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第14話 絶対に負けられない戦いがそこにある?

 夏休みに入り、皆と協議して1日だけニンフィアへの帝都案内の日を作ろうということになり……その当日がやってきた。


 男どもが学校前で待ち合わせていたところに、女性陣がやってくる。


 ニンフィアは髪を結い上げ、深めの帽子と伊達眼鏡をかけ、ちょっと濃いめの化粧をし、帝都の女の子としてはありきたりの服装をしている。学校のものでも遠目では例の新人だとは分からないだろう。ただ体型でバレるかもしれない。うん。恥ずかしそうにしているのが可愛い。


 そしてその隣には、膝まで伸びた黒髪をおろした水色の瞳の、ロイの見たことのない少女がいた。いや見たことはあるがこんなのは見たことがない。ロイが知っている私服の彼女は髪をおろしたこともなかったし、もっと少年っぽくてぶっきらぼうだったから。


(マジで、綺麗ではあるんだよなあ……)


 ちょっとまじまじと見てしまって、横を向かれてしまった。むう。


「はー、だいぶ印象変わるもんだナ」

「油断はすんなよ」

「護衛はしっかりお願いね」

「アノ、ワタシー、キョウノ、シーラ、デス」

「了解、シーラね」


 一応名前を変えておこうということになったのだ。まあ気休めだけど。


「とりあえず定番だけね。この士官学校が帝都の北西部ー。まずそこから南東へいって、中心にあるのが帝城ー。そこから南にいって帝都で一番大きいハイテン商店街があって、その先にルイシェン湖。ここは眺めがいいよー。あとほんとは博物館とか色々あるけど、時間的に無理だから湖終わったら帰るーいいー?」

「まあそんなもんか」

「ハイテン行くついでにルンガ道場によりたい、師匠にひさびさに挨拶もしたいし」

「ロイの師匠って、『黒虎』ヴェンゲル?」

「その二つ名師匠に言うなよ、意識刈られるぞ」


 ロイの纏勁は、実家近くの道場で学んだものだ。そこの道場主が、『黒虎』の異名で知られる男だった。


 なぜ黒虎なのかというと、まず相応の実力があるうえに、黒髪で額に虎がそうであるように王の字の傷跡があるからだ。ただこれは本人にとっては不覚をとった時の傷らしく、敢えてそれを強調される異名を聞くと不機嫌になるのだ。


 そうしてまずは帝城に向かう。

 煌星帝国の帝城は、星を(かたど)った作りになっており、円形に掘られた掘と、それに内接する五芒星の城壁によって11の区画に分けられている。


 そして五芒星外のうち北以外の4つの区画は帝国臣民に開放されていて、帝国の威信を示す博物館や図書館に植物園、立派な池つきの大庭園などが広がっている。ただし入るには相応に金をとられる。その金額は学生には結構厳しく、外から眺めるしかなかった。


「キレイ、ニワ、タテモノ」

「金があればちょっと入ってみたい」

「西方じゃ、学生とかには図書館無料開放してる国もあるらしいナ」

「なんて羨ましい」

「ないものねだりはやめよーあぶないー不敬罪ー」


 なお外側の最後の北側の区画はいわゆる後宮(おんなのその)である。学生には縁がないはずのところだ。そして五芒星内部が城本体となっている。これらは許可された者しか入れない。


 城壁の向こうに塔のように見える構造体が六つ見える。上から見ると綺麗に分割されているらしい。中心の一番高い七輪星塔が皇族の居住区画であり、原色と金銀に彩られた豪奢な見かけになっていた。曲線を多用した、実用性より見かけ重視の城なのだが、肝心の見かけ、特に色彩については評価の分かれるところだ。


「……おシロ、アノ、スゴい?」

「まあ凄いとは思う」

「立派だけど、改めて見ると正直ちょっとくどい気はするんだよね」


 原色と金銀を多用―――よく言えば絢爛豪華、悪くいえば悪趣味で装飾過多。これは初代皇帝の好みがそうであっただけで、歴代の皇帝にはこれを嫌がって普段は帝城でなく質素な離宮を居と定めた人もいたらしい。


 ……ちらちらと視界の影に黒い何かが見えた。


(……後ろからつけてきてるけど?)

