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第130話 これ魂抜けてるんじゃ

 それからさらに数日が過ぎた。


 一応一次試験が合格したらしいロイは謎の奥義で結局気絶したが、一晩寝ると回復した。本気でやると人間なら普通にそのまま永眠する技らしいが(おい)、手加減したらしい。


 え? リェンファが覚えたばかりの仙術使って気絶した俺をつんつんしていた? 突かれるたびに俺が謎の絶叫を? ……記憶にございませんね。



 だからヴァリスよ。



 「後の事も教えずに〈神音〉なんか撃ち込むじゃありませんわこのクソボケ!」

 「いや手加減はしたから! そりゃ普通に撃ったら人間なんて魂砕けて抜け殻になるけど、ちゃんと残ってるでしょ、大丈夫だったでしょ!」

 「常人だったらその手加減でも致命傷ですわ、この子でももう少しで再起不能の廃人になるところでしたわ!」

 

 ボコボコドゴボコッ!!


 「……全く。……折角ですのであなたの訓練を今のこの子でやりましょう」

 「え、あ、はい」



 「……〈念灸〉……せいっ!」


  「ウ……ア……」


    なんだ……だれかに……さわられて……


 「少し効果がありました?」

 「ええ。次はここを試してみましょう」

 「はい。よいしょっ」


  「ホゲエッ!?」


    いたっ


 「あれ、間違えた!?」

 「これくらいは構いません。次はこちらの経穴をこの角度でえぐり込むように撃つのです」

 「よし」


  「フガ」


    とくに なにも


 「……あれ?」

 「もっと強く!」


  「ヒギャッ」


    ドクンドクン


    なんだ からだ あつひ


    ムクムク ギンギンッ!


 「……ん? あっ」

 「やりすぎましたね。おやこんな所が元気に……ちょっとコレ抜いておきますか?」

 「いえ、あの、その、見なかったことに」

 「ああ、あなた達、まだでしたか、失礼。ではコレは私が踏んで萎えさせておきます」

 「えっ?」


 ドスッ!


  「ヒギィ!? アッ……」


    ピクピク……


 「あら? 潰したりはしてないのですが」

 「わ、私のせいじゃないからねロイ!?」

 「仕方ありませんね……この際なのでもっと深い所までやりましょう。ちょっと木偶(でく)状態にしますね。ここの経穴です」

 「えっ」


 ブスッ

  

  「………アッ」


    ガクッ


 「この状態であれば強めにうっても大丈夫です」

 「あわわわわ……」

 「これをこうやって……」


 グキッ


 「ちょっ、待ってください、今、口から霊気の塊が、これ魂抜けてるんじゃ」

 「ん? 間違えたかしら?」


  ・

  ・

  ・


 

 ……とか、起きた時リェンファが赤面してても俺は気付いてないし聞こえてないし何も感じてないからね、いいね!? 俺の名誉のために!


『アッハイ』




 次に二次試験ということで、鏡像魔力とやらを使って魔術を無効化する訓練をやっている。最初にやり方の説明を受け、実際に魔術を壊せるのは分かったが、その後の訓練はいきなり難易度が跳ね上がった。


 まずは鏡像魔力を魔法陣の中心に叩き込まねばならない。そのために遠距離に向かって魔力を投射できるようになるのにかなり手間取った。


 なんとか、魔力を回復する謎の汁2号の助けを借りてひたすら練習することで、10歩先くらいまで届くようになった……。もう嫌。うぇっぷ。


 次の問題。破壊すべき魔法陣がどこなのか分からなかった。


 普通なら魔術を使うと魔法陣が発動位置に現れる。これは完全には消せないとされていて、魔術戦ではその内容を読み取れると有利になる。


 例えば煌星騎士団の魔導大隊には、看術師(ウォッチャー)という立場の奴がいた。魔法陣の専門家であり、視覚強化や魔力探知の術に優れ、遠距離から敵の使う魔術をいち早く看破して対策を講じる役割だ。


 それもこれも、魔法陣が消えないためである。魔法陣は、まず魔術発動時に術者の周辺に現れる。その大きさは術の規模に比例する。


 そして瞬間的な術なら魔法陣はしばらくすると消えるが、持続時間を持つ術なら、対象となる場所やモノや人などのどこかに小さく持続用魔法陣が現れ続ける。


 優れた魔導師なら陣を見えにくくはできるのだが、特に発動時のそれは、完全に消したり他の幻覚などで覆って隠すと何故か魔術自体が発動しないのだ。


 それを逆手にとって敵の発動時魔法陣を幻術などで塗り潰そうとする対抗手法も存在するが、一流の魔術師ならそうしたものへの対策も術式に盛り込むものらしい。なのでそういう対抗幻術が効くとしたら二流以下だという、まあそれはいい。


