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第141話 ようこそここへ遊ぼうよ天国


 気がつくと、目の前に初老の白衣の男がいた。正確には、ロイは仰向けに倒れていて、男が上からロイを覗き込んでいた。


  なん だ……


「ああ、落ち着いてください。焦ることはありません」


  なに を……


「あなたにお話があります、いいですか?」


  だれだ おまえは……


 声が出ない。それどころか体の感覚がない。いったい、何が……。


「どうか落ち着いて。あなたは(いささ)かここに来るのが早すぎましたが……」


  ここは どこだ


「ええ、ええ、わかっていまス……」



  男の貌から 肉が消え



「よウこソ こコヘ」



  髑髏が 虚ろな眼窩で 嗤う





「──遊びマショウ、死後ノ世界デ」




  いつの間にか現れた


  骸骨たちが カタカタと 踊った




 ──────────────────





 


「うわわわああああ!?」


 不吉極まる言葉を聞いた瞬間、ふっと意識が薄れ。


 気がつくと、今度は椅子に座っていた。


 周りは薄暗く、屋内のようだった。そして見渡す限り、みっしりと本が詰まった本棚が並んでいた。少し見た限りでは果てが見えない、巨大な図書館のような何か。

 

 ここはどこだ?


 ロイの目の前には小さな机が一つ、その向かい側には誰も座っていない椅子が一つ。

 

 誰もいない。

 さっき変なことをいった白衣の男もいない。

 音も、気配も、ロイ自身を除けば何もない。

 ただあるのは、氷のような静謐──。


 ロイ自身は、グリューネに何かされた直前までと変わらない。今は体の感覚もある。ただし如意棒はなかった。


「な、なんなんだ、いったい」


 ぱんぱん、と頬を叩きながら目を閉じる、と。



「──済まんな」



 女の声がした。


 目をあけると、誰もいなかったはずの椅子に、女がひとり座っていた。


 長く艶やかな漆黒の髪に、水色の瞳の、掛け値なしの美女だ。年の頃は二十歳過ぎに見える。


 身にまとう西方風の漆黒のドレスは、ひどく古めかしい造りではあるものの、清楚さと妖艶さを併せ持つ、いかにも高位貴族然とした代物だった。


 ……?

 この女、どこかで会ったことがある、ような?


「……俺はロイ・カノンだ。あんたは誰だ? 済まんな、とは?」


「うむ……どうやら『私』と従者達がそなたらに迷惑をかけているようでな、申し訳ない」

「何の話だ?」

「つい先程から我が従者達がそなたらに襲いかかっているであろう?」

「じゃあ……あんた、あの彷徨の魔女か? だが……」


 違いすぎる。容姿も、声も、口調も、たたえる雰囲気もだ。霊気や魔力も読みとれず、肌の色も、髪の長さや色も違う、となると共通点を見いだすほうが難しい。


 どこかで会ったことがある、と言う感覚にしても、少なくともあの変な言葉使いの魔女とは結びつかない。


「そうだな。私は初代彷徨の魔女、ということになるか。そなたが向こうで会った『私』は、同じ魂を持つが、実質別人だな」


「そうか、それはいいが俺は早く帰らないと……」


 帰れる……のか? ここは……。


「心配は要らん、帰れるし、焦らずともよい。ここは時間の流れが違う。向こうでは殆ど時間は経過せぬ。それよりちゃんと用事を済ませねばならんな」

「用事というと」

「そなたがここに送り込まれた理由よ。そなたにはこれから力の使い方を読んでもらいたい」 

「読む? 学ぶ、じゃなくて?」

「そうだ。『神樹』のグリューネからの要請でな。そなたにはここで、そう……いわば……必殺技の奥義書を読んでもらうことになった」

「奥義書だって? そんなもの……」


 仮にも奥義というなら、どんなに要諦を記した本であったとしても、一朝一夕に身に付くものではあるまい、それでどうにかなる状況では……。


「うむ、普通なら読んだだけでは体得などできぬが、ここにある『本』、そしてそなたは例外であるはずだ。とはいえ、余り多用すべきやり方ではないな。些か魂に負荷がかかりすぎるし、倫理的に許されるべきことでもない。だが今回は色々特例だ」


