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第160話 回転数と悪循環


『戦術の間違い、そしてさらに長期戦で考えるべきところ、あくまで短期で物量ですり潰すやり方に固執しているのが致命傷になりつつあります』


「どのように間違っているのですか?」


『幻妖は、数を集めさせてはいけないのです。それなのに敢えて集めて、儀式魔術の大火力で一掃しようとした。その発想は華々しく甘美ですが、幻妖相手にやってはいけません』


「というと」


『まず、人の軍勢なれば二割も死ねば潰走しますが、幻妖は全て死を恐れぬ死兵です。倒しても妖煙を消し去らないとすぐに別存在で復活してきます。大火力や轟音のもたらす最大の精神的効果、『恐怖』も、彼らには効かない』


「それは、はい、分かっていますが」


『対して帝国軍のやり方ですが……一口に帝国軍といっても、各方面軍と魔術師団の有無で基本戦術が異なるのは理解していますね?』


「一応、はい」


 士官学校では各方面軍の得意とすることについての講義があるので、大まかには知っている。ただし今回の事態のため授業は中断中で細かい部分は未履修だし、そもそもロイ達仙霊科の者達は座学が苦手だ。平均以上なのはレダとグァオくらいか。


『現在の畿内方面軍の得手は、先制でガツンと遠距離大火力の魔術ないし砲撃を撃ち込んで戦意をくじき勢いを止め、騎兵、歩兵、飛竜の連携をもって蹂躙する、というものです』


「はあ」


 流石にそれくらいは分かって……。


『具体例として、防衛する場合は土魔術による防壁と塹壕を特殊な折れ線状に構築し、それぞれの鋭角の角地に相手を誘い込み、上空の式神の情報を元に角地防壁の両側から煙幕や泥濘化の術、炎熱系魔術を投射する。これにより視界剥奪や足元不良、酸欠を引き起こして足止めし、そこに砲撃や爆裂系の術を放って殲滅する。誘い込みのためには弓術と幻覚魔術を使える遊撃隊を活用し、敵に活路ないし逃げ場が其処にしかないと誤解させる。飛竜部隊は陽動ののち敵後方の補給と退路を断つ。攻勢時は遠距離攻撃の弾着地点を切り替えつつ、敵防衛線の一点から複数層の陸上戦力の突撃を重ねた縦深突破を行い、最終的に予備兵力と合わせて敵を挟撃し包囲殲滅することを目指し……』


「!? ??」

「……え、ええと……?」


 突如始まる講義。ご丁寧に影体の背景に、色とりどりの四角で部隊の配置と特性を示した図が映し出され、どこからか現れた指示棒の先で、念話に合わせて形状や大きさを変えつつ動きまわる。


 それらは士官学校の授業で習った際の、人形を各部隊に見立てての配置説明より、遥かに洗練された分かりやすい抽象化であった。


『主な柱は航空偵察による位置特定、騎兵主体の遊撃隊による敵戦力誘因、儀式魔術と弓兵・砲兵による投射型火力の集中運用、数的優勢を得た歩兵戦力の多層連携突撃の四つとなります。その中で最も重視されているのが、とにかく相手を集め、足を止めさせ、一気に殲滅するという効率的火力投射です。基本的に短期決戦と殲滅を志向した戦闘教義(ドクトリン)であって……』


 要は相手を儀式魔術で殲滅できる単位、つまりは数百から千程度に分断しつつ、それぞれの兵力密度は高い状態に持ち込み、各集団に大火力を集中して各個撃破していく、というのが帝国軍の理想とする戦術である……というのが、とても分かりやすく図示されていた。


 ……拝啓、士官学校の教官の方々。うちの戦術ダダ漏れなうえに、たぶん味方の学生よりこの女神のほうが深く理解してそうです。というか、授業じゃなく今になってようやくうちの戦術を理解できたかもです。


『大陸諸国においてこのような統制された用兵を、完璧とは言わずともある程度実現できているのは帝国のほかにありませんし、対人間の軍隊であれば有用なやり方でしょう。この教義を学んだ畿内方面軍の指揮官にとって、相手はある程度集まっていた方が都合がいい、戦闘する場所を選べるなら開けた平原が良い、と考えるのは自然なことですが……』