 問題なのは、グリューネの放つ魔術の魔法陣は見えなかったことだ。存在していないわけではない。うまく認識できない、うまく捉えられないのである。


「幻覚で塗り潰すのは無しじゃねえのかよ、これらはありなのかよ! わけわかんねえよ」


 そのやり方は色々だった。

 

 まずは体さばきで隠す。術を阻害しない範囲で、背中側など相手に対して体の影になるように発動させるのだ。


 これは巧拙はともかく、道場や士官学校でも教えられる技術だから分かる。ロイも少しは可能だ。まあ、自己強化系は元々発動時魔法陣が小さいし、発動後のものは服で隠れるからこそできることだが。


 次に幻術系術式を併用して偽物を近くにいくつか作ってどれか分からなくする。こちらもよくやられる方法だ。ロイにはできないが。


 これの見破り方のコツは偽物の場合、幻術自身の魔法陣が近くにできてしまうことだ。これが何故か割りと特徴的で、かつ発生が偽物と連動するので、注意していれば分かる。


 ……ただ普通なら幻術で偽物を増やすと発動時間もかなり延びるはずなのだが、グリューネの場合殆ど延びないのは解せない。というか発動全般が速すぎる。


 まあそれでもここまではいい、知っているやり方だ。問題は他のやり方にあった。


 例えばある時は魔法陣は完全に背景と同じ色だった。


 なんだこれ!? 保護色化? 變色蜥蜴(カメレオン)の能力? ……これ、幻覚扱いじゃないのか!? え? 消えてるわけじゃないからいける? カメレオン!? カメレオンナンデ!?


 あと幻術で塗り潰す場合も、特定角度から見て消えていないなら普通に発動するから、その角度だけ解除すればいい、と。一歩ずれるだけでもう見えない? 知らんぞそんなやり方! それ秘匿技術の類だろ。


 他もひどい。例えばある時は魔法陣が目にも止まらぬ速度で動いていた。


 当てるどころか視認もきつい!

 見るんじゃない? 感じ取れ? まだ無理だっつーの、魔力感知すらつい先日なんとなくわかるようになった程度なのに、細かい狙いなんてつけられるか!


 ある時は分裂した。幻術で増えたのではなく、どうやら超高速移動で残像が発生していたらしい。当てようにも同時に魔力を複数投射する技術はまだ覚えていない。


 というか魔法陣が動いてひょいと避ける。これも反則だろ、こんな事できるなんて聞いたことねえよ!


 またある時は、実際の位置とは別の位置に投影されていた。


 どうやら火属性の仙術に、見かけの位置を変える術があるのだそうで。魔術によって同じことをやるとダメなのに、仙術であれば問題ないらしい。なんでだ! 反則すぎる!


「魔法陣の発現は、この世界においては魔術という奇跡に課せられた制約の一つです。魔法陣を観察していれば大体いかなる術か分かりますし、高位魔導師なら魔法陣から術の詳細まで一瞬で分析できる者もいる。そのための魔術すらありますしね」


「制約?」


 あんたみたいな隠し方できるなら制約になってねえよ。


「かつてまだ人間がこの世界に来るよりもさらに何千万、何億年かの遥か昔、この世界が竜人たちの天下だった頃。魔術はもっと簡便かつ強力だったと言います。仙術同様に、熟達者は念じれば一切の呪文なく発動させることができ、発動速度ももっと速く、魔法陣も不要で、消費魔力も少なかった」


 そりゃ便利だな。速くて威力があって疲れにくい。そして昔は皆が魔術を使えたはず。そんな世界じゃ武術や仙力より魔術に頼っただろう。


「そうして竜人達は世界全体に魔術による壮大かつ高度な文明を築いたといいます。無数の空飛ぶ船を造り、山より巨大な城や島を空に浮かべ、あるいは深海の底まで制覇して、あらゆる魔物を従えた」


 空飛ぶ島? お伽話じゃなくて実際にあったのか?


「だがいつしか彼らはそれに驕り、さらなる力を得るため神に挑まんとした。魔術こそが世界の真理、世界の法則であると誤認し、それを極めれば神に届くと考えた」


 まあ、そんな力があるならそうなるな。


「しかしながら。この世界の魔術とは、つまるところ、大地に縛られ、龍脈を維持するための生贄を供給し続けねばならぬ定めの民に対し、せめてもの慈悲として神が貸し与えた奇跡の欠片に過ぎない。魔術とは、魔力とは、『借り物』の力なのです。そこが仙力とは違う」

 

 ……魔術が、冥穴に魂を捧げる代償だって?