 読んだだけで技を会得できる? そんな本の話など、聞いたこともない。だが嘘をついているようにも見えなかった。


「向こうの私にもここの『本』を読ませたくなるが、あやつはこちらには来られぬからな……ほぼ別人ではあるがあれも私には違いない、あれに私の頃の記憶などもう断片すらあるまいがな」

「どういうことだ」


「人間の記憶や人格とは神経が織りなすもの、つまりは肉体に宿るものだ。もとより輪廻において記憶は継承せぬし、普通は魂も死のたびにそれぞれ混ざり合い、あるいは千切れ、あらゆる生命に生まれ変わる、そういうものだ」


 人間だけに生まれ変わるわけじゃないってか? 西の聖教の坊主たちが聞いたら激怒しそうな考え方だ。


「仮に魂が丸ごとそのまま生まれ変わろうと、肉体は異なるわけで、ならば記憶もない。そして遺伝子だけ同じの複製体(クローン)にも記憶はない。記憶とは、それ単独で個を個たらしめる要素なのだ」

「じゃあ、彷徨の魔女ってのは、生まれ変わる前の事は知らないと?」


「うむ、引き継げるとすれば、従者達が覚えているぶんだけよ。それさえ、本人の記憶というより、他人の物語を聞くのと大差ない。そもあの従者達自体、人間とは違い過ぎるゆえに、記憶の有り様も人間向けとは言い難い」

「じゃあ、今俺の前にいるあんたは何者なんだ」


「無論、初代彷徨の魔女であったものの『記憶』だ。つまりそなたが見ているのは(ゴースト)のない人形に過ぎぬ」

「記憶は肉体に宿るものなんだろ? だったら、そのあんたは遺体か何かが動いてるってわけか?」

「私の肉体など、赤子以前に逆戻って消滅したとも」

「それじゃあ……ほんとに何なんだ? そもそも……ここはどこだ?」


「この私は記憶が仮初めの形を得ただけの幻影だ。そしてここは、この星の全ての死者の記録が集う場所。呼び名は様々だ。例えば星霊廟(ネザー・モーサリアム)冥河の河原(ステュクス)平和の野原(セクテト・ヘテペト)英霊の館(ヴァルホル)。あるいは封印(オカルタ・)図書館(ビブリオティカ)……人造の冥界だな」

「冥界……じゃあ俺は」


 いっぺん死んで、とか死後の世界とか……言われたことを思い出した。本当に死んだと?


「そなたは本当に死んだわけではない、一時的にここと繋がっているにすぎぬ。事が終われば帰れるとも」

「そ、そうか。それと……人造の、だと?」


「そう、人造の冥界だ。この世界では、龍脈が本来の冥界と言えるだろうな。地上の生命は皆、龍脈の上で産まれ、生き、やがて果て、龍脈に還るのだから。だが……」


「龍脈は(いささ)()り好みが激しい。記憶も含めての保管、記録などは、一部の条件を満たした者にしか行われん。つまり幻妖になりえるものどもだな。それ以外の殆どの生命は、龍脈に還ったあとは記録されることもなく、龍脈を維持し、輪廻を回す材料になるだけだ。そして幻妖すら永遠ではなく、時間経過で適度に間引かれる」


 そりゃあ、まあ、星を生かすのに苦しんでるというなら、いちいち記録するのも大変だろうしな。


「古の魔人王らはそれを良しとせず、特に人間種を中心に、死者の記録を残す場を作り上げようとした。王家の悲願のためにも知識と経験を蓄積するシステムがいかなるものか、実際に作って知る必要もあった」

「悲願?」


「魔人王に課せられた、解き明かすべき命題だな。無貌の龍の意志を継ぎ、天の外を覆う『大封印』を退け、時空と原霊の起源を解き明かさんとする、無邪気な呪いの如き願いだ。……まあ、そなたには関係ないか。とにかく、そのために作られた人類の全てを記録する場がここだ」

「それじゃあ……」


 周辺の、無限に続きそうなほどの『本棚』を見る。まさか、これは?


