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第159話 目指せ無限錬金術


 無数の、あるいは一体の狼の首が落ちる。そして吹き出した血潮が黒い花として咲き誇った。


 黒というのは、本来赤い血潮が──あんな霊的な怪物にもそんなものがあるのが、奇妙ではあるが──噴き出す瞬間に即座に黒ずんで、そのように見えるのだ。


『死の概念の定着……時間加速による再生阻止の術式ですね』


 そうして咲いた血花は即座に崩れて消え、無数の、あるいは巨大な狼の首は今度は接合することなく、再生することなく、落下しながら分解され、塵となり、そして消えていく。


 ・

 ・

 ・


 そうしてしばらくして塵も全て消えて……瓦礫や倒木、草すらない更地となった地表が現れた。


 その真ん中に彷徨の魔女が倒れていた。側にはヒビの入った拳大の灰色の球体がある。


 繭が変じた外套は消滅し、煌びやかだった衣装は、今や首の回りや手足、服が切り裂かれて布地の集まり状態に。


 切られた布地は、まるでそこで輪切りになっていたかのような切れ方だった。


 ……いやこれ、実際輪切りに切断されたのが、後で中身だけ再生して繋がったのだろうな。いやはや、不死身の人間も大変だ……。


「少しはこちらの事も気にしてくれないカナ?」


 燃料ことエイドルフがぼやく。

 そういやこいつ服が燃えてほぼ全裸だった。焦げた切れ端を集めた腰布いっちょになっている。


 ソウダネーやはり不死身系能力の人間は大変ダネー。とりあえず服を直す仙術覚えたらいいんじゃね?


 グリューネが灰色の球体を拾い上げる。……あれが神器の核なのだろうか。


「やれやれ、まあお騒がせしましたな」


 崩仙シャオファンが倒れている魔女のそばにより、引き起こして抱き上げた。


 お騒がせした、どころじゃねえよ、ほんとに……。


「ここと山の修復費用の一部はそちらにも出してもらいますからね?」

「はっはっは。……そこは老師らにご相談ください」


 このまま帰る気満々らしい。目的とやらは達成できたのかどうか分からないのだが。帰る前にもう一発殴らせろ。


「はあ。まったくもう、本来は本日からじっくりと訓練の仕上げをするはずだったのですが」



『神樹、残念ながら仕上げている時間はありません。遅くとも明日には戻さないといけないでしょう』



 西の先后の念話が割り込む。


 ……いつの間にか、彼女は黒いうねうねの影体に戻っていた。せっかくの美人が正直勿体ないと思うのだが、このセンスはよく分からない。


「やはり間に合いませんか」


『間に合わないでしょうね、帝国の軍は思った以上に対人に特化しすぎです』


「どういうことだ?」



『山の向こうでは、このままだとあと五日以内に、帝都に千を超える幻妖が雪崩れ込んでくる、そんな状況です。皇帝は早々に切り札を切るか、捲土重来を期して逃げるか、どちらかを迫られるでしょう』



「なっ」

「なんだとっ」

「ほう? 帝国も大したことがない」

「畿内方面軍は!? 魔術師団は何をやって」

「マゼーパ様やフーシェン様らはどうなって……」


 騒然となった皆をグリューネが静止する。


「静かに。……まだせいぜい数千の先遣隊ですよね?」


『そうなのですがね、仙力持ちが少なすぎますわ。それでも魔術師たちの頭数はいるから防衛戦なら何とかなるだろうと思っていたのですが、どうもズレているというか……自分らが何者と戦っているのか、理解していない者らが指揮をとっています。あれでは勝てない』


「マゼーパ様ら、煌星騎士団の仙力使いは……」


『彼らなら、確か、西宿砦でしたか? しばらくはあの砦近辺で奮闘して食い止めていましたが、なにぶん数が少なすぎます。仙力持ちがいない防衛線がさくっと抜かれた結果、砦は孤立し包囲され、籠城状態になりました。そうして砦を無視して帝都方面に侵攻した幻妖がおよそ二千』


