第161話 刺客!? 刺客ナンデ!?
詰んでないか?
耐えに耐えて、準備に数日かかるような大技で一気に決める、そういう手も場合によってはありだろうが、今回は効かない相手が混ざっているうえに、そもそもその大技の機密も漏洩してしまう恐れがあるのでは?
ならば使い手の複写のみならず、下手すると術式をねじ曲げられて、隕石の落下地点自体を変えられたり、長城の一角に穴を開けられて帝都まで爆風が到達するなんて事も……。そういう危険を今の帝国側指揮官らが認識しているかどうか。
……いや。あるいは危険と分かっていても、他に手だてを思いつかないのか?
『戦い方を変えないと詰みますね。短期でなく長期的に、平原よりも森林や湿地帯などに戦力を誘引し、大軍でなく小集団同士の戦いに持ち込み、小集団単位で殲滅して全滅させることで複写を防いで真の意味で相手を倒していくのが、対幻妖戦の定石です』
得意とする大軍による連携戦術を捨てて、戦力を小分けにして持久的に掃討する方針に転向すべき、と。
だが、それは畿内方面軍の戦い方じゃない。帝国でそれが可能なのは……。
『そうした少人数における游擊戦は、帝国軍なら東方方面軍が一番得意でしょう。しかし今回の主力である畿内方面軍は、平原や丘陵地での戦闘向けの組織で、その手のノウハウがない。魔術師団も同様です。それなのに、東方方面軍を動員するどころか、連絡をとった形跡すらありません』
念話には、ほとほと呆れ果てますよ、といった響きがあった。
……西の島ことファスファラスは北方大陸の西の大洋上にあるという。それなのによくもまあ、大陸の正反対の位置にある帝国東部の事情を把握しているものだ。
帝国の東部地域は大半が森林と湿地帯(洪水多発地帯)と農地からなる。その向こうは東の大洋で、大陸棚あたりにいくつかそこそこの島がある程度で、有力な国家もない。つまり対軍の大規模な戦いもない。
農産物は波の荒い海を避け、主に河川や運河で運ばれるため、その経路だけは発展している。他ははっきりいってド田舎だ。そして東部地域は他の地域に比べると、魔物の数は多いものの、弱い種しかいない。
危険は少ないが金品も少ない、一方で食物は多め、という地域特性上、東部の森林は他地域での競争に敗れた食い詰め盗賊や小悪党の巣窟になりやすい。そこで東方方面軍は彼らを魔物と同様に扱い、定期的に「掃除」している(……まあ、賄賂で見逃す、という汚職も横行しているのだが、それはそれだ)
そのためには、比較的少人数単位で長時間動けること、森や湿地などの悪路を苦にしないことも望まれる。大軍での戦いより游擊戦に慣れているのは間違いない。
要するに、戦場で戦う軍隊というより、農地を魔物や盗賊から守ったり、開墾作業の護衛をしたり、農民間の揉め事の調停役など、各地域の警備隊としての性格が強いのだ。東方方面軍の編成や訓練もそうした状況を反映したものになっていて、各地域に広く分散し、農民や漁師と兼業している予備役の比率も高い。
よく言えば担当地域に密着した民の生活を守るための軍であり、悪くいえば他に仕事のない田舎の荒くれ者の吹き溜まりである。各方面軍でも平均的な兵のガラは東方軍が一番悪く、大半が破落戸まがいと言っていい。
そんなわけで特に都のある畿内や、陸上国境を抱えている西方・北方、南洋の国々や海賊とやりあっている南方の各方面軍は、東方軍を馬鹿にしている。形式上同格とはいえ、実際は格下扱いしているのは公然の秘密だ。
おそらく、連絡した形跡すらない、というのはあれだ。気位の高い兵部省や魔術師団のお偉方にとって、田舎者で品も良くない兵が多い東方方面軍は眼中になく、今回の状況ならば彼らが役に立つはず、という発想すら思い浮かばないからだろう。
なお畿内方面軍も少人数戦の経験が皆無なわけではない。ロイがニンフィアに会った時にやっていた魔物討伐程度のことはやっている。しかし、普段のそれは各地の警察組織がやっているので、確かに経験は少ない。
『それでも、あなた方の直属の上司ら、煌星騎士団幹部にはその辺の情報を伝えていたのですが。実際あなた方も、幻魔王出現まではその方針で迎撃していたでしょう?』
確かにそうだ。煌星騎士団は原則十数人から数十人の班や小隊単位で動き、分散して交代しつつ戦っていた。その理由までは知らなかったが、邪神の出現まではうまくいっていたと思う。
『ですが、あなた達が幻魔王に負けた事により、煌星騎士団は発言力が低下し、万卒長らも前線の西宿砦の防衛に行かざるを得なくなって、結果的に敵中で孤立してしまいました』
まあ、そうなるな……。
『代わりに指揮を執っている帝国兵部省と魔導院子飼いの将軍、魔術師らは、折角の情報も、敵対派閥の敗者どもが自分達を陥れるための虚言であろうとみなして無視し……既に煌星騎士団以上の死傷者を出したにも関わらず、まだ負けていないからと、戦闘を続行。そして愚かにも従来の戦法に固執している』
うちの国のお偉方、頑迷で風通しも悪すぎないか?
