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第127話 君はどこまでの怪物になれる?

「肝心の、あの邪神はどうなんだ」


「君単独で勝とうとは思わないことだね。八大竜王とは元は神の端くれ、しかも今は龍脈のバックアップがあるから魔力は実質的に無尽蔵。霊力は生前と大差ないだろうけど、それでも普段の君の百倍はあるはずさー」


 聞かなきゃよかった。


「それで業魔と混ざってるってことは、仙力も相当強力よ。少なくとも元々の【壊伝(バベル)】系統に加えて、凶悪な無敵防御こと【拒絶(ディナイアル)】と、さらに【割断(ディバイド)】が追加で使えるってことだからね」


「拒絶ってのは、普通の攻撃が効かないあの赤黒い鱗だよな。割断って?」


「絶対切断能力さ。仙力、仙術によるもの以外のあらゆる防御を貫通してくる。僚器以下の魔導具なんて牛油(バター)以下、普通の鎧や盾なんか無いも同然、骨までスッパリ滑らかに真っ二つ! 幻魔王の霊力規模なら、城や洞窟に逃げ込んでも城や山ごと切断、みたいなことも可能だろうね!」


「……霊鎧で何とかなるか?」

「そーだねー、単なる〈霊鎧〉なら、まともに食らった場合、ふっ……その程度かたわい無い、致命傷だっ! っていいつつ上半身と下半身がバイバイする感じ?」


 ダメじゃねえか!


「高階梯の防御型固有仙力があればいいんだけどね。仙術じゃなかなか【割断】に耐えるのは難しいな、〈霊鎧〉や〈霊盾〉では無理。鍛え上げて〈神甲〉や〈神盾〉までいけば何とかなるかなー? 会得に何年かかるか分かんないけど。そうだなー、概ね、そこのカノジョの聖槍のローコスト版と言える。あれが多少弱体化して、薄い刃状の斬撃のみになったと思えばいい。今の君なら防御よりは発動を察知してかわすほうが正解だと思うね」

「……なるほど」


 神甲や神盾とかいうのは初めて聞いたが、どうやら相当の修行が必要なものらしい。【金剛】では無理そうだし、ならば今はかわすしかないのだろう。

 

「なにせ幻魔、それも王だからね、他の仙力もあるかもしれない。しかもその辺の魔物が業魔、幻魔化したのより、仙力の使い方も上手いはず。ボクでも守りに回ったら勝てないし、かといって攻めに回ってもボク一人じゃ殺しきれる自信はないね! そしてもちろん幻魔王の周りには、そこそこ手強い幻妖幻魔の手下もいっぱいいる」


「どうやって勝つんだよそれ……」

「君の力なら理論上は勝てるらしいよ? 今回の訓練と試験はね、その理論上の状態を作りだすための下地作りだ。そして仕上げは、君に足りないものを自力で悟ってもらうことさ。できるといいね! まあボクに当てられないようじゃ夢物語だね」


「くそったれ」


 どうやったらこのふざけた女に当てられるのか。魔力を叩き込む、その感覚はある程度分かってきた。遠隔はまだ無理だが接触でならできそうだ。


 だが当てられない。仙力を今やれる限界まで活用しても届かない。


 では、仙術はどうか。基礎的な技は数日前教えてもらった、多少は使えるようにもなっている。しかし決定打になるものとも思えない。思えないが……。


「……ものは試しだ!」


 走りながら、次々に術を起動していく。


以木(もくをもって)模身為己(おのれをもす)替身(ティシェン)〉』

 『以火(かをもって)弾火花(ひばなをはじく)爆烈(バオリィエ)〉』

  『以土(どをもって)震動地面(じめんをゆらす)震踏(ジェンター)〉』

   『以金(こんをもって)呼刺猬(はりねずみをよぶ)針山(ジェンシャン)〉』

    『以水(すいをもって)結氷路(こおりをむすぶ)凍床(ドンチュアン)〉』


 倒木を一瞬で身代わりに仕立て上げ、相手が木像を破壊するや破片を爆弾に変える。火花が散らばった範囲の地面を揺らしつつ小さい針山を作り出して、そこから逃れた先の地面を凍結させて滑らせる。


 ロイならではの複数属性連鎖。五行相生の関係を生かすことで、消費を節約し発動速度を高めている。どれも一つ一つは小規模の術だが、対人向けとしてはかなりたちの悪い連技である。

 