 本来戦力の集中運用は戦術の基本だ。そして帝国の切り札、三垣魔術師団の強みは、その集中した相手を一気に殲滅する大火力にある。砦に籠もった相手でも砦ごとぶち壊すことが可能であり、来ると分かっていても対処は難しい。


 そのため魔術師団が使える場合の帝国軍は、大魔術を警戒する相手をいかに集め、いかに効率よく打破するかを工夫する。


『しかし瞬間的な大火力が幻妖に有利なのはせいぜい十数体の小集団までです。それ以上の軍勢と戦うなら、やり方を変えねばなりません。平原を戦場とするのも不利になります。そもそも、軍勢になっているのがおかしいことに気がつかねばならない』


「敵を集めて一気に叩くやり方がだめだと? それに、幻妖が軍勢になるのはおかしいのですか?」


『ええ、そのやり方が間違いの始まりです。そして、本来幻妖なんてものは、その辺の生命を手当たり次第殺そうとしますので、連携もくそもないですし、軍勢にもなりません』


「それは、集まるように誘導したからでは?」


『いいえ。彼らは、人間の軍や自然の魔物ではありません。幻覚や脅しでは行動を誘導するにも限界があります。彼らは視覚でも聴覚でも感情でもなく、生命を探知する霊的感覚と魂への渇望に従って動くのですから。そんな幻妖を対人のやり方で誘導できたこと、三桁以上集団で纏まったままでいること、それこそが指揮個体がいるという証左です』


「指揮個体?」


『幻妖は内包する陰の霊力の規模によって、凝核の数や再生可能回数が変わります。この度合いを存在規模といい、これがある程度大きい高位幻妖は、より低位の幻妖の行動をおおまかに操れるようになります。これを指揮個体といいます。自然では有り得ない人魔混成の軍隊が成立しているからには、相応に知恵のまわる指揮個体がいると見なさねばならない』


「高位幻妖……七英傑らの残りなど、か」


『ここからが肝心ですが……幻妖という奴は、近くに指揮個体や仲間が沢山いるほど、復活が早いし、劣化も少ないんです。目安としては、元が二桁いれば復活は単体時のおよそ二倍早くなります。三桁いれば三倍早い、四桁いれば四倍くらい早い、そして指揮個体が高位になるほど早い。かくして、軍勢となった彼らはほんとにあれよあれよという間に復活してしまいます』


 背景の抽象図が目まぐるしく動く。今回の防衛戦の経緯を俯瞰して高速で示しているようだ。


 最初は分散した多数の小集団だった幻妖たちが、帝国軍の遊撃戦力により、平原中に築かれた数カ所の防衛用()(るい)に囲まれた角地に誘導されていく。そしておよそ5つほどの、それぞれ数百体程度の集団となったところで、それらに満を持して帝国軍側から火力が雨あられと投射された。


 煙幕や泥濘化の術の直後、弓や砲撃、広域破壊の魔術らが次々に着弾。各集団は、竜のような大物を除き、さくっと大半が壊滅……したように見えたが、なんと次の煙を焼くための火力投射までの間、ほんの5つか6つ数えるほどの間に、幻妖軍はあっさりと復活してしまった。殆ど減っていない。


 当然、帝国側は諦めずに再び攻撃を仕掛けた。やはりいったん壊滅させることはできるのだが、すぐさま復活してしまうのは変わらない。


 そして帝国側は火力投射の種類や位置、範囲、タイミングを変えて工夫するも状況を変えるには至らず。なかなか幻妖軍を削ることができない。


 そうこうしているうちに、逆に高密度な敵集団の圧力に負け、徐々に防衛線が食い破られるようになる。やがて第一防衛線を放棄し、追加の防壁を作りつつ後退していく様が映し出される。


 時折、幻妖側から帝国軍に向かって帯状の遠距離範囲攻撃が放たれ、かなりの被害が発生していた。おそらくこれは竜や単眼巨人のような大型の魔物の大規模固有魔術だろう。


 儀式魔術に匹敵する大技を、平気で味方の幻妖を巻き込む軌道で撃ち込んでくる。それなのに、巻き込まれた味方はすぐに再生する。一方で帝国軍側の被害は回復しない、人間だから当然だ。まこと幻妖とは反則的だ。


 そして地味に帝国側の背後や内部で何か小競り合いが起こっていた。どうも兵糧庫や武器庫、兵糧の輸送部隊などが襲撃されているらしい。幻妖の仕業か? どうしてそうなった?