「そこで竜人の驕りに怒った当時の神々は、天罰の一環として魔術に制約を加え、弱体化させた。そうした弱体化は一度でなく、歴史上何度もあったようです。何百万年と過ぎると、いくら長寿の竜人でも過去の事を忘れるのでしょうね。何度かの大規模な天罰の果てに、魔術は今の形に落ち着いた」


 念じれば良かったものが、長々と呪文が必要になったり、魔法陣が現れたり……というふうになった、と。


「太古の昔は思っただけで山を砕き海を割れるような使い手が、世界全体で何千といたそうですからね。今なら長々と術式展開が必要で、使い手も五十もいない。これは魔術衰退のせいもありますが」


「いや待ってくれ。逆に言えば今も何十人もいるのか?」


 部隊としてならまだわかる、帝国の三垣師団なら地形変えるくらいやってのけるだろう。しかし個人でなんて、帝国には一人もいない……はず。


「あの幻魔王もそのレベルの使い手ですわよ? 彼の固有魔術は普通に山を一撃で更地にできますわ。私とて、今は消耗していますが、全快していれば可能です。崑崙の双仙もそうでしょうし、ラベンドラの精霊騎士らもやってのけるでしょう。オストラントや聖山、さらに南方大陸の竜人たちにもまだ何人か……」


 そんなこと知りとうなかった。世の中超人が多すぎではないか。


「……ところでその神様とやらは今は?」


「当時の神は既に死して久しい。末裔は今もおられますが、世界に関する権限を我が王に譲り渡して引退されておられますね。そして彼の方々は普段地上にはおられません。今何をどうされているかも存じません。まあ、神々の事はいいでしょう、今あなたが知るべきは魔法陣のことです。これは現在の魔術に不可避で存在している弱点ですから」


 確かに、何をやろうとしているか分かるっていうのは、それだけで弱点ではある。ちゃんと確認できればロイにすらどういう分野のことをやろうとしているかくらいは分かるのだから。


 ただ、弱点といってもなあ。こうも隠蔽されていると無理だろ。


「この弱点から逃れるため、先人は様々な隠蔽技を編み出しましたから。今見せているのは特に竜人が得意とする手法ですね。竜司祭や竜闘士……竜人における聖職者や戦士階級の者なら基礎的な嗜みですわ。当然、あの幻魔王も会得している」


 聖職者に戦士なら基礎的? 待て、それは、その単語の前に高位とか上級とか近衛とかいう言葉がついてるやつだろ、絶対!


 それに竜人か。……そういや、人間ではそこまで隠蔽しようとしてない気がする。士官学校や今まで会った魔術師たちも、隠蔽術を追加してそのぶん発動が遅くなるのを嫌い、先手を取るほうを重視していた。隠蔽に力をいれるのは儀式魔術や魔導具くらいだ。


 しかし竜人の隠蔽術とやらは、余り発動が遅くならないようだ。それならとりあえず隠蔽するのが基本になるのかもしれない。そのあたりは、人間よりも昔から魔術を使ってきたことによる蓄積か。先刻の話だと、大昔は凄かったそうだし。


「正直、今見た隠蔽術を何とかできる気がしないんだが。発動も速いし」

 

 さっきから発動した『風拳』を止められず、食らいまくってボコボコですよ……。


「そうですね。先刻からのあなたの状態を確認させていただきましたが……期待したほどではない。このぶんでは、実用性のある段階に至るには年単位の時間が必要でしょう」

「えっ?」


「実は、先程までの隠蔽術ならば、魔術によって対処可能なのです。こういうものはいたちごっこ気味のところがあり、新しいものが古いものに勝つ。そして幻妖は過去の再現、彼らが修得している隠蔽術は所詮大昔の骨董品でしかない」


 骨董品だから新しいのに勝てないって? いやそれ一般論すぎないか? それに何より……魔術で対処って……。


「しかし、その対策を会得するには、あなたにはこの世界における魔術の素質が思った以上に足りないようです。もう少し普通の魔力があれば可能だったでしょうが……感覚のみを磨いての対処は、不可能ではないはずですが、現在の危機には間に合いそうにないですね……」

「それじゃどうすればいいんだ」


「代替案を採用しましょう。一次試験をあなたはいかに突破しましたか?」


 なるほど。そういうことか。

 

 生憎ロイの仲間に魔術の達人はいない。いや、レダやハーマンなら訓練したらもしかしたらできるのかもだが、彼らにいちいち頼らないと看破できないのも問題だろう。


 ならばここで頼るべきは……『相棒』か。


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