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第148話 時の大封印

 五大仙が消滅したあとも、一件落着とはいかなかった。


「ぐ……」


 痛みと出血にくらくらする。

 さすがのロイも、腕が千切れたのは初めてだ。


「くそがっ…」


 興奮(アドレナリン)が去って激痛に耐えられなくなる前に応急処置をする。とりあえず傷口を冷やし、止血する仙術、痛覚を和らげる仙術を使う。


 ぶっつけ本番だった。なにせ使ったことがなかったので。


 ロイは全属性であるが、自分で覚えている仙術はまだ少ない。やり方はヴァリスに覚えさせているので、痛みの中説明を受けながら何とかした。ヴァリス自身が仙術を使えるなら楽なのだが、そうもいかない。


 ・

 ・

 ・


 ヴァリスはロイに仙術の使い方を説明しながら、先ほどからの言葉を足がかりに、疑問に連なる思索を巡らす。


(あの霊獣らは、おそらくここの守護者の一族が、因果干渉を理解するために作ったプロトタイプ……本来は一つのものを、敢えて五つに分けることで、人に制御できるようにしていた……)


(今は衰退したとはいえ、あの霊獣らが作られたころにはこの星には完全な古龍式の魔導機構があったはず。ならば魔術主体の戦法であってもおかしくないのに、魔術を使わず霊気術、霊方陣ばかり使ってきた。そんな存在が、転生を繰り返す王族の護衛だったというなら、霊獣らの設計者は古龍式魔術が使えない日がくると想定していたと見るべき……)


 歯がゆさがある。ご主人様でなく自分がここの冥界とやらにいけたなら、そこでこの世界の守護者の意図をほぼ掴めたはすだ。何故魔術がこんな中途半端に衰退したのかも。


(そして【運命(フェイト)】……『時の大封印(クロノクラスト)』に縛られた、真の因果操作の力。何故それを、あの騎士が知っている? ここは龍脈と魔導機構のある世界、それゆえに星を覆うような『小世界(マイクロコズム)』は作れない。疑似経験を積むのも難しいはず……)


 小世界……神域存在が作り出す、通常の基底現実空間とは異なる箱庭、己の支配領域のことだ。単にその神の勢力圏というだけではなく、物理法則を書き換えた異空間化した領域を指す。


 小世界の管理神は、その内部では物理法則操作や因果の改変、時間の巻き戻しなど万能であるかのような力も発揮することができる。そこでなら絶対の権力者にもなりえる(※なれるとは言っていない)


 ……まあ、神の力量次第だが、少なくとも通常の基底現実空間よりはできることが格段に多い。


 改変度合いはさておき、神域存在に足をかけたものなら、一つの地域をそのような小世界にするのは難しくない。ヴァリスですら、本来の状態なら、山や小島の一つくらいはそのように作り替えうる。


 もっとも、この星のように強固な龍脈がある世界では、小世界の作成難易度は跳ね上がる。万全の彼女であったとしても出来るかどうかは分からないが、普通の星でなら可能だ。


 そして一つの惑星単位で小世界を作れる域に達した神を、銀河連邦では神域存在分類中の下以上、『制星神』と呼ぶ。この銀河と周辺の銀河群を合わせて制星神たりえる神々は数千から数万柱はいるという。


 銀河連邦ではこれをひとまとめに三千世界、三千諸神と称している。ここでいう三千とは千の三乗、つまり10億のことだが、実際にそんなに知的生命のいる世界があるわけもなく、要はいっぱいいる、というだけの意味にすぎない。


 主神や創造神を名乗るなら最低でもここから上の力が必要で、そしてこの域に達したうち過半数の神が、実際に己の星そのものを小世界としている。

 

 だが、小世界は所詮箱庭である。


 そうした神の作った独自法則は、小世界から一歩でも外に出ると通じない。基底現実から完全に独立することもできない。改変できる部分には限りがあり、元となった地や星になにかあれば、それは小世界にも反映される。


 結局のところ、小世界は基底現実世界の上につくられた擬似世界(シミュレーション)、劇中の劇、消える危険を孕む異聞の泡沫にして、幹ならざる枝葉の世界である。


 さらに小世界を創ると、神は世界の維持管理と外界の干渉に対する防御に力をとられ、外の世界ではむしろ弱体化してしまうので、余り外に出なくなる。


 だから上位の神には、そうした小世界を創る神を『庭師』『甲殻類』『引きこもり』などと揶揄する者もいる。

 

