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第16話 誰がための力

 その頃何とか岸に上がった男女三人だが、そこでリェンファが叫ぶ。


「気をつけて……向こうにみんなじゃない仙力使いがいる! 三人!」

「!!」

「みんなは……これ、眠らされてる……!」


 リェンファの、普段は水色の瞳が、深い蒼色に輝く。霊眼を強く使っているときの状態だ。


「……この距離で分かるのか、霊眼というのを少し侮っていたな」

「誰だ」


 木陰から現れる、三人連れの、おそらく30代であろう男たち。ロイには見覚えはないが……リェンファには、人相書きで見覚えのある男がいた。


「『闘仙』フェイロン……」

「おう、俺は知られてたか」

「貴様は軍に人相書きが出回っているそうだからな。前線に出過ぎだ、やはりもっと自重しろ」


 ロイは警戒しながら薄々分かっている事を確認する。


「仙人が何の用だ? みんなは?」

「君の同期たちなら、向こうで少し眠って貰っている。まあ放っておいても明日には目が覚めるとも……この後の話次第ではあるがね。そして我々は……」


 ニンフィアを指差して。


「そこの古代人に用があってね」

「はあ? 古代人? そんなやつここには……」

「無駄だ、既に調べはついている」


 ロイは唇を噛みつつ、ニンフィアとリェンファを庇う位置に動く。知られている。リェンファの目についても。どこからか情報が漏れているということか……。


「強大な仙力の発現というものは、遠方からでも感じとれるものでね。力の発生した場所を調べさせてもらったが……そうしたら、なんとつい最近まで動いていた古代遺跡、そして棺があるときた。そうして、多少時間はかかったが特定できたという次第だ。後は君たちの行動を見張って機会を待っていた」

「どうするつもりだ」


「確認された力は、さすがに我々としても看過はできない規模のものだった。さらに竜を滅ぼしたともいう。そのような力、味方にするか、それができないなら封じたいのは当たり前でないかね」

「こんなやりかたで味方にしようなんて、虫が良すぎだろ」

「申し訳ないね。先に帝国で保護されてしまったからには、少々とっかかりが荒事になるのはいたしかたない。私としては、ここで素直についてきてもらえるとありがたい」


「……名乗ってもいない怪しい男についていく娘はいないでしょう」

「………ふむ、確かに。申し遅れたな。私は崑崙(クンルン)の『映仙』ランドーという。他の二人も同様だ……まあフェイロンは知っているか」

「帝国とクンルンは敵同士だろう」

「確かに今は敵かもしれん。だが敵味方などというものは、利害次第で容易に切り替わるものだ。過去にも、個人としては帝国に協力した仙人もいなかったわけではないし、我々としては、独立を保証できるなら戦う必要もないのだがね……仮に講和がなったとして帝国相手では信用できんしな、力を保持し対する他ない」


 ロイも言わんとすることは分かる。帝国で習う歴史の授業は最大限に帝国の正当化をやっているのだが、事実を単純に列挙していくと……やりすぎだろこれ、という事態は枚挙に(いとま)がない。


 条約だの同盟だのを結んでも長続きしたためしがなく、破棄はほぼ帝国側から。攻めるにあたっては王侯貴族は協力者すらも皆殺し、というやり方は、当面の禍根を絶てたとして信用を失う。おかげで過去100年以上、帝国は軍事や同盟に関わる条約を結べていない。


 ただそうはいっても、ロイは帝国生まれで、ここに愛着もあれば、能力に理解のある家族もいる。そして武の才を生かす出世を望んでいる。……何より、ニンフィア自体が気になっている。ここではいそうですね、と言えるわけがない。


「君らとて帝国内で産まれた(しがらみ)はあろうが、我々の元に来る選択肢はあるのだぞ。実際仙人の中にはそのような者も多い……私も産まれはここ、帝都だ。今は少し違うのかもしれんが、異能を持つ者に対する世間の偏見とは、なかなかに度し難い」


 ……これも分かる。ロイがつきあっているのは異能について理解ある人々だけだ。大抵の人間は、仙力の持ち主に対し、畏れ、嫉妬、侮蔑などの感情を上乗せしてくる。それが厭わしいと思った事も、一度や二度ではない。


 だからこそ、理解のある人達は大事だ。もし家族や、道場の師匠たちがいなかったら……と思えば。そう思った時少し閃くものがあった……もしかして情報が漏れたのは。


 ……まあ今それは後回しだ。とにかく仙人たちのほうにロイが夢見る栄達はないし、彼らは彼らで、閉鎖的で仙力を持たない者を逆差別する集団だ。ロイが行くには、この心の奥に宿る思いを留めるには、向こうは狭すぎる。