 いやもう、機密がだだ漏れどころじゃない。たぶん当の交戦してる当事者たちより、この女神のほうが状況を把握してる。


「……まずいですね」


 帝国魔術師団の儀式魔術は、儀式魔術にしては高速かつ遠距離に投射できるが、それでも幻妖の復活が数倍早くなっているというのなら、煙を焼くのが間に合わないだろう。実際、抽象図の変遷によると間に合っていないようだ。


 そのため帝国軍は、攻撃と白煙焼却の一石二鳥を狙おうと、炎系の術ばかり使うようになっていく。すると対炎特性がある魔物が盾になったり、対火炎防御の魔術が展開されるようになって、だんだん、壊滅させることさえできなくなり始めた。討ち漏らしが増え、前線への圧力が増え、防衛線はますます後退し……。


『指揮個体になるような幻妖はそれが分かっているから、できるだけ集めようとします。普通なら種族も知能もバラバラで好き勝手やる幻妖を纏め続けるのは大変なのですが……操れるといっても、離れるほど強制力は下がりますしね』


 まあ、あいつら、人間から竜、獣や虫や鳥まで様々だしな。お互いに意思疎通できないやつが大半だと思う。


『しかし今回は帝国軍が、大規模魔術の的にしやすいようにと、幻妖を誘導して回った。だから幻妖指揮官は、これ幸いと敢えて帝国側の策にのせられたふりをして、散らばっていた幻妖を集めることができた』


 一気を倒せるならそれはそれで間違いではない、が……。


『密集状態はやられやすくなる代わりに、やられてもすぐ復活するから戦力があまり低下しないですし、むしろ、最初のころは、さっさとやられることを推奨していたようですね』


「それは何故に?」


『帝国軍を油断させ、調子に乗らせて魔術資源を浪費させるためと、回転数をあげるため、でしょう。そして情報を得つつ、指揮しやすい状況を作る』 


「なんですか回転数って」


『後で説明します。とにかく帝国側は、相手を容易に崩壊させる事ができないと分かった時点で、戦術を変えるべきだったのです。大火力集中投射戦術は短期決戦用であり、凌がれた時点で破綻している。無駄に消耗するだけですが、今の帝国側指揮官らは教義そのものが状況に反していると理解していない。ろくに実戦経験がないにしても、頭が堅すぎます』


 うーん。しかし頭が堅いといっても……それは色々背景も含めて分かっている外部の者ならではの意見ではないか?


 もちろん、小規模な部隊単位では臨機応変さが重要だ、と言うことは学校でも学ぶ。しかしもっと上の、軍全体での方針自体が間違っているとなると、容易には変えられまい。装備や編成も方針にそったものしか用意していないはず。


『無限の守りなどない、圧倒的な数の優位ある帝国軍が先に息切れするはずがない。一時的に不利でも、しばし辛抱すれば、いずれ必ずや押し切れるはず……人の軍相手ならその考えは間違っていないのかもしれません。しかし、そも幻妖は龍脈の申し子。龍脈が内包する魂の量は、人間換算で千億に届くでしょう。たかだか数万の兵が正面から物量勝負を挑んで勝てる道理がどこにありましょうか。それを直視する勇気が彼らには無い』


 ……だいたい分かった。間違いを理解できていないのもあるが、それ以上に、理解したくない(・・・・・)のだ。


 あの古竜と戦ったときも、無限の守りなどない、と亡き千卒長は皆を鼓舞していた。それはつまり、自分達のほうがいかなる相手に対しても物量では優れている、という信念があったからだ。実際これまでそうやって帝国は勝利してきた。


 だから、それが間違いだと認められない。認めてしまったら士気を保てなくなって、軍として瓦解してしまうかもしれない。なまじ相手の数が、自分達より遥かに少ないように見えることも、理由の一つだろう。


