第134話 災厄の枝と貪る枷
「!?」
流石のシャオファンも、何が起こったのか理解できなかったのか。一瞬動きが止まり……彼はそのまま、足元に現れた輝き……煮え滾る溶岩沼に落ちていく。
「これは……!」
──そうか。
ロイは何が起こっているか、何となく分かった。
崩仙の仙力が、他人の仙力、魔術の破壊であるならば、考えられる対策は限られる。
一つは先日食らった世の理の隙間を通すような技、しかしあれは今回は使えないという。
二つは単純に一切の異能に頼らない武によって制すること。しかしこれは、存在自体を異能に頼るらしいルミナス達には難しいのだろう。おまけに相手はその状態で自分だけは奇跡を使ってくるのだし。
三つは異能の余波をぶつけること。直接の仙力、魔術が効かないならば、それらによる間接的な破壊をぶつける。
例えば石を上空に異能で持ってきて、自然落下させる。その石がぶつかったところで、異能には直接関係ないはず。
しかし崩仙の力は、宝貝の助けによりそうした間接的打撃にも有効だった。
そこで今ルミナスがとったのが四つ目の選択………力業。飽和攻撃だ。
仙力や魔術による連続攻撃を仕掛け、相手に考える余裕を無くさせる。そして飽和させる対象は、奴本人の異能というより、認識能力と宝貝だ。
とにかく全力で奇跡を破壊させ続け、その最中に、奇跡が破壊されたことを引き金に発動する罠を仕掛けた。これみよがしな魔導具(?)による攻撃は全てそのための布石。
密かに何らかの手段で地下に溶岩の池を作り、魔術か仙術によって表面を維持する。
(グリューネが「地形・溶岩池/Lava pond」にて火種を形成し、そのまま地下を溶かす。……さらに魔術『停滞』による時間固定により、表層直下の薄皮一枚を保持)
ついで弓という手持ち飛び道具を呼び出して、己自身を囮にして相手が懐に踏み込んでくる状況を作り出す。
さっきから火の術や火薬の武器を多用し、さらに激流で地面を冷やしたのは、地下の溶岩の気配を誤魔化すため。
さらに、炎の術なら「混ざった」としても判別しにくいだろう。それが奴の仙力が通じる超常の炎か、普通の炎なのか判別できなくなれば、とにかく片っ端から特性付与の宝貝を起動せざるを得ない。
そうして大地の表面に術を使う。シャオファンは己に向けられた攻撃を打ち消そうとして……己を支えていた蓋自体も消してしまった。
だが単に地獄に落ち込みかけるだけなら、シャオファンなら対処できる。十岳仙ともなれば、身にまとう宝貝は一流のそれ。
「っ……!」
『宝貝・地竜蹄靴・起動『覚竜飛翔』』
シャオファンの靴の宝貝が光を放ち、風を纏って飛翔の力を作り出そうとする。
だからそうして地獄の釜から抜け出そうとしたシャオファンに対し、ルミナスは間髪入れず仕上げにかかる。
「さあクソ仙人!」
ルミナスの表情が暗い凶相となり歪む。怒りと愉悦、そして疲労。先ほどからの力の連発、そしてこれからやることは護法騎士屈指の力もつ彼女をもってしてもかなり苦しい。
だが、彼女のような立場のものは、とにかく侮られてはならない。ゆえに──
『偽兵器・小型燃料気化投擲弾・選択『XM203
with Thermobaric Grenade 40mm』
『偽兵器・多連装重火力投射システム・選択『TOS-24A Thermobaric 220mm 24missiles』』
『偽宝貝・九竜神火罩・起動『炎籠封滅陣』』
気化爆弾。炎を生み出し酸素を焼き尽くし窒息をももたらす兵器に、炎の牢獄に封じ込める宝貝を重ねた範囲攻撃に加え──
さらに銀の腕が、形を変え、細長く伸び、ねじくれて……奇妙に歪んだ燃え上がる杖がそこに顕れる。
「いってこい大炎界!!」
『偽地神器・災厄の枝・定常駆動・構成・『灼熱天獄』』
地神器レーヴァテイン。
それは世界を焼き尽くす災厄の欠片の力を与えられた、最強の地神器。
無論本物ではない、本物は南方大陸にて竜王の一柱の封印に使われている。
だがそれが【想起】による仮初めの現界であっても、駆動として低段階であっても、神器による奇跡は王器とは訳が違う。
本来【想起】では神域の力……『神器』の再現は不可能だ。それが聖霊無き地神器であっても、仮に神器としてピンキリのキリのほうであってもだ。これは龍脈が出現させる幻妖たちもそうだ、王器は再現できても神器は再現できない。
それが曲がりなりにも叶うのは、ルミナスの半身が原初の神砂と呼ばれる神遺物、神器の核となる宝珠と同じ物質からできているがゆえの反則だ。彼女はそのために造られた魔導サイボーグ、古の奇跡の代行者である。
その彼女にとっても神域への干渉は容易ではない。だがそれでもやらねばならぬ。護法騎士に敗北は許されない。護法騎士たちが時に嘯く、騎士の本懐とはナメられたら殺す、という玩笑は強ち間違いではない。
GOOOOOOOOOOO!!!!!!!