 二千、か。あの邪神の後ろにいた連中のように竜なども含むなら、単純には数万の軍勢以上かもしれない。だが……。


『今は帝都の西側で畿内方面軍と西方方面軍の連合軍、そして魔術師団が七万の兵で防衛線を築いて、戦闘となっています。それがあと5日保つかどうか、という雰囲気ですわ』


「……三十倍以上の兵力差で守りを固めても、厳しいのですか」


 普通なら守るほうが圧倒的に有利なはずだ。常識的には考えられない。それだけ幻妖が従来の軍にとって非常識ということか。


『まず、兵の質。帝国軍は七万といっても、その大半は実戦経験がろくにない者達でした。そして装備が……うん、これあなた達も経験しましたよね?』


 ……帳簿と実態が一致してなかった問題、こっちもか……。


『慌てて北方西方の国境から経験豊富な精鋭を引き抜こうとしているようですが、これも間に合いそうにないですね。最短十日はかかるでしょう』


 装備の件や、部隊配備の情報とか、機密がだだ漏れすぎる。いやこんな神のごとき連中に隠し通すのは無理なのかもしれないが。


『そして幻妖には霊撃を載せない通常攻撃は効きにくいうえ、魔物は元々個体として人より強いものが多いですわ。その時点で相手より桁違いの兵力が望ましい。そしてその兵力があっても、それを正しい戦術で運用しないと効果がない。帝国はまだ霊具も開発できていませんしね』


「霊具?」


『霊具、あるいは霊機武装……宝貝の派生で、仙力のない一般人でも幻妖や幽体と多少は戦えるようになる特殊な武器防具のことです。ただし霊具は、霊力の代わりに生命力を吸うので長時間は戦えませんし、宝貝よりも素材を選びますし、開発難易度もずっと高いですね』


「一応、例の破幻槍、あれは使い捨ての霊具と言えなくもないですね。あのように貴重な素材を使い捨てにすれば生命力を吸わずともよいでしょうが、あんなやり方では資源がいくらあっても足りません、有り得ない」


 グリューネは余程破幻槍の事が腹に据えかねるらしかった。霊的な観点からは相当に貴重な品を使い捨てていたらしい。


『ま、急ぐなら素直に王器、神器などの上位魔導具をかき集めるほうが楽ですね、王器以上なら霊具に近い機能を元々持っていますし、中には魔力を霊力代わりに高効率で霊撃に変換できるものもある』


 西の先后がぼやく。

 なんで王器以上? と思ったらヴァリスが補足した。


『王器以上の魔導具の宝珠(コア)は古代龍族が手掛けたオリジナルパーツで作られたものです。この世界で王器に次ぐとされる僚器や、その下の将器と呼ばれている魔導具とその宝珠は、龍由来の素材は使われておらず、竜人や人類の手になるもののようですね。そのため霊的要素が殆どない』


 すると、古代にはむしろ王器以上の高級品しかなかったのかな。


『いえ、単に安物は壊れただけでしょう。意外に思われるかもしれませんが、機械なんてものは、惑星環境下ではメンテナンスなしでは速攻で壊れます。数十年保てば上出来です。人間種は私の感覚では短命ですが、その人間ですら、殆どの機械より長持ちしますよね』


 そうなの? 機械って残るもんじゃねえの? ニンフィアが入ってた機械も何千年かに耐えてたっぽいぞ。


『その機械、製造自体に強力な仙力か魔術かが使われていると思います。そうでなければ保たないですし、それでも非生物であれば、継続的メンテナンス無しには万の時は超えられません。例えば私ですが、私こんな有様でも生物なんですよ。任務によっては完了まで万年単位の時間がかかるようなものもありますし、優れた自己修復機能を持っている必要があるんです』


 機械に自己修復機能与えればいいんじゃねえの?


『何と言ったらいいのか……そうですね、人間社会での定義は知りませんが、高度な自己修復機能を持つならば、それは我々にとって機械ではなく生物である、といえます。なぜなら高度な自己修復機能、それもその機能自体の修復機能を内包するものは、ある程度活動するといつの間にか霊気や魂が検出されるようになるからです』


 んー? つまり一定以上に複雑な機械は勝手に魂を持つようになるから、機械でなくなる、ということか? そんなことがありえるのか?