 だが、なんだかんだで防御に徹する限り、小世界は優秀な鎧になりえる。同じ格の神同士で戦うなら、小世界に引きこもった神を外部神が倒すのは困難だ(※無理とは言っていない)


 他神の小世界内で、そこの主神に負けない奇跡を行使するには、最低でも単独で世界を解析し対応する、ないし己自身を確立した動く小世界とする力量が求められる。銀河連邦分類でいえば、中の上『具法神』から上の神だ。


 さらに多次元に遍在し、他人の支配領域など一切存在しないかのように振る舞える神を、上の下、『遍界神』といい、そこから基底現実自体を己の小世界であるかのように書き換えうる域に至った大神を、上の中、『自在神』という。


 なお上の上は『始原神』もしくは『終末神』というが、これは仮説上の存在とされていて、現在該当する神はいない。そのため自在神のお歴々が実質的な最上位である。


 そして現在、この銀河とそれを含む銀河群において、自在神の域にあるのは全て合わせても十柱ほど。そのうちヴァリスの創造主である天外神ソトゥラスを含む五柱が、銀河連邦の重鎮『五大神』だ。


 いずれも、少なくとも数銀河年(→銀河年:円盤型銀河が一回転するのにかかる時間。1銀河年は、地球時間でおよそ10億年に相当)は昔から存在する古き神々ばかりである。


(そしてこの星に、小世界はない。ここは基底現実を龍脈で修飾補正しているだけで、物理法則そのものは変わっていないタイプの世界。古龍由来の文明はそのパターンが多いけど、それゆえにこの星における因果干渉は『大封印』に縛られたまま。おかげで【幸運】【不運】もごく限定された直前のリトライだけだった、これはそれこそ『運が良かった』かも)


 ヴァリスは思索する。


 この思索は探査兵としての性のようなものだ。やるべき事を優先しつつも、これを止めることはできない。


 『時の大封印』……それは、いくつかの霊威の発現を阻むとされる謎の力。基底現実において、因果干渉、時空遡航、歴史改竄などの上級霊威を阻止する大いなる呪詛。


 これは既知の銀河、既知の世界の全てにおいて、少なくとも1銀河年よりも昔から発動しているらしい。一説では太古に銀河に覇をとなえた古代龍種が、衰退に際して残した呪いとも言われる。これから逃れられる術を知っているのは、ごく僅かな例外……発動以前から存在する遍界神や自在神たちのみ。


 小世界は所詮、基底現実の上に作られた砂上の楼閣であり、手を加えて基底現実から乖離すればするほど、崩壊の危険が増す不安定なもの。


 それでも小世界を作る神が絶えないのは、『大封印』に縛られた基底現実のレイヤーでは「やり直し」や「物理法則自体の改変」「生まれくる魂への出生前操作」などができないからだ。


 小世界化することで不都合を押し隠し、分かりやすい奇跡を見せて信仰を集めないことにはろくに力も増えない。基底現実のままでの世界運営は、若い神にとってかなりのハードモードだから。


(遊戯盤自体の改変……基底現実で因果干渉する【運命(フェイト)】、基底現実ごと時を戻す【時遡】( リトロウヴァート )、基底現実の世界記憶(アカシックレコード)を書き換える【革変(リライト )】など……新参の神が持ちえない、大封印に縛られた力の数々。……その全貌と、具体的な封印度合いは私達すらも知らない。だけど、ここでは配下の騎士すらそれを把握しているなら、守護者はどこまで知っている?)


 ヴァリスの中でいくつもの推論が浮かぶ。


(……ここの守護者は【滅相(アムネジア)】を使っていた。あれは書き換えでなく単純な消去のみ、しかも同等以上の権能持ちには効かない【革変】の劣化版。とはいえ、限りなくそれに近く、基底現実にも影響を与える、新参神が持ちうる中では最大級の権能……)


(小世界で引きこもる若輩が扱える力じゃない、ここの守護者は明らかに具法神以上に至ってる。信仰も集めていないのに、年齢に対して強すぎる。そして外を見ている。……私達準神級探査兵でも知らない大封印の秘密を知っている? ……。……いや、もしかして、私達が、大神直属だからこそ、知らされていなかった、のか……? もしそうなら、大封印は、古代龍種の呪いなどではなく……)