「てめえはまだるっこしい。やっぱりここで攫ったほうが早いぜ」 

「貴様が短気すぎるのだ。仙力を持つ者は長期的に同志になりえる。ましてまだ彼らは子供だ。今すぐは無理でも無駄に心証を悪くする必要はない」

「なに、味方にならなくても、最悪でも命までは取らねえ。脅威でなくなればいいだけだ。うちには仙力を封じることができる仙人もいる、そうなればその娘も自由だ」


 リェンファを見ると、微かに頷く……少なくともこいつにとっては嘘ではないらしい。だがそれが嘘でなかったとしても。そうなったとしたら、ロイと彼女の接点はなくなるだろう。二度と会えなくなる。……嫌だ。嫌だ、まだ早すぎる。まだこの気持ちがそうなのかも分からないのに。


 それに、ここで折れてはいけないと自分の心が告げる。武で身を立てんとする者が、どうしてこんな言葉だけで納得できようか。……やるしかない。二人を背にロイは身構え、仙力を開放する。


「へえ……なかなか、やりそうじゃねえか? おい、ランドー」

「……ああもう、貴様は本当に。………仕方ない、時間も余りない。だが武器は使うなよ。すまんな君たち、こちらにも事情がある。スンウェン、待機だ。最悪フェイロンごと痺れさせる」

「そんなことにはならねえよ。な?」


 フェイロンがロイを見て笑った次の瞬間、その体はロイの目の前にあった。

 

「!!?」


 回避も防御も全く間に合わず、腹に強烈な拳を食らう。


「がっ…」


 【金剛】がなければ一発で終わったかもしれない。全く見えなかった。まさか、いくら速いと言っても、15シャルク(約10m)はあった、この距離で全く影も形も……。【転移】か?


「おお、今ので落ちないか。その力、思った以上に硬いじゃねえか」


 反射的に反撃したが、拳が空を切る。やはりいつの間にか少し向こうにフェイロンが移動していた。一体、どうやって……腰をかがめ、神経を研ぎ澄まし……。


「ぐっ……なっ……!」


 見えない。顔を、腹を、背中を一方的に打たれ、殴られ、反撃しようとしても既にそこにいない。速すぎる……これが『闘仙』の技。


 いまだかつて見たことのない打撃。速さで自分が捉えきれない状況は初めてだった。よもや先程の師匠の忠告が早速実現するとは。だが……おかしい。速い? 本当に?


 【転移】を疑ったが、こいつは移動前と後で姿勢も速さもまるで変わっているではないか? ……しかも、足跡が。なんだ、これは。


「はあ、はあ……」

「フェイロン、さっさと終わらせて、そっちの娘を……」


 その言葉を聞いたとき、怒りと悔しさがこみ上げ……それでもなお、守らねばと思って。

 何かがカチリと嵌まる感覚があった。

 何かが開く感覚があった。


 ……そうか。そういうことか。


「………させねえ、よ」

「無理だな」


 ……仮説を確認しながら、土を蹴り上げる。

 見えない横から掌打が入る……が。

 ……やはり。


「ぐぅ…!」

「「ロイ!」」


 ニンフィアとリェンファの心配する声。


「………!」


 ニンフィアが仙人を睨み、あの力を使おうと……。そして、リェンファも何かを決心した顔で……。


「やめろ」

「ロイ!?」


 ロイは二人を止めた。


 片耳がやられている。【金剛】のおかげでもっているが、普通なら昏倒ものの攻撃を何度も貰った。口には血と胃酸の味が滲み、耳だけでなく片目も出血と腫れでろくに視界がなくなった。


「……大丈夫だから」


 そんな明らかに劣勢にある中で、ロイは笑う。


 やっと少しわかったからだ。ロイはずっと誤解していた。自分の仙力【金剛】は、武のためにあるものだと。やや小柄な自分に相手を打ち倒せる剛力と、それに負けない強度を与えるものだと思っていた。しかし違った。


「根性あるなてめえ。……だが、もう寝ろ」


 フェイロンの姿が再び消える。目で追うこともできない速さ。それはそうだろう、こちらもロイは誤解していた。


 だから今は踏み込んで虚空に向かって蹴りを放つ。誰もいないところに、薙ぎ払うような、速いが隙の大きい回し蹴り。端で見ている者には破れかぶれの足掻(あが)きに見えただろう。