 あっさりと戦闘速度で属性仙術を発動できるようになり、簡単に枯渇もしないあたり、ロイの仙術適性は非常に高いということなのだろう。


 謎の汁に苦しむ仲間達からの虚ろな目がちょっと怖い。さすがのロイも少しは謎の汁のお世話にはなっているが、頻度が全然違うので。


 とにかくコレにロイの武術が合わされば、1対1なら並みどころか、一流の戦士、魔導師ですら倒せるはず。レクラークと戦ったときにこれがあれば、【天崩】を使わずとももっと早く勝てただろう。だが。


「ダメよーダメダメ! 君はそういう小細工向いてないよ、意図が漏れすぎ! もっと陰険に隠さないと。そういうのはエルシィが得意なんだけどねえ」

「ちくしょうめ!」


 この相手は間違いなく一流を超えていた。

 地揺れも、針山も、凍った床も、異形少女を惑わせるにも至らず。


 放たれた拳による衝撃波に全ての小細工は粉砕された。一帯の地面が吹き飛んだのだ。〈爆塵〉と呼ばれる土属性の高位仙術らしい。


 爆発しているのに火属性でなく土属性? え? 粉塵を作って引火させるとこうなるって? 原理がよく分からん……ロイにはまだ使えない。


「仙術はどうしても規模が小さいからねー。仙術自体で全部やろうとするのは無理無理かたつむりな話。だから仙術でやるのは引き金を引くことだけ、あとは通常の物理現象や魔術と併用する。今のなんか、ほんと僅かな霊力消費でこの威力だせるからね、これ、割と極意だよ?」


 言わんとすることは分かるが、併用しようにも、ロイにはそんな物理化学の知識も魔力もないのだ。……付け焼き刃の小技そのままではダメだとして……。


 ならばどうする。考えろ。この女に届かないようでは、あの邪神にも当てられないというのなら。


 爆風に木立の上の方まで吹き飛ばされ、高木の枝に叩きつけられ、しなった枝が戻る勢いで下に向かって加速、高速落下しながら考える。


 要は、まずは当てられればいいのだ、そのために手段を選ばないとして。


 ……そうだ、さっきこの女はなんと言った?





 その後の休憩の後、戻ってきたロイに向かって女が笑う。


「ふっふー? 何か思いついたかね?」

「色々と試してみるだけだ」

「頑張りたまえ、よ!」


 そうして再び始まる追いかけっこ。基本的には後一歩でとり逃す、を繰り返すのは変わらない。今までと違うのは、今度のロイはやたら緩急、強弱をつけての攻撃を多用するようになったことだ。


「うんうん、一本調子は良くないからね」


 空中で上下反対になって胡座をかき腕をくむ、というふざけた状態なのに、ロイの蹴りを紙一重で交わしながら少女は呟く。おそらく何らかの仙術による防御。


 どうもこの女は、土金の二重属性らしい。それらの属性仙術に、無属性仙術、さらに魔術も通常の魔術と異界魔力操作の両方を使いこなす。そのうえで人外の身体能力がある。手強い。これでおそらく本人の固有仙力は使っていないようだから、底が見えない。


 一応土金属性であるからには火と木の属性に弱いはず、なのだが、ロイは意図的にそれらの属性に特化する事はできず、使える仙術もまだ初歩的だ。これでは有効打にならない。


 ……仙術。リュースが教えてくれたのは、霊気を操作する、霊鎧や霊刃などの無属性仙術だった。これらは魔術ではできない、仙術独自のものだ。


 一方、魔術同様に何らかの物理的現象を引き起こせる応用仙術、属性仙術は、魔術より効果が弱い、とは聞いていた。実際、レダのように両方使えるようになった者からすると、威力や範囲、精度に燃費など殆どの面で、仙術は同目的での魔術に劣るそうだ。


 だが霊力がある場合、対個人の戦闘においては、おそらく魔術より仙術のほうが有用だ。何故かというと、とにかく速いから。念じるだけでの発動が可能なのだ。


 口訣とかいう呪文も、どうやら慣れないうちの補助、もしくは威力を引き上げたい時用でしかなく、霊力を余計に消費すれば省ける。


 最低限必要なのはほんの一瞬の集中のみ。それなら、最低でも一言、二言、普通は長々と呪文が必要な魔術よりも、遥かに速いと言える。


 そして良くも悪くも、魔術より自由度が高い。


 魔術は呪文や魔法陣に記述した内容がそのまま発動する。同じ術なら術者の魔力に天地の差があっても、詠唱が滑らかだろうと、つっかえつっかえだろうとも、発生する現象、規模、範囲は変わらない。宮廷魔術師だろうと新米だろうと同じだ。


