表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/222

第123話 木火土金水


「……さてそれでは始めますか」


 ニンフィア以外の全員が目を覚まし、仙術の講義が始まった。リェンファはまだ少し顔が赤い、怒りというより恥ずかしいようだ。そしてロイの顔にはばっちり手形がついているが、皆見なかったことにしていた。


「昨日ですが、帝国軍の西方方面軍、総勢約二万と、冥穴より現れた魔物の軍勢、総計約千体程度との戦がウージャン原と呼ばれる地で行われました」

 

 そうして告げられた西方方面軍の敗北と、天璇(てんせん)星フェイ将軍の戦死の報に、先に聞いていたロイ以外は動揺を隠せなかった。


「馬鹿な……」

「あの邪神はいなかったんですよね?」

「そうですね。基本的には皆様がこちらにくる直前、幻魔王の後ろにいた魔物の軍勢が、そのまま西に向かったものです。いわゆる七英傑は参加していません」


「それなのに、一時撤退も出来ず、フェイ将軍が討ち死にするほどの惨敗を? そもフェイ将軍といえば王器級魔導具、雷公鞭の使い手。かの鞭は一振りで無数の雷光を産み数百の敵を屠ると聞いています」

「実際、将軍も数百の魔物を屠ってはいましたわ。ただ、魔物の中に一人、なかなか強力な幻魔(ゲシュペンスト)が混じっていまして」

「一人。一体、でなく?」

「ええ」

「人間ですか」

「見た目は人間ですね。ただ幻魔とは複数の存在が合成されたものなので、どの程度人間成分があるかは……。存在規模としてはあの七英傑の方々が第三段階の座天使(トロノイ)級で、今回確認された幻魔はそれより上、第二段階の智天使(ケルビム)級でした」


「するとどうなるんだ?」

「実のところ、幻妖の存在規模段階というのは、能力とは必ずしも比例しません。本来幻妖は、複製元と能力が大幅に変わることはないのです。若返ったり、体力や魔力が何割か増しになることはあっても、それが桁違いになったり、固有仙力が増えたりするまではいかない」


 あの英傑らは若返ったほうかな?


「基本的には、幻妖での強者は、生前も強者だった者です。そして存在規模が上位の幻妖であっても、生前弱かった者を複写すれば弱いままです。まあ上位のものは大抵強いやつを模しますし、倒した時の復活可能回数が凄いので面倒ではあります……が」


「──幻魔はそれに当てはまりません」


「どう違うんですか」

「幻魔は複数存在の融合体です。復活可能回数を存在融合にも割り当てるため、まず間違いなく上位のものほど強い。そして融合によって、元になった存在にはなかった能力を得たり、元の能力が進化したものを得たり、魔力や霊力がとんでもなく拡大することがあるのです。おそらく今回、西方方面軍を破った者は、その類いと思われます。今回の幻魔は、将軍の放った雷公鞭の攻撃自体を複写する能力を発揮した」


 レダが震えながら言う。


「攻撃を複写……それは、僕の【再現】に似た力ということですか?」

「その系統ですね。【残鏡(ミラーエコー)】と呼ばれる力。霊力が続く限り、直前の現象を連続して、像として都度反転しながら繰り返せるというものです。しかも霊力が許せば、倍々に増やしていくこともできます」


「まさかそれで、雷公鞭の雷撃を繰り返して反撃した、と?」

「そうです。合計で60回を超える雷撃の【残鏡】があり、それにより、将軍を含む四千を超える兵が落雷に撃たれ死亡しました」

「王器の攻撃をそんなに繰り返せるわけが、僕なんてほんの少しで……」

「上位幻魔ならばありうることです。仙力とは魂の力。個人の魂には限界がありますが上位幻魔のそれは、場合によっては何人、何体を超える存在の合成であることがあります。外見が人の姿であっても中身は巨竜が主体であったりします。そのぶん人格的に壊れていたり、不安定だったりしますが、力は侮れません」

「そんな……」

「とはいえ今回の場合は、どうやらもう一つ別の仙力があったのが本当のところですね。これも本来は持っていない力のようなのですが、幻魔ゆえでしょうか」

「別の仙力?」

「周辺で恐怖の感情を得た者から霊力などを吸い取る【啜怖(テラーサッカー)】という力です。これを用いることで、帝国軍から帝国軍自身を殺すための霊力を調達したものと思われます。最初の反撃以降は恐怖に陥った帝国兵の霊力を利用した。そういうことです」