「!!」
溶岩沼とその上空の空間が、一瞬にして蒼く燃え上がった。
「……がっ……」
「うわわわわっ」
ロイたちは眩しさに目を閉じ、掌で目を隠す、しかし光はそれすらも貫いて視神経に突き刺さってくる。
さらに防御結界ごしの余波の熱だけでも熱い、火傷、いや本当に燃えそう……となったところでグリューネが防御結界を強化。光熱を弱め、酸素を保ち、皆を守る。
「……ほんとに、あの子は、もう!」
ぐふっ……。
再びグリューネは吐血する。やりすぎだ、ルミナスにはすぐに周囲が見えなくなる悪癖がある。だから同胞殺しなどと呼ばれて同僚からも嫌われるのだ。
急いで防御したが、正直かなり辛い。だがこれは余波ですら人間を骨まで焼き尽くし、焦げ痕に変えるに足るような代物だ。全力で守らねば全滅する。
そして余波どころか炎獄の最中に取り残された崩仙の身を守るものはない、守ることなどできない。
その炎は単なる炎撃にあらず、熱風にあらず、溶岩にあらず。領域そのものを灼熱の世界に塗り替え、地上に太陽を呼ぶ神の権能の一つ。
「……消え、ぬっ……!!!」
崩仙の体が苦悶に歪み、炎の奥底に落ちていく。
これがただの魔術、仙術によるものなら、あるいは王器や宝貝によるものならば、彼の仙力は術自体を易々と破壊できただろう。壊せば壊すだけ、回復もしただろう。
だが、神器によるそれは存在強度の桁が違う。神器は文字通り『神の宿る器』だ。人間が考えている以上に、神器という存在に宿るモノは強く重く古く、他の魔導具とは隔絶している。
古代龍種によって創られてから少なくとも数千万年、ものによっては億を超える年月を乗り越えてきた存在。銀河を支配した龍種にとってさえ秘宝であったもの、それを元に作られたのが神器だ。
まして今回の『災厄の杖』は、破壊において最強クラスの一角である。矮小なる人間種が使い手であっても、国を、いや大陸すら焼き尽くせる力を発揮する。
それを一端だけとはいえ、小さな穴に圧縮しての発動だ。その炎の色は赤を超え白を超え蒼く、いかなる物質も瞬時に蒸発しプラズマと化す超高熱。
だがそれでも、これが神器の力だけなら、崩仙はそれすら破壊できたかもしれない。回復はしないとしても、壊すだけなら。【純潔】は根源に近い最強の仙力の一角であり、彼はそれを極めた仙人だからだ。
だからルミナスは、魔術だけでなく、仙力だけでなく、兵器だけでなく、神器だけでなく。質と、量と、種類と、全てを兼ねた環境を作り上げた。
例え己の周りの炎を壊して遮ったとしても、世界自体の熱さは変わらない。既にそこには先に溶岩の沼が作られていたからだ。それは既に現実であり、全てを幻だと偽るための宝貝に過負荷を強いる。
それでも何とか、上下左右前後、己を取り巻く環境全てを偽り続け、破壊し続け、皮膚と肺を蝕む熱風を止めたとしても。そこに呼吸できるだけの酸素は既になかった。酸素を奪う化学兵器と炎竜の牢獄に吸い取られていく。
呼吸ができない、それは仙力、仙術にとって大問題だ。正しい呼吸と脈拍の制御こそ霊力を汲み出す基礎。息を止めたままでは効率は大幅に悪化する。
そして、例え周りの溶岩を消したとしても、それでは足が踏みしめる大地もない。地に足がつかない状況、これも霊力の練り上げを阻害する。
さらに例え風を操り飛べるとしても、自ずと燃え上がる大気は人の操作を受け付けない。そこを操作するには相応に大量の魔力か霊力が必要だ。
この灼熱天獄は人の法を超越した世界、奇跡無しに存り続けられる人間はいない。
だが、なけなしの力で空気や大地を作り出したとしても、飛翔しようとしても、それらの術は放つそばから世界に呑まれ消えていく。今ここでは炎海こそが「在るべき自然」なのだから。
宝貝・地竜蹄靴は王器に匹敵する一流の宝貝ではあるが、流石に神器の作る法理に抗えるほどではない。
「っ……!」
ピシッ!