「一口に冥界といっても、有り様は様々だ。観測者の知識と死生観によって異なる。多くの呼び名もそのせいだ。だが今回は敢えてそなたには、記録の収集地という要素を重視した形……つまり、図書館として見せている。そのほうがわかりやすかろう」


 ロイ自身は士官学校に来るまで本でいっぱいの本棚など見たこともなかった。平民にとって本は結構高価なのだ。お貴族様の生まれなら違うのだろうが……。それでもまあ、図書館というものが理解できないわけではない。


「本だらけなのはそのせいか。つまりこの本のそれぞれが『死者』なんだな?」

「そう、ここに収められた本、一つ一つが、各人の人生の記録、生命の墓標だ。もし、だ。人で前世の記憶などをもつ者がいるとすれば、それはここの『本』と繋がる能力ないし権限、あるいは素質がある、ということだ。残念ながら、向こうの私にそれらは無い」


 そうして、魔女は一冊の本を呼び出す。表紙はひどくボロボロで、(ページ)も今にもとれそうだった。


「そなたに読んでもらいたい奥義書とは、つまりは先代の【救世】の力の持ち主の記録よ」


 !!


 あの、帝都で見た過去の魔人王に従っていた仙力使い、おそらくはご先祖様の?


「ただ、当時はまだ記録技術が不完全でな、全てではないらしいが……このたび『神樹』が要請したぶんは含まれておる。そして、今回特別にその部分の抜粋を『使う』許可を得た」


「許可……そも、ここは、誰が管理してるんだ?」


「ファスファラスの王家だな。何せ死者の記録だ。ぞんざいに扱ってよいものではない。王家と直属の亜神にしか閲覧権限はない。普段は護法騎士ですら閲覧できぬし、そもそも立ち入り自体難しい。先に言った通り此度のそなたは特例よ」


 護法騎士のグリューネでも難しいというが、それなら……今回、ロイが入ってこれて、かつ読めるというのには、どういう裏がある?


 悩んでいると、『本』から、二枚ほどのページが抜けて、ロイの前に落ちてきた。


「これは……」


 そこに書かれている文字ははっきりいって見たこともない、奇妙なもの。とても読めるとは思えない、のだが……。


「……がっ……う、ぐ……」


 分かる。読んでいる、というのではなく、体感する、体験として脳裏に浮かぶ、身体が熱く、あ……。


 薄れる意識のなかで。





『───くれてやる。俺のようになるなよ』





 そんな声が聞こえたような気がした。


 ・

 ・

 ・


「目覚められるか?」


 気がつくと、目の前の女がロイの頭をつんつんしていた。ただ、触られているという感覚はない。どうやらこの女の姿は、本人の言う通り幻のようなものらしい。


 そしてロイは、しばらく机の上につっぷして気を失っていたようだ。机のほうは感覚があるのが奇妙ではあった。



「大丈夫か? 覚えられたかな?」

「はぁ、はぁ……ああ、たぶん、何とかな、る……」


 汗をべっとりとかいたあとのような寒気があった。


 実際にやってみないと分からないが、おそらく新たな仙力が使える、という感覚もあった。


 そして、その仙力を利用することで発動できる特殊な仙術も得られたようだ。さらに、まだ使えない本当に知識だけのものも……。


「素晴らしい。普通ならば読むことも、得ることもできん。やはり、そうなのだな」


 目の前の女は、やたら嬉しそうにつぶやいた。


「分かってて、やったんじゃ、ないのかよ?」

「私に確信があったわけではない。『神樹』が言うからには大丈夫だとは思ったが、それを為せる素質……ほぼ同一の魂が天然で生まれるというのは、なかなかに天文学的確率のはずなのだ。理論上だけの存在かもと疑っていた。だがゼロでないのなら、有り得るのだな。よきことだ」


 何が楽しいのか分からないが、ロイが新たな力を得たことが、この女には喜ぶべきことだったらしい。


「だけど、いくつか、よくわからんことが」

「なんだ?」


「なんか数式や記号とかが、記憶に焼き付いたみたいなんだが、意味が分からん」

「そなた自身が分からずともよい。そなたの場合外部にできる下僕がいるのであろう? その者に読みとらせよ」

「なるほど。それと……」

 

「どうしてこれは、使われなかった? どうしてそんなものを、護法騎士だけでなく、仙人も知っている?」


 かすかに何か聞こえた気はするが、今得たものは、あくまで力と技の記録だった。そこに経緯は記されず、それが求められた理由もなく、使い手の意志もなかった。


 だが、こんなものが作られたからには、何か想定した相手、状況があったはずだ。


「──その奥義は、ファスファラスと崑崙が袂を分かつ前に作られた技のうちの一つ。竜王や龍との戦いでの苦戦に加え、業魔なる魔性を倒しきれなかったことが、開発動機であるらしいな」


