第162話 政争と暗殺は帝都の華
『あなた方は今後世界中から刺客を送られる身になりますから、多少は知っておいていいかと思います』
「はい?」
「え?」
「刺客!? 刺客ナンデ!?」
「陛下……それは」
少し咎める声音でグリューネが呟く。
『遅かれ早かれでしょう。ねえ、『神樹』 この子らは人類の希望の一人。その彼らを利用する以上、こちらも誠意は見せねばなりませんよ?』
「……御意」
「どういうことだ?」
『我々が色々教えた結果、今のあなた方は比較的短期間で下手な仙人よりも仙力を使いこなせるようになりました。最低でも一騎当百の力があり、中には一騎当千以上の子も居ます』
まあ、元々このメンバーには戦闘向きの固有仙力があるし、そこに仙術や宝貝が加われば、対人でもかなりの戦力なのは分かる。
『各国の諜報機関は早晩、その力を知り、それをいかに磨いたかを掴むことでしょう。煌星騎士団発足の時点で、各国からの諜報体制はかなり強化されましたからね。特に北のラベンドラからの間諜は数が多いですし、聖山やオストラントは少数なれど精鋭を送り込んできています』
そりゃあ、気にはなるよな。
『我々が関与したと分かれば、彼らは大いに警戒する。特に聖山にとって我々は不倶戴天の敵ですし、ラベンドラは帝国の伸張を望まない。既にリュースが帝都にいた事は漏れていますが、その上にこの有り様ですからね。あのキノコ雲、ラベンドラからでも見えますよ。何が起こったか調べに来るのは必定です』
「さっきの神器の狼もか?」
それこそ、そのキノコ雲なみにでかかったぞ、あの狼。
「予めこの辺りの森の外縁に仕掛けをしておりまして、ここで何があっても遠くからは見えないようにしておいたのです。あの狼だけなら、近くの住民には少しは見えたでしょうが、遠方からは見えません。……しかしキノコ雲と山の破壊はその仕掛けの範囲外で発生したので、隠蔽も難しく……ほんとにあの馬鹿は……」
………あれは流石に予想外だったか。
『そのため、あなた方は今後どうしても狙われる。無論、皇帝の手の者が護衛しようとするでしょうが、あなた方は幻妖との戦いの前線に必要な戦力であり、引きこもるわけにもいかず、守るにも限界があります。何より敵は外国だけではなく、帝国内の派閥争いや権力争いも熾烈です。元々、魔導大隊の幹部は冥穴を塞ぎ次第あなた方を始末せよとどこぞから密命を受けていたようですし』
「馬鹿な……」
グァオ先輩が呻く。
『馬鹿な話だと思いますか? 戦場に出ない頭でっかちにとって、いい英雄とは死んだ英雄だけですわ。彼らにとって、走狗は狡兎が死せば速やかに烹らるるべきものですし、いい皇帝とはいい塩梅に傀儡になってくれる、適度に頭の軽い御輿であるべきものなのです』
「「……」 」
……皆の頭にどこぞの皇弟の姿が浮かんだ。
『ですがまあ、甘い想定と言わざるを得ませんね。冥穴を版図内に持つということの意味、それがこの世界に生きる限りつきまとう問題であることを、彼らは理解していない』
「……彼らとは、具体的には?」
『私から聞きたいですか?』
「お願いします」
『主だった者としては武統派の兵部尚書(=軍事担当大臣)や吏部尚書(=人事担当大臣)、魔導院長官らが仙力使いを敵視していますが、他にも多数いますよ。皇帝派閥の法統派も一枚岩ではなく、そちら側だと刑部尚書(=法務担当大臣)も仙力使いを酷く警戒し、あなた方に対する魔導院の違法行為、盗聴や資材抜き取りなどの多くを知りながら黙認している。貴族や高位軍人、高位魔導師だけで、見える星ほどはあなた方の敵と言えますね』
見える星の数ほど、は東方の言い回しで、だいたい五千くらいを指す言葉だ。つまり身内の有力者だけでそれだけの敵がいる、そこに加え外国からの刺客も来かねないと。めんどくせ!
