第124話 まて誤解だ話せば分かる
グリューネが始めた舞を前に、レダが呆然と呟く。
「……呪歌魔術と、呪符魔術と、展印魔術との多重並列詠唱!? ……うぞぉ、こんなの、一人では理論上不可能な」
半身銀色の異形少女が答える。
「これくらいオストラントの魔導騎士やラベンドラの機甲猟兵は普通にやってるよ」
「……それ、普通に魔術大国の切り札級の方々じゃないですか。ではこれは奥義というやつでは……」
「ふーん? 奥義というならもっと高度なのあるけどねえ。少なくとも理論上不可能ってことはないよ。こっちでどういう理論が主流なのか知らないけど、帝国の魔術師は複数分業が正義って考えに凝り固まり過ぎなんじゃない?」
「ですが同一人物の行使する魔術は同時には一種しか認識されない、それは洋の東西を問わないはずです。しかし一種の魔術を複雑化、強化しようとすると魔力効率が加速度的に悪化する。だからこそ高位魔術は、いかに分業し同時関与人数を増やすかが重要で……」
「じゃあ聞くけど、魔術における同一人物って何?」
「? 同じ人間……では、ない、と?」
「魔導機構が同時接続を破棄するのは同一思考ユニットからの申請に過ぎない。魔力効率が指数関数的に悪化するのも、同一ユニットに許可された通信量制限に引っかかってるだけ」
「は?」
「この個体認識の判定に肉体は関係ない。だからやりようはいくらでもあるんだよ。脳内サブ垢いっぱい作ってもいい、思考分割してもいい、魔力偽装でもいい、存在複製でもいい、要はシステムを騙せるなら手段は何でもいいのさ」
「???」
「今の説明で分からない? うーん、どうも君たちはこの世界における魔術の仕組みに対する理解が足りないね。帝国の場合は、なまじ水準以上の練度の術師を数だけは揃えられたからの弊害かな、人海戦術頼みだなんて、アプローチが正攻法すぎる」
「正攻法の何が問題なのですか」
「そのやり方じゃ個人の力が頭打ちになる。魔術は本来、どうしても素質に縛られ、専門特化で低出力になりがちな仙力、仙術の欠点を補うために作られたものなのに、分業してたら自由度が低いままじゃないか」
「ですが……実際、その分業で帝国は東方に覇をとなえたのですから」
「それが通じるのは良くも悪くも雑魚だけさ」
「……あなた方から見れば殆どの者は雑魚なのかもしれませんが、滅多にいるものではありません。だからこそ我が国は各国を束ね帝国になった」
「それは帝国になった当時裏で何があったかを君らが知らないだけだね。まあ、一般の民にはそう教えたほうが統治しやすいか。皆で力を合わせるのが強さだというほうが、長期的にはまとまりやすいのかもね。でも下っ端はともかく、まさか上までそんな方便を信じてたりしないよな? そんなことないと思いたいけど、あの魔術師達見るとねえ」
「……何があったと?」
「地形が変わるような戦いが何度かあったことは言っておくよ。例えば帝都の南にあるルイシェン湖。あれは帝国成立前には『無かった』 そしてそれは軍じゃなく個人がやったことだ」
「な……」
そんな話は聞いたことがなかった。たかだか200年ちょっと前のことが、そんなにねじ曲げられていると?
「とにかく、手数なんて簡単に増やせる。だいたい、見た目が一人だからって、どうして中身も一人でないといけない?」
「それは……獣憑きとかの病のことで? 人工的にそれを引き起こすと?」
「うーん? 精神に関する認識も原始的だね? 東方にもシュタインダールあたりには伝わってたはずなのに、帝国に滅ぼされたときに途絶えちゃったのかなあ? ま、あんな玩具を大層にも破幻槍とか名付けて切り札扱いする技術レベルじゃ仕方ないか。さて、もう出てくるよ」
「出てくる?」
演舞が終わる。神秘的な虹色の輝きが杖から放たれ、次の瞬間、八個ほどの人間大の四角い透明な結晶が周辺に現れた。
「これらは?」
「塩の柱」
「はい?」
「詳しい理屈はめんどくさいから省くけど、ある種の一切の不純物のない純粋な結晶は、魔術的には魂と等価と近似させえるんだよね。可逆的に簡単に入れ替えできる。人をアレに変えることも、その逆も。だからね、手数なんて増やせるんだよ」
とん。
幼女がその結晶の一つを杖で叩くと。
幼女が増えた。
「へ?」
とん、とん、とんとんとん……。
叩かれた結晶が全て、幼女に瓜二つの姿に変わり。
「全員集合!」
杖を持つ幼女の命令に従って動き出す。
「「はーい」」
「あなた達がそれぞれこの子達について指導すること」
「めんどくさいですわ」「やりたくないですわ」「かったるいですわ」「かえりたいですわ」「はかないものですわ」
「四の五の言わずに仕事しやがれですわ!」
「ほんたいがおうぼうですわ」「しかたないですわ」「はらがたつですわ」「ふんがいいたしますわ」「むにかえろうですわ」
「ああもう、分身まで幼児化している!」
「いやこの術だと幼児化っつーか中身はそのままでしょ、あいつらもわかってるって」
「敢えて口に出すあたりが幼児化なのです!」
「いや普段のグリューネだってこんな感じで」
ドドドドドドドドド!