『そもそも、業魔がいる東方冥穴だと、魔術で全滅させるのは厳しい。根本的に敵がいかなるものか分かっていないし、分かろうともしていないのですよ』


 そうか、業魔は普通の魔術では倒せない。だが、そのための術式も作っていたはずでは? さっきも話題になった、あの……。


『あの破幻槍なるデカ物は早々に使い切ってしまったようです。そもそも在庫が殆どなかったようですね』

「そりゃあ、あれを沢山用意するのは無理でしょうからね。同じ大きさの金塊を使い捨てていたようなものですよ、全部私にくれれば有効に使いますのに……」


「切り札を使いきってしまったと?」


『恐怖に耐えるには実戦経験が必要です。味方を見殺しにするのか、という感情的圧力に耐えるのには酷薄さが必要です。それらが今の指揮官にはなかったようですね。特に後者は人間としてはそうでないのが美徳ですし。ラベンドラなら平気で味方ごと敵を討てるサイコパスな指揮官が多いのですが』


 平気で味方ごと? そんな指揮官が多いって、大丈夫なのかよ北方の大国(ラベンドラ)、いや戦場じゃ有効なんだろうが、よくそれで士気が保てるな? 東方だと確実に反乱が起きるわ。


『ですから、幻妖指揮官からすれば、目の前にこれみよがしに幻妖業魔を一体前に出すだけでよい。それで、魔術が効かない怪物め、と勝手に慌て、早々に使い果たしてしまった』


 ダメだこりゃ。


「では、指揮個体を倒せばいいのでは?」


 再生速度を落とすことができれば勝ち目はあるはずだ。それに指揮個体がいなくなれば、幻妖は集団を保てなくなるかもしれない。


『そうなのですが、指揮個体とは、例えばあなた方が以前戦った幻霞竜のような強大な存在である事が多いです。人間が、霊撃や神器無しにあれを滅ぼせますか?』


 あの時は竜一体に三千の兵が潰走したっけな……。


「……攻撃を集中したら何とかなりませんかね?」


『理想的に集中できるなら不可能とまではいいませんが、次の問題として、この東方冥穴の場合、指揮個体になりえる主天使(キュリオテテス)級以上の個体が多い。現段階でも、総数二千もいれば、少なくとも二十以上はいたでしょう』


「それは多いのですか?」


『西の冥穴と比べると10倍くらい比率が多いです。もともとこっちは、西に比べて量より質という感じなのですが……そこでさらに先日の敗北が効いてきます』


「敗北というと、我々が邪神に急襲されたほうですか? 西方軍が負けたほうですか?」


『どちらもです。それで、さっき回転数と云いましたが、ここでいう回転とは、幻妖の死と復活の繰り返しのことです。幻妖というのは、倒されるほど、より時代が新しい姿を選んで復活してくる傾向があります。そちらのほうが記録解像度が高いからですが、だから回転数が上がるほど、現代に近いやつが増えてきます。そのうち、そこで死んだやつが即出現するのが普通になります』


「強い古代の魔物よりはそっちのほうがマシなのでは?」


『死にたてほやほやだと、いまそこで戦ってる元味方の機密も知った状態ですね? そもそも、そのあたり一帯に何回も攻撃して全滅できなかった場合、儀式魔術を使った本人らを優先的に複写するようになりますわ。死んでいなくとも。そうすれば出現してくるのは兵卒よりも、一流の魔導師の複製ばかりとなる』


 げっ……。


『使ってくる魔術の性質や、兵糧など軍需物資の保管場所なども筒抜けです。それに指揮官が人間由来の幻妖なら、魔物よりも人間の幻妖のほうが部下として扱いやすいでしょう?』


 言われてみればそうである。


『現状の帝国軍は大規模儀式魔術が主力ですので、幻妖として復活する者は甲乙の魔導師が多い。ある程度魔導師の幻妖が増えたら、今度は逆に儀式魔術を打ち返せるようになるわけですよ。しかも相手の弱点を知った状態で。だから指揮個体は敢えてどんどん攻撃を受けることで回転数をあげ、幻妖に占める魔導師の割合を増やした』


 あかん。戦い方の相性が悪すぎる……。


『そんなわけで、現在の帝都西の戦線は、幻妖側から儀式魔術が飛びはじめており、損害比率(キルレシオ)が逆転しはじめています。元々七万いたのが、もう死傷者が二万以上になり、軍としては限界に近づきつつありますね。幻妖側はまだ少なくとも1500以上残っていますし、後続も合流しつつある』