(……ここしばらくずっと昼間は学校内にいたけどね、あの人)

(微妙に隠れるの下手だよねあのおっさんー)

(仕事なんだ、見なかったことにしとけ)

(監視役も楽じゃねえよナ)


 帝城の回りを半周して、南方のハイテン商店街へ向かう。城に近いあたりは立派な建物の食事処や服飾の店、つまり貴族や役人御用達だが、南に行くにつれて雑多な喧騒のある庶民向けの雰囲気になっていく。


 大通りの左右には無数の布屋根の出店が立ち並び、人通りも多い。色々な食べ物の香りが食欲を誘う……が。


「裏通りには行くなよ、結構ヤバいからな」

「分かってる、表だけさ」

「まあそれな、あまり女の子が行くとこじゃねえわナ」

「私はともかくシーラはね」

「あと掏摸(スリ)に注意な。他の場所からきたやつはよくやられる」

「……タクサン……ゲンキ、ミンナ……」

「シーラ?」

「……ゲンキ、イイコト」

「そうだな……」


 少し寂しそうに見える横顔が何を考えているのか、ロイには気になった。もう会えない昔の人達のことを思っているのか、それとも……。


 そしてちょっとばかりのおやつとして、揚げ団子を買って食べながら、ロイ達は商店街を抜けた先にある建物を目指した。ルンガ道場。ロイが子供の頃から鍛錬している場所だ。


 木造の道場はそれなりに流行っているようだった。中からは多数の人間の、呪文や掛け声、そして打撃の音が聞こえてくる。入り口の近くにロイより少し年上に見えるガタイのいい青年がいた。


「なんだ、今は新人は募集して……なんだ、ロイかよ」

「お久し振りっすエドさん」

「士官学校のほうはどうなんだ、こいつらは仙霊科か?」

「そ。夏休みに町歩きをしてます。学校のほうは、まあぼちぼちやってますよ。師匠は?」

「向こう。しーはーんー、ロイがきてますよー」

「……あー? ちょい待て、今いく」


 野太い男の声がして……しばらくするとその声に相応しい巨漢が現れた。鉢巻をしているが、その隙間から二つ名の由来の傷が少し見える。


「おう、ロイ。しばらくだな、学校のほうはどうだ」

「ぼちぼちですよ」

「まあお前の腕なら、これ以外は問題あるめえ」(頭をつつきながら)

「……そっすね」

「そこは俺も教えられねえから、なっ!」


 不意打ちで放たれた拳をロイが一歩前に出て受け止める。周りで見ていた弟子たちも平然としていた。この師匠はこういう挨拶を好む男であったし、ロイは若干14歳にして、それに対応できる者と見なされている。


「よし鈍ってねえな」

「鍛錬は毎日やってますよ」

「それが大事だぞ、忘れるな。……お、リェンファちゃん、今日は一段と綺麗だな」

「ヴェンゲルおじ様もお元気そうでなによりです」

「かー、ほんとあいつには勿体ない娘だわ……こっちは?」

「学校の同期。この娘はシーラっていうんだ。外国出身でまだこっちの言葉がうまくないんだ。今日はこの娘に帝都を案内してるところ」

「エート、シーラ、デス、ヨロシク」

「おお、よろしく……(二又か?)」

「(ちちち違うって)」

「??」


「まあ元気そうで何よりだ、最近少し変だからな」

「何かあったっすか」

「やれ竜が出たの、幽霊みたいな白い影が夜な夜な堀の辺りに現れるだの、妙な噂があってな」

「はあ……」

「ま、お前らには関係ないか」


 すいません少なくとも竜のほうは思いっきりあります。とロイは内心苦笑いする。 


「じゃあ、今日は顔を見にきただけですから」

「あー? 一回組み手やっていけよ、もちろん『力』なしで」

「しかし……」

「まだ時間あるからいいんじゃね?」

「顔出して何もしないのも何だし、やっていったら?」

「俺らにも参考になるかもしれんしナ」

「ロイ君の、ちょっといいとこ見てみたいー」

「はいはい、分かったよ」


「よっしゃ。リンフー! ちょっと来い!」

「うーっす」


 道場の奥で布巻に対して蹴りを入れていた大柄な男が返事をして、こっちにやってくる。


「見ない顔ですね、新人ですか?」

「お前が入学してから入ったやつだからな……(ちょっと鼻っ柱折れ。俺じゃなくてお前のほうが効果ある)」

「了解っす」


 近づいてくると、かなり鍛えている体なのがわかる。リンフーという男は20歳くらい、おそらくは既に腕っぷしに頼った職についていて、さらなる向上のために道場に通い始めたのだろうと見てとれた。


「あの人、父さんところにいたわ」

「…………あれ? リェンファさん?」


 リンフーのほうもリェンファの姿を認め驚く。リンフーは帝都警備隊の一員、リェンファの父ポンジュの部下だ。リェンファは、父親の若い部下たちからは、アレが父親でなければ割と真剣に相手として考えたい……と思われているのだが、本人は知らぬが花であった。