 なるほど。確かに今にしてみれば、あの過去映像でご先祖様が放ったのは、味方に殴られたのを元手にしての【天崩】(ヘブンフォール)からの【天罰】(パニッシュメント)でほぼ間違いない。それで倒しきれなかったから改良型を求めたか。

 

「雷仙と輪仙は当然に知っていよう、今ならばともかく、あの当時『奥義』に類する技を作るには、円環と電子を操る彼ら無しには不可能であったはず。あと、当時は【怠惰(スロウス)】の力を持つ使い手が多くてな。それを生かす手法は優先的に研究されたらしい。その次の世代からは逆に皆無になってしまい、取り戻すのに苦労したというオチまでついたがな」


 そうか、双仙は大昔から生きているという話だったっけ? もしかして……あの過去の映像で、雷撃バチバチやってた男、あれ当時の雷仙か?


「そしてそれらの奥義は、ファスファラスにおいては、戒めと共に存在を後世に伝えられた」

「戒め?」


「今そなたが得たものを含む古代の奥義のいくつかは、必要とされる時に間に合わなかった。間に合ったものさえ、必要とされるべき時に使えなかった。そして次に必要となった時には、既に使える者がいなかった」


 よくある話のように聞こえる。だが、よくあるからこそ、戒めとして引き継いだのか。


「……魔人は長寿ゆえ、ついつい、課題を後回しにしがちだ。そのための戒めよ。予測できたはずだった。間に合うはずだった。生かせたはずだった。そのために生じた犠牲を決して忘るべからず、と、王家と護法騎士、そして大公家にだけは、古代の知識が伝承されている」

 

「ふうん。……それで、これらをどう使ったら、あの霊獣たちに勝てる?」

「それはだな……」

 

 ・

 ・

 ・


 そして説明されている途中で、どこからか男の声が響いた。


『すいません、アゲハ様。思ったより時間が過ぎています。残り時間はあまりありません』


 最初にロイに死後の世界とかいったのと同じ声だった。


 見ると少し向こうの通路で一礼している姿があった。髑髏ではない。骸骨たちもいない。あれはどうやらロイをからかっただけらしい。おのれ。


「ああ、済まぬな隠者(ナヴァ)。……まあ、だいたいは分かったな? あとの詳細は『神樹』に聞け。『光陰』とも連携せねばならんだろうからな」

「わかった」

「気をつけるのだな、従者達を鎮めたら、できるだけ早く回復してもらえ』

「どういうことだ」

「その奥義を得ても、人の身のままであれらに無傷で勝つのは、無理とはいわぬが難しい。そして暴走する可能性があるのは、あれらだけではない。まあ、おそらく『あやつ』が間に合うとは思うが、念のためだ」

「誰だよ……それで、もう俺に用はないのか?」


「私にはもうない。しかしそなたはまだここに用があるであろう」

「用? 知らんぞ」

「今現在の話でなく、未来の話よ。ここにそなたは縁を得た。いずれそなたには、ここの記録が必要になる時がくる。だからこそ、あやつはそなたにそんなものを貼り付けたのであろう」

「あやつ? 貼り付ける? 何を、どこに?」


「ここへの通行手形だ、そなたの魂に張り付いておる。だからそなたはここに生きたまま繋がったのだ。そなた、最近魂だけで龍脈に迷い込んだであろう?」

「はあ?」


 記憶にございませんが?


「タテハの子孫の仕業よ。ペタペタと、よくも無造作にやったものだ。私の生前の技術ではそんなことは不可能であった、二千年の間に進歩したものよな」

「タテハ?」

「私の姉だ。魔人王を継いだ」

「……王族でしたか」


 グリューネらの反応からして、高貴な身分だろうとは思っていたが……。それに通行手形? 俺、魔人王(?)に何かされたのか?