 そこで違いを発生させるには、術式を大魔力前提にするか、もしくは「注ぎ込む魔力が○○以上◆◆未満なら□□を変化させ、△△とせよ」という追加の記述が必要になる。そうすると威力は変えられるが、可変型術式は燃費や発動速度が元の術より悪化する。


 とはいえ、これはこれで分かりやすい。魔力と、術式を理解できる知性があればそれでいい。いや、単に発動するだけなら、術式の中身が分からずとも魔力さえあれば、単に誰かが作った呪文を復唱するだけでよい。改良もしやすく、何より複数人で知恵や効果を共有できる。


 一方仙術は術式などがなく、想像力と発想が重要になる。グリューネからいくつかの術を教えて貰ったが、それは単なる「こういうことができる」という標準的な参考例でしかなかった。参考例からかけ離れすぎると発動しないものの、かなりの工夫の余地がある。


 例えば発火の術でも、発現位置、温度、大きさ、持続時間、霊力消費、全てその時の念じ方次第で違う。


 そして安定性が殆どない。同じ人間であっても、その時の霊力、習熟度、属性、さらには体調や疲労度、集中力で効果が変わってしまう。さらに周辺環境の影響も魔術より遥かに受けやすい。


 その不安定さは、全く同じ効果で発動しろ、というのがかなりの難題になるほどだ。例えば小石を投擲する仙術は、同じ的を狙っても試行のたびに軌道が変わった。そして命中率はかなり悪い。まだ普通に手で投げたほうが当たる。



 ※注 ロイの投石の精度は頭上に投げた石に別の石を投げて当てられるレベルである。仙術の精度が低いというのは、そんな変態から見た場合の話であり、普通に使うぶんには悪くはない。



 グリューネには、投擲型仙術をあなたの手投げを超える精度にするにはそれだけで最低半年はかかりますね、と言われたので、その手の練習は当面諦めた。


 これが魔術なら、ロイのような低魔力の者やド素人が術者であっても射程範囲内かつ静止物相手なら百発百中なのだ、この差は大きい。


 それでいて仙術は燃費が悪く、効果に対する体力の消費が魔術より明らかに多い。これでは仙術の会得に時間がかかるのも納得だ。教えるのも学ぶのにも、根気と時間がかかりすぎる。


 クンルンでもこういう仙術を学んでいる仙人は少なかったという(最近は少し変わってきつつあるそうだが)あいつらの場合優れた宝貝という代物もある。同じ時間をかけるなら、宝貝を使いこなし自分の固有仙力を磨きあげる方がてっとり速く強くなれそうだし、当然だろう。


 そして西の島ですら、こうした属性仙術を修めるのは一部の精鋭だけだという。


「さすがに、これが必要になるほどの状況は少ないからねー。多くは素質があっても自己防御のための無属性仙術の訓練どまりさ。属性仙術は修得の費用対効果が悪いし、もともと魔人は魔力がこっちの人より多めだしね、衰退してもなお魔術のほうが使い勝手がいい」


 種族として魔力が多めなのか、それは知らなかった。  


「だが相手が上位幻妖なら、そして、人外の怪物なら、属性仙術を使えるほうが絶対にいいよ。やっぱり速さと自由度は正義だからね。それに所詮これは覚えられる技術でしかない。右と左を同時に向け、みたいな不可能な無理難題を言ってるわけじゃあない」


 それを修めているあんたたちは、怪物の相手が仕事ということか。


「ボクらはむしろ、ファスファラスにおいてなお、非常事態のための人員だからね。普段はそこのあの娘が寝てた機械みたいなので寝てる。六千年の歴史で累計40人ほどしかいない、現役はその半分もいない、そんな一握りの怪物さ」


 確かに竜を倒せる怪物(ロイ)を圧倒するのだから、彼ら自身も怪物には違いない。


「そんな怪物が学びで得られる技術も修められないなら情け無いじゃないか? まあどうしても得手不得手というのはあるし、時間もかかるから、まだ会得していない技術はあるとも。でもそれは「まだ」というだけさ。時間は十分にあるからね」


 時間……そういえば、こいつらの寿命はどうなっているのか? 魔人の寿命は300年と聞くが、それはこいつらにも適用される話か?


「さて、君はどうかな? どこまでの怪物になれる? どんな怪物になりたい?」


 太陽を背にした逆光の中、影絵となった怪物少女が嗤った。



言動がアレですが、単純な実力では、ルミナスはファスファラスでも五指に入ります。次話でその片鱗が見られるかもしれません。

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