今度の金鎚は小さいものが九個同時に出現し、信じられない高精度かつ高速な連携を見せる連技となって、異形少女をボコボコにして大地に沈めた。
「しつれいですわ」「ふだんのわたくしたちは」「かようなことはなくてよ」「でりかしーのないことですわ」「まったくですわ」「げのげですわ」
「……ええと、すいません、そろそろ続きを……」
グァオ先輩、今のを見ての第一声がそれですか、慣れましたね?
「失礼、見苦しいところをお見せしました」
「ではその、分身の方々が個別指導してくれる、と?」
「「はい」」
「そうですね。この子たちは限りなく私に近い複製ですので、私にできることはだいたいできます」
「……霊気では区別が付かないです」
さっきの杖を持っているか否かでしか分からない。……と思ったら、気がつくと分身たちがそれぞれ形状や色の違う眼鏡をかけていた。それで区別しろということらしい。
「そんな殆ど自分と変わらない分身なんて、作れるんですか、これ、魔術ですよね」
「『分魂創影』の魔術です。魔力や霊力の消費に打撃は全員が否応なしに共有しますので、単に同時にやれる手足が増えるだけですよ。この辺が魔術の限界ですね。仙力による分身、【化身】は共有要素が割と自在なので、それの劣化版に過ぎない。まあ、手間のわりに実戦では使えない技ですが、時短には使えます」
「いやそれでも凄いですよ……姉上が聞いたら弟子入りを懇願しますよこれ」
「嫌です」「むりですわ」「しまにくるならかまいませんわよ」「ただし、にどとかえれませんわ」「それに、はいじんかまったなしですわよ?」「ひとのままでは」「のうがたえられませんわね」「おーのー」
次々に同じ声が違うところから回答してくるの怖い。
「で、ちゃんと視ましたか?」
幼女教官本体がロイに向かって言った。
「感じとれた……はずだ」
「何をですか?」
「どこが術構築の際の『本当の』弱点か」
そう。あれが美しく精緻な魔術であろうと、話の通りなら、魔法陣に俺の魔力とやらを打ち込めば魔術を破壊できるはず。
「そうです、どこに注ぎ込むべきか分かりましたか?」
「わかったと思う。今のなら足元だろう?」
「正解です」
昨日の魔力の修行でも、まだ自分の魔力を扱うのはできていない。しかし、魔力を感じとる感覚は少しだけ分かった。
その結果魔力の濃淡はわかるようになった。それによれば、先程幼女が踊りで描いた魔法陣、そのうち杖の先でくるくると描いたものは「偽物」だった。幻想的な雰囲気を演出する幻覚を作っていただけ。本命は足さばきで地面に描いていたほうだ。
「通常ならば魔力の受動感知を会得するには、少なくとも半月、長ければ数ヶ月の修行を要します。しかし仙力、そして霊覚にも目覚めている者は、もっと短期間で会得できるものです。そのためあなたには昨日無理をさせました」
なるほど昨日ひたすらその身に刻めとやられ続けたのはそれか。魔力とは何か、を覚えさせる……。
「幻魔王のような高位竜種においては、対抗魔術対策の偽装は基礎教養です。むしろ意識しないと無意識にやってしまうほどに彼らはそれが身に染み着いている。それを見破るには受動魔力感知は必須技能です」
「そういう意図だったのか」
「先程はかなり分かりやすくしました。これが分からないようでは今日も昨日の続きでしたよ」
「うへー」
レダが驚く。
「受動魔力感知!? え? 魔力が豊富な甲乙の魔導師にしか習得できない技術だよそれ、なんでロイが!?」
「何か俺には仙力にも魔術にも使えない特殊な魔力もどきの力がそれなりにあるらしい」
「そんな、……なん」(なんで君にばっかり、そんな素質が)
レダの呟きの続きは口の外に出ることなく消えた。
「必要ならあなたの杖の力を借りなさい。特定しやすくなると思います」
なるほど。
「そしてその効果はこの子達に対しても有効です」
ということは?
「今回のあなたに対する最終試験の一つは、この分身達にあなたが手を出して、例の力で仙力に頼らず壊せるか、になります。既に成立している存在でもやれば壊せます。動き回り逃げ回る相手を捉え、やってみせなさい」
幼女達を追いかけて一撃いれろと。
手ごわかろうし訓練として有効なのは認めよう、だが絵面がとてもイヤだ。そして。
「注ぎ込む……?」
「手を出して……?」
「ヤれば壊せる……?」
「逃げ回る相手を……?」
「ロイ……ちょっとあなた……」
「まて誤解だ話せばわかる」
もう少し言い回しを考えてもらえまいか。




