく分からない。暫定的に煌星騎士団が作られたが、これがずっと続くのか、恒久的な冥穴対策をどうするのかは決まっていない。
帝国から離れる? それは下策だろう、独立独歩でいくためには足らないものが多すぎる。両親や妹らもいる。クンルンへ亡命するにしても自由は余りなく、戒律とやらに縛られるのも面倒だ。他国だと言葉などの問題もある。
そして帝国にとどまるとして、誰につくか? 当面は皇帝麾下で問題ないはずだ。代替わりで権力構造が大変動するのは帝国の特徴だが、現皇帝はまだ若く将来性があるし、仙力への理解もある。
一方他の組織や有力者は仙力に懐疑的なやつらが多いし、帝国が他国から見てどういう国なのか、と言う自覚がない事も多い。要は視野が狭い、内向きだ。これは父親との商売を通じての感想だ。
帝国のお偉方の大半は、中央山脈の西側についてろくに知らない。その一方で山脈の東側は無邪気に全て帝国のものであると信じている。
なお出身地や派閥によって本人が考えるところの『帝国』観が微妙に異なるため、帝国は一枚岩でなくさざれ石の塊である、馬賽克である、などと言われることもある。
そして仙力使いや仙人はまだ『帝国』にとって異物扱いなので、これから立場を作っていかねばならない。
仙力が分かっていない連中は山ほどいるし、未だに呪いだの悪魔の力だ、敵の手先だなどの偏見も根強い。だが、今は仙力に否定的であっても、実利さえあれば手のひら返しする連中は多いはず。
そのために必要なのは、功績、実績だ。
国が育てる第一世代の仙力使いであるロイ達は、後続の仙力持ち達から見て目標となる存在であるべきだろう。戦果をあげ、出世できる、儲かる、名誉を得られる、そういう分かりやすい餌がないと人は集まらない。
ゆえに一定の功績はあげつつも粛正だの暗殺だのは回避しないといけない。非常にめんどくさいが、そこはやはり大人をいかに盾にするかだ……。
「………意外に考えてるのね」
「意外は余計だ」
大まかな方針さえ決めていれば、後は何とかなるものだ。細かいやり方までは考えるのも面倒だし、そういうのはもっと得意な奴がいるだろう。
「そういうお前はどうするんだ?」
リェンファは元は女性貴人向けの護衛騎士を目指していたはずだ。前線にいるのは不本意だろう。
今後仙力使いの出番が増えていくならリェンファの眼は非常に役に立つに違いない。ただ帝国では貴人の暗殺未遂が日常茶飯事というのが本当なら、護衛担当者は相応に危ない。
「将来的に護衛の仕事ができれば、とは思っていたのだけど……その前に」
「当分の間、私はあんた達二人の状態をわりと頻繁に視ておく必要があるの」
「なんで?」
「ロイも、フィアちゃんも、普通の仙力使いじゃない自覚はあるよね? とても強い仙力があって、今後は間違いなく超重要人物よね? でも、二人とも酷く霊的に不安定なところがあって、狂ったら大変な事になるのに、とくにあんたはその自覚もないはずだって、グリューネさんや西のお后が言うのよ。なおリュースさんにも言われたことがある」
「不安定? 俺とニンフィアが?」
「……私が不安定なのは、分かりマス、よく」
「そこよね。言われるまで詳しく見るのをむしろ避けてたんだけど、見れば視るほど……怖いもの」
「怖いって?」
「多分……フィアちゃんの中にはね。思いもよらないモノがいるの。ドロドロというかグチャグチャというか、今は凍ってるけど名状しがたい何かが」
なんじゃそりゃ?
……? なんかリェンファの視線が不自然だな。ニンフィアの顔じゃなく肩に向いている。何かそこにいるのか? 霊気だけではよく分からんな……もともとニンフィアの霊気は多いから却って読みとりにくい。
「それは後でいいマス、私から」
「了解。それでね、この不安定さは霊力が高まるほど増えていく。そして今日あんたもフィアちゃんも、その辺のしきいを突破しちゃったらしくて、これからは日常的に、あんた達の霊気の歪みを調整していかないといけないの」
「日常的にってどれくらい?」
「少なくとも週に一回。あんたの場合は、放置すると3カ月で体に不調が現れて、一年で回復不能な要素が出てきて、さらにほっとくと五年以内に死亡だって」
「マジで?」
「回復不能までいくと、治療も治すんじゃなく延命しかできない。それでも治療し続ける間は悪化しないけど、治療が止まったらまた進行してく。そして霊力使えば使うほど死期が早まるとか、そんな感じだって」
えええ……。
「それ、リェンファがやらないといけないのか?」
「他のやつだと霊気を感じとれても視覚的に見えはしないでしょ、見えない状態で治療できるようになるには、それこそ最低10年かかるらしいよ」
先代の救世の使い手は、それで間に合わなかった、のか?
「自分でその不安定さって克服できねえの?」
「あんたの場合は、全ての『種類』の力が少しでも使えるようになって、力のバランスが全てとれて、全属性の霊気を意図して使えるようになったら、安定するはずだって」
全ての種類ってなんだ? 属性とは違う?
「私の場合は、そんな少しずつ悪化すると違う。いや悪化はする、でも自覚うすい、ダメな確率は上がっていく。ダメになる時ハ、ある日突然ダメに。カンゾーの病気、みたいな」
それはもっと怖い。
「基本的に同じ部隊にい続けられるように、具申はするけれど。……要は、日常的に、継続して近くに居られるようであるべきなの」
……つまり、部隊とは別に、普段から一緒に? いや待て
「……宿舎も隣とかにないといけないか?」
「……場合によってはもっと近く」
顔が赤い、まさか。
「そういうことなのか?」
「……」
「なんでそこまでやるんだ?」
「……現状あんた達が不調になったら勝てないじゃない」
「タテマエはそうです」
「建て前じゃなくて」
「素直になりまショ」
「……」
「私達、いつまでもいられない、今のままで、デス。覚悟いるデス」
「覚悟って」
「さっきも言いましタ。私は二人とドーセイしてもいいデス」
「は?」
ドドドドドドーセイ? なななななんだっけそれ!?