『劣勢になったのは単純に火力が足りないからだと思っているようで、儀式魔術に加え、今度は王器などの強力な魔導具をかき集めようともしてはいます。王器を集めること自体は正しい。しかし彼らの運用方針は励起駆動による大技を使う、という想定なので、それはダメです。王器であろうと、大技が有効なのは初撃だけですよ』
当然だな、そして初撃を耐えられたら、今度は王器が複写されることになる。一撃で数百の兵を倒せる力を、幻妖側は何回も扱える。
『それでも王器ならば業魔を倒せます。ゆえに帝国軍指揮官は隕石招来と王器をうまく併用して幻妖を一掃しようと目論んでいる』
王器の大技で業魔を倒し、その直後に隕石を叩きつける。それができるなら、理屈上は一掃できるかもしれない。だが……。
『しかしそれは、情報が筒抜けになっている可能性……事実から目を背けた博打に過ぎない。攻撃のタイミングを読まれ、やり過ごされたらおしまいです』
王器は総じて強力な魔導具だが、それだけでは仙力のような意外性や神器のような理不尽さはない。読まれていれば、防御されるのも普通にありえる。
『ゆえにこのままでは、複数の王器と、隕石招来すら扱える魔導師団が敵となって再現されることになるでしょう』
ダメだこりゃ……。
『我が国の騎士団や、聖山の聖騎士のような対魔特化型の戦力ならいざしらず、普通の将兵では幻妖相手は元々不利です。そのうえ戦術すら誤っていれば勝てる道理がない。皇帝が激怒して各方面軍から精鋭をかき集めようとしていますが、うまくいっていない。帝国の在り方からすれば、平時はともかく緊急時にはもっと彼に権力が集中する仕組みにすべきでしたね。このままではおそらく彼本人が前線に出ないといけないでしょう』
「……皇帝陛下が前線に出たとしても、別に陛下本人が戦力になられるわけではないでしょうに」
士気は上がるかもしれないが、根本的解決にならな……。
『いえ、なりえますよ?』
「え?」
帝国の皇族の中でもフーシェン様なら武術に優れ仙力使いでもあるが、その従兄弟である現皇帝クィシン陛下が武術や魔術、仙力に優れるという話は聞いたことがない。……弟もアレだったし。
『現皇帝本人は確かに超人でも武人でもないですが、まともに戦うとすれば、並みの相手に遅れをとることはないでしょうね。例え相手が仙人や、甲級魔術師であっても、です。幻妖とも、かなり上位のものと戦うことができるでしょう』
「だから彼は己の戦力として、仙力使いを欲した。仙力持ち相手でもそこそこ御せる自信があるんですよ。そうでもなければ、仙力使いなんていう、既存の魔術師では対処しかねるような、寝首をかかれかねない戦力を増やそうとはしませんよ。ただでさえ彼は、普段は魔術を無効化する側妃を寝る時も側から離さないような用心深い男ですよ?」
「姉上……」
レダの姉、魔術を無効化するルーティエ妃は盾でもあるのだろうが、あくまで魔術限定だ。仙力にも有効なものがあるとすれば……。
「……そうか。神器だな?」
光剣イルダーナハ、かの神器の正式な主人は皇帝陛下のはずだ。フーシェン様よりも力を引き出せるのだろう。
そしてイルダーナハをフーシェン様に貸していた事からすれば、他にも自分用の神器を持っているとみるべきか。
「それも理由の一つですね。先ほど言った通り幻妖は神器級のものは複写できませんから、神器持ちはとても有効です。それを含めて帝国皇帝の手持ちを上回るには、我々護法騎士くらいには行かねばならないでしょう。崑崙なら輪仙と雷仙の二人は自分らも神器級宝貝持ちですから問題ないでしょうが、面倒くさいと手を出さないでしょうね」
「しかし、だからといって陛下が前に出るなど、本当に後がないって事じゃないですか。そうなって万一があれば、帝国は保ちません」
ただでさえ魔術衰退以来、帝国は反乱や世の乱れを抑えこみかねている。そこにきて皇帝自らが出陣して万一失敗しようものなら、帝国は天意に、星神に見放された、と見なす者が増えるだろう。
そして現皇帝陛下には後継ぎになる男子はまだなく、子供は幼い公主が二人のみ。王弟はアレなので論外だ、アレは一応皇嗣だが、資質には大いに疑問がある。そうなると現帝本人に何かあれば、各勢力が比較的血の近い皇族らを担ぎ上げて、間違いなく大規模な皇位争いに発展する。