「……それはつまり、軍勢だからこそ、大敗したってことか?」

「そうなりますね。あの手の力を持つ相手を軍勢で押し切ろうとすると、よほどの狂信者の集団か、強力な薬を大勢に投与して恐怖を消さないかぎり、勝つのは難しいでしょう」

「…………」

「まあ、つまりは、皆さんが少数精鋭として力をつけるべき理由がまた一つ増えたということですよ」

「我々がその幻魔と戦わねばならん、ということですか」

「恐怖を感じたら霊力を吸われるって?」

「どういう基準なんだ……」



 皆がわいわいガヤガヤと驚きを話し合うなかで、レダだけは黙って悩んでいた。


 彼は【再現】の使い手だ、だからわかる。一撃で数百の敵を葬るような力を複写するというのは、並大抵のことではない。

 

 以前ニンフィアの力を複写したときもひどかった。彼女からすれば全力でもない、ちょっと疲れる程度の一撃でレダはその倍は疲労した。元の霊力が違いすぎるし、再現の場合、元より一発あたりの消費は増える傾向もある。


 そして王器はそれこそ数十人がかりで放つような大規模魔術を一人で実現させえる強力な魔導具。雷公鞭の雷撃は典型的なそれだ。レダではおそらく複写不可能。


 そんなものを単純に再現できたのだろうか? 後半は恐慌に陥った兵士から霊力を奪ったのだとしても、そこまでの数発は自力で放ったのでは?


 そもそも霊力を吸うといっても、仙力を持たない一般人の霊力は大した事はない、吸ったところで限界があろう。何十回も繰り返すとなれば……二万の軍勢から絞りとったとしても足りるものだろうか? 元々の霊力も莫大なのでは?


 この長耳幼女は何かを隠しているのでは? ……例えばそうだ、【残鏡】や【啜怖】とやらが、幻魔化によって得られた能力だというなら、この幼女は幻魔を構成している元の存在達にはその力がないことを分かっている、ということにならないか?


 となると、彼らが知っている存在が、その幻魔の構成部材であるはずだが、その情報は教えるつもりが無さそうだ。説明しても意味がないのか、それとも逆にレダ達が知る者なのか?


 疑問ばかりだ、分からない……。仮に元の能力が【再現】に近いもので、それが進化してそうなったのなら、何らかの消費を抑える術を心得ている可能性もあるか。あるいは雷に特に相性が良かったか、あるいは……ん?


 ……残鏡。残響でなく、鏡。


 鏡といえば……そういえば、あいつは……行方不明ではなかったか?


 鏡の異能を使いこなし、奇怪な宝貝で帝都を一瞬夜に変え、一人で学校の武道場を蒸発させるほどの火力を叩き出した、あの仙人は……。


 まさか? 


 そしてだ、今回フェイ将軍が幻妖に殺された。そうであるなら、将軍もまた幻妖になる可能性ができた、ということではないか? あの仙人が幻魔とやらになり、さらに将軍の雷公鞭が実質的に向こうに渡ったとするなら……。


 ……これは思ったよりヤバい事態なのかもしれない。


 


 そうしてレダが思考の迷路に沈んでいるうちに、話は各人が得たはずの属性に移った。


「とりあえず属性の認識と各属性の基礎仙術から始めましょうか」


 木火土金水という分類だというが、霊気の感覚でいえばこんな感じだった。


 木は荒々しく動く

 火はあったかい

 土は適度に固い

 金はかなり固い、冷たい

 水はさらさら、しっとり


 全属性だというロイの霊気は他人からすると「重い、熱水を含んだ砂のようなみっしりさ」という感じらしい。


 なおロイの仲間達の属性はというと。

 

