第164話 己を燃やせ
休憩といっても、周りはほぼ更地になっているし、宿舎として使っていた小屋も崩壊していた。
そしていつの間にか、崩仙と魔女は消えていた。
ヴァリスが言う。
『【純潔】の使い手がその気になると、魔術や霊気での探知も効きませんからね……。しかも彼はことに『上手い』ですね、『消しすぎない』やり方を心得ているようです。あの手の能力は下手なやつだと『無い』ことで逆にわかってしまうのですが、彼は違う。私の感覚では探知不可能です』
なるほど。さすがは上位仙人、十岳仙という大層な名乗りも伊達ではないということか。己の固有仙力を使いこなしている。
『それだけでかなりの隠密性を発揮できますし、無属性仙術の中には霊絶のほか、音や空気の動きを減らし、いわゆる気配というものを非常に小さくする技もあります。それらの複合技術でしょう』
仙術については、クンルンでも真に使いこなすのは双仙くらいらしいが、最近は下の者に教え始めたという。あの男も今まさにそれを学んでいるくちだろう。さらに手ごわくなるかもしれない。
聞けば、西の島の騎士たちも、仙術……彼ら的には霊気術か。これに特に注力し始めたのは魔術衰退以降らしい。それまでは一部の高位仙術以外は、魔術を使うのが基本だったようだ。
当然か。まず仙術は安定しない、魔術のようにいつも決まった効果じゃない。環境や己の体調、残存霊力でも変わってくる。これに仲間たちもかなり苦労している。
そういう感覚に優れているほうのロイでさえ、まだ魔術による自己強化ほどには安定していない。発動手順に「正解」がある魔術のようにかっちりしていない、かといっていい加減にやると発動すらしない。仙術の習熟に時間がかかるというのも納得だ。
そしてどうしても魔術より効果が小さい。現在でそうなのだから、魔術衰退前ならその差はもっと大きかっただろう。
……実際俺も仲間に殴られ……いや、励起なしだと仙術連発はきつい。常時励起していられるわけでもない。今回倒すべき相手が20以上、かつ中には七英傑や古竜も含まれるであろうことを考えると、いかに節約するかを考えねばならない
……と、考えながら周りを見渡す。
さっきから周りがどうなっているかというと、とりあえず即席の土魔術で掘っ建て小屋の如き代物が作られており、それを日除けにして皆がゴロ寝している。皆、五大仙との戦いでだいぶ疲れていた。
後はニンフィアがリェンファを捕まえて、二人だけで何か話合っていたようだ。二人とも何かジロジロとこちらを見て頷いていたが……何だろう、少し悪寒がする。
黒い女神とグリューネは、どこからか現れた4人ほどの連中と打ち合わせしている。その一人は崩仙の襲撃を報告してきた黒づくめだ。おそらくはラグナディアの密偵か。ここの後始末をどうするかを相談している模様。
その近くに縛られてジタバタしている小さな人形のような何か。どうやらルミナスが復活したらしいのだが、全体でなく一部だけで、小人状態で拘束されているらしい。本当にどういう体なのか、不可解なことだ。
……霊力、体力の回復には寝るのが一番ではあるが、どうも寝る気になれない。せっかくなので、新しく手にいれた力を整理してみよう。
ヴァリスから指摘されて気がついたのだが、あの五大仙らを倒したことで、どうやら【獲業】の力が発動し、幾つか新たな固有仙力を得たらしい。
『厳密に言えばご主人様の場合、能力を獲得したというより、元々もっているが目覚めていなかった近似能力が解放された、のほうが適切ですね』
今朝使った奥義はご先祖様の『本』を読んで使えるようになったわけだが、実のところ、まだ使えないままの術もある。それらもどうやら『解放』されていない、ということらしい。まだ条件が足りていない。
また、通常なら【獲業】は相手の魂の一部を取り込み、適性がある場合、その仙力そのもの、ないしその派生か劣化版を得る、という代物らしい。だがロイの魂には新たな魂を受け入れる余地がないのだそうだ。よく分からん。
なのでロイの魂にその仙力の要素が揃っていない場合、ロイの魂側の要素でそれを補完した、似ているが別の力となって現れる事がある、らしい。闘仙から得た【妖陰】がそうだったか。本来は過程を跳ばす能力が、過程を隠す能力になっていた。
そうして今回得た仙力は五つ。
まずは【吸熱】という力。
おそらくあの火鼠由来の能力と思われる。熱を霊力に変換する力で、主には火炎や熱などの攻撃を食らった場合、そのダメージを無効化しつつ吸収し、霊力に変換する、というものだ。
あるいはその逆に、霊力を使うことである程度の熱を作り出せたりもする。ただしこちらは、せいぜいぬるま湯程度の温度までしか上げられない。どうやら、極寒環境に耐えたり冷気系攻撃への防御に使う代物っぽい。
無効化のほうも上限はあるようで、例えばさっきルミナスが再現した炎の杖や、狼化魔女が吐き出していたような神器由来の極悪な炎は無効化しきれない。そして耐えられるのはあくまで熱や炎で、衝撃波とかは別扱いだ。
でも火岩竜の吐息くらいには耐えられるだろう、との事だ。ならば下手な耐火の魔術よりずっと強力で、儀式魔術の炎すら大半のものは効かないといえる。【金剛】と組み合わせれば、爆発系の術も大丈夫だろう。
『訓練次第で神器の炎にも、あるいは短時間なら耐えられるようになるかもしれませんよ。具体的にはひたすら自分から炎に飛び込んで己を燃やし続け……』
……己を燃やせって何さ。精神的なものならいいけど、そんな物理的なのは勘弁して!?