その大混乱に死人の姿をした幻妖の軍勢が追い討ちをかける……どれだけの被害が出るのか、考えるのも恐ろしい。
ならば、ロイ達がやるべき事は自明だ。
「要は、だ」
『はい』
「指揮個体になりそうな高位幻妖を特定して霊撃で倒して全滅させて、相手を散り散りにできれば、後は普通の軍でなんとかなるんだな?」
斬首作戦だ。再生力と戦力集中の要である指揮個体を滅ぼし、幻妖を軍団でなくさせれば、現状の帝国軍でも対処できるはず。
『今からなら、それしかありませんね』
「その、キュリオなんたら以上かどうかを特定する方法はあるか?」
『彼女の眼なら可能です』
そういって影はリェンファのほうを指差す。
「私の眼、ですか」
『今のあなたなら、以前相対した透明化の古竜、幻霞竜なども『視え』るでしょう。そしてあの古竜こそ、主天使級の幻妖でした。今の皆さんなら、主天使級でも単体なら普通に戦える。まあ、それより格上の幻妖も出現していますので、油断は禁物ですけどね』
「やるしかないだろうし、あんたたちも、そのために俺らに色々教えてるんだろ」
『そうですね。我々としても古の盟約は可能な限り破りたくありません。あなた方が撃退できるならそれが最良です』
「で、どうやって帝都近辺までに戻ればいいんだ?」
確か、マゼーパ様らを送り返すときに使ったという、こいつらの拠点とやらは帝国内には無いんだよな? 仮にホウミン辺りだとすれば、帝都まで戻るには最短でも十日はかかる。
『そこがいささか問題なのですよね……拠点間転移はまだしばらく使えません。あれは一度使うと何十日か回復に必要ですし、そもそもホウミンまでしか行けませんし』
おいちょっと待て。
「ここに連れてきたときのやり方は……」
「あれをもう一度やったら私はまた幼女に逆戻りです、正直今の状況では御免被りたいですね。霊薬の副作用のリハビリがさらに遠のいてしまいます」
『そもそも、即興の地脈利用型転移はもう使えませんよ。あの時は幻魔王側が終焉の吐息を使ってくれたから誤魔化せたのであって、通常時にやったら使い手が龍脈にバレます』
龍脈にバレる、というのがどういうことなのか、いまいち分からん。龍脈に意識があるのか?
そう思ったところ、ヴァリスが呟いた。
『龍脈は、星そのものを筐体とした、一種の神器と考えてください。人間と会話できるようなものかは不明ですが、聖霊に相当する存在がいるはずです』
なるほど。
「じゃあどうすんだ? 馬車なんかを使うにしても、この辺から帝国って、1カ月以上かかるだろ」
『光陰のバカに『宙船』を呼び出させればいけますが』
「やめてください死んでしまいます、私の胃が」
『分かっています、冗談ですよ』
「『女帝』様の船はダメですか?」
『打診してみましたが、駄目でしたね。そもそも彼女のあれは生物を乗せる事を想定していない、だからこそ飛行船の癖に亜音速で飛べるのですが』
「では本国から呼びますか?」
『いえ、『女教皇』に借ります。あちらは旅客機能もありますし。兄様に誘導してもらう方向で』
「ドヴェー様と先王陛下は聖山の監視で動けないのでは?」
『あの竜本体は動いていません、手先は蠢いていますが、多少なら構わないでしょう』
「……竜?」
「聖山のことですよ」
「聖山……グレオ聖教ですか?」
『そうですね。奴は復活の時を虎視眈々と狙っていますが、まだその時ではないと思いますよ』
「復活? 誰の復活を?』
『グレオ聖教の聖山アナト。別の名を八大竜王が一柱、塊山竜ナーザールアナト。竜王最大の体躯をもっていた彼の遺骸が山と化したものです』
「は?」
えーと、竜王って、古代の竜人の崇める竜の神で、この前戦ったあの黒い邪神も元は竜王だった、というやつだよな?
この大陸の西半分で一番広まってる宗教の本山が、その竜の骸? どういうこと?
「あそこに元々あった山は千年ほど前に、竜機神と塊山竜との戦いでルミナスが吹き飛ばしてしまいまして、代わりに塊山竜のそれこそ山のように巨大な骸が鎮座しているんですの。今の聖山アナトとは、かの竜の屍体を基礎として築かれた神殿都市なのですわ」
えええ?
『なお塊山竜は別名を秘宝の護り手といいまして、遥か古からの強力な魔導具や霊具を所持していました。まだ結構な量が、奴の遺骸の中に飲み込まれたまま残っているはずですよ』
はあ?