 背景に映し出された抽象図で、防衛線からの攻撃に対して幻妖側が一向に減らないこと、さらには幻妖側から儀式魔術とおぼしき遠距離反撃が飛ぶようになり、だんだん帝国側の部隊が小さくなっていく様が示される。そして被害規模の割に混乱が大きいのが分かった。


 何故なら、幻妖の攻撃は帝国側の将官の所在位置や重要拠点を的確に狙っていたからだ。あかん、完全に情報が漏れている。


 帝国が理想とする、統制された火力集中には戦術をよく理解した将官や情報伝達を担う魔導師たちが不可欠だ。百卒長ら隊長級や通信担当の死は戦闘力低下に直結する……。


 なるほど。敵の指揮官の立場で考えると、帝国軍と戦うなら、最初は敢えて敵の策にのり、密集して再生能力を上げやられまくることで、「回転数」をあげればいい。


 業魔が一体でもいれば全滅もなく、相手の情報を学習できる。復活が速いなら本体である煙も灼かれずにすむ。


 そうすると次第に、復活した幻妖に現代の人間が混じり出す。それも今目の前で戦っている相手がだ。そうして機密を知っているやつが出現したら、そいつから情報を聞き出したり、相手の技を無効化もできるし、やがて打ち返せるようにもなる。


 戦術や武器の在庫、指揮官の位置、兵糧の場所から退路までも丸わかりだ。そして人間の幻妖なら知能は十分に高いし言葉も通じるから、個体戦力としては魔物より低下しても戦術の幅は大きく広がる。魔導師が多いならなおさらだ。


 霊気の分からない一般人からすれば、幻妖は生者と見分けがつかないし、潜入工作も破壊工作もやりたい放題だろう。そりゃ将は狙われるし兵糧も焼かれるし疑心暗鬼で大混乱もするわ。


 さらに幻妖には兵糧も補給も不要だ。武器や魔力が尽きても死に直せばよい。


 特に魔導師の幻妖なら単身で相手に突っ込ませてもよい。甲級魔導師の自爆魔術はそれ自体がとんでもない代物だと聞いたことがある。百人くらいは巻き添えにできるくらいの威力があるはず。


 ……どうすればいいんだこれ。


『ちょっとうっかり上位の佐官や将が死んだり、下手に打撃を与えて全滅させなかったりしたら、機密がだだ漏れになったうえで、そいつらが指揮個体の予備になりますの。そしてそんな方々が先日何十人も討ち死にし、雷公鞭は今や現物すら幻妖軍のものですし』


 西方軍のバカヤロー!! ……いや、邪神に負けた俺達も人の事は言えんけどさ。


『一方帝国軍側は対策として、より巨大な儀式魔術を編み上げて、味方への被害すら覚悟して、一網打尽にしようとしています。今作ろうとしているのは二つ、『隕石招来(メテオストライク)』の術と、それから帝都を守るための大規模防壁……『万里長城(グレートウォール)』ですね、帝国の英雄、ジュゲア大導師の伝説の技を再現し、敵に大打撃を与えつつ士気を高めよう……という意図のようですが』


 かの大導師が若い頃、難攻不落とされていた城塞に立てこもった敵を、天空より呼び出した巨大隕石を叩きつけることで砦ごと消滅させた、という逸話はロイも聞いたことがある。その際、部下たちには都市を囲む巨大な壁……『万里長城』を作らせた、とも。

 

 魔術が衰退し、本人も老いた今では再現不可能な大技だろうが、甲級魔導師が束になれば、もしかしたら再現可能なのか。


『これ、完全に悪循環なんですよ。火のついた油いっぱいの鍋に冷水をぶっかけて消そうとするかのような愚行です。業魔が混じっているから隕石落としだろうと仙力無しに全滅させるのはほぼ不可能ですからね。もしそうなれば、帝国自慢の千を超える魔術師団が、逆に敵となって出現し、やがて帝都のど真ん中に隕石が落ちることになるでしょう』


「それ、どうすればいいんだ」


 詰んでないか?