 ウーハンが土属性

 エイドルフが木属性

 レダが水属性

 リェンファが火属性


 という感じだった。


「この属性って、後天的に変えることはできるんです?」

「不可能ではないですが、切り替えよりも増やすほうがまだ楽ですね。己の素質に反したことをやるわけですから」

「分かりました、ほぼ無理ということですね」

「仙術として使えるのは前に言ったとおり、自属性、およびそれと相生の関係にある属性の術です」


 木は燃えて火勢を増す ──故に木ならば火も扱える

 火は灰を以て土に変ず ──故に火ならば土も扱える

 土はその中に金を孕む ──故に土ならば金も扱える

 金はその面に水を生む ──故に金ならば水も扱える

 水は木を伸ばし生かす ──故に水ならば木も扱える


 これらの関係を五角形で表し、属性を増やす場合、自属性が相生する属性、もしくは自属性を相生させる属性から増やすことになるという。


「試しに各属性の基礎をやってみせますね」


「『以木(もくをもって)癒草(くさをいやす)。〈活草(フォツァォ)(りつりょ)(うのごと)(くせよ!)』」


 足元の枯れ草が蘇り、小さな花が咲いた。


「『以火(かをもって)点灯(あかりをつける)。〈点火(ディェンフォ)〉如律令』」


 咲いた花が、その直上に発生した小さな火球に飲まれて燃えた。


「『以土(どをもって)為牙(きばとなす)。〈土弾(トゥタン)〉如律令』」


 草の灰が固まって、小さな尖った拳大の石となって浮き上がる。


「『以金(こんをもって)変針(はりにへんず)。〈鉄針(ティエヂェン)〉如律令』」


 塊が千枚通しのような太い針に変じた。


「『以水(すいをもって)産水(みずをうむ)。〈清水(チンシュイ)〉如律令』」


 針先から水がじょろじょろと突然吹き出した。


「基礎といえばこんなところでしょう」


「……すいません」

「なんですか」

「あの、マインシュタール殿の霊気は木属性でしょうか?」

「私は木属性主体ですね」


 この幼女は見るからに木属性という感じはする。昨日使った術からしてもそうだろうと思う。しかしリュース同様、霊絶のせいか霊気がろくに読めないのだ。


「今普通に全部の属性を使っていませんでしたか」

「基礎くらいならできますわ。それに今は相生の順に回しましたので、前属性の残滓が残っていると発動させやすくなります」

「そういうものなんですか」

「そういうものです。優れた仙術使いの部隊は、他人のかけた属性仙術を足がかりに相生の関係にある術を連鎖させて効力と発動速度を高めつつ、霊力を節約します。あなた方も可能ならそうした技術を磨かれるといいでしょう、時間的に実戦で試すことになりそうですが」


 そういう手段もあるのか、まあ慣れてくればの話だな。……もしかして全属性のロイなら自前でそれを回せるのだろうか。


「さて。今からはこの基礎を繰り返し試し、発動できるようになってください。一つ成功すれば、後は少しばかり記憶を叩き込むだけで済みます」


 ……それ、ニンフィアが気絶したアレでは?


「だがその最初の一つがなかなか難しい、少し時間もかかるでしょう。全員に教えていては、今の私の身が持ちませんので、策を講じます」

「策?」


 幼女が木の枝を拾う。するとそれは少し肥大化し、魔術師が使うような杖になった。


 そして彼女は何かを歌いながら、くるくると杖を振り、舞い踊る。周辺の草の葉っぱが飛び上がり、数十枚の即席の呪符となり……。美しさすらともなう幻想的な演舞となった。


「なっ、なにこれ」

 これが彼らにとって月月火水木金金♪な訓練の日々の始まりだった……。





とりとめもない、よもやま話


 よく考えると、七曜日とその対応惑星は西洋由来の数と並びで、五行による東洋の惑星名称とは無関係ですね。なので、それが混ざった結果、現代日本の各曜日……陰陽である日月の後の、火水木金土の曜日の並びは、五行相生順(木火土金水)でも五行相剋順(木土水火金)でもない。


 西洋の七曜日と惑星と神の対応も正直意味不明です……。ローマはまだしも英語の呼び名だと北欧神話が変換途中に混ざったせいでわけわからん事になってます。


 水星→対応神メルクリウス→オーディン→Woden→Wednesdayの変換とか「え? オーディン!? オデンナンデ!?」という感じ。どこから出てきたオデン。主神なら木星のユピテルに対応すべきでしょうに、そっちはトールになって木曜がトールの日ことThursdayになってるのもよくわかりません、主神要素より雷神要素を重視したのでしょうか?


 七曜の星の並びも、古代の当時認識されていた地球からの距離順(月水金日火木土……つまりは見かけの速度順ですね)でもなく、大きさや輝度順でもありません。何故こうなったのか? テトラコード説とかが有力らしいですが、余りに複雑、やはり古代人の考えはわからない。


 帝政ローマ時代にも既に「何で曜日ってこの並びになってるんだっけ?」状態で、当時の歴史家が、これは古代ギリシャ由来だ、いやエジプトの占星術由来だ、と複数説を挙げる始末だった模様。



 一方、古代中国における各惑星の五行への割り当ても適当というか……。


 水星(辰星)は最も高速に動くので水。

 金星(太白)は明るく白く光るので金。

 火星(熒惑)は色味からして赤いから火。

 木星(歳星)は生命力ある輝きなので木。

 土星(鎮星)は遅くて黄色みあるので土。


 こんな感じの理由だったようで。うーん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