第129話 そういうのはさきにいえ
気がついたときには、既に撃たれ、吹き飛ばされていた。
「! !? がっ ぁ……」
転がり 立ち上がろうと して
耐え難い苦痛に 崩れ落ちる
怪我は ない
だが
何だ これは
……魂?
魂が撃たれ 体が
引きずられ た?
「これは本来、法眼持たぬ凡夫に届く技ではない」
な、に?
「だが汝は既に【妖跳】……時を欺く術を見知っていよう。【幻装】……識を欺く術を見知っていよう。【透過】……現を幻とする術を見知っていよう。そして【重界】……相を重ねる術を見知っていよう。ならばここに至る手掛かりは既に汝の中にある」
おれなら できる と?
「そしてこの技を己が肉にできねば、竜王はともかく龍には届かぬ。グリューネが言うように汝の才は力業に向くが、それだけで届くほど神と運命とは易きものでなし。力はそれを使う智慧なくば生かしきれぬ。特に汝が此処に至れるか否かで、何を救えるかが変わると思え」
竜王は あの邪神 か
龍? なぜ それが でてくる……
「……ふー。〈神心〉状態は疲れるー。めんどくさ。いっとくけど、催眠術だとか超スピードだとか、人間の意識の裏を突くとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてないからねー? 純粋な霊気への理解と習熟が為せる技だよ」
概念は
分かる きがする
だが どうすれば
「でもなかなかシビアだよ。ボクみたいな神砂サイボーグなんてチートを除けば、生身の人間でこれを戦闘で使えるレベルで会得できたのは、ファスファラス六千年の歴史でも10人いない」
むしろ そんなに
いるの、か?
「でもこれができないと、上位神には有効打が入らない。それどころか、あの幻魔王の持つ指輪を貫くことも難しいかな」
ゆび、わ?
「普通の人間なら会得には才能と寿命が足りない。武と仙術に生涯を捧げて、運が良ければ生の終わりの今際の際に辿り着いた気になるくらいの幻、そんな感じの奥義だけど、君なら割と早く身につけられるはずさ!」
『……待って。理解できない。ありえない。待って』
如意棒の中から、ヴァリスの呟きが漏れた。
『人間種って有機生命よね。ありえない。ありえない、それ絶対後天的に会得できるような技術じゃない。その効果は第一階梯の【転回】か【無相】に近い。現象を支配する上位神の御業、霊威、権能のはず』
「霊気術、仙術は元は全て個別の霊威、権能だった。それの中から技術的に可能なものを再現しているだけさ。これもその一つ。この子はまだ会得しやすいはず、根源に近い霊威を複数持ってるわけだし、近縁の霊威も持っている。そこを足がかりにすればいい」
『そんなレベルの話じゃない』
「できるよ? まあ糞燃費だけど。リュースの場合は霊威自体を奥さんズから借りて再現幅を増やしてるけど、あれは少しうらやま。ボクよりこの手の再現にかかる燃費は軽いはず。この子ならもっと軽くやれるだろう、超うらやま」
『だとしても、術として仮想的に再現できるは低階梯の力のみ。今のそれはどう見ても高階梯の霊威によるもの、特に第一階梯たる根源の三十六霊威の再現は下手な神ですらできな……』
「いやあ。低階梯だけじゃないよ。後天的な習得は、可能性ってだけなら殆どの力にあるんだよ? もちろん高階梯のものほど難しいし、生来の力じゃないとほんと糞燃費極まるから、上のほうのは人間じゃ実質会得不可なのが殆どだけどねー、可能性ならある」
『可能性なんてあるはずがない。生命は、魂とその魂魄樹はそのようにできていない。仮想の魂魄樹では必要な霊力に耐えられない。一定以上の奇跡のためには、生来のものしか……』
「そこだよ。君たちならその通りだが、ボクらは違う」
『何を……』
「"おお、必要を語るな! 如何に賤しい乞食なれども、その取るに足らぬ持物の中に余計な何かを持つが人というもの。必要なる物以外を禁じてみるがよい、人は畜生同然のみじめなものとなろう" ……ってなもんさ。血肉に心、持ち物のみならず、魂までそうなのが、ボクらが同朋と定義するところの『人間種』だ」
『???』
「君のような第一次神造生命だとより顕著だね。効率がよく、コンパクトで、極めて高いコストパフォーマンスの生命。無駄がなく、冗長性すら必要なぶんしかない。余りに低い可能性、非効率な構造は無駄として切り捨てたがゆえの完成度。素晴らしい」