 とにかく回せ、回転数が全てだ。


 煌星帝国軍は決して弱いわけではなく、大陸の文明レベルからすると、驚異的に規律のとれた、打撃力ある軍事力を構成できています。対人間の軍としては大陸最強の軍隊です。


 でも悲しいけどこれ、相手は人間じゃないのよね。





幻妖の能力とドロップについて


 一般的幻妖は以下のような特性があります。


 ・過去に存在した何者かの、どこかの時点の複製である


 ・複写されるのは、龍脈に記録された存在か、

  幻妖と戦闘した者である


 ・龍脈に記録されるのは、以下の存在である

   ・龍脈が特に認めた死者

   ・幻妖に殺された死者

   ・龍脈内で死した死者

   ・幻妖が戦闘で複写した生者であって、

    その幻妖が倒されず1日以上逃げ延びたもの

  

 ・元の存在をどこまで複写しきれるかは

  元の存在の能力と、内包する「存在規模」に依存する


 ・存在規模は9段階分類で、存在規模が大きいほど

  複写可能な存在の強さや精度、複写可能回数が多い

  低段階だと能力や感情などが劣化する

  (第81話あたりを参照)


 ・生命を殺す義務感と基礎知識を植え付けられる


 ・生前より物理攻撃耐性↑↑ 霊気攻撃耐性↓↓

  ただし同じ幻妖による霊気攻撃の場合、逆に

  霊気攻撃耐性↑


 ・身体に凝核と呼ばれる霊気塊が複数個ある

  凝核の数は存在規模に依存する

  凝核の位置のみ生前より炎耐性↓


 ・凝核を一つでも破壊ないし霊撃で打撃されると

  一時的にスタンする

  ただし指揮個体級になるとそれも一瞬だけ


 ・全ての凝核が破壊される、ないし全ての

  凝核に霊撃を受けると、その時点で写して

  いた姿がリセットされ、白煙状態になり、

  存在規模を消費して別の姿に切り替わる

  凝核の損傷状態に応じて存在規模消費度は異なる

  

 ・白煙状態は可燃性で炎に弱い

  焼却する、衝撃波などで四散させる、

  などで再生を阻止できる

  白煙に炎以外の物理攻撃は効きにくいが、

  全く効かないわけではない。

  白煙時は霊撃も弱点ではなく効きにくい。

  

 ・別の姿はランダムに選択されるが、以下の

  傾向がある

   ・元の姿より時代的に新しいもの

   ・元の姿とは得意技や弱点が異なるもの

   ・元の姿を倒した存在のその時点の姿

   ・目前の存在が元の姿より圧倒的に

    強い場合、倒されなくとも優先的に

    そちらを複写しようとする


 ・全凝核が同時に物理的に消去、焼却されると、

  死体が残る。

  装備も残るが、それに宿っていた魔力、

  霊力などは幻妖の死と共に消えてしまう


 ・凝核は破壊されても時間経過で回復する

  魔力、霊力なども時間経過で回復する


 ・食事を必要としない、排泄もしない

  食事できないわけではない、食べたものは

  エネルギーになるぶん以外はどこかに消える


 ・自分の近くに他の幻妖がいると、その数や

  存在力段階に応じて回復速度や、白煙からの

  復活速度が向上する

  その意味でも存在力段階の高い指揮個体は脅威、

  いるだけで周辺に回復バフがかかる



 視認できる距離よりも遠くからの遠距離攻撃は、多少なら戦闘したという扱いになりませんが、仏の顔も三度まで、同じ幻妖相手に何度もやると「戦闘」扱いになってしまいます。


 そんなわけで、遠距離から魔術でファイヤーしていると、そのうちファイヤーしている魔導師のほうがコピー対象になります。ここでも業魔が混じっているのが問題に。


 なお、グリューネが前話で無限増殖はおすすめしない旨を言っていますが、実はファスファラスではまだ小規模にやっています。金銀目的ではなく、主にパラジウムやレニウム、モリブデンのような霊力も魔力も関係ないけれど有用なレアメタル回収のためです。


 幻妖対策の騎士たちは、例えば剣の柄とか、ブーツや手甲など、凝核が確率上ほぼ発生せず、戦闘力に余り影響しない部位などにそうした金属を仕込んだものを使っています。


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