まあ、無駄な足掻きか。こんな能力を得てしまったら、どんな未来が来るかは誰でも容易に想像できる。
白煙状態の幻妖は炎が弱点だ。そして炎の術の利点でもあり欠点でもあるのは、効果範囲の広さだろう。味方を巻き込みかねないために、近距離での運用が難しい。だからこそ帝国魔術師団は遠距離投射技術を磨いている。
しかしここに儀式魔術の炎すら効かない戦士がいたなら?
当然、そいつごと焼けばよい。わざわざ遠距離投射しなくていいので魔力効率も良くなる、何より当てやすい。さらには焼かれる事でそいつの霊力は回復するときた。
これはもう、そいつを単騎で突っ込ませて敵ごと焼かねば無作法というもの、といっても過言ではあるまい。
……以前、殴られて回復する異能は要らないと言ったかもしれん、だが、だからといって焼かれて回復する異能ならいいってわけでもねえよ! 想像の斜め上だよ! どうして……どうして……。
……まあ最悪、自ら火の仙術で自分を燃やしながら突撃する、というのも雑魚掃討にはありかもしれん。ロイがやる場合は、あの火鼠の焔と違って普通に消える火だし、悪影響も少ないはず。少しでも前向きに考えよう。
他には……。
【浮歩】という力。水上を歩いたり走ったりできるようになるという仙力だ。仙術でもできるが、そちらより霊力消費が少なく使いやすい。
なお【吸熱】と合わせることで溶岩の上を歩ける。……むしろ溶岩の上が回復スポットになる、らしい。
これも考えれば考えるほど人間辞めてるし余計に焼かれまくる未来しか見えない気がしてきたのでやめておこう。
副次的効果として【投錨】による空中歩行の消費霊力も下がった。多分自分的にはこれが一番嬉しい、励起無しでも長持ちしそうだ。
そして【泡沫】
……ランダムに時間経過、記憶消失、強制老化、などを一時的に錯覚させる幻覚の力とかいうやつ。
ロイの場合、【幸運】もないので発動効果はランダムのままだし、効果もそれほど強くなく、そもそも成功率が良くない。範囲型なので下手に使うと味方も巻き込む危ない技だ。
ゴーレムなどの疑似生物などにはよく効くらしいが、普通の生物や幻妖相手だと、正直消費霊力に見合った力ではない。破れかぶれで使うにも、博打に過ぎる。
『おそらく以前ご主人様が戦った屍鬼や、中位以下の精霊には有効かと。相手が精霊使いなら、試す価値があるでしょう』
ああいう連中向けと考えるしかないか。
そして【維持】という力。
これは、本来は五大仙が持っていたのは死者蘇生すらできる復元の力【再起】であろうと思われるのだが、何故かロイが得たのは、「壊れるのを遅らせる力」であった。
具体的には、この仙力を発動すると、その対象(無生物限定)は、ロイが触っている限りとにかく変化が遅くなる。変化が遅い、とは即ち凄まじく硬い、ともいえる。
例えば薄紙一枚にこれをかけると、矢すら止める盾になるし、下手な鎧なら両断できる刃にもなるのだ。
そして紙はゆっくりと変形していく。その度合いは、本来1セグ(秒)かけて穴が開いたとしたら、10万セグ(およそ1日ちょい)くらいは穴が開かない、程度。
なおこれはあくまで「遅らせているだけ」なので、霊力供給を止めると即座にあるべき状態になる模様。
ついでに変形量が多いほど食い止めに必要な霊力も多いので、紙を盾にし続けるのは余り現実的ではない。硬いのは触っている間だけなので投擲武器にもできない。
触っている扱いになる距離や大きさも限られている。例えば地面を触っても、効果範囲は直径十数シャルク(約10m)ほどか。しかもこの場合硬くなるのは地面の、それもほんの表層だけで、そこに生えている草などは変わらないっぽい。いろいろ制限は多いようだ。
ただ、あり合わせのものを使い捨ての盾にしたり、そこらの木の枝を短時間だけ鋼の棒のように扱う、というやり方は有用だろうし、武器防具の一時強化にもいい。他にもいくつか使い道が思いつく、そこそこ使えそうな能力だ。
しかし、あれだな。色んな力が使えるようになってきたが、千差万別というか。
仙術は霊力消費と難易度に対して、実際に起こることや使い勝手とかが、ある程度関係ある感じなんだが、固有仙力はそれらにあんまり関係ないよな。
『そうですね。固有仙力は霊力消費と、実際に起こる現象の規模と質は、必ずしも相関しません。極めてショボいのに霊力消費が重いハズレもあれば、その逆もあります。そして珍しさや階梯の高低より、汎用的に高効率に使える仙力が実用上優秀です。さらに同じ固有仙力でも霊力消費は使い手の才能によって違うんです』
そうなのか? じゃあ、場合によっては固有仙力じゃなく、仙術として使ったほうが楽な事すらあるのか?