……兵部省が仙力使いを敵視しているのは知ってたが、刑部省までもか。道理で、学校での事件後の臨時教官の扱いがぞんざいだったり、宝貝材料の横流しが見逃されたりしたわけだ。
『それにしても、帝国は仙力への理解ある者が少なくて困ります。仮に娘の冥宮計画がうまくいったとしても、多少形は変わるとも、脅威が消えることはありませんのにね。仙力使いはずっと必要になるものなのに』
「ずっと、ですか」
『今回は色々特別で規模が大きいですが、仮にそこを凌いだとしても、冥穴自体は消せません。この世界にとって冥穴を完全に塞ぐということは……まあ、鯨や海豚にずっと水中にいろ、上がってきて息をするな、というようなものです』
「むう……」
鯨に海豚……確か、時々浮いてきて息をしなきゃ死ぬんだったっけ? 魚のように見えるが魚ではない、とか。詳しくは知らん、見たこともないし。
『なお、冥穴の大殺界時は、幻妖だけでなく普通の魔物も活発化し、さらに大幅に増えるので、我々はこの事態全体を魔獣大暴殖とも呼んでいます。この暴殖は活性化に伴う発情と繁殖の結果ですので、幻妖の出現開始から、半年ほど遅れて始まりますし、冥穴が閉じてからも何年も続きます。穴が閉じたらはいおしまい、とはいかないのです』
「半年っていったら……」
『こちらの穴が開いてからもうおよそ半年が経ちましたね。そろそろ始まりますよ。大暴殖の影響は、かなり広範囲に及びます。帝国の広い領土でも、その七割ほどは範囲になりましょうか。北方のラベンドラや西のメルキスタンあたりも一部が範囲内になるでしょう』
「大陸中央の交易路も範囲内ということですか」
『一国にとどまるようなものではないです。……まあこれが、我が国が禍津国扱いされ、聖教徒から嫌われる理由の一端ですね』
「何故だ」
「西方の国々は西方大冥穴のある我が本島に近いほど、この時期には魔物が増え、多大な被害を受けます。西の冥穴のほうがこちらの冥穴よりも影響範囲は広く、数に対する影響も大きい。そしてこれは、我がファスファラスが大陸の民に悪意を抱き、魔物を増やして定期的に大陸に放っているからだ、という解釈が西方諸国民の一般常識ですね。アナトの連中も市井にはそのように説明しています」
えええ……。
『そして大殺戒のたびに、西方諸国では何万人も魔物に殺されています。そんな被害が何回も積もってくると、当然ながら諸悪の根源、邪悪の島を絶対に討つべしとなります。そんなわけで、だいたい百年か二百年おきくらいにうちと西方諸国は戦争をやっているわけですね。恒例行事というやつです』
「原因が冥穴なら、とばっちりではないですか。西方諸国はそれを知らない?」
『もちろん主要国には毎回冥穴活性化前に警告しています。ですが殆どの国は信じず、嘘をつくな邪悪め、魔物を送り込むなとこちらを非難するだけです。何しろ冥穴や幻妖を見たことがある方はいませんからね』
鎖国してるからじゃねえのか、それ。
『全て知っているのはアナトの聖王と、オストラントの王くらいでしょうか。聖山は塊山竜の亡霊や神器ハーミーズもありますし、何より封印された北方冥穴が領内に隠されていて、それの秘匿と封印維持も聖王の仕事ですからね。オストラントにも神器アシーナがありますから、そちらから都度真実を入手しているはず』
知ってる奴もいるのかよ。知っててしらばっくれてるのか。なかなかに腹黒い。
『そもそも、真実なんかどうでもいいんですよ』
「え?」
『我々が悪者であるほうが彼ら西方諸国の権力者にとっても都合がいいんです。多少の戦争も体のいいガス抜きですよ。ついでに我々にとってもそのほうがよい』
「なぜ?」
『実際、歴史的に文化も結構違いますし、種としても一応混血は可能なものの、結構違うところも多いです。ならば交わる機会は少ないほうがよい。怪しく恐ろしい魔の国ということにした方が、変に渡航してこようとする難民が少なくて済みます』
いや、でも難民の代わりに復讐(?)の正義に燃えた戦士達が時折押し寄せてくるんだろうが? そっちのほうが駄目じゃねえの?