そうして腕輪の宝貝・夢現転封輪、こちらもついに過負荷に耐えかねてヒビが走った。
偽りを押し付ける力が急低下し、5を数える前に崩仙の衣服が足のほうから炎上し始めた。あと5つも数えればそれは上半身におよび、やがて彼の肉体が燃えあがろう。
「かっ……」
神器による干渉は世界を塗り替える奇跡。それに抗い続けるには、単なる奇跡の無効化だけでは足りない。消すだけでなく、逆に塗り替え直す必要がある。
「──しかたがあらしまへん」
この状況で、それをなしえるものがあるとすれば。
「──出番どすえ。お食べよし」
『地神器・欺き貪る枷・定常駆動・構成・『沼狼聖餐』』
同格か、それ以上の存在のみ。
今回は数が少ないので活動報告でなくこちらで解説。
Thermobaric Grenade、サーモバリックグレネードは燃料気化爆弾の一種で、歩兵用武器としては最大級の爆発力もさることながら、同時に周辺の酸素を燃やし尽くす窒息特性が凶悪な対生物向け兵器。
次のTOSは、どこぞの国の言葉でтяжёлая огнемётная система、重火力投射システム。戦車に、これもサーモバリック弾頭の24連装ロケットランチャーを搭載した移動式殺戮兵器のこと。
こんなものが連発されれば、周辺も当然地獄になる。その後の神器の発動を含め、崩仙が威力を弱め、グリューネが守らなければロイ達も全滅しているところだった。なおルミナスはファスファラスでは同胞殺しとか、殲滅者とか瘋狂ピエロなどと呼ばれている。
九竜神火罩
封神演義にて太乙真人と哪吒が使う宝貝の一つ。相手を籠に閉じ込め、そこに九体の炎の竜を呼びだし焼き尽くす。当たれば死ぬ、まさに必殺の宝貝であり、そのためか何らかの手段でかわされてしまう描写が多い。
マーレボルジェ
逝ってこい大霊界。ダンテの神曲における地獄の下層、第八圏にある地獄の一つ、灼熱地獄。ここに送られた罪人は悪魔によって灼熱の煮えたぎった瀝青の海に沈みられて苦しむ。ここの一つ下が所謂地獄の最下層、氷結地獄コキュートス。
レーヴァテイン
北欧神話の災厄の枝。杖、あるいは剣。世界樹イグドラシルに住まう神鳥ヴィゾーヴニルを殺せる唯一の武器であり、雷神トールの雷鎚ミョルニルを超えるために作られたという。フレイないしスルトの剣とも言われ、ラグナロクの時に使われるとも。この世界におけるそれは、複数説の合体版での再現であり、複数の形態を有し、とにかく攻撃面に優れる。
神遺物
作中の一般的定義:現代の人間には解析できず、作り方も分からないが、何らかの強力な魔力、霊力を宿す物質や道具など。王器、神器が該当する。
作中の一般的でない定義(西の島上層部など):古代龍種が己の種族の遺骸を霊威で加工して作った超常物質のこと。形態によって「神砂」や「神鉄」、「神珠」などと呼ばれている。王器の核にも微量ながら含まれている。神器の核はむしろこれのみでできている。
グレイプニル
北欧神話でラグナロクのその時まで、沼地の狼フェンリスールフル、あるいはヴァン川の怪物ヴァナルガンド、一般にはロキの子フェンリルと呼ばれる怪物を縛り付け食い止めている紐、あるいは足枷。
グレイプニルは「猫の足音」「女の髭」「岩の根」「熊の腱」「魚の息」「鳥の唾液」から作られているとされる。これらは、グレイプニルの材料となったために、この世に存在しなくなったという。
グレイプニルとは古ノルド語で「欺くもの」「貪るもの」「絡みつくもの」など複数の意味を持つ。その逸話から作られた地神器グレイプニルは、強力な吸収能力、能力強奪、能力封印、エネルギー変換、物理拘束などの力を持つ。
年内にもう一話更新できるかどうか。ちょっと厳しいかもです。