『それ、普通にある話ですね。まあご主人様の場合、今のところそういう低効率な固有仙力はお持ちではないですし、特に【金剛】と【天崩】などは効果に対してぶっ壊れレベルに高効率で優秀だと思いますが、他人でもそうとは限りません』
とことん才能依存なのか。俺なんかは相当に珍しいほうなわけだな。
『ご主人様の才能は極めて珍しいですし、お強い。しかし珍しければ強いわけでもないです。稀有が必ずしも常見より優秀とは限りません。そして宇宙という遊戯盤上では、元々のルール自体が公平でも平等でもなく、それを意図したべき改訂もないです。正直バランスはおかしい』
世界ってやつも理不尽で面倒くさいな。まあいいや、そして今回得た最後の一つ。
【偏向】、どうやら限定された【不運】の力らしい。弓矢などの相手の飛び道具を逸らす力……正確には、当たらなかった事にする力だ。
矢を弾く魔術『矢避け』に近いが、あちらが本人が気がついていなくとも発動し、一定時間持続する受動的防御術なのに対して、こちらは本人が攻撃に気がついている必要があり、持続時間もない、能動的阻害術となる。
それだけなら『矢避け』より弱く思えるが『矢避け』は分かっていれば別の魔術で対処可能だ。貫通するための術もある。
むしろ高位魔術師同士だと『矢避け貫通』『矢避け貫通防御』『矢避け貫通防御無効』『矢避け貫通防御無効無視』……みたいな泥沼術式合戦になるのは珍しくないという。めんどくせ!
しかし【偏向】は限定されたとはいえ因果干渉の力であり、魔術や並の仙力ではこれに対抗不可能なのだそうだ。それこそ、より上位の力、【幸運】や、あの崩仙の仙力が必要だという。
つまり飛び道具で攻撃されたと認識できれば、それが当たる前なら無効化できるというわけだ。これはなかなか心強いと言えよう。
さらに、慣れてくれば逸らす方向も制御できるっぽい。うまくやれば、逸らしたうえで別の敵に当てる、ということもできそうだ。
『飛び道具、といっても全部ではないですよ。ましてご主人様は人間ですから、行使できる範囲も神域存在が使うより狭くなります。さっきの神器の矢あたりは逸らせないでしょうし、儀式魔術も広範囲型は逸らしきれないかと思います』
その手のはまた別に対処を考えよう。矢や単体向けの魔術、それと幻妖に稀に混じっているらしい大昔の機関銃とか光線銃持ちに対処できれば充分だ。特にあの光線銃はヤバい、速すぎる。【偏向】できるなら魔術が苦手なロイにとっては煙を作るより楽だ。
しかしまあ……どうも、傷や体力の回復系の能力は手には入らない。これがあると継戦能力がかなり違うのだが。今の所使える魔術、仙術での回復では雀の涙だ、なるたけ怪我をしない戦い方が必要だろう。
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そうして、新たな力をどうやってロイのやり方に組み込むか、をイメージしながら如意棒を振っていたところ。
「ちょっとこっち来てくれる?」
……少し目のすわった女性陣から声をかけられた。
暑い……
ガイアがオレにとっとと焼け死ねと囁いている……
ちょっと執筆速度低下中……というか暑い……