 だが、捉えた。


「!?」


 虚空であるはずのところでフェイロンの体が現れ蹴りが当たる。蹴り自体は大したことのない威力だ、ろくに効いていない。だが当てた。フェイロンは驚愕しつつ後ろに下がる。


「……なんだと?」

「お前が見えていないからだ」

「…………」

「お前は速いんじゃない。とばしている(・・・・・・)んだ。その間どうなっているか、自分でも分かってないだろ」


 この男は一見凄まじい速さに見える。だが違う。拳や蹴りは非常に速い、速いが、超加速しているにしては遅い。転移でもない。瞬間的に移動しているが空間を渡ってはいない。時間を止めているのとも違う。何度も殴られ、観察して、それが見えた。


 こいつは、過程を「とばして」いる。移動しようとした次の瞬間に目的地に移動が終わっている。だから、その動きを目で追うことは不可能だ。


 だが、この力は壁の向こうにも行ける転移と異なり経路を必要とするようだ。そしてその経路を通るために発生することは、経路にも、この男の体にも刻まれる。


 ロイが殴られた瞬間に、それまでなかったこいつの足跡が現れる。前に蹴り上げた土が、横に現れたこいつの髪にかかっている。前にはいなかったのに当たっていて、かつ避けられていない。


 つまり。こいつの力は目的位置に所望(しょもう)の状態で移動すること。今ならロイを殴りたい位置に、殴りかけた拳が当たる寸前の状態で。 


 そのために必要な過程はきちんと起こっていたことになるが、その間のことは他人からだけでなく、本人にも知覚できていない。能力のほうが勝手にやっているのだ。


 これだけの大男が、人に近づいて殴ろうとするなら、どうしても通り道は限られる。ならば能力発動の刹那に、その通り道になるべきところに対して攻撃すれば当たる。そして防御もできない。使い手本人が過程を自覚していないのだから。


「……馬鹿な、そんな見切りなど」

「できる。今なら」


 子供の頃からロイは武術に関して天賦の才があると言われてきた。確かに彼はその意味で神童と言ってもいい。だが今のこれはそれだけではない。


 深い集中下にあってランドーの声を聞いたとき、守らねばと強く思ったのだ。それが鍵だった。


 仙力と呼ばれる力。それを高めるために必要な要素は多岐にわたる。ロイを含め帝国の者たちが殆ど知らないそれらの一つは、自覚だ。自分の魂の鋳型……本質はいかなるものか、何のために何をなせるものか、という自覚。


 仙力はそれに合わせて発現する。その有り様は肉体的、性格的資質や、見かけの能力とは一致しないことも多いために気づきにくい。


 今のロイの場合は、誰がための力かという自覚だった。自分では無い誰かのために耐え、誰かを守り、誰かを助ける。即ち利他のための力。今までは自分のための力だと思っていたから、発揮できる力がひどく限られていたのだ。


 他人のために戦うことを意識する。背後の二人のために戦うと。そうすれば感覚が研ぎ澄まされる。耐えるほどに、庇うほどに、力の上限が上がる。自分の力にそうした性質があるのだと、初めて知った。


 フェイロンの攻撃を受けるたびに(・・・・・・・・・)、肉体のほうは痛んでも、内在する霊力はむしろ増えていった。そして時間が引き伸ばされたかのように、刹那の状況を知覚できる。今までこんな感覚を覚えたことはない。自分のこれはただ殴り倒すだけの力ではないらしい。


 全容まではまだ分からない。その力が感覚と身体能力の向上という形を取っているのは、ロイがあくまで武術の得意な少年に過ぎないからなのだろう。本質はおそらく別物だ。


 分かったのは、これはエイドルフの賦活のように治る力ではない。だが耐えられる限界が上がる。怪我を無視して動ける。繰り出せる威が上がる。見えないものが見える。それが守るべきものを守るためならば、不撓不屈となる。――ならば、目の前の男など恐れるに足りない。


「……ちいっ!」


 フェイロンが怒りの表情で再び消える。だが仙力の気配のようなものが今なら分かる。潰れかけた片目の死角から、とどめをさすための攻撃か。今のロイにとっては、素手の技など食らっても大した打撃ではない。そこで経路でなく出現の瞬間に合わせる。


 ごっッ…!