『例外はありますが、おおむねそう考えてくださって構いません。逆に、本来その機能を内蔵しない機械や道具でも、霊的な要素が十分蓄積すれば意識や自己修復機能が発生することがあります。付喪神、と呼ばれる類の現象ですね……そういうものは、我々は疑似生命と分類しています』


 何だそりゃ。道具が命を持つようになる? それこそまさか……いや、待てよ、道具というか、家に幽霊が取り憑いて幽霊屋敷になる、という風に考えれば、何となくありえそうな気がする。


『こうした、生命や疑似生命に必要な要素や環境がどういうものなのかについては、私の故郷ではかなり厳密に判明しています』


 少なくとも帝国じゃ聞いたことない考えだな。


『人類の科学と霊的素養がまだそこに到達していないだけでしょう。ただ、西の島と呼ばれている国だけは、いささか違うようですね』


 あの国な、そうなのかも。ただ、向こうの国全体がそうなのかは分からん。今会ってるこいつらは向こうでも機密に詳しい超上澄みだろうしな。こっちでももしかしたら、上のほうは何か知ってるのかもしれないし。


『というわけで我々は、魂を持たず、自己修復機能が不完全か、持たない存在のことを機械と呼ぶのです。素材が無機物であろうと有機物であろうと霊体であろうと、魂なく、自己修復もしくは自己複製できない物は生物ではない』


 じゃあ、王器はお前たちの定義だと生物なのか?


『そうです。実際に会話できるのは『聖霊』のついた天器だけでしょうが、地器もある程度の意思と、魂というべき霊子構造と、高度な自己修復機能を有しています。時に龍種の神器宝珠は宇宙的に見ても非常識に高機能に凝縮された生命体で、私の創造主でも簡単には真似できない超絶的遺産です』


 なるほど、王器や神器は使い手を選ぶというしな。しゃべらなくとも意思はあるか。そして生きているから霊力も扱える……。


『龍族も当時は現代でいう将器や僚器相当のものを無数に作ったはずです。しかし自己復元機能を持たせなかった廉価品は時の流れに耐えられなかった、それだけの事でしょう』


 そういうものか。あの割れてるっぽいのも治るのか?


『龍種の神器は、例え塵になっていても自己修復すると聞きます。どれくらいかかるかは損傷度合いによると思いますが』


 それはまた、便利なことだ。


 神器はもとより、王器すらそう簡単に手には入る代物ではない。小国なら国宝になるような類いのものだし、帝国でも各方面軍に数個ずつ、全部で20もあるかどうかくらいのはずだ。


 西の先后が嘆息する。


『東にもあるところにはあるものですよ、王器と神器は今の形に作り直されたあと、大陸全土に地域的に均等になるように配られたはずですからね。東にもおそらく合計百個くらいは王器があるはず。そしてその大半は皇帝が管理している。それなのに政治的事情で封じられたまま。使わないなら宝の持ち腐れなだけですわ、まことに勿体ないこと』


 配る? 昔何かあったのか? それに皇帝が管理、ね……どこにあるのやら。まあ宝貝が使えるロイ達には余り関係あるまいし、政治的事情というなら、触らぬ神に祟りなしだ。それに……。


「仮にあったとして、迂闊に投入したら、王器や神器が幻妖に複写されたりしねえの?」


「龍脈は直接神器は複製できませんわ。同格ですから(・・・・・・)ね。王器なら確かにその危険は否めません」


 王器だと真似される危険があるのか。なら……あ、待てよ。


「幻妖って、うまく凝核全部破壊したら死体が残るだろ、装備も残ったりしないのか?」


『だいたいは残りますね』


「それで王器や霊具を量産できたりしねえの?」


『ガワだけなら可能ですね。ただし魔力も霊力も皆無の死んだ状態になります。霊具どころか魔導具としても機能しない、見かけだけの贋作状態ですわ。そうした王器を『蘇生』させるのは、人間にはまだ不可能でしょう。霊具も霊力が消えるので、素材から作り直したほうが早い』


「そううまい話はないか……」


『むしろ単なる丈夫な金属や貴金属などのほうなら、増える意味があるかもしれんね』


「つまり黄金の鎧着せたやつを真似させれば」


 おお、これぞ無限錬金術なのでは!?