『知った風な、口を……』
「霊威で造られた、作り替えられた生命はどうしてもどこかがそうなる。どうも、この宇宙はそういう生命が殆どでね。単細胞生物からゆっくり進化したここの人類みたいなのは極めて珍しい異端なんだなー」
『!? ではここの人類は、意図的にこうなのでなく、天然進化型の知的生命だと? そんな骨董品が、この現代の銀河に実在して……』
「他にもうちのに良く似た人間種がいる世界もあるけど、だいたいが、進化のどこかのタイミングで現地の神の手が入った存在っぽいからねー。見かけは似てても根本がどこか違うんだよね。まあ今のボクが言うのもなんだけど」
『それで、何故後天的に高階梯の力を会得できるのです? 天然進化だからできるなど……』
「霊威で改造された時点で、その次世代から資格がなくなるらしいんだよねー。まあ普通は改造しないと高等生物なんて速攻で数十万年かからず自滅して滅亡するから仕方ないんだけどね」
『資格?』
「そこの彼の異常な仙力をどう思った? どこかの神に造られた生命だと思ったかい? こんな緻密でありえないバランスの魂なんて、自然にあるはずないって」
『……確かに』
「逆なんだなそれが。例えば【救世】の霊威は、一切神性持ちに弄られなかった天然進化の生命にしか宿らないそうだよ。向こうの女の子の『本来の力』もそうだね、何故ならそれらは、正しく原初の神や、神の子の力だからね。被造物の力じゃない」
『……』
「一部の霊威は生来で得るのに条件があるのは知ってるかな。中には逆に被造物にしか宿らないやつもあるね。でも、特にこの天然進化って条件がある奴、それらは、古くて、より原霊の根源に近いのが多い。つまり固有能力が上位階梯の奴が、個体数の割に多いんだよ。ここにいる連中もそうだろう?』
『確かに、異常に多い、ですが……』
「そして肝心なこと。天然ものの生命だと、生来の能力がショボい場合でも、後天的に届く範囲が広いんだよねー。作り替える際に真っ先に無駄として切り捨てられるノイズの中に、そこに至る鍵がある」
『そんな話は、聞いた、ことが』
「そりゃ知ってても教えるはずないよね。道具としてなら、去勢された家畜のほうがいいもん。万一どころか億一、兆一であっても主人を脅かす進化なんてあってはならないでしょ? だから銀河連邦の古き神々は若い神にそうアドバイスする、麾下の生命はより管理しやすい形態に品種改良しろ、そして裏切られぬよう枷を仕込めとね」
『……』
「そして枷だと思わないように、恩寵と称してスキルやら特技やらの異能も与えておけば、信仰も集まって一石二鳥の万々歳だ。実際それは正しいよ、そのほうが扱いやすいのは間違いないし、文明も長続きする。殆どの神は論理的に考えてもそうするさ」
『……』
「しかしてその真の意味を知っているのはごく一握り。例えば君の創造主、天の外にいるとうそぶく巌の神とかね!」
『……なぜそれを、あなた方は知るのです』
「ボクの半分が何かは知ってたでしょ? 知識の元はこれの作り手。君の創造主よりもさらに古い古の叡智、その残滓さ」
『……守護者が、何故民のほうを作り替えず、世界のほうを変えようとしているのか疑問でした。それが理由でしたか』
「さあねえ? それだけが理由かなあ? ま、陛下のなさることを部下が勝手に推測するのも不敬だしさー。だけどヤバいのは間違いないよね、天外神はいったん帰ったそうだけど、必ず再来するよ。今言ったことを疑ってるだろうからね。人類に対して、抹殺か、作り替えて可能性の芽を摘んで下僕にするか、どっちかやろうとするのはほぼ確実。これに陛下がどう対処するつもりなのか、わっかんないんだよねー」
『……もしあなたの言うことが事実なら。そうですね。あの方は必ずここに、再訪されるでしょう』
『ま、君はもうかの神の元には帰れないからね。心配するだけ無駄かなあ。あーいけね、もう真面目モード完全しゅうりょうっ、おっしまーい。脳がふっとーしそうだよおおお! ボクにとっても〈神音〉はまだ面倒なんだから。出血大サービス!」
ルミナスと、ヴァリスは
まだなにか、いっている、ようだが
「……ロイ?」
「………」
「ロイ!?」