『適度な緊張感はあったほうがいいのです』
……負ける気が皆無だからそんな言い方ができるのだろう、傲慢極まる。
『それでもやってこようとする奴は大半頭おかしい狂信者か、流刑になった犯罪者か、亡命者を装った密偵のどれかです。そういう後ろ暗い余所者は、貴重な生物資源というわけですね』
笑ってやがる。勝手にやってきた奴らには、自国民にできない事をやる、と。解剖とか生体実験とかか。
……やはりちょっとこう、違うわ。こいつらがおかしいのか、あるいは洋の東西問わず王侯貴族にとって、己の民でもないものの命など、塵芥の如きものなのか。
『話を戻しましょうか。とにかく帝国は未曽有の危機にあり、それは今後も繰り返される恐れがあるわけです。やがて各方面軍は地元の魔物への対応だけで手一杯になるでしょうし、周辺国からは我が国同様に要らない誤解を受けるでしょう』
東方禍津国になってしまうってか。ただでさえ評判悪いのによ。
『まあそんな事、権力争いしている者たちにとっては関係ないのかもしれませんね。世が乱れるとあらば天意が皇帝を見放した証だとして、むしろ自信をもって革命と王朝交代を目指しかねません。そんなわけであなた達はいつ何時、何度も刺客に襲われてもおかしくないわけです』
「いやさすがに何度も襲われるというのは」
『東方の権力者にとって暗殺は日常茶飯事ですわ。国という集まりも、まださほど強固な馘ではありません、帝国のような、複数の国を飲み込んだ果ての若い国であればなおさらです。現在の皇帝も五日に一度くらいの割合で凶手に襲われていましてよ。実際影武者が討たれた事もありますわ』
そんなもん知りとうなかった。暗殺未遂が日常茶飯事とか勘弁してくれ。そしてそんな機密が筒抜けなのが恐ろしいところだ。
『そうそう、歴代帝国皇帝の中には影武者と間違えられて殺されたという死に様の方もおられましてよ。あの頃は暗殺に次ぐ暗殺が糾える縄のようで最高でした』
最高じゃねえよ!
「どういうことだそれ」
『四代ほど前でしたかね。まず、皇帝本人を本当に殺すつもりはなく、しかし本人を脅すために影武者を殺そうとした勢力が、手違いから本人を暗殺』
手違いってどうしてそうなった。
それに「まず」って何だ。
『そして影武者が、本物の無念を晴らすため、成り代わって活動しようとしたところ、別の勢力にそちらも暗殺され、本物の皇帝の遺体は秘匿され記録上行方不明になり、影武者が皇帝として皇帝廟に埋葬されるという喜劇だか悲劇だか分からない事態となり』
だからどうしてそうなった。
『この際、これらに全く無関係の有力貴族が、皇太子の背後にいた外戚の貴族の手により、これ幸いと皇帝暗殺の冤罪を押し付けられて族滅の憂き目にあい、その一族の若者と恋仲だった官女が、即位前の皇太子を誘惑して、閨にて毒を口移しして無理心中で暗殺し……』
「ちょっ」
『結局第二皇子と第三皇子の間で継承権争いが勃発、内戦ののち第二皇子が戦死して第三皇子が即位する、という史実がありましたね』
そこだけなら歴史の授業で習っ……。
『なお実は第二皇子派の貴族が影武者暗殺の黒幕で、第三皇子派の貴族が最初の本物暗殺の黒幕で、最後の第二皇子戦死というのも本当は暗殺で、第三皇子本人も即位後に前皇帝派の残党に暗殺されるというオチまでついた、なかなか因果の応報なるとはこの事か、という展開には痺れました』
「「…………」」
聞くんじゃなかった。
『それ以来帝国皇室の暗殺対策はそれまでより飛躍的に強化され、暗殺成功例もなくなりましたから、まあ何事も経験ですよね。特に今代の皇帝は、おそらく歴代の誰よりも用心深いてすから安心してください』
安心。安心ってなんだ。経験? 経験の問題だったのか? 今も頻繁に暗殺未遂が起こってるというなら、それを引き起こす下地自体がおかしいのでは?
何十年か前に、皇帝と皇太子急死、後を継いだ次の皇帝も早逝して皇位継承で揉めた時代があった、と授業で習ったが、これが事実なら泥沼すぎるだろ。
というかそんなもんも聞かせるなよ! むしろそんなの知ってるほうが危険なやつじゃねえか!
『帝国情勢は複雑怪奇、知っていたほうが心構えがつくと思いまして』
笑いを帯びた個別念話がきた。心読むんじゃねえよ! ……こいつ、あの【啓示】の眼を使いこなしてやがるんだった! 感情だけでなく思考まで視えてやがる。
いずれリェンファもこうなる? ……おや悪寒が……。
「……そのような事をなぜご存知で?」
グァオ先輩が疑いを込めた呻きをあげるが、今更じゃないか? こいつらが嘘をつく必要もない。
確かに今までの話は国の最高機密といっていいレベルの話だろうし、普通なら他国の人間が知り得る話じゃないかもしれないが、こいつは人間じゃない。怪物だ。
それにこいつらにはあれがある。ロイがさっき行ってきたところ……冥界もどきの、図書館が。
当時の帝都の河原には
此頃帝都ニ流行ルモノ
流言 暗殺 謀綸旨
讒言 早逝 虚騒動
生頸 死霊 水死体……
なんていう落書きがあったとかなかったとか