「その手の無限増殖法、以前うちの国でもやろうとした事があったのですが、雑魚に持たせても複写しませんので、中身が相応の強者でないといけませんから危険です。なかなか思うようには出現もしませんし……欲にかられて隙をさらして殺されるアホまで現れたので、やらないほうがいいでしょう」


 なるほど、死体から剥ぎ取ろうとして新たに現れた奴に殺られるとは、実にアホらしく欲深い死に様である。


 余計なことはしないほうがいいか……まあ何か効率いいやり方があるかもしれん、余裕があれば考えておこう。


 しかし、いくら装備や練度が低くても七万と二千なら……あ。


「先日、二万の西方軍が、千の幻妖に負けたんだっけ……」

「でもそれは、王器による奥義を再現される、なんて事態があったから、なのでは? まさか、今もそんな事が起こっているのですか?」


『いや、今はまだ(・・)そういうの無しに、単純に戦力として負け始めていますね』

「何故にそんなことに?」


 帝都の目の前なら、三垣魔術師団の大火力が使えるはずだ。少人数の魔導大隊の火力でさえ業魔以外の幻妖に対してはかなり効いていた。あれより遥かに火力あるはずの師団本隊が押される? 何故?


『ですから、その大火力頼みの戦い方が、幻妖の軍勢相手の場合間違っているからです』


 そうして語られたのは、帝国軍が得意とする戦術と、幻妖が軍勢となった場合の在り方との、致命的な食い違いであった。幻妖は、軍勢と化した場合性質が変わり、より手強くなるのだという──



 機械なんてほっとくと壊れるもんです(引っ越し時購入したテレビ、冷蔵庫、エアコン、トイレの温調機能やらが十年過ぎたらソ○ータイマーが入ってたかのごとく軒並み同時期に死亡して、さらにエコキュートまで故障し散財となってすっからかんで苦しむ作者並感)


 だからポストアポカリプスもので人間滅びたのにロボットだけ残ってるなんてロマンだけど前提すごく厳しいよね。自己複製してデータ引き継ぐにも金属素材は冗長性が低すぎて……いやそうだ、あいつら魂があるんだ、付喪神化してるんだそうに違いない(ぐるぐる目)


 とりあえず本作の生命の設定について。


 地球における、生物と定義するための三原則

 (1) 外界と己との仕切りを持つ

   (主に細胞膜に相当する物理構造のこと)

 (2) 代謝を行う

 (3) 自己複製能力、生殖能力を持つ


 これが本作ではこうなります


 本作における生物と定義するための四原則

 (1) 外界と己との仕切りを持つ

(物理的なものに限らない)

 (2) 代謝を行う

 (3) 魂を持つ

 (4) 自己修復能力を持つ


 (3)があれば(4)の条件も満たす。しかし、(4)が(3)無しに有り得ない場合、それは疑似生命であると見なす。



 魂が存在し、無機生命やエネルギー生命、さらには生殖せず悠久に生きる者も存在する本作においては、生命の定義が変わります。そして自己複製能力、生殖能力は自己修復能力の一部扱いとなります。


 一方、地球においてのウィルスのように、己だけでは自己複製能力も自己修復能力も持っていないものは本作でも生物扱いではありません。しかし本作においては、特定条件では疑似的に生物扱いとなりえます。その条件が(3)の魂を持つ、というものです。


 この世界では(3)の魂が宿ると、なぜか勝手に多少なりとも(4)の自己修復能力が発生します。ふしぎ! 


 そして(3)が最初はなくても(4)を高度に揃えるといつの間にか(3)が発生しています。ふしぎ!


 なお魂は霊気からなりますが、霊気があるからといって魂があるとは限りません。魂とは霊気が自ずから流れ、己の宿す原霊の願いに応じた流路にそって動くようになったものであって、単なる霊気自体ではない、という設定です。

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