「それくらい当然なくらいデス。何かあっても構わないデス、私からは」
ニンフィアの目が据わってる。言ってる中身以上に美人がこうなると怖いんだけど。
「……ごめんフィアちゃん、これ直結したほうがいいわ」
「直結?」
「接触しながら念話の仙術で話すの。他に秘密バレなくて、高速に色々話せる。そのほうが確実。フィアちゃんは念話仙術使えないから、私とロイで使えばいい」
「どういうことなん……」
「だからなんでこうなってるか、そこから説明しないとでしょ!」
そうして二人と手を繋いで念話をすることになったが……恥ずかしいというか、なんか心臓がバクバクというか、すまん俺こう見えても男なんだけど、理性大変なんだけど!
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『繋がった? おーい?』
ニンフィアの声で念話が感じ取れた。普段の彼女と違って、とても流暢でざっくばらんとした感じだ。
『仙術の念話だと魔術の『読心』よりも翻訳が楽な気がする、というか、より率直なのよね』
リェンファの念も加わる。
『そこはやっぱり私がまだ現代の東方語に慣れてないかららしいよ。魔術のは、使い手と対象者両方の言語技能にだいぶ左右されるんだって。東方語は発音が難し過ぎるし、あと私の体には魔素とかいうのがほぼなくて、体内に働く魔術は効き目が悪いらしい』
『余り自覚はないんだけど、東方語って方言も多いし、字も複数種あるし、音素も多いほうらしくて、大陸でも指折りに難しいみたいね』
『親父も慣れるまで時間かかったって言ってたっけ』
『代わりに仙術の念話は慣れないと隠し事が難しいみたいね。感情もダダ漏れ。もちろん私達は慣れてないから、今からのもそうなるわ』
『まあ流暢に話せるのはいいことだ、それで、何でこうしたほうがいいって?』
ニンフィアが言った。
『周りに知られたら困るから。もう、早速だけど結論から言うね。いい?』
『ああ』
『どうも私、生きている爆弾らしいの』
『……は?』
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話が終わったあと、ロイは二人から離れて、焼け野原の中に大の字になって寝転ぶ。
男子連中から生暖かい目で見られながら。
「ふっ! 白昼堂々と逢引きとは……おのれこの艶福野郎、貴様とは一度じっくり話をせねばならんと思っていたゾ……ちょっと顔が良くて仙力が強いからといって慢心ダメ絶対! ふぁっきんシットは怨みの心、見せつければ妬みの怒り湧ク! 学生の三角不純異性交友許すマジ、貴様が、いや貴様だけが卒業するのハあの二人が受け入れて世間や親兄弟が諸手で許しても拙僧が許さナゲェッ!!」
ドゴォ!!
一人だけ、くだらん戯れ言を言いながら近寄ってきた裸族を成敗して頭から大地に突き刺し、地面から両足だけが生えた状態にしてからまた大の字に寝る。
違うから、そんな色気のある話じゃなかったから。……まだ手も出してないぞ、ほんとだぞ。
さっきのは思っていたよりずっと深刻で、覚悟の要る話だった。
ロイ自身の霊気的不安定さの問題に加えて……。
『思い残しがないようにしたいの』
ニンフィアとリェンファ、二人ともが抱えている秘密と不安。それに対してロイが何かできるとしたら。
『……というわけで、たぶんその時には私はいないと思うのよね。でも現状の延長なら、私がいないのはおかしいのよ』
『その頃には、あんたを治療するとかできない可能性がある。つまりは……』
そんなのってありか?
『そもそも私ってほら、単独だと霊力そこまで多くないし、戦闘力もそんなでもないし、でもこの瞳や……あの『力』のこと少しでも知ってる敵なら、優先的に私を狙ってもおかしくないでしょ。ぶっちゃけ生き残れるか怪しい』
それなら俺が守って……。
『うんうん、そう言ってくれるのは正直嬉しいかも。でも人間って背中には目はないし睡眠も必要だし、やりたくても不可能ってことあるじゃない? だからちょっとばかり、覚悟を決めないといけないかなーって』
『どういう覚悟だよ』
『それはね』
そしてその内容ときたら……。
そしてニンフィアは……。
『私は──爆弾だから』
『だから、もしそうなったらね』
『私はたぶん髪の毛の一本も残らない』
『そんな風になりたくない、でも、なっちゃったら、その時は──』
女の子たちから、どうしようもない秘密と、泣き出しそうな顔と心をぶつけられた、なら男としてやるべきは決まっている。
「……そんな事には、絶対にさせない」
この身に宿る力。こんな力があるのなら、まず、手の届くところを救わずしてどうするのか。好きな女の子の一人や二人、守れずしてどうするのか。これが救世の力だというのなら。
───俺のようになるなよ
先代の残留思念を思い出す。英雄と呼ばれながら病に倒れ、救いたかった多くを取りこぼしたらしい男の未練。
いいだろう、この力はそのために。まずはそこからだ。
ロイは仰向けに遥か高き蒼天を見上げつつ、両の拳を突き上げた。
第七章終了です
幕間を挟んでから、第八章にうつります
帝都と少女たちを守る戦いの始まりです
まあぼちぼちと、書き進めていきます