「ごっ…は……」


 ロイの掌打がフェイロンの鳩尾(みぞおち)に吸い込まれ、フェイロンの拳はロイの額に当たる。相打ち状態だったが、力に目覚めた今のロイの一撃は凄まじく重く、さらに場所が急所であり、フェイロンのほうが遥かに大きな衝撃を受けた。


 息が詰まり崩れ落ちるフェイロンに追撃する。殺しはしない。それは現時点では大事になりすぎる。だがここは引いて貰わねばならない。そのために腕を捻り、肘を外すだけにとどめる。


「フェイロン!」

「ぐっ……ぐあっ……くそ………」


 見かけだけならロイのほうが重傷だ。だが、発揮できる戦闘力には既に大差がついていた。


「スンウェン! こいつらを……なに?」


 ランドーはフェイロンを巻き込むことを恐れて止めていた『錬仙』スンウェンの力を使わせようとして………気がついた。いない!? いくらあいつが無口でも、いつのまに。後ろに控えていたはず……。


 パチパチ……


 拍手が聞こえた。一同がそちらを向く。


 初老の男が立って拍手をしていた。

 その側でいつの間にかスンウェンが簀巻(すま)きにされていた。釣り糸によって。


【救世】(メサイア)の発現なんぞ久しぶりに見たぞ、懐かしい(・・・・)。そいつは本人だけじゃろくに引き出しきれん面倒な力だからな。まだまだ未熟だが、いや若いっていいもんだ」


「!!」

「貴様はあの時の……」


 ランドーたちは身構え、そしてロイは気づく。先程、舟で釣りをしていた男だ。釣り竿も簀巻き男の横に転がっている。


「ただ、せっかく太公望(釣り人のふり)と洒落こんでいたのに無粋だぜ。帝国だろうが、崑崙(クンルン)だろうが、どっちでもいいが、人のいるところでやりあうのは関心しない」


 男の後ろにいる女……今見ると、男の従者らしい者が小声で呟く。


「一応、遮音と認識阻害の結界は張られていましたよ……それに待ち伏せしているのはそれはそれで感心できないのでは」

「気付かないほうが悪い。そもそも、霊気を隠せてないのが問題だ、若いのはともかく仙人を名乗るならちっとは隠せと言いたいね。霊輪(チャクラ)が開いてるのが丸分かりじゃねえか」


 リェンファがはっとする。


「霊気を隠す? ……あなたは『普通』に視えるけど……仙力使い、なの? 隠せるものなの?」

「……やり方を教えていただきたいところだな」

無道(ウーダオ)運応(ユンイン)に聞けよ。そこの娘みたいに、実際に霊気を『視る』ことができる眼は希少だろうが、霊威(エーテルコード)……こっちじゃ仙力か、それがあるなら、隠すのも訓練でできるようになる。魔術の素質もいらんぞ。……ま、霊輪の開き方だけ教えて、悪用できる細かいのを教えないあたりは、あいつららしいか。そんなんだからついていくのが少なかったのに、未だに変わっていない」

「……あんたは、何者だ?」

「こっちじゃ禍津国とか呼ばれてるところの使いっ走りさ。そこのお嬢さんに確かめたいことがあってね」


 禍津国と聞いて、ロイの体に力が籠もる。


「……ニンフィアに手は出させない」

「ちょっと話をするだけさ、他には何もせんよ……さて、そっちはどうする? 出直すか? それならこいつも連れていけ」

「……そうさせてもらおう」

「あと帝国も杜撰(ずさん)だな、せっかくの大人の見張り共が簡単に無力化されすぎだろ。もう少し人員割けよ」

「え?」


 さすがにロイも少し呆れる。数人、後ろからつけてきていたはずなのに事件沙汰になっても来ないと思ったらあっさり無力化されてたのか。使えねえ……。


「……見張りの男たちなら、お前の同期たちの近くで眠らせてある」

「…………」

「今日の所は我々の負けだ。大人しく退かせてもらう。次はまた別の形で(まみ)えよう」

「できればもう会いたくねえよ。次に遭ったら命の取り合いになるぞ」

「……そうならないと期待したいものだ」


 ランドーが手を振ると、フェイロンと簀巻きの目の前に鏡のようなものが現れて、彼らは吸い込まれていった。そしてランドー本人も新たに用意した鏡の中に入っていき、鏡は全て消えた。


「……凄い力ね」

「便利な力ではあるな。さて、話をさせて貰おうか」


 男は身をこわばらせるニンフィアにむかって話しかけた。


『この言葉が分かるか?』

ロイ「……この時にはまだ知らなかったんだ。まさかあんなやり方がこの力の最適解だなんて」

リェンファ「いいじゃない強くなれるんだから」


12/28 表現微修正

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