 

 ・

 ・

 ・



 千切れた腕を拾って、ヴァリスの勧めに従い、そちらも冷やして保護し、倒れ込んだグリューネの元にいくと……。見知らぬ幼女が増えていた。


「くっそもう、せいだいに、やられたっぽい!」


 幼女化したルミナスだった。



どうやら無事だったぶんの小人が合流しても、元に戻らなかったようだ。


「そっちまで縮んだのかよ……」

「とびちったのを、あつめるだけの、れいりょくのこってない!」

「この腕、治せるか?」

「いまのぼくにはむり、こいつおこさないと」


 グリューネのほうは気絶したままのようだ。どうしたものかと思っていると、仲間の皆もやってきた。


「ロイっ……そ、その腕……」

「大丈夫……じゃない、わよね……」

「くっそ痛い」


 そろそろ興奮も冷めてきたせいか、麻痺させてもだんだん痛みが酷くなってきた。しかし、【苦楽】の仙力によりその痛みで霊力は回復していく。まこと因果な能力である。

 

「元に戻せるの?」

「魔術治療で四肢を繋ぐなんて、昔ならともかく今は西の聖山の聖女たちが束にならないと無理なんじゃ?」


「はー、あんなさのばびっちどもになにができるのさ。とりあえずこいつに、えりくさーのませる。そしたらきみもぼくもかいふくできる、うでももとどおりになる」

霊薬(エリクサー)……」

「実在するんですか?」


 万能薬にして老化にすら効果があるとされる、伝説の秘薬、霊薬(エリクサー)


 魔術で薬を作る専門家を魔薬師、魔術にて物性を操る専門家を錬金師というが、この両方を極めることで作れるようになる……と伝わる、幻の薬だ。


 幻なのは、少なくとも大空白時代より後で、実物が確認されたいう話は聞かないからだ。伝説というか、どちらかというと夢物語であり、ほら話、詐欺の種である。


 ただ万能とは言わないが大半の病に効くものとして、高位回復薬、通称『聖者の妙薬』『バイシャジャの妙薬』と呼ばれるものなら実際にある。大半というのは、魔術や仙力が原因にある病や、老化によるもの、そして大怪我には効かないからだが、優れた薬なのは間違いない。


 かつてはこれが作れると薬師として一流という代物だったが、魔術衰退後はこの妙薬でさえ、作れる者はほんの一握りになり、価格は天井知らずという。そしてやはり詐欺の温床になっている。


 結局現在は、万能の特効薬などというものは無いのだ。


「あるよー、ただもんだいがあってね」

「問題?」


「あれは、たたかうやつには、おすすめできない」

「どういうことだ」


「ぐりゅーねは、げんまおーからにげるときに、いわば、さいだいHPとMPを、ぎせいにしたの。こうなるとかいふく、くっそおそい」


 えいちぴー? えむぴー? よく分からんが、おそらくは単純な霊力や魔力の消耗ではなく、体自体が壊れてる、ということか?


「えりくさーならそこはすぐなおせるけど、ふくさようある」

「勿体ぶるなよ」


「えりくさーは、ばんのうやくつーか、あれはせいかくには、うまれなおすくすり」

「生まれ直す?」

「こわれたからだをしゅざいりょうに、あたらしいからだをれんせいして、そこにきおくとたましいをうつす」

「………」


 生まれなおさせる?

 ……それ、本当に薬か?


Q これは薬ですか?

A いいえ薬とは言えません



時の大封印 クロノクラスト


 クロノは時間、クラストは「殻」「甲羅」「表層」「皮」などの意味の言葉。時空間に貼り付けられた術式の皮、というイメージ。


 これのせいで作中の銀河内では過去改変の難易度が跳ね上がっていて、普通の神には実行できない。それをやれる存在が圧倒的優位に立てる。


 五大仙らはそれを確認するために、過去の代の魔人王が試作した代物で、大封印無しで本来のスペックが発揮できれば、回数制限は単なる消費霊力制限になり、何回も「今の無し! こっちで……あ、いややっぱそれも無し! それと前にやったやつ、あれもこっちを選んでたことにするわ」と時間を遡って発動可能だった。

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