「本来、魔人王の一族は、継承者を一人しか作らぬ。例外は六千年の歴史で二回のみ、双子が生まれた時だけだ。私はそのうちの異端の一人でな」


「継承者が原則お一人のみ? ……失礼ながら、普通は王侯貴族ともなれば、血筋を絶やさぬように多くの子をお作りになられるものなのではありませんか?」


「くく、今更とってつけたような礼儀など要らんぞ? 普段の言い方に戻るがいい」

「……そりゃどうも」


「詳しくは言えぬが、魔人王の一族に御家断絶の心配はない。ゆえに継承者は一人だけが原則なのだ、複数いると逆に困ったことになる。そのため私は国を捨てることを選び、大陸を彷徨い、大陸で死んだ。死んだのだが……まあ、あのような事になって、魂は今も彷徨っておる。今の外にいる私は、かれこれ17代目になるな。ゆえにここには、この私を含め16冊の私の本があるわけだ」


 女の周囲に、十数冊の本が浮かび上がる。


「なんでそんなことに、解除できないのか?」

「まだ目的を遂げておらぬからな」

「目的?」


「うむ。本来なら、ありえないことなのだがな。そなたの如き者をみると、希望があると思えた。礼を言うぞ」

「??」


「そなたの魂は、かつて在った先代の救世の英雄ととてもよく似ている。だから先程そのページも読めたのだ、許される誤差はほんの僅か、一厘でも魂が違うなら直接読み込むことはできぬ。変換もなく、そのように加工されたのでなく、そのための霊威もない、天然の状態にてそれが有り得るならば、私の願いも不可能なものではないということよ」

「……つまりそれは、会いたい魂がある、と?」


「そうだ。私はあの者と再び遭うために、禁断の力を起動し、永遠の輪廻に縛られた。今の私が、既にあの誓いを覚えておらずとも、いつの日か約束は果たされる可能性はゼロではない」

 

「その……人か? その人の記憶もここにあるんじゃないのか?」


「記憶はそれだけでは記録に過ぎぬ。魂を伴わなければ意味がない。どちらが欠けても駄目だが、より本質なのは魂のほうであろうな。器は……まあどうでもよい、想いを交わせるなら異種だろうと構わん」

「そういうものなのか? 正直、今話していてもとても生きていない人形とは思えない」

「そういうものなのだ。これはむしろ、魂を失った者にしか分かるまい。今この本である『私』は、そなたのと会話のために偽の魂と呼ぶべきものを埋めこんで動いているのだが、本来の魂でない、との違和感はなかなかに激しいぞ。さっさと眠りたいところだ」

  

 ……本来の魂でない、か。あの七英雄たち……。


「そう、そなたらが対する幻妖も同じだ。これは己ではないという空虚感に苛まれる人形よ。せめて慈悲をもって鎮めてやるとよい。それが【救世】の力持つ者の天命であろう」


 かつて倒した、レクラークの愚痴が思い浮かぶ。ある意味で、哀れな──。


「そうだな、傲慢にもそれを哀れと見なすなら、いずれそなたは、神に弓引くことになろうよ」

「なっ……」


「それが人の罪、人の業を背負う救世の力の宿命。この世界の『本来の神』は、その業を認めぬゆえな」


 ……この力が、なんだっていうんだ。


「私が、こんな偽魂を用意させてまでそなたに遭ってもよい、王族に許された閲覧権限を使ってもよいと思ったのは、この興味と、向こうの私のやらかしのためと、あと一つある。そなたには、私とあの者との子孫が世話になっているからな」

「誰だよそれ」


「血筋としてはもはや余りに遠い。数十代を経て薄まりきっておろうが、あの子はどうも先祖返りで私の因子が強くでてしまったようだ。だから人間なのにあの瞳をもって生まれてきた」


 女は艶やかに笑い、水色の瞳が蒼く輝いた。


 ……そうだ、道理でどこかで見たと思った。


 漆黒の髪に、この瞳。

 たぶん、あいつがもう少し大人になったら、目の前の女のようになる……。


「これも何かの縁、何らかの天命があるのであろう。あの娘のこと、どうか宜しく頼む。……さらばだ、若き救世の主よ。そなたの行く道に、幸あらんことを」


 その声を最後に、魔女の姿は消え去り、古ぼけた本のみが椅子の上に残された。


 ついで周辺の図書館が消えていく。いや、ロイの知覚のほうがおかしくなっているのか。やがて、何も分からなくなった……。


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