「はい」

「なんでここに?」

「父はヴェンゲルさんと友人ですし、私も時々ここにきます。あとは学校の同期の友人がここの門徒なんです。今日はその友人らと街を歩いてまして、久しぶりにここに挨拶に。あ、その友人があっちの……」

「……同期、友人、ですか」


 リンフーの背中から何かが立ち上るのをウーハンたちは見た。


「……リェンファ、ちょっと煽るのやめ?」

「え?」

「絶対に負けられない戦いがそこにはあるっぽいー?」

「意味が分からないんだけど」

「駄目だこいつらもしかして似た者同士だったのかヨ」


 ロイとリンフーが向かいあって、一礼し、組み手が始まる。リンフーはやけに気合いが入っていて……睨み合いながら唱える纏勁の呪文も、少し声が大きかった。そのリンフーに対して、ロイは顔一つぶん以上低く、間合いと体重の差は歴然としていた。普通なら勝つことは難しい。


「カラダ、スゴイ」

「そうね、どっちもムキムキよね」

「あれを見ると僕ももう少し鍛えないといかん気がしてくる」

「何言ってる、最低でも腹の肉は割らないと士官学校生失格だゾ」

「分かってるんだけど、なかなかね……」


 風貌からして優男なレダは、実のところなかなか筋肉がつかないことを気にしていたのだった。


 そして向かい合う二人はお互いに軽く構え、とんとんと跳ねて時機を測りつつ……まずリンフーが仕掛ける。手始めに、長い間合いを生かして素早さ重視の直突きを……放った瞬間、ロイの姿が消えた。


「!」


 気がつくとリンフーは天井を見ていた。


「……あ?」


 何があった……と立ち上がろうとして、ふらつく。最初の突きが完全に読まれていて、下に沈みこみつつ合わせられ、顎をやられて脳を揺らされたのだが、やられた本人にその自覚が無かった。


「馬鹿野郎、今のじゃ分かってねえだろあいつ。もう少しわかるようにしてやれ」

「……えー、わかりましたよ」


「……ロイ、ツヨい? モシカシテ」

「強いわね。昨年からはこの道場であいつに勝てるのヴェンゲル師範しかいなかったはずだし……仙力ありなら師範より上」

「ほんと天才だよな」

「激しく嫉妬ー」 

「才能ある上に毎日早朝から朝練してるっしょ、逆立ちで中庭回ってんだぞ、真似できねえヨ」

「この間の近接組手じゃ、学校でも一、二を争うグレイソン先輩ですらあいつに勝てなかったしな、つまりあいつ近接なら学校最強」

「下手すると教官含めてかもしれないね」

「膝に矢を打ち込もうー」

「いうて遠距離過ぎると矢でもかわすだロ、やっぱあいつ相手にタイマンは厳しい」


 再びの対戦。リンフーは今度はより慎重に攻撃を仕掛ける。纏勁の加速度合いを切り替え、敢えてゆっくりとした攻撃を何度か行い、攻撃を誘い込もうとした。大振りを避け、小さい突きを繰り出しながら間合いを測る。


 その動きもロイにとっては分かりやすい。抑えた速度に慣れさせ、加速度合いを突然変えて、全速力で攻撃するのは纏勁の定石だ、そして定石でしかない。しかも上半身向けの牽制ばかりやってくるとなれば、どこを狙っているか言わずとも言っているようなものだ。


 そうして十数回の誘いや小技を経たあと、敢えてロイはそれにのってやり、軽い前蹴りを放った……瞬間、リンフーは加速を切り替え、ロイを押し倒そうと蹴った足のほうに手を伸ばしつつ突進(タックル)を仕掛けた。


 ロイは片足だちになっており、普通なら掴まれ押し倒されるのは避けられないはずのところを……リンフーのうなじに手刀が叩き込まれる。中途半端な体勢からでも纏勁による一撃が急所に決まれば……ロイの脚に抱きつきながら、今度こそリンフーは完全に気絶した。


「へんじがないただのぞうひょうのようだー」

「完全に読まれてんでやんの」

「相手が悪かったのよ」

「纏勁の使い方だよね、ロイ相手に加速系は悪手。絶対あいつのほうが速い」

「あの体格なら、防御よりに振って持久戦のほうがまだ戦えただろうナ」


「まあいいか。終了。礼!」

「はい」

「だが(おご)るなよ、お前より速いやつも世の中にはいるからな」

「分かってますよ」


「ツヨイノ、スゴい」

「……そうね。そこは、ね」


 そしてルンガ道場を辞した一行は、帝都の南にある憩いの場、ルイシェン湖公園のほうに向かった。そこで出会うものを殆どの者は知らないままに。

12/28 表現微修正

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