向こうの聖山の聖騎士や聖戦士って、装備が凄く、かつそれは信仰心がないと使えないらしいって親父が言ってた気がする。だけど装備が凄い理由って、神の祝福とかそんなんじゃないってことか? そんなのあり? 信仰、信仰って何だ?
「そうした竜王の遺骸と古代の遺産をあの聖教は利用してるんですよ。例えば聖山アナトで産するとされる魔封銀はかの竜王の骨から作られているんですね。魔術を封じてしまう超貴重な金属とされているアレです」
それ、同じ重さの金銀より貴重で、魔術師殺しってことで厳重管理されてるやつでしょ。
『共に我ら魔人を敵とするもの、敵の敵は味方ということで、初代聖王グレオは復活を願うアレの亡霊と手を組みましたが……昨日の敵は今日の友とはいいますが、アレが人類自体の敵なのは古代から変わってないと思うんですけどね』
えらいことを聞いている気がする。見回すと学生たちみんな絶句していた。
『あそこ産の魔導具って、あの竜の亡霊による浄化の祝福という名の対魔人用の特効、その実態は積年の呪詛が込められてますけど、あれ簡単に対人間用にも書き換えられるんですよね。今は魔人のほうがより脅威だって事で我々向けで作られていますが、いずれ内輪もめしたらそっちに書き換わるでしょう。ま、お互いに利用しあう関係です』
「……それ、無関係の俺らが聞いてしまっていいことなのか?」
どう考えても今の情報って、世界的にあかん国家機密ってやつでは。
『あなた方は今後世界中から刺客を送られる身になりますから、多少は知っておいていいかと思います』
「はい?」
「え?」
「刺客!? 刺客ナンデ!?」
『五月蝿いですね』
「アイエエエ!?」
ゴウランガ! 特に理由のないSAN値直葬によるソーマトー・ヴィジョンがエイドルフを襲う!
(※実際には襲っていません。単に黙れと言われただけです)
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これを書いているとき世間では潜水艇タイタンの事故が起こっていたりロシアで意味不明な御所巻き未遂が起こっていたり、現実がフィクションにこれこそがリアルだぞ、嗤えよと殺しにきているのを感じる……。
とりあえず潜水艇のほう、数百気圧の深海で圧壊とは、せめて亡くなられた方々が安らかならんことを。RIP.
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とりとめない考察 R15注意
ひとたび潜水艦で圧壊が起こると、全乗員が数秒以内に即死するといいます。それが例え100人乗れるような大型艦であってもです。特に1000mを超える深海では穴が開いた瞬間全てが劇的に進行します。
単純に考えると、まず侵入した水により艇内の空気が亜音速で圧縮され、それによる高温の圧縮空気が鼓膜を吹き飛ばし内耳と気道と肺を破壊しながら灼き尽くし、ほぼ一瞬で全身の血管も「圧壊」します。余りの速さに中枢神経はそれを認識する前に機能停止、人は走馬灯どころか己が死んだ事も分からぬまま即死するでしょう。
ただし発生した熱は絶対量が不足しているのと圧力が高過ぎて沸騰も燃焼もせず。そして次の瞬間、遺体はほぼ同時に物理的水流と破断した船体により、全身が骨ごとプレスされたり断たれたりしながら破壊され海に還っていきます。
タイタンの耐圧核はカーボンファイバーとチタンの複合材とのこと、ならばカーボンファイバー部は単純に繊維が剥離し破断して破片化、チタンとの接続部はアルミ薄板であるかのようにくにゃっと千切れる。下手すると耐圧核部分はチタン以外バキバキで、原形が分かるのは外装パーツだけ。遺骨? 原型留めてないでしょう、プレスされた部分なら何とか……。
この全プロセスが宇宙刑事のコンバットスーツ蒸着なみの短時間で発生するはず。そんな一瞬の崩壊ののち、空気塊がまるで魂が天に登るかの如く上に向かい、血煙がしばしその場にたゆたい、水より重い残りは速やかに深海の闇に沈んでいく。
しかし空気塊も圧縮状態であり、ヘンリーの法則により大半は高圧の水に溶けて消えていく。タイタン程度の容積と深度では、空気が水面に辿り着くことすらなかったでしょう。彼らは残滓すら永遠に深海から出られないのだ……おお、諸行無常、あなおそろしや……南無。
逆に高圧の深海から海上に急浮上する場合も人間は即死します。気圧差が10気圧もあれば、肺胞は破裂し、全身の血液中の窒素が気泡化したうえ、血中脂肪も析出して血が流動性を失い、脳と心臓が強制的に停止……これもあなおそろしや。
……魔術や仙力という代物に科学を微妙に添加して描写している作者にとっては、こうした考察がとても大事な思考実験となります。