奥義なるものを体感したロイのほうは、それどころでなかった。
これ、かいふく、しない、どころか
れいきを まわしても、
どんどん、あっか、してるん、だけど……
「……あ、忘れてた。これ、防ぎ方知らない奴がそのまま食らって、さらに直し方も知らずに霊操で回復しようとしたら逆に悪化するから! 霊気の根幹が狂うからね。今の君ならまだ何もしないほうが早く治るかも。いやでもほっとくと死ぬかも?」
そう いうのは さきに いえ
……ばたん
そしてロイの意識は途切れた。
話の進みが遅くなっててすいません
どうも仕事も家庭も忙しく、筆も進まず。
作風や書ける量も含めて、私はなろう向きではないようですが、時々休みつつぼちぼち進めます。
本話中補足
法眼 ……諸法を見る智慧の眼。 菩薩の眼力、事象の真相を見破る力のこと。本作において、リェンファの【啓示】の瞳はこれの一形態。
【妖跳】 …… フェアリーステップ。闘仙フェイロンの持っていた能力。攻撃の過程を飛ばして既に起こったことにする時間操作の能力の一つ。
ロイは第51話で【獲業】にてこの能力を喰らったが、【妖跳】は時を加速する【勤勉】の派生であるため、ロイの持つ【怠惰】とは根本が相反する。そこで結果的にロイは、これの【怠惰】版派生である【妖陰】を得ることになった。
本来【妖陰】は透明化して灰色の世界に逃げ込むだけでなく、そこで時間経過を遅らせ、あたかも浦島太郎が如く時を渡ることもできる能力なのだが、ロイに時間に関する部分の自覚がないので、そちらは発動していない。単に隠れる技としてのみ使っている。
【幻装】 …… カモフラージュ。幻霞竜の能力。強力な偽装、擬態の力。透明化能力でもある。霊気や魔力も偽装できるので、汎用の探知手段では位置を認識できない。
【透過】 …… パーミエイション。幻霞竜の能力。強力な物質透過の力。物質は透過するが霊的なものを透過しきれないのが難点。
【重界】 …… オーバーバース。第53話に少し説明があるが、時空をねじ曲げ、複数の結果を同時に引き出す力。【勤勉】を極め加速しきった世界は一瞬のうちに無限の周回をシミュレーションする、その演算結果を世界に押し付けるもの。
リェンファのもつ【選定】と同様に、発生しうる可能性が僅かでもあるならそれを引き寄せる特性もあるが、その目的で用いる場合【選定】よりも燃費が悪い。さらに必ず複数の結果が発生する能力なので、望まない結果も同時に現出してしまう可能性がある。
例えるなら霊力が続く前提として、単発ガチャを引き続けて一番いい結果を選べるのが【選定】、十連ガチャを引き続けて総合的に一番いい十連を選べるのが【重界】。十の中にハズレが混じることはある。
【転回】 …… インヴァージョン
相手の状態の影、相反する属性、状態、位相波を作り出す能力。中和でなく相剋と反射の力。
常に相手に対して有利を取り弱点を突ける状態にする力であり、攻撃に使えば高命中かつ防御貫通、防御に使えば超回避かつ装甲超強化となるし、あるいは攻撃をそのままベクトル反転、反射するのも可能というチート能力。
ただしこの能力単独では同時行使できる対象に制限があり、そこを探り出して突くのが攻略法となる。魔王や邪神とかの悪役向けの能力。作中ではヴァリスの創造主である天外神ソトゥラスが所持している。
【無相】 …… フラットライン
霊気の波を中和し、仙力を無効化する能力。仙力殺し。仙力の無効化能力はいくつかあるが、【無相】は適用範囲の広さと無効化強度では随一。問題は自分自身以外の周辺の仙力を、選択の余地なく無効化してしまう、領域型かつ常時発動型の能力であること。単独では使い勝手がとても悪い。
〈神音〉 仙術奥義の一つ。
上述の能力群を少しずつ取り入れて同時に発動させる、反則的必殺技っぽいなにか。今回ルミナスは手加減しているが、しなかったら人間相手の場合、最初の時点で魂が粉々に砕けて死ぬ。
〈神心〉 仙術奥義の一つ。
精神を上位世界と繋げる技。知覚能力、演算能力の爆発的増大をもたらすが、負荷も大きい。
ルミナスの台詞
"おお、必要を語るな!(中略) "
"O, reason not the need!"
シェークスピア「リア王」より
余計なもの、無駄なもの、それらが人間の